第10話 ラノベ恋愛史上、最強のイベント
2015年に一気に96号までを出版した「亞書(アレクサンドル=ミャスコフスキー?)」。
本来、どうでも良い珍本の類ですが、国立国会図書館法を見なおす良い機会かもしれません。
同法は電子書籍も含め日本で発行する図書等はすべて国会図書館に納本する義務を課しています(同法25条、25条の2)。
しかも、違反者は小売価額の5倍の過料に処せられます(同人誌といえども、ネット販売をした時点で一般流通を意図するとみられるため注意が必要です)。
ポイントは「日本で発行された本を全部集めた図書館」が必要かどうかですが、既に遺漏書も多く、セルフパブリッシングも盛んになるなか、動向が注目されます。
さて、本日は3100文字です。どうぞ宜しくお願いします。
「ぶたにん、あちらが休憩できそうですわ」
猥雑な街並みの一角に、ご休憩処を見つけた紀伊馬チナツは俺の手を引き、目当ての建物に向かう。
《ホテル・リンデン・にゃんにゃん》
御宿泊 9,300円〜 御休憩 3,800円〜(2時間)
俺は、どうにも開いた口が塞がらない。
一方、純真無垢な痴嬢様、紀伊馬チナツは、カラオケや大画面テレビなど充実した設備の説明書きに驚きながら、ずかずかと中に入っていく。
「休憩と言えば、ホテルのロビーでアフタヌーンティでもと思っていましたが、庶民向けのホテルの『御休憩』も何て充実度なのでしょう。勉強不足を恥じねばなりませんわっ」
俺は、どこにツッコミを入れて良いやら分からず、ただただ、入口ホールの自動チェックインシステムの前に立ち尽くす。
しかし、俺とて生まれて初めての体験であり、果たして、ずらりと並ぶパネルを前に、何をして良いやら悩む。
「これなら、あの二人も連れてくるべきでしたわ。せっかくの機会なのに気の毒ですわ」
「……」
もはや、究極の変態4P痴女と化した紀伊馬チナツの冗談に、俺は笑えない。
しかし、この先に進むと、密室で女子と二人きりでにゃんにゃん不可避である。ただ、俺の所蔵している教科書の中で、にゃんにゃんを潔く真摯に描写したものはない。
無印教科書でも、乳淫、吸茎などは、得手勝手に挿絵入りで描写されているものが多い昨今だが、ジュブナイルポルノとの境界を意識してか、一線を越える描写には挿絵がなかったり、不自然に光線が走ったり、本文が淡白なものが多いのだ。
あと、誠に畏れ多いのだが濃厚な表現のあと『一線を越えた』の6文字だけでコトを済ましてしまう教科書もあったりして、参考にならないこと夥しい。
果たして、彼女いない暦0018年の俺に対して、紀伊馬チナツはラノベ史上最強のイベントを、どこまで、こなしてくれる心算なのだろうか。
そう思うと、心臓は高鳴り、紀伊馬チナツの痴態さえもが俺の脳裏を掠める。しかし、痴女とはいえ、見た目は偏差値70と抜群の紀伊馬チナツである。
隣で見ている分には、天衣無縫な女子高生が豊満な肢体を制服に包み、ラブホの部屋を吟味しているようにしか見えない。
すると、紀伊馬チナツが恥ずかしそうに、尋ねてくる。
「ぶたにんは、どのぐらい、御休憩なさる御心算なのかしら?」
さて、極上の『おさなづま』で10分と持たなかった俺だ。本物を相手に何時間、いや、何分何秒耐えられるのだろうか?
まさかの事前発射も予想される中、俺は右手使用の平均耐久時間を答える。
「な、7分ほどで充分かと」
俺の童貞告知に、紀伊馬チナツの回答が凄まじい。
「そうよねぇ、私、正直、座るだけでもイイのよ」
「……は、はあ」
これは恐るべき痴女っ子だ。座った瞬間、俺が終わると踏んでいるのか。
それとも、紀伊馬家の秘伝の技で一秒間に16回ナニが連打されてしまうのか。
それなら、終わるかもしれない……事前発射、ダメ、ぜったい。
まあ、そうは言っても、ラノベ史上最強のイベントであり、『賑妹魔法王の契約者』の主人公ですら、ヒロインを屈服させるのに、ふつうで数分はかかる筈なのだが。
これは、ラノベの主人公も場数を踏まないとイケないということなのだろう。
そして、瞬間沸騰痴女、紀伊馬チナツは、どれほどの修羅場をくぐり抜けてきているのか。
ちなみに、俺は、どんなときでも『三角関数の公式』を呪文詠唱すると、我慢タイムは3倍に伸びることを知っている。負けるな賢者、俺。
ラキスケ、否、本番スケベを指呼の間に収めつつ、俺は、入口ホールで部屋のパネル写真を前に佇んでいると、隣でスマホに目をやった紀伊馬チナツが、驚いたようにして言っている。
「ここは、後にしましょう。映画が始まってしまいますわ」
だが、俺の心はスケベの彼方にあって、なかなか戻ってこない。
それを見かねてか、紀伊馬チナツはスマホで鮫を呼び出す非常手段に訴える。
「……鮫貝、早く迎えに来なさい。『ホテル・リンデン・にゃんにゃん』のロビーです。ピンクと赤の毒々しい看板ですわ。すぐに探しなさい、1分以内っ」
夢から醒めると、冷酷な現実に直面するのもラノベ主人公のお約束ではある。
しかし、夢を見る前に鮫男に起こされるとは思いもしなかった。
「紀伊馬さん、鮫貝です。こんなところに連れ込まれて、ご無事ですか?」
すげえ、ホントに1分以内に来たよ、鮫。あと、ちょっと待て。誘ったのは、断じて俺ではない。
「ぶたにん、あんた、何やってんのよ」
川絵さん? 俺は、単に休憩をしようと言われて入っただけで、入ってみると御休憩だった……いや、断じて中には入ってません。俺は、無罪です。
俺が喋る前に、紀伊馬チナツが得意げに施設案内を指して話しだす。
「川絵さん、あなたご存知だったのかしら。こんなステキな隠れ家的スポットがコンクリートジャングルの中にあるなんて。まあ、知っていらしたら、映画鑑賞も御休憩もこちらで済ませるように仰るハズですわよね」
「主犯はチナツちゃんかいな。ここ、ホテル云うてもラブホやし、恥ずかしいから、一緒に出るで。あと、鮫貝君は、ぶたにんと後から出てや」
入り口から百合百合しいカップルが出たあと、薔薇薔薇の俺と鮫がラブホを後にする。
確かに、知人関係者に現場を抑えられると恥ずかしいことこの上ない。
大通りの薬局前まで百メートル余りをどうにかやり過ごし、また、4人で集まる。
「もう、何が恋愛講座なんよ。これやったら変態講座やん」
川絵さんの厳しいご指摘に、『恋愛1:変態99』の割合で進行してきた紀伊馬チナツの恋愛講座を振り返る。俺的には充実した講座だったのだが、たしかに本旨と逸脱している部分を認めなければいけないようだ。
しかし、変態を通り越して精神的痴態にたどり着いている紀伊馬チナツは、なおも意気軒昂だ。
「多少、順番が前後しても構いませんことよ。最後にはキュンキュンの恋愛講座になるんですもの」
その強気が一体何から組成されているのか、多少なりとも、その成分とやらを教えてもらいたいものである。
キスからはじまる恋愛講座を期待していたが、どうやら、強姦から始まる恋人調教講座を受講している気がしてならない。
「ほら、もう神田町シアターが見えてんで」
俺は、川絵さんの指す、妙な三角形のポリゴンみたいなビルの正体を訝るようにして見遣った。
よく見ると、妙な形の建物のそばに人が、かなり集まっている。
「こらぁ、ぶたにん、チナツちゃん、早くきいや」
このまま、その声を無視出来るはずもなく、俺と紀伊馬チナツは神田町シアターに向けて歩き始めた。