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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART1 デビューの壁の向こう側 
5/90

第4話 ラノベ作家の寿命って、そんなに短いんですか?

当方、「涼宮ハルヒの憂鬱」は勉強のため書き写したほど大ファンです。

勿論、俺ガイルは青盤SS含めコンプしております。ぼっち党ですとも!

さて、本作はフィクションでありゲフンゲフン、本日もギリギリ3000字台です。

どうぞ、宜しくお願い致します。

 川絵さんは俺のことを痛そうな目で見ている。

 俺、なにか間違ったこと言ったっけ? 


「武谷さん、本を売るのは、太陽系出版社では営業部の仕事やねん。具体的には取次対応や書店廻りとかやけど、編集は、営業については企画サポートとイベント協力までやわ」


 営業部? そんな訳の分からん業界用語に媚びる俺じゃないぞ。

 いや、業界用語じゃないか……


 そんなことを思っていると、少し遠い目をして、川絵さんがポツリと呟く。


「私も売れる企画は出してるんやけどなあ、なんでやろう、なかなか思ったとおりに行かへんねん」


 その言葉に、征次編集長が、その重量感のあるヘルメット頭をもち上げて言う。


「川絵は感性が独特だからなあ……まあ、それはおいておいて、武谷さん、そろそろ今日お越し頂いた本題のほうのお話に入っても構いませんか?」


「は、はい、お願いします」


「私は平素から小説を作れる編集か、編集が分かる作家がいれば、今より市場の求める作品に近いものが出来る。そして、ヒット作が生まれる可能性がグンと高まると思っているんだ。しかし、ラノベ作家の平均寿命は大体三年、しかも兼業が多いから育成も儘ならない」


 俺は、征次編集長の言葉にビビる。

 ちなみに、俺は一見、自尊心が強く傲慢なところもあるが、一皮むけば豆腐メンタルのコミュ障気味で顔見知りなのだ。

 加えて、非リア充の痛い一面も顔をのぞかせる。

 ひとはそれを『ぶたにん』と呼ぶ。


 今まさに、ぶたにんと成り下がった俺が言う。


「ラノベ作家の寿命って、そんなに短いんですか?」


「ああ、短いだけなら入選作の改稿作業の途中で息をしなくなる人もいる。武谷さん、興味がおありのようなので話しておきますが、新人賞をもらった作家さんの半分近くが二作目を出せずにこの業界を去っている。活動期間にすると新人賞受賞から五年間で半分、十年でほとんどがいなくなる」


「十年でほとんど、か……」


 ネットで見たことがあるので、足元を掬われるようなことはないが、やはり、編集の現場で聞くと重みが違う。


「そう、才能があり、運も持ちあわせて新人賞を贈られた作家さんのほとんどが残れない業界って言うのが、知っての通りラノベ業界だ。俗に『使い捨て』とまで言われている……業界人としては恥じなければならない状況だが、我々も売れセンを追いかけるのに必死でね。業界全体で作家さんを育成するところまで正直手が回っていない」


 征次編集長は参ったというようにして肩をすくめる。


「これを厳しい業界だ、と言ってしまえばそれまでだが、作家さんにとっては一生を棒に振ってしまうことだってある。賞を渡した翌年に、あなたの時代は終わりました、なんてことは言うべきじゃないんだけどね」


 自戒を込めてなのか、征次編集長が独り言ちるように呟いて視線を脇にそらす。そして、顎をのせていた組んだ両手の拳を解いて、上体を元の自然体に引き戻す。


 そうか、新人賞をもらっても出版社に雇われるわけじゃないんだっけ。


 そうそう、自由業というぐらいだから、かなり自由なはずだけど、俺って賞を貰ったらデビューして、その先は締め切りまでに小説を書く毎日しか考えていなかった。


 なんせ、受賞したら周りの見る目が変わって、チヤホヤされて三白眼で目付きの悪い俺でもモテまくりになって、ネットの中心で俺TUEEEを叫ぶまでしか脳内シミュレーションはしていない。


 そして、賞デビューの後は、毎朝テキトーな時間に起きて執筆、疲れたらゲーム、飽きたら散歩……そんな好き放題の日々が流れていくものと思っていた。


 でも、小説家って出版社から執筆契約を取り付けないと書けないのか。

 そう思うと、夢が現実に侵食されるようで嫌になる。


 そう言えば、『ケモミミ、テロ父、エルロワ基地にて』を書き上げたのは、奇跡とも言える集中力のおかげだ。熱病のせいと言ってもいい。


 あの後、脱力した俺はろくに小説らしいものを書いていない。ひょっとして、俺って一発屋なの? 大傑作をドカンと打ち上げて長期のスランプに入るアレなの?


 そう思うと、俺は急に不安になる。

 さっきの憤怒から俺TUEEEの神に支配されていた武谷新樹は鳴りをひそめ、徐々に、普段の『ぶたにん思考』が滲み出て、俺の未来予想図は死線上を彷徨う。


 ネットの知識だけだが、まず、新人で言われている受賞の壁の後は、応募作を書きなおして刊行する書籍化の壁、その次が一巻打切の壁、三巻打切の壁、そして、デビュー作後の二作目の壁……

 果てしなく壁だけは続く小説家の人生ゲーム。俺って、そんなに神経図太くないっすけど、耐えられるの?


 ネットの『作家になろう』サイトで、『この小説は意味がわかりません』ってコメントされただけで、五日間更新をストップしたガラスの心臓だ。無理に違いない。


 そして、当然小説家には定年もないが、書けなくなるとそこでゲームオーバー。

 自由業なだけに、果てしなく自由だけが続く。


 まあ、他人はどうあれ、俺は生き残るはずだと思っていたけど、もしダメなとき『ぶたにん』になったら、俺、死ぬのかな。

 え? 失敗作一発で俺、即死なの……なんていう無理ゲーなんだよ。


 軽く走馬灯のように、これまでの灰色の人生の日々が、俺の頭のなかを廻る。

 おい、この走馬灯、気分を害する場面ばかりじゃん。フィクション混ぜろよ、俺。


 でも、俺だけは面白い作品が書けると、熱病に浮かされていた頃には裏付けのない自信があった。

 そして、ヒット連発で快進撃、アニメ化する程度に面白い作品を一つ二つ書いてりゃ、死ぬまで印税というものがガバガバ入ってくるはずだと、ユメ見ていた。


 おいおい、死ぬまで遊んで暮らせるような印税って超名作『涼宮カルビの憂欝』レベルじゃないの?

 海外版翻訳とか社会的現象とか、そんなの、俺、たぶん無理だし。

 ぶたにん思考は意外に冷静に過去を反省する。


 それを冷静に言われりゃ、プロのラノベ作家になろうって奴はいなくなりそうだけど……いや、違うか、プロのラノベ作家なんて、そもそも、希少種なのか。

 三年連続ナンバーワン・ライトノベルの呼び声高い『俺の青春ラブコメも、間違いだらけである』の作者ですら兼業だよ。

 そして、ふつう兼業ラノベ作家って、兼業社畜だよね。


 そんな社畜しながらラノベ作家として創作活動なんて大変なことしたくないよ。そんなの俺の描いている夢とはまったく違う。


 そう、俺は創作はしたいが働きたくはないし、専業作家にはなりたいが、ヒット作を連発するまでの自信はない。


 俺が出口のない世界線をさまよっていると、征次編集長の神のような言葉が響く。


「武谷さん、新人賞が内定した日に言うべきか悩ましいんだが、どうだろう、作家の前に、小説を作る編集のようなもの、編集作家になってみないか?」


「小説を作る編集……編集作家ですか」


「そう、正確には企画編集と執筆の一部を兼ねてもらう」


「それって、俺に何かメリットがあるんですか」


「ああ、編集のフィルターを通さずに企画を上げることが出来る。そして、なにより孤独な執筆から開放される」


「孤独な執筆から開放されるって?」


 俺が、そう言ったとき目を輝かせながら、川絵さんが言う。


「征次編集長、ひょっとして、この子、『二編』に入れる気?」


「最初からその気だ」


「鬼畜やなぁ、征次はんも。くっくくく……」


 なんだか、川絵さんがとても楽しそうだ。征次編集長もニコニコしているし、俺はもう逃げ出したい気分になるが、一方で、さっきから遡上に上がっている『二編』と言うのが気になる。


「あの、『二編』って何のことですか、さっきから言ってる、それって何なんですか?」


「ああ、名刺の第二編集部のことを、通称『二編』って言うてんねん。実のところは小説製造部ってとこかな。二編に集まっているのは、みんなもとはと言えば漫画家や、小説家、小説家の卵やった人でな、プロットのうまい人は、プロットサポート、キャラ立てのうまい人はキャラサポートっていう風にスペシャリストが、六人の編集作家をサポートして作品を作るねん。ラノベの制作プロダクション集団みたいなケッタイなことをしてるんが、この征次編集長や」


怪態けったいとは、言ってくれるねぇ、川絵君。しかし、このチームを立ち上げて五年、今や編集作家六人で毎年三十点以上の作品を送り出している超優良部門だ。良くも悪くも二編は、サンライトノベルの主力作家だよ」


 ようやく、本題とばかりに征次編集長が身を乗り出して俺に言う。


「どうかな、武谷さん。今回は受賞を辞退して(・・・・・・・・・・)、企画編集兼執筆担当として二編に加わって力を貸してくれないか。商業レベルの作品を作る現場に身をおくことで武谷さんも大きく成長できる。回り道かも知れないが損はないはずだ。それに、仮に執筆できなくなったとしても一人でやっていく場合と違って、太陽系出版社第二編集部として処遇を考えることも出来る。逆に、充分、実力がついたと思えば独立してもらってもいい」


 俺は受賞を辞退して、という征次編集長の言葉にビックリして訊き返す。


「えっ? 今回の特別賞を受賞してからじゃダメなんですか?」


「実は受賞した作家さんは二編では担当しないんだ。小説家として使えなくなるまでは、サンライトノベル編集部の編集者が担当としてつくことになる。契約も執筆契約と言って、雇用契約とは全然、違う契約になる」


 さっきまで、いらないと思っていた新人賞特別賞が惜しくなるが、『小説家として使えなくなるまでは』と言う言葉が、俺の豆腐のようなメンタルに突き刺さる。


 とすると、面白い作品が書き続けられると信じて新人賞をもらうのか、修行の場を求めて賞を辞退するのか、三〇分前なら答えは決まりきっていたんだけどなぁ。


 邪魔なんだよ、十年でほとんどいなくなるって言葉!


 今は賞なんて要らないから、もう少し修行したほうが良いような気がする。一発屋では終わりたくないし……

 ぶたにん思考に陥ると考えることはトコトン悲観的になるなあ、俺。


 頭をきちんと整理するために、今日のところは家に帰ろうと思い始めたときだった。


 唐突に、ノックの音もなく、会議室の扉が勢い良く開かれた。

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