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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART4 書籍化デビューと学校バレの五月病
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第1話 オール・ユー・ニード・イズ・ラブ

ご無沙汰しております。気が付くと年を越して松も取れる頃になっていました。

年末、書籍は8%課税、有害図書は10%課税として、線引論議がありました。

そもそも有害図書が8%課税でも全然構わないのですが、許さない勢力が(ry

さて、話中は四月下旬、テーマは学校バレですが、後日の講釈になりそうです。


リハビリ明けの本日は3900字となりました。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 四月二十八日、『ケモミミ!(仮)①』の書籍化が決まった編集会議の後のことだ。


 俺は、四霧鵺しきりや征次せいじ編集長に、サンラ編集部サイドで制作担当につくチーフ格の三熊みくま千秋ちあきさんを紹介されることになり、川絵さんに続いて3階のサンラ編集部に向かう。



 サンラの鷹崎たかさき副編集長とともに引き抜かれた敏腕編集者の三熊さんは、女だてらに4人の編集をまとめるチーフ編集というだけあって、直接の担当は、手のかからない『二編』の作家だけだという。



 しかし、『二編』の年間製作数が30本にもなる状況で、三熊チーフだけで回せる状況ではなくなりヘルプの嘱託しょくたく編集者として、川絵さんが付くようになったようだ。




 征次編集長が、資料の要塞と化した三熊チーフのデスクの前で、俺を紹介する。



「三熊君、ちょっと、いいかな。さっき話した10月予定の『ケモミミ!』執筆担当の武谷君だ。部内ではぶたにんで通っている。よろしく頼むよ」


 征次編集長、ぶたにんで通すのは止めましょうよ、と思うが、俺は緊張して言葉が出ない。



 それに対して、笑顔で聴いている赤いふちの眼鏡を掛けた三熊チーフは、緩いウェーブのかかった短い髪に、薄いジャケットを羽織っている。


 少し痩せ型の体つきとは、対照的に、なかなか精力的な印象を受ける。加えて、肺活量と声の質も並ではない。



 資料から視線を上げると座ったまま、赤い眼鏡のふちに手を当てて滑舌の良い挨拶をくれる。



「どうも、三熊です。あなたが、ぶたにん君ね。今日はプレゼンお疲れさま。ちょっとだけケモミミについて、打ち合わせ、いいかな。今すぐブースを空けさせるから、あ、征次編集長と川絵さんは、お忙しいでしょうから、もう結構ですよ」



「それなら、私は用があるから失礼するよ」


 呆気なく退散する征次編集長は、その後の惨劇を予期していたのだろうか。



 そして、三熊さんは、大きな声でデスクからブースに向かう猪又いのまたさんに声をかける。


いのーっ、ちょっと、5分だけ時間いい?」



「はい、なんでしょう?」


 小脇に原稿を抱えて、両手に資料を持った猪又さんを、資料要塞越しに視線で制止して、三熊さんは用件だけ言い渡す。


「打ち合わせで……5分だけブースを使わせて頂戴。何番?」



「に……2番ですが」


「じゃあ2番、5分だけ借りるね。サンキュッ」



 猪さんからブースを取り上げた三熊さんは颯爽さっそうと立ち上がって言う。


「ぶたにん君、2番に入って……あら、川絵は、まだ残るの?」



 てっきり、征次編集長と一緒に引き揚げたと思っていた川絵さんが残っているので、三熊さんが声を掛ける。



「私、さっき一つ仕事が片付いたんで、5分くらいやったら、『ケモミミ!』、一緒に話し聞かせてもらってもええです? 制作編集の補佐でもありますし」



「それは、入ってくれるに越したことはないけど……」



 川絵さんの言う片付いた仕事というのは、俺の上司役のことを指すのだろう。


 ちょっと待て。そうすると、今の俺と川絵さんの関係は何だろう?


 同じ二編の編集作家と嘱託編集者だから、先輩後輩? いや何か違うよな、何なんだろう。



 俺のモヤッとした疑問はさておかれ、許可を得た川絵さんは、自ら先導するように2番ブースに入り、奥の席に腰を落ち着けた。俺もその隣りに座って三熊さんを待つ。






 後から入ってきた三熊さんは、ニッコリと笑顔で安心させておきながら、言葉の針で、俺のノミの心臓をピンポイントで貫くように言った。



「ぶたにん君ね、あなた、恋人いないの?」



 いきなり、なんなんだろう。俺、怒られているのか。


 恋人がいないと怒られる世の中になったのかよ。なんてことだ。



 妙な緊張と気まずい空気が、場を支配する。川絵さんに至っては、なんだか見てはいけないものを見たかのような面差しだ。



「えっ、いや、はい……いません」



「作るつもりは?」


「そ、その希望としては、まあ……」



「いつ作るの?」


「いっ、いつか……そのうち」



 容赦のない三熊さんは少し溜め息をついたあとに言う。



「あのさ、『ケモミミ!』の主人公とヒロインなんだけど、次巻以降の展開を考えると、2人が惹かれ合っているって理解る描写が薄い! と思わない?」



「い、いや、主人公にはヒロインしかいないですし、ヒロインは主人公一筋なので」



 俺の精一杯の言い訳も、まったく取り合ってくれず、三熊さんは厳しい言葉を投げる。



「ラノベであっても、消去法で恋愛はしないっ。年頃の男女が一緒にいても、好きの反対は無関心なんだから」



 そこまで三熊さんが言ったとき、川絵さんがこらえ切れずに笑って言う。


「あははっ、せや。上手いこと言いはるわ」



「いい、ラノベの恋愛はね、もっと熱量を込めて、しっかりヒロインにアプローチさせて、主人公をガツーンとやらないとっ」



 俺は、思わず三熊さんの熱量の高い話に惹き込まれるようにして訊く。


「やらないと、どうなるんですか?」



「次巻以降、キャラが増えた時、印象の薄いヒロインがね……読者の頭から完全に消えるよっ」



 そんな……当代随一のケモミミを持つヒロインが消えるって?


 そんなはずはないでしょうと俺は思う。




 ちなみに、俺の知るところでは、ラノベでの恋愛の進行というのは、主人公は草食系で、受け身モテ、ラッキーイベントモテなど、言うところのご都合展開が鉄板だ。


 当然、ラノベでは男性主人公がモテるために行動することは滅多にない。肉食系男子はヒロインを毒牙にかけようとする敵キャラの役どころだ。



 まず、ヒロインらしき美少女が登場すれば、当然に主人公は意識されるか、好かれることになり、認められれば正妻と呼ばれる座に就く。



 それだけではない。道中、バッタリ出会う美少女キャラは、敵味方を問わず十中八九、主人公狙いだ。


 そのキャラは、何頁か後には主人公に媚びまくり、ヒロインといがみ合うようになる。



 仮に、主人公に、あんたなんか、大嫌い! などと言うキャラが出てきたらガチにツンデレ要員だ。


 そのキャラも、ツンツンしながら何ページか下ると、主人公に何気にデレたりしている。そうでない残りのキャラも、なぜか影で主人公を慕い、恋焦がれる宿命にある。




 理由は読者が主人公に感情移入しているからで、顧客満足度を上げるためには美少女キャラを出した以上、主人公に絡ませないと失礼なのだ。



 結果として、残念ながら絡みが無ければ、ラッキースケベ要員か、イラストサービス要員として使われる。



 ラノベにおける恋愛は、主人公とヒロインを軸に正妻争いを展開するか、主人公を中心に同心円上に美少女キャラが並ぶかの違いはあれ、とどのつまりはハーレムなのだ。



 仮にもし、ハーレムを否定すれば、純愛系になるが、純愛路線のほうが描写としては高度になる。


 同じ男が同じ女を相手に、毎日、ドキがムネムネするストーリーを紡ぐのが如何に難しいか、俺には想像すらできない。




 ちなみに、『ケモミミ!』をカテゴライズすると、正妻ヒロインありのハーレム展開ということになる。


 それは、俺も企画書案に書いた。今は消したい気持ちでいっぱいなのだが……


 


 俺としては、ケモミミヒロインを軸にしたいと思いながらも、次に出てくる美少女キャラも世界設定から、当然、ケモミミ属性しかいない。



 ヤバイよ、現ヒロインと次巻の新美少女キャラとの差別化ができないじゃないか。



 その上、新キャラは、ツンツンしたり、デレたり、生き別れの妹になったりしながら主人公を落とそうと猛烈にアタックしてくるのだ。



 仮にケモミミヒロインがプレーンヨーグルトとすると、その後、ストロベリー味や、キウィ味、マンゴー味のヨーグルトが、手を変え品を変え、出てくるのだ。



 そんなことされると記憶から消えちゃうじゃん。


 さらば、プレーンヨーグルト・ヒロイン。



 ヤバイじゃん、『ケモミミ!(仮)』。






 冷や汗が引いた頃合いに、俺はうつむいて、うめくようにして言う。



「そこは……その、ストーリーで支えますから」



 なお、ストーリーで支えるというのは、主人公とヒロインにそれぞれ、一緒にいなければならないような役割を設定として与えるということだ。


 しかし、唐突にヒロインと二人きりにならされましたと言うのは、ラノベでよく言われるご都合主義丸出しの感は否めない。



「あのね、ぶたにん君、『ケモミミ!』はシビアなストーリーも売りの一つなんだから、ご都合主義はほどほどにしないと……でないと、作品の売りが潰れるじゃない。もっと全体を見て考えようっ」



「は……はいっ」



 三熊さんの厳しい言葉に、俺は褒めて伸びるタイプなんですよっと心の中で絶叫する。



「主人公がヒロインに惹かれる理由、ヒロインが主人公に思いを寄せる理由、それを単純明快に読者に焼き付けて頂戴ちょうだいっ。……そのあとはさ、引っ付けたり、離したりするだけでいいんだから」



 ひょっとして、それが、三熊さんが俺に言いたかったことなのか。


 しかし、恋愛については極端に意識の低い俺に、複雑な恋愛事情を単純明快に描くのは至難の業だ。



「主人公がヒロインに惹かれる理由は、ずっと一緒にいたからじゃダメですか?」



「だから、そこのところの描写がなくて『好き』に繋がってないでしょう。長けりゃいいんだったら、幼馴染はみんな最強ヒロイン属性じゃない? そこのところ意識して描写を差し込んでいこうっ」



 うわっ、メンドクサイ……てか、無理じゃね。


 俺は生まれてこのかた、同級生の女子としゃべった回数って、年の数を超えたことがない。もちろん、年間平均で0と1の間だ。



 そんな俺に恋愛描写なんて、木にりて魚を求むってヤツだよ。



 正直、俺はその時、居直りを考えていた。『ケモミミ!』はハードSF設定とケモミミが売りなのだから、そこまでして恋愛要素を入れこむ必要があるのか、と。そしてそれが口をついて出る。



「三熊さん、恋愛ってそこまで重要なんですか?」



「アッタリ前じゃない、キュンとくる恋愛描写って売りになるんだよ。超重要だよ」



 三熊さん、まったく引くところがない、困ったちゃんだよ。


 でも、今回の場合、困ったちゃんは、どうやら俺だったようだ。

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