第15話 川絵さんの正体見たり……
酒と外食を除く食料品は、消費税軽減税率の対象にする。
食べ物は生きるために最低限必要ですので、わかり易い制度です。
書籍と新聞は文化インフラなので軽減税率の対象にする。
わかりにくい上に、電子書籍等は対象外で良いと言うと、電子書籍等は文化インフラでないのかと訝る向きもあります。
しかし、昨年、欧州でも同様に電子書籍等は対象外と明確化されました。
ただ、欧州が電子書籍を排除したのは、電子書籍配信サービス企業が米国系のシェアが高いという国益と、法律上、書籍のみを軽減対象に立法されていた経緯があります。
さて、本日は最終話、4100字となりました。どうぞ宜しくお願いします。
一方、川絵さんは冷静に、次の質問を投げかける。
「定価はどうなるんです?」
「定価は今の標準綴600円から40円アップを考えているみたいだけど、初刷を減らすのも含めて、最終的には6月の役員会で決めるって話のようね」
「6月の役員会なんて総会でバタバタですやん。また、営業部の言いなりになってまうわ」
「市場が飽和化してきているのよ。愚痴を言っても始まらないでしょう。でも、どうやら、6,000部を標準にするわけじゃなくて、これまでどおり、20,000部のロットも、12,000部のロットも残すみたいね。だから、部数を減らす二編の作家さんの選別と対応の準備を進めて頂戴。まあ、二編は月給制だから説得もしやすいと思うんだけど……」
「三熊さん、ちなみに、いつからとか分かります?」
「予定では、10月刊からよ」
「……ん」
川絵さんの顔が曇る。それを見て、俺も10月刊の『二編』のラインナップを思い浮かべる。
サンラ文庫・10月刊行予定(第二編集部担当分)
◯土野湖大門『王室第三婦人が一妻多夫で炎上中(仮)』
◎木盧加川『昨日の旅⑲』
―ぶたにん『ケモミミ!(仮)①』
おい、また、俺、無印じゃない? まあ、『昨日の旅⑲』は大御所でいいけど、土野湖大門先生は新作だし、また鮫貝氏のときと同じ横一線じゃないの?
「部数減の対象作品って、たとえば、ノンネームで、実績がなくて、ジャンルも怪しい、編集会議を7対5の僅差で通ってくるような作品ですか?」
川絵さんが大きく遠回しに尋ねると、さすがに気付いたのか、三熊さんは『ケモミミ!』の原稿を封筒にしまいながら言う。
「たとえれば、そうかな。でも、小ロットで始めても、売れれば増刷はするんだから、結局、同じって理屈よ……それより川絵、政一編集長、またぞろ新規レーベル立ち上げに動いてるし、征次編集長も妙な芸能プロダクションとツルンでるらしいわよ。川絵のところのカルチャー・ショックも一枚、噛んでるらしいけどね。何か知ってたら教えてよ」
なるほど、6,000部で初動が良ければ増刷されて結果、20,000部出れば原作者にとっては同じことか。俺は容易に納得する。
後の話にあった政一編集長と征次編集長の動きについては目新しいものではないらしく、川絵さんも笑って流している。
「新しいコトは知りませんけど、鷹崎さんも政一編集長から、ラノベの上の層狙いで、サンラプラス文庫を立ち上げたいって相談受けてる言うてはったわ。狭い業界やのに、どんだけ引っ掻き回すんよ。それに、サンラを黒字にせん限り、新規レーベルなんて社内も許せへんわ。あと、征次編集長の『西木坂46プロジェクト』は、『二編』がもっと安定してからやんか」
「そうだよね、ごもっとも……それじゃあ、ぶたにん君の説得、よろしくね」
三熊さんは、川絵さんのジャブを軽くいなすと、軽い笑い声を残して去っていく。
一方、残された川絵さんは、川絵さんは手帳に走り書きをすると、小さな溜め息をついている。
「初刷減部かぁ……征次編集長もおれへんのに、知らんわ」
そうした川絵さんを気遣って、俺は言う。
「別に、後から増刷がかかれば一緒なんだから、俺は6,000部スタートでも構いませんよ」
不思議なことに、川絵さんは俺を説得しようとしている訳では無さそうだ。
「ぶたにん、6,000部と12,000部って、ぜんぜん違うで」
「いや、三熊さんは売れれば増刷がかかるから一緒だって……」
俺が、さっきの三熊さんの言葉をオウム返しに言おうとすると、機先を制するように川絵さんが言う。
「初刷6,000部やと書店配本はどうなると思う? 全国で文庫本置いてくれるトオハンの取引書店さんは、五千店以上もあんねんで」
「各書店に1冊か2冊で、すぐに完売。客注が入って増版出来じゃ……」
「ぶたにん、各書店にバラ撒いたら、棚出しされずに返品されるんがオチやん。考えてみいや、他のラノベが5冊、10冊の単位で入ってくるのに、バラで回ってきたら、書店では一発で『死に筋』判定やわ」
確かに、書店としても限られた棚を売れそうな本で埋めたいだろうから、バラで配本されるような、期待されないラノベは、最初から切る。
良くて、棚差ししてもらえれば御の字で、バラ本に面陳待遇はあり得ない。
「でも、書店もトオハンに発注して取り次いでもらった本を、棚に出さないなんて、理不尽だなあ」
「そもそも、書店は発注なんかせえへんで。取次のトオハンの推奨配本通り受け取って、売れそうな本だけ、棚に出すねん」
おいおい、そんなことだと『ケモミミ!①』は印刷所から、書店に配本されたは良いものの、書店員に直に返却箱に分けられて、そのまま朝霞の取次倉庫に戻されるじゃないか。
「そ、それじゃあ」
「そこやねんけど、取次のトオハンも12,000部に減部したときは、傾斜配本って云うて、都心の売れる書店に50部、100部の大玉を流して、地方の書店には主要店舗以外に一切配本せんようになってん」
「そうすると、6,000部になると……」
「もう、全国販売を諦めるか、売れスジの都心の書店以外の配本を減らすしか無いわ。営業部も何考えてるんやろ……」
それから、しばらく、言葉もなく座っていた俺を、川絵さんは執筆ブースに誘って、ノーパソの前に座らせる。
「ぶたにん、まだ、ケモミミが小ロットって決まったわけや、ないねんから……土野湖さんもそうなる可能性があるし、二人とも、そうなれへん可能性もある……決めるんは編集長やから、拙速な判断は禁物やで」
俺は、川絵さんの話を聞いて落ち着いたのと、さっきの会話で妙に引っかかっていたことを訊く。
「征次編集長の『西木坂46プロジェクト』って言うのは?」
「ここだけの話、征次編集長の肝入のプロジェクトで、要するにアイドルにラノベを書かせようって話」
「それって、ラノベアイドル『文之はじめちゃん』の劣化コピーみたいなヤツですか。たまにコンビニの店員になっちゃったりする?」
「それは、架空の二次元アイドルやろ。じゃなくて、『二編』の作品を完全に著作権ごとアイドルプロダクションに売ってしまおうとしてんねん。バックに『二編』があったら、作品を安定供給、出来へんことやないやろ」
そんな、羨ましい。アイドルで歌って踊れて、ラノベまで書けて、ドラマにも出演するなんて……
でも、ラノベ作家が書きましたという作品よりも、本当にアイドルが書きましたと言って市場に出したほうが、読み手の興奮度は高まるかも知れない。
「とりあえず、ぶたにんは、原稿の直しを進めといて。私は編集ブースで情報集めるわ」
そう言うと、川絵さんは編集ブースで何か別の仕事を始めてしまった。
俺も、仕方なく執筆ブースで、プリントアウトした原稿の読みなおしと、誤字脱字のチェックを始める。
作業も佳境に入る頃、俺は制服の上着を脱いで椅子にかけると、封筒の擦れる音がする。
そう言えば、川絵さんの履歴書が入っていたことを忘れていた。
俺は、早速、封筒を開けて、履歴書を見ると川絵さんの驚くべき、乾いた情報が載っていた。
四霧鵺 川絵 (女・15歳) 11月3日生 特技・陸上短距離、漢字検定……
四霧鵺……なんで?
鵜野目って聞いていたのは幻聴だったのだろうか。
『美しい うりざねがおの 鵜野目さん』(詠み人知らず)
いろいろな情報が、頭のなかを錯綜する中、俺の頭はオーバーヒートして混乱するばかりだった。
結局、その日は夜の9時まで待っても、征次編集長は帰ってこなかった。
編集ブースで待っていた川絵さんが、執筆ブースまで、俺を呼びに来る。
「ぶたにん、もう、帰ろう。メグさんは別格やからおいといて、土野湖さんか、ぶたにんか、明日、キッチリ納得行くように編集長に順番を決めてもらお……」
「し、四霧鵺さん?」
「それは、お父さんの名前やけど……」
川絵さんは、なぜか、ちょっと得意げだ。
例のキメ顔に近い笑顔が戻ってきている。
「鵜野目さん?」
「そっちが正解。もう、二度と四霧鵺の名前で呼ばんどいてやっ」
川絵さんはしっかりと、キメ顔でそう言った。
訊くと、川絵さんは、太陽系出版社の現社長、四霧鵺政孝と編集プロダクション『カルチャーショック』を率いる鵜野目涼子の一人娘だったらしい。
しかし、両親の離婚により、中学生までは四霧鵺川絵を通して、社会人になってから、母親の姓の鵜野目川絵に改姓したようだ。
親権は母親にあるらしいが、本人曰く、父親も嫌いではないらしい。
なるほど、川絵さんの周囲に、妙な重要情報が転がってくると思っていたら、とんでもないバックグラウンドがあったわけだ。
ちなみに、履歴書が四霧鵺姓になっているのは家庭裁判所の対応に問題があったらしい。
なお、四霧鵺政一、征次の両編集長とは再従兄弟に当たる。
帰る道すがら、川絵さんから聞いた話を俺は半分も理解できただろうか。
(PART4 了)
お読みいただき、有難うございました。
次のPART5は、3月の私事多忙の時期を越えた当りと考えております。
どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。




