第5話 四霧鵺編集長が2人? 大ボケのぶたにん!
今回は編集者についてサラリと触れています。
世の編集者の殆どは校正や進行チェックで多忙な日々を送っていらっしゃいます。
本作はフィクションですので、デフォルメ自在な部分を割り引いてご鑑賞下さい。
今回は、ほぼ3000字です。また、土日はぶたにんの更新はありません!
社畜業と副業となろう投稿の並行作業のため、ご容赦下さいませ。
「編集長、やっぱりここです。征次編集長がいらっしゃいました」
最初に入ってきたのは猪又さんで間違いない。続いて入ってきた眼光の鋭い細身のジャケットの男は一体何者なんだろう。『編集長』って呼ばれてなかったか。
編集長が二人? 何なの、この状況。
俺はしばし呆然としてしていると、当然のように俺の隣に猪又さん、その隣に『編集長』が座る。
『編集長』が静まり返る会議室をぐるりと見渡してから、猪又さんに訊く。
「こっちは誰だ?」
「ああ、二編に出入りしてるフリーの編集の鵜野目川絵……」
「猪、それは、俺でも分かる。こちらの男性だよ」
「こちらは武谷さんです。今回の新人賞の審査員特別賞が内定している」
「ほう、武谷さんね……いやこれは、失礼しました。サンライトノベル文庫編集長の四霧鵺政一と言います。このたびは、受賞内定おめでとう。ところで、武谷さんはどうして授賞式もまだなのに、今日はこちらにお見えなんですか?」
俺は、四霧鵺と言う苗字が一致したので、この二人が何か親族なんだろうなと思っていたところに、いきなり話を振られたので、うまく対応ができない。
俺はマゴつくばかりで、みっともないが、こんな状況では仕方がない。
政一編集長はチラッと視線を猪又さんのほうに遣ると、猪又さんは首をすくめて言う。
「私は、四時前に内定の連絡をしただけです。社には呼んでいませんよ。受付で馬丘先生に挨拶されて、逆におかしいと思って今まで探していたんですから……」
うわっ、なんだか編集部って受賞前に来ちゃいけないところなのか……
よく分からないながらに、状況が良くないことを察知して俺はビビる。
それに、みんな、敬語というか、よそよそしい言葉でしゃべるもんだから、余計に怖い。
どうやら、征次編集長は沈黙を守る気のようで、明らかに視線を外している。
その代わりに、政一編集長のギョロ目に睨まれた川絵さんが釈明をする。
「わ、私? 私は知らんで、たまたま別件で呼ばれて来てただけやから……」
そこまで聞いて、政一編集長が声を張る。よく通る重い声質だ。
「征次、お前か?」
緊張した空気が、狭い会議室に張りつめる。
そして、諦めたように征次編集長が話し始める。
「いや、たまたま、近くに武谷さんが来ているというので、業界の心得なんかを話していただけですよ。区切りもついたので、今日のところはもうお帰りですから、お送りしようと……」
「新人の高校生が近くに来たからって、お前に連絡なんか入れるはずがないだろう。お前が呼び出したに決まっている。まさか二編の青田刈りでもしていたんじゃないだろうな?」
おお、政一編集長って、カンが鋭いよ。ズバリじゃん、と俺は横で聞きながら感心する。
「いやいや、そんなことを言われるのは心外だなあ。ただ、前途有望な新人さんに無能な編集部に使い潰されないようにアドバイスを与えるのは、業界人として当然の使命と思っていますがね」
使い潰しと言う言葉に反応した熱血漢の猪又さんが、二人の会話に割って入る。
「征次編集長、ウチの編集部は使い潰しなんてしていませんよ。作家さんとトコトン方向性を話し合って作品作りを進めています。もちろん、すべてが上手く言っているとはいいませんが、作家さんを潰そうなんて思って仕事している編集は一人もいませんよ」
「上手いこと言っているつもりでも、やっていることは使い潰しだよ、猪。そんな心算はないと言いながら、無意識に作家を潰してるのなら、もっとタチが悪い。作家は何ヶ月もかけて練り上げた新作の企画書を否定されるだけで、心が折られるものなんだ。ところが、いったい何人の編集が、編集長を説き伏せてでも、体を張ってでも、この企画書を通してやろうと思って編集会議に出てきているのだろうねえ」
「僕は、編集会議に出す企画書には万全を期しています。ですから、ダメ出しされたら誰だろうと反論するし、通らなければ何が悪かったか作家さんと再打合わせもやってますよ」
「猪、お前はよく出来た編集だよ。でも、お前の後輩の蟹江はいまだに手持ちの作家の企画を通せていないじゃないか。あいつの制作スケジュール見ていると、引き継いだ作家の続編しか入っていない」
「蟹江は、確かに経験不足かもしれませんが、手持ち以外に鎌内先生の制作編集もみていますから大変なだけです。鎌内先生の作品は、メディアミクスとかいろいろあるんですよ。あと一年経てば立派な編集になります」
「ほぉ、その一年の間にいくつの企画書を流すつもりだ? それを作家潰しって言うんだよ。未熟な編集のOJTに何ヶ月も付き合わされる作家さんの身にもなってやれよ」
「蟹江は、そんなことはしていないっ……」
身を乗り出して反論する猪又さんを止めたのは政一編集長だ。
「やめろ、征次も煽るようなことは言うな。編集会議では、どんな企画書も真剣に目を通しているし、採否の議論も担当編集と作家さんとで共有している。何が悪いのかは作家さんにも分かるようにしている以上、担当編集の当たり外れを言うのは的外れだし、もし、そんなことが言われているとしたら作家さんの八つ当たりと言うしかない」
征次編集長は、なおも意地悪そうに言う。
「私が担当編集に、企画書をロクに読む暇もない忙しい蟹江を当てられたら、賞を辞退して他社に行くよ」
「征次っ、今日はお客さんがいるだろう。控えろ」
場が一気に静まる。お客さんって俺のことかな。そうだよな、どう見ても場違いだよ。高校の制服姿でこんな会社のお洒落な会議室に腰掛けているって変だ。
どうにか俺がここに居られるのは、同い年の川絵さんが混ざってくれているからだろう。
その川絵さんは小声で征次編集長をたしなめているが、当然丸聞こえだ。
「そうやで、征次編集長。ダメな編集って言い出したら蟹江さんだけやないんやから……」
川絵さん、あの、俺の胸の不安が半端なく高まっているのをどうにかしてください。俺、もう、無理かも知れない。
「川絵も、妙な口出しはしない。そして、武谷さんっ、これからデビューに向けて頑張ってもらうわけだがね……どうか、いまの話には惑わされないで欲しい」
ギョロ目の編集長はそう言うが、もう、俺の頭のなかには担当編集を猪又さんにして欲しい、という気持ちがすくすくと育っている。
それに、蟹江さんとかいう後輩の編集の人を避けたいという気持ちも、だ。
その俺に、編集長は斜め上の方から続けて言葉をかけてくる。
「ウチは編集部の編集方針は担当編集が誰であれ同じだ。そして、編集会議の内容も含めて、すべて担当編集を通じて作家さんにお伝えするようにしている。だから、今後、出版が延びたり、企画が通らなかったりすることもあるだろうが、決して担当編集だけに責任を押し付けるようなことはして欲しくないんだ。ウチの編集者は担当作家さんに、何を書いてもらえれば一番売れるのか、誰よりも人一倍考えているし、何が売れているのかの最新知識も持っている。だから、担当編集が誰であれ、一緒になって面白い企画を作っていくことが人気作家になる最短の道だと信じてもらいたい」
何だかいい感じにまとめられたので、俺はギョロ目の編集長に言う。
「あの、俺、今すぐ賞を辞退するとか、『二編』に入るとか、編集部の方針に絶対従うとか、決められませんので、また、来週ぐらいに返事してもいいでしょうか? 親とか相談しなきゃだし……」
俺の一つ向こうのギョロ目の編集長の目がさらにギョロリと深みを増したかと思ったその刹那、編集長の怒号が会議室を揺るがした。
もう帰ろうと思って立ち上がった俺を、猪又さんは放してくれそうになかった。