第12話 鵜野目川絵の恋愛講座
本日の電撃文庫の公式発売日に合わせてKADOKAWAがラノベ販促を打ちました。
取次の日販、協力書店2000店との触れ込みで、5レーベルが参加しています。
角川スニーカー、電撃文庫、富士見ファンタジア文庫、MF文庫J、ファミ通文庫。
同社は他にもライトノベルの隣接レーベルを所有していますが、互いに統合しないのは何故でしょう。
やはり、効率の面からは多数のレーベルを所有するのはデメリットが大きすぎます。
しかし、レーベル統合は、売上の面からは1+1=2にならないばかりか、ファン離れを招く、マイナス面が大きくのしかかります。
また、旧版の回収やカバーの付け替えなど、レーベル統合コストも馬鹿になりません。
しかし、ラノベの販売ピークを過ぎた今、レーベル統合は避けて通れません。
これまでの傾向からすると、市場縮小と共に弱小レーベルを統合する弱肉強食が流儀のようです。
さて、本日は3700字となりました。どうぞ宜しくお願いします。
「鵜野目さん、あなた何か私に恨みでもございますの?」
「えぇっ、なんで、なんで?」
紀伊馬チナツ曰く、俺の手だと勘違いして触っていたものが、鮫の腹ビレだと知ってお怒りのようだ。
「ぶたにんの代わりに鮫を置いておくだなんて、悪戯好きにもほどがありますわ。ついつい可愛がっているうちに、腹ビレが怒張したお陰で気付いたから良かったようなものの……」
その言葉に、鮫貝氏には同情して良いやらよく判らなくなる。
「それで、鮫貝君はどないしたん?」
「鮫から狼に変化する瞬間に、腹ビレを蹴り上げて成敗いたしましたわ」
鮫貝よ、安らかに眠れ。君の骸は明日にでも都指定の産廃業者が引き取ることであろう。
「鵜野目さん、私に鮫を押し付けておいて、自分は泥棒猫のように、こんなところにぶたにんを隔離して籠絡しようだなんて、随分じゃございませんですの?」
「鮫貝君が席を移動しただけで、自分が勝手に間違えただけちゃうん?」
「そ、そんな、暗がりでは誰も間違うものですわ」
「自分、恋愛講座の相手すら間違うんかいな」
「ええ、暗がりですし、映画に気を取られていたものですから、それに、可哀想な片親のぶたにんとは、知り合って、たったの半日にもなりませんし」
自慢にもならない痴女っぷりが痛々しいのだが、恬として恥じないのが、いかにも紀伊馬チナツらしい。
「片親のって、ぶたにんトコの家はふつうに両親と一人っ子の三人家族やで」
「なるほど、鵜野目さんはご存じなかったのですね。彼の苦しい境遇を。今朝、全校集会で校長先生が仰ったのですから間違いございませんわ」
「いや、この前、入社時の書類には『両親ともに健在。同居中』って書いてあったし」
川絵さんの、この言葉に、紀伊馬チナツは驚きを隠せないようだ。
「そんな、父親が会社のリストラを苦に首を吊って、残された母親に楽をさせようと出版社で奴隷的労働を強いられていると、校長先生が……」
「いや、新人賞の賞金で、青山に一人暮らしする計画もあったくらいやから、なんかの間違いちゃう?」
なるほど、言われてみればそんなことも、あったよな。改めて言われると小っ恥ずかしい思いで悶絶死しそうになる。
思えば、俺も社会人として、かなりバージョンアップをした証左だろうか。昨日の俺が恥ずかしく思えるものである。
「しかし、今日の座敷牢で……その、ライトノベルとやらを書かされる苦行は看過できませんわ」
「そやから、誰も、あそこでは書いてへんかったやろ。ふつうは家とかファミレスとか、適当な場所で書いてはんねんから」
その言葉を受けて、紀伊馬チナツはやや考えた末に、こう言う。
「ふうん。一見、理屈は通っていそうですわね」
「なによ。一貫して勘違いしてたんは自分やん」
「理解りましたわ。その穢れたブタは私の救う対象ではございません。お譲りします」
おい、紀伊馬チナツ、口調が鮫貝氏に似てきたのは気のせいか?
「悪いけど、ぶたにんは穢れてもないし、ブタでもないで。それにな、ぶたにんの執筆にかける執念は、超一流の異常さやねんから」
川絵さん、嬉しいんですが、そこは超一流で止めましょうよ。
まあ、異常な熱心さなら、認めないでもないのだが。
「どうして、そこまで鵜野目さんは、ぶたにんに入れ込みますの? ひょっとして、お二人は既に……」
いずれ菖蒲か杜若。前に居並ぶ二人を見て俺は、そんな言葉を思い出す。
「……まあ、邪推は致しません。とにかく、恋愛講座の後はお任せしますわ。私には、生憎、ぶたにん以外にも救わなければならない衆生がおりますので」
「へ、へぇ。チナツちゃんも苦労が耐えへんなあ。せいぜい頑張りや」
「高貴なる者の宿命ですわ。それでは失礼」
目の前で、紀伊馬チナツが客席のほうに姿を消す。
「川絵さん、映画、終わっちゃいますよ?」
「私、映画のほうはええわ。あらすじは知ってんねん」
「じゃあ、俺、荷物、取ってくるんで」
「ぶたにん……」
俺は、何度となく呼ばれ慣れた言葉に反応して振り返る。
「ついでに、私の荷物も取ってきて……その、恋愛講座のファースト・ミッションみたいなもんや」
川絵さんは照れ隠しに、明後日の方角を向いて足を組み替える。その仕草に、なんとなく、胸がキュンとするのは気のせいだろうか。
さて、席に戻ると、鮫貝は白目をむいて泡を吹いている。
俺は自分の荷物と川絵さんの傘を持って行く。途中、紀伊馬チナツは俺の動きに気づいていたようだが、ガン無視を決め込んでいるようだ。
傘を持ち帰った俺に、川絵さんは言う。
「ぶたにん、ありがとう」
この何気ない一言に、俺は微妙な違和感を覚える。ラノベでは、主人公が恋人に、ぶたにんなどと呼ばれることはない。それでは、胸キュンではない。
大体は主人公の二つ名、俺で言う『タケィ』、または、オーソドックスにファーストネームの『新樹』、はたまた、妹風に『お兄さま』……
この世の中に、素晴らしい胸キュンな呼び名は数多あろうかというのに、どうして『ぶたにん』なんだろう。
「あの、川絵先生。一つ提案ですが、恋愛講座の開始にあたって、お互い二つ名で呼びあうというのはどうでしょう。俺の二つ名は『タケィ』か『ケモミミ救世主』ですが」
「え、『ぶたにん』のほうがカッコエエやん。ちなみに、私のことはなんて呼んでくれんの?」
しまった、そこは何も考えてなかった。さらに、ぶたにんのほうが格好良いなどと、何気に褒め殺されている。
「川絵さんの二つ名……いや、ニックネームとか教えて下さい」
「私のあだ名? 川絵以外はなんかあったかな……中学の時はワエピョンとか、キリリンとか、いや、恥ずかしいからそんなんで呼ぶんはやめてや」
おお、なんだかイイ感じに胸キュンポイントを稼いでいる気がする。
俺は、ここで一気呵成により切るべく、伝説のケモミミを召喚する。
「それでは、本格的に『冥界の女王』とか、『叛逆の聖母』と称するのは、いかがかなと」
「それって、なんの罰ゲームなんよ」
しかし、川絵さんの極上二つ名を拒否られた俺は、『川絵』と呼び捨てにするのも小っ恥ずかしいし、他に浮かぶアイディアもない。
「……それでは、川絵さんで」
「なによ、芸がないあ」
俺は芸人ではないので、芸は求めないで欲しい。
いよいよ、映画のエンドロールが流れる時間なのか、後ろから観客の雑踏が迫ってくる。それと同時に、聞き慣れた鮫貝の声もする。
狭い通路で、俺と川絵さんは壁際に向いて、隠れるように寄り添う。
「川絵さんとぶたにんが、先に帰ったってどういうことですか?」
「私は存じ上げませんわ、鮫貝。あと、外は雨が降っているようだから、早々に車を拾って来なさい。でないと私の制服が汚れてしまいますわ……」
紀伊馬チナツの声と鮫貝の声が遠ざかっていく。
俺は、川絵さんと顔を見合わせて苦笑するが、川絵さんは少し困ったように訊く。
「外は雨やて、ぶたにん。自分、傘持ってへんやろ。どうするん?」
なるほど、外は本降りのようだ。川絵さんの折りたたみ傘一本では、社まで帰るには心もとない。
俺に委ねられた選択肢は2つだ。相合傘で濡れて帰るか、どこかで雨宿りをするか、だが……
※明日、11日(祝)は更新おやすみです。次回、12日(金)0時、更新となります。
ひきつづき、よろしくお願い致します。