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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART4 書籍化デビューと学校バレの五月病
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第11話 初デートの映画鑑賞は鉄板!

日本の電子書籍市場の不思議な点として、紙書籍との価格差が挙げられます。

在庫リスク無く、輸送コストも安く、乱落丁の心配のない電子書籍、安い筈ですが…

なぜか、再販価格制も無いのに紙書籍と同価額のものが並びます。

理由はさておき、この先の電子書籍普及のメルクマールは教科書と言われます。

教科書の電子化はプラットフォームの統一だけでなく、全国4000店弱の教科書取次書店の廃業を意味します。その頃にはランドセルもひと回り小さく形を変えるかもしれません。


さて、本日は3200字となりました。どうぞ宜しくお願いします。

 喜劇場と映画館が同居している神田町シアターは百席程度のこじんまりとした映画館だ。


 川絵さんのリードによって、中ほどのD列に四つ並びで席を確保し、中央通路側から鮫貝、川絵さん、俺、紀伊馬きいまチナツの順で座る。


 痴女令嬢らしく徒歩移動に疲れた紀伊馬チナツは、着席してステータスを回復したのか、急にそわそわし始める。


「やはり、わたし、気になりますわ」

 俺の顔を見ていた紀伊馬チナツが、ひそむようにニヤリと微笑むと、悪魔の所業か、エイヤッとばかりに両鼻に詰めてあったコットンを抜き去る。


 その瞬間、ピリッとした痛みとともに、右の鼻の穴から赤いものが、すっと伝う。


「げっ、痛っ」

 俺は、最大限の抗議をするが、紀伊馬チナツからテヘペロ顔でティッシュを差し出されると、おとなしく、それを右の鼻腔びくうに詰める。


 どうやら、傷の浅い左の方は回復したようだ。


「まだ治りませんのね、頑固な鼻ですわ。ところで、ぶたにん。ふだん、映画は何をご覧になりますの?」


「いや、映画は見ないけど」


「あっ、家庭の事情が火の車では、映画館なんて一生、無理でしたわよね。ごめん遊ばせ」


 家庭の事情じゃなくて、引きもって小説を書いていたせいもあって、映画は見ていないのだが。


 俺との会話を早々に終了させると、俺を飛ばして、紀伊馬チナツは、川絵さんに尋ねる。


鵜野目うのめさん、ところで、映画を見に行くのがデートらしいとおっしゃっていましたけど、その理由をお聞かせ願えませんかしら?」


「まず、映画って非日常やし、テンション上がるやん。そして、お互い知らんもん同士、共通の話のネタもできて一石二鳥やし」


「それは、実体験ですの?」

 なかなかナイスな質問に、俺は川絵さんのほうを、固唾かたずを呑んで見守る。


「そ、そんなもん、常識やんか」


誤魔化ごまかさないで下さいませ。私たちは鵜野目さんの勧めにしたがって、今まで映画鑑賞をテーマに恋愛講座をしてきたのですわ」

 かなり嘘っぽいが、俺は黙ってスルーする。


「じ、実体験やないけど、一般的にはそうやねんで」


 川絵さんの焦燥しょうそうに、意地悪な笑みを浮かべる紀伊馬チナツは更なる高みから尋ねる。


「改めてお尋ねします。では一般的に、デートは、これからどのように盛り上がりますの?」


「まあ、映画が始まるまでは、ドリンクとフードをつまみながら、これから見る映画の話で盛り上がんねん」


「鮫貝、ドリンクとフードを人数分、適当に買って来なさい」


「御意!」


 なんなんだろう、卓越した下男サーヴァンツシップを発揮して、鮫男は小走り気味にロビーのほうに向かっていく。


「それでは、鵜野目さん、映画が始まってからはどのように盛り上がるんですの?」


「映画を見て盛り上がんねん」


「映画を見た後はどのように盛り上がるんですの?」


「映画の感想を言うて、盛り上がんねん」


 川絵さんの回答に不満そうに、紀伊馬チナツは悪態をつく。


エイが、出てまいりませんわっ」


「映画は、出たやん」


 イントネーションの問題でかわす川絵さんを黙って見逃してくれるほど、紀伊馬チナツは優しくはない。さらに声を荒げて訊き返す。


「違いますっ。アヴァンチュールのタイミングですわよ、アヴァンチュール! 本日の課題の恋愛講座でぶたにんが攻略すべき敵ですわよ」

 余りにも紀伊馬チナツがアヴァンチュールを連呼するので、小さな映画館の耳目をすっかり集めてしまった。


 しかし、敵に回した覚えはなかったが、アヴァンチュールって俺の敵だったのか。


「そんなん、いつでもええやん。勝手に盛り上がってAアヴァンチュールしてたら……そ、そこまで気合い入れるもんなん?」

 顔を赤らめて言う川絵さんは、少し可愛く見えたりするから不思議だ。


「それでは、質問を変えることにしますわ。鵜野目さん、どうしたら映画館のデートで盛り上がれますの?」


「そんなん、映画やってる間は、暗ぁなって、皆スクリーンに注目すんねんから、手を触ったり、掴んだり、握ったり、……絡めたりやなあ」


「手を絡めてからどうされるおつもりですの?」


「どうするって、肩を寄せて相手のことを見たりやなあ……」


「「そして?」」

 そこそこに盛り上がったところで、空気を読まない鮫男が戻ってくる。


「この袋、ドリンクとポップコーンです……おやおや、お静かですが、ひょっとして、お腹が空いているんですか?」


「鮫貝君、みんなおなかいてんねん!」


「誤魔化さないで下さいませんことっ。それで、続きは?」


「それ以上は自分で考えてや、ほら、始まるで、静かにし」

 紀伊馬チナツの抗議を打ち切るかのように、照明が次第に暗くなり、館内では映画上映の際の注意事項が流される。


 やむを得ず、前を向いて着席し映画を楽しむ体制に入る。

 鮫貝はどうやら、興味が無いのかドッカと腰を落ち着けてあわよくば寝る体制だ。

 逆に、川絵さんは、浅く腰掛けて臨戦態勢である。


 俺の隣の紀伊馬チナツはというと、俺の左手をどう絡め取ろうか、何か怪しげな予行演習に余念がない。

 危険を感じた俺は少し川絵さんのほうに身を寄せて護身を図る。


 そう、この時点で俺はようやく紀伊馬チナツの恋愛講座とラキスケに未練、否、見切りをつけ、対象を敵性(パターン青)と判定し3次元『おさなづま』(紀伊馬チナツ)を排除しようと心に誓った。


 そもそも、俺には、裏切ることの出来ない2次元の『ケモミミ!』があり、恋愛講座なら、信頼に足る元上司『川絵さん』がいるのだ。


 そして、いよいよ『ラブ・ブラインドリー』の上映のブザーが鳴る。まさに、戦闘開始のゴングであり、木口上等兵の進軍ラッパである。


 早速、俺の左隣で妖しく手を動かしていた漆黒しっこくの痴女令嬢こと、紀伊馬チナツは、銀幕の光を受けて妖しく右の手を絡め始める。


(ガチャリッ)

 小さな音とともに、紀伊馬チナツは無法にも肘掛けを跳ね上げ、国境線ボーダーラインを乗り越える。

 そして、俺の左手を二の腕からよじるように絡め取ると、体側をピッタリと密着させてきた。俺の左腕から『D-DAY・痴嬢最大の作戦』が始まった。


 その時、俺の右にいる川絵さんは映画を鑑賞する時は自分の世界に没頭する派のようで、不動の姿勢でじっと銀幕を凝視している。


 ちなみに、向こうの鮫男は下男働きの疲れからか、時折、後ろの人から小突かれるほどのいびきをかいて、寝たり起きたりを繰り返している。


 そんななか、俺は、暗闇のなかで侵攻を受けている左腕が柔らかい感覚に包まれる。


 見ると、さっきまで腕組みしていた紀伊馬チナツが俺の左手を胸に抱え込み、身体を寄り添わせて、いよいよアヴァンチュールの臨戦態勢である。


 紀伊馬チナツはピクニックのように気楽に俺の左半身を影響下に置くと、川絵さんに言われた通り、肩越しに俺の動向を注視している。



 極めてマズイ。



 これではまた、恋愛講座ではなく、変態講座が始まり、俺の『ケモミミ!』は恋愛キュンキュンラノベから、エロラノベへとあらぬ方向へと歴史改変されてしまう。


 俺は、左腕は紀伊馬に預けつつ、小刻みに機動して内線ないせん撹乱かくらんに努めながら、左肩を大きく張り出して戦線全体を大きく左に押し返して、紀伊馬チナツ本体を後退させることに成功する。


(ガチャリッ)

 音とともに、俺と紀伊馬チナツの間に再び国境線が横たわる。



 東部戦線、異常無し。



 これで腕を抜けば、完全に失地回復であるが、敵もさるもの、左腕を完全に組み敷いて占領下に置き、左右両腕両乳の圧倒的物量作戦で腕の関節をキメにくる。


(ゴリュッ、ゴリュリュリュッ)

「ぎゃぁっ」


「ねぇ、左腕はもうメロメロでしょう。ぶたにん、無駄な抵抗はやめて私との恋のAアヴァンチュールに突入するのですわ」


 確かに、左腕はメロメロのボロボロで、既に抵抗できる状態ではない。しかし、脳天気にエロラノベのAアヴァンチュール展開に突入する俺ではない。


 そこで、俺は断腸の思いで『キングストン弁開け』を下令する。そう、軍艦が自沈するときに使う溢れ出る男のロマン、海水取水用バルブだ。俺の場合、今日は右鼻腔にドデカイ弁がついている。


 えいや、とコットンを引き抜くと、意外にタラタラと血が流れてくる。


「ひっ」

 小さな悲鳴とともに紀伊馬チナツは腕を放す。


「わわっ」


「もうっ、静かにしいやっ」

 唐突に川絵さん方面から、後頭部をひどく打たれた感覚とともに、俺の意識は暗転した。


「ちょっと? ぶたにん、生きてる?」


 身体を揺らされて、ものの数秒で俺は蘇生そせいする。


 川絵さんの呼びかけに目を見開いて応じると、川絵さんは小声で言う。

「ぶたにん、また、鼻血出てるやんか。早うおいで」


 川絵さんは、俺の身体を起こすと、代わりに白河夜船しらかわよふねいでいた鮫貝の腕を引っ張って俺の身代わりに置き、通路への道をひらく。



 ロビーに出てフィジカルチェックを受けると、川絵さんは長嘆息ちょうたんそくして言う。


「全然、治ってへんなあ。ちょっと、こっちで横になって休み」


 経緯はどうあれ、劇場を出たところの長椅子に俺を連れてきて介抱してくれている川絵さんは、天使に違いない。


 眼前10センチメートルに、その川絵さんの顔が迫ってくる。


「ゴメンな。めっちゃ盛り上がる場面やったから、つい、手が出てしもうたわ」

 小声でささやく川絵さんを妙に艶めかしく感じながら、圧倒的な女子のまとっている匂いと、川絵さんの息遣いきづかいにドギマギする。


 なんせ、そこいらの木石とは異なり、彼女いない暦0018年を刻んできた俺の少年のような純粋な心だ。


 もてあそばれるように川絵さんに恋い焦がれるようになる。


 神サマ、ヒョットシテ、コレガ『こひ』デセフカペンピボキシル……


 ちなみに、最後のほうは賢者の呪文である。放念して頂きたい。


「ぶたにん、なんか、また出血がひどくなってきたで?」

 川絵さんは重ねたティッシュで俺の右鼻を押さえる。どうやら、度々の頻脈ひんみゃくと血圧上昇により右鼻の傷は、また、大きく開いてしまったようだ。


 しばらく、鼻を抑えて近くの通路脇にある自販機横の長椅子に、川絵さんの膝を枕に横になる。


 モシモ夢ナラ、メナイデ欲シヒナアンドロケッツ……


 ちなみに、最後のほうは、くどいようだが賢者の呪文である。


 俺が目をつむってほしいままに妄想している間に、どうやら通路には、紀伊馬チナツが現れたようだ。

 川絵さんに話しかける声が聞こえる。俺は、卑怯にも死んだふりを決め込んで日和ひよることにした。

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