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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART5 交わらないラノベの損益分岐点
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第11話 営業部の言うがまま?

紙の書籍を出版する方法として、自費出版か公募新人賞かと言われてきました。

しかし、最近、その中間形態としてクラウドファンディング出版が出てきました。

広くは自費出版の一形態で出版前に読者を集める点で大きく異なります。

「キャンプファイア」や、「レディーフォー」のクラウドファンディング・サイトを覗くと、出版したい熱いプレゼンを見ることができます。


さて、本日は3500字です。明日は祝日のためお休みです。

次回投稿は変則で5月2日0時です。どうぞ宜しくお願いします。

「征次編集長は、こんなラノベをサンライトノベルのレーベルで売るんですか?」


 改めて小鮒さんがそう訊くと、征次編集長は押し黙って窓の外を見やりながら言う。


「営業部は、なんて言っているんだ?」


「いえ、まだ、このことは伝えてません。昨日は、編集部は黒字になる部数で提案すればいい、というようなことを言われましたが」


「イノイチ印刷を使うとして損益分岐点は、どこまで来てる?」


「ぶたにん君、何部だったけ?」


 小鮒さんに振られて、俺は、帰りの車の中での計算を思い出す。


「な、7,794部、約8,000部です」


「6,000部を、8,000部にか。美々透のおイタだけでは、営業部も折れないだろうな。役員会資料が手に入れば、どうにかしようもあるのに……そうだ、鷺森君、企画総務局に行って役員会議事録をこっそり持ってきてくれないかな?」


 征次編集長の無茶振りに鷺森さんは、身じろぎもせず、言葉を紡ぐ。


「編集長、重要な資料は、ご自分でお願いします」


「冗談だよ、鷺森君。最近、私に冷たくないかい」


 鷺森さんは、それには取り合わない。

 お姉様の称号を授けたくなる毅然とした態度だ。


 神保町の窓の外は暗く、ようやく空から大粒の雨が降り始めていた。

 その時、不意に内線の音が響いた。


 内線が短く二度鳴ると、すかさず鷺森さんが受話器を取る。

 重い雰囲気の中、手短に内容を纏めると征次編集長にメモを渡す。


ねこやなぎ局長からのお呼び出しだ。川絵はどうした?」


「か、川絵さんは、今日、明日、関西に出張です」


「そうか、参ったな。私、苦手なんだよ、あの局長……そうだ、ぶたにん君、代わりについてきてくれ」


「え、お、俺ですか?」


「ああ、すぐにだ。たのむ」


 俺は、編集ブースの川絵さんの席に荷物を置かせてもらうと、手帳だけ持って征次編集長の後を追いかける。



 コミック学習局は三階にあって、コミック四誌の編集部の一番奥の局長机に座っているのが猫柳局長だ。

 征次編集長が猫柳局長の机の前まで行くと、隣の応接ブースに行くよう指示される。


 そこで、俺と征次編集長は腰を落ち着けるが、征次編集長は手を組んだり足を組んだりして落ち着かない様子だ。


「悪いな、急に呼び出して」


 唐突に猫柳局長がブースに入ってきて征次編集長に話し始める。


「早速、例の件、弁護士から回答がきてな……西にしざか46の件、著作人格権の譲渡が難しいらしいぞ」


 よく理解らないが、ラノベアイドルの件、何か難しいってなんだろう。

 とにかく、俺は強敵の出現の危機が遠のいたことで、少し安心する。


「いや、局長が単なるテキストデータの売却って言ってたじゃないですか……もう、作家デビューを前提にブログを始めた子もいるんですよ」


「そんなの現場の勝手な判断だろう。ああ、その子、ブログやってて面白そうなこと書けそうなら、ブログ本の企画、走らせてくれな」


 局長は飄々と言いのけて、弁護士事務所からの書類を征次編集長に渡す。


「いやあ困ったよ。ねぇ、ぶたにん君……何か言ってよ」


 え、俺、こんな偉い人を前に何を言ったら良いか判らない。 


「お、俺も、う、歌って踊れるアイドル作家を目指しますっ」


 謎の決意表明をするが、猫柳局長は動じない。


「君は……ぶたにん君、だったっけ? 新しい編集作家の?」


 横で、征次編集長がコクリコクリと頷いている。


「アイドル作家になるには、まずは眼科に行って三白眼を直したほうがいい。ダンスレッスンとボイストレーニングはそれからね」


 そ、そうなのか。まずは三白眼を直さなくちゃだな。

 眼科で治るのかは分からないのだが。

 歌って踊るのはその次か、なるほど、順番は大切だよね。


「は、はい」


「歌って踊れるラノベ編集作家、ラノベの書けるアイドル、次から次に、二編は面白いことをやってくれるよねえ。期待してるよ、征次編集長。詳しいことは書類を読んで、ダメな部分は弁護士先生と対応を協議してね」


「理解りました」


「それと、営業部のほうからクレームが来ている。10月刊の企画部数が二編だけ数字が来てないってな」


「その件ですが、局長。営業部の言う6000部では、赤字原価になるんです」


「そんなわけ無い。新書も文庫も6000部でも黒字になるってことで、役員会も了解済みだしね。確か、サンラの文庫は印刷だけ外注先を変えるとか言ってたな。とにかく、営業部、数字待ちみたいだから急いでよ」


「分かりました。しかし、局長、外注先を変えるって重要な話は聞いてませんが」


「どこだったかな、役員会では見本刷りもあったんだけど、どこに置いたっけ……あ、会議の終わりに社長が持って行ったんだ。悪いね、詳しいことは営業部に聞いて、とにかく早く部数を出してやってくれ、ね」


「はい、早急に……」


 そそくさと猫柳局長が席を立ったあとで、征次編集長が言う。


「……伝えるわけないだろう。言った先から6000部に突き落とされそうだよ」


 え、征次編集長、それって面従腹背じゃね?

 尋常じゃない雰囲気を感じ取った俺は、征次編集長に訊く。


「良いんですか、その、営業部に部数を伝えなくても……」


「今は、伝えたくない」


 なんだか、征次編集長が拗ねた子供のようで、不安になる。

 このまま、営業部に数字を伝えなかったりすると、うっかり刊行を取り消されたりしないだろうか。

 

 不安にかられる俺をおいて、征次編集長は階段を素早く降りると二編に戻ってくる。

 俺が二編に駆け込むと、小鮒さんと鷺森さんの無言の圧力に屈して、征次編集長は疎明する。


「参ったよ。小ロットは印刷外注先が変わるらしいんだが、局長は外注先を憶えていないらしい。それに、新しい外注先の見本刷りも、なぜか社長が持って行ったらしくて手がかりはゼロだよ。それでいて、営業に予定部数を早く知らせろって、一体、局長はどっちの味方なんだか」


「見本刷りをどうして社長が持って行くんですか?」


 小鮒さんが訊くが、それを知っているのは、気まぐれな社長だけだろう。

 さらに、外注先が見本刷りを作っているところからすると、営業部は絹田グラフィックに外注するわけではないらしい。


「分からんよ、私に聞かないでくれ」


 征次編集長はデスクですこぶる不機嫌そうだ。

 そして、その不機嫌を加速させそうな男が二編にやってくる。


「失礼します。営業の美々透です」


 勢いよく二編の扉が開け放たれると、ズカズカと美々透主幹は、征次編集長のデスクの前まで電車道で押し寄せる。


「征次編集長、二編の10月刊の予定部数下さい。サンラの『昨日の旅』と他の2作も、ここだけ予定部数もらってないんですよ」


 『昨日の旅』以外の作品名が出てこないことに抗議したい気持ちを抑えつつ、俺はコトの推移を見守る。


「まだ、サンラ編集部と協議してないから、待ってくれ」


「サンラ編集部には出してもらいましたよ。ほとんど1万2000部でしたが……やっぱり、ラノベの編集部が二つって変ですよ。一つにまとまってくれたほうが、こんな無駄なやり取りをせずに済むんですけどねぇ」


 美々透主幹は、嫌味を織り交ぜて征次編集長のライフを削ろうとする。

 余り刺激すると『美々透出禁事件』の証拠書類が火を噴くぞ、と俺は思うが場は平穏に推移する。


「明日、出すよ。実は製作の川絵が出張中でね。明日戻ってくるから、それからだ。ところで、営業部推薦の文庫の新外注先はどこに決まったんだ?」


「それでは、川絵さんにメール入れておきます。あと、私は文庫の新しい外注先なんて知りませんよ。役員会マターなんですから、直属の猫柳局長にお聞き下さい」


 そんな話をして、美々透主幹は嵐のように去っていった。


「なんだ、あいつは……鷺森君、塩を撒いとけ。あと、小鮒君、川絵に至急、事情を説明して、営業部への緘口令を敷いておけ。営業部のいいようにはさせんからな」


 鷺森さんは、まじめに給湯室に塩を取りに行ったようだ。

 そして、小鮒さんが俺の方を向いて言う。


「ぶたにん君、たしか、川絵さん大丈夫な人だよね。悪いけど編集長の言ったこと、川絵さんに伝えておいてくれないかな。僕、急に用事思い出しちゃってさ。お願いするよ」


 なるほど、川絵さん大丈夫じゃない人でしたっけ、小鮒さん。

 そそくさと外に出る小鮒さんの代わりに、俺は仕方なく川絵さんに電話をすることになった。


 時計を見ると、もう六時を回っている。

 スマホで川絵さんを呼び出すが、圏外でつながらない。


 仕方なく、ラインとメアドの両方に『至急連絡』と書いて送信しておく。




 結局、午後9時まで待っては見たが、連絡は来ず、既読は付かずで、俺の頭に『仕事で忙殺』、『自然消滅』の悲しい足音が響く。


 一方、征次編集長は手をつくして、猫柳局長以外の5人の局長に外注先の件を確認していた。


 しかし、当事者の猫柳コミック学習局長が憶えていなかったのである。

 当然のことながら、ほかの局長も誰一人憶えておらず、征次編集長の努力は烏有に帰することとなった。

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