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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART3 作家デビューで生まれ変わる!
45/90

第15話 編集会議の議論そして決着

昨日、取次は出版社の共同の流通機構というお話を書きましたが、ドイツは逆です。

ドイツでは書店が取次を共同倉庫兼配送業者として利用しており、最大手はリブリ社になります。

ドイツも日本と同じ定価再販制ですが、書籍委託販売ではなく書籍買取販売となっているところが異なります。


さて、本日、PART3最終話、4500字です。よろしくお願いいたします。

 それまで押し黙っていた鮫男が、雄弁に語り始める。


「こんなの無茶苦茶だ。所詮、十月刊行も十本しか出ないなら、売りの見込める『岳見ルル新作』と『昨日の旅⑲』で決まりでしょう。そんなの僕にだって理解ります。そのうえ、新人賞モノが入るなんて調整不足もいい所ですよ」


 そして、サメ男は、妙な提案まで仕掛けてくる。


「枠は最大で三本しか無いわけですから、ここは、サンラ二本、二編三本を、サンラ一本、二編二本に事前調整するべきです」


 鮫貝氏の言い分を聞き終わると、不機嫌そうに、征次編集長が言う。


「言いたいことはそれだけか、寺嶋」


 物怖じしたのか、鮫男はあろうことか、俺に話を振ってくる。


「ぶたにん君、岳見先生や昨日の旅と、まともに戦って勝てると思うかい。編集会議は単純に面白いから通るものじゃない。売れるものが通る会議なんだ。ぶたにん君のように新人賞の華もない、最終選考拾い上げのような地味な作品じゃ勝てるわけがないだろう」


 蓋し正論だが、俺のプライドをごっそり削っていくよな、鮫。


 いったい、俺を味方に付けたいのか、突き放したいのか、理解らないほどの混乱ぶりだ。


 俺が答に窮していると、編集長まで、俺に尋ねてくる。


「ぶたにん君、君も寺嶋と同じ意見か?」


「いや、俺は自分を……信じるだけです」


 いや、俺は、俺だけじゃない。自分を支えてくれた猪又さんや鳳梨⑨(ぱいん)先生、メグさんや川絵さんを信じているのだ。改めてそう思う。


「馬鹿な……ぶたにん君、冷静になれ。君は選ばれるはずがない」


 どうでもいいが、鮫男が、俺の人権を繰り返し蹂躙してくるのを、どうにかして欲しい。


 編集長は俺の目を見て、言葉を紡ぐ。


「それでいい。岳見ルルと半魚人は両方共ラブコメだよ。調整しなくても通るのは一本だ。そして、『昨日の旅⑲』は、執筆開始が遅れていることはサンラ編集部には伝わっている。その影響でMDもモタツイている。水面下では、一月ずらして奇数月の棚を強化した方がいいとの議論も営業部では出ている」


 編集長は少し間を置いて、改めて鮫貝に問い質す。


「ぶたにん君は、企画書を出すそうだが、寺嶋ミロはどうする?」


「……出しますよ……出しますが、公正な議論をして欲しい。こんなの、絶対おかしいよ」


 鮫男が女々しく愚痴を言うなか、編集長は決断を下す。


「よし、公正な議論が行われるように保証しよう。ぶたにん君と寺嶋君の勝負については議論が流れないように、特別に票決を採ることを約束する。それでいいな?」


 ふつうはサンラ文庫の編集会議では票決を採ることはしない。流れで編集長が決める。


 こんなに僅差で有力作がひしめくようなことが、なかったからと言ってしまえばそれまでだ。


 例月では、事前にエントリーされたものを回し読みをして、暗黙のうちに編集部内で、おおよその順位付けができているのも事実である。


 しかも、当落線上の企画書は直して次月に回したほうが良い、との打算が働き易いのも編集部というところだ。


 しばらく経って、鮫貝は徐ろに口を開く。


「いいです。僕が、ぶたにん君に負けるようなことがあれば、編集会議は関係ない、職を辞しますよ。僕は編集部よりも、鳳梨⑨先生の直感を信じます」


 確かに、作品を二作とも読んだのは鳳梨⑨先生だけだが、そんなに差があったのか?


 ミステリーとSF、どちらが面白いと言われても、嗜好の差と言ってしまえば、それまでだ。


 それにしても、俺に負けたら辞めるって、またも、気安く俺の人権を踏みつけていく野郎だ。尾びれしかない鮫のくせに、ヒトを踏みつけるとは忌々しい。


 あと、何気に、俺に勝ったら辞めないとも聴こえるのだが……


 結局、俺と、鮫貝は、企画書のファイルを川絵さんに送って、あとは運を天に任せる。





 四月十三日のエントリー以降、俺は、今のうちに単位を稼ごうと学校に行って、授業中に爆睡する生活を繰り返す。


 何度か、学校でハルキに会ったが、クラスが違う上に、就職組と進学組とで話が合わない。


 また、デビューの話も俺のほうがテンパッていて、話題を避けてしまった。





 翌週、川絵さんからの電話で、蟹男は初の新人担当ということで慎重になったのか、エントリー最終日になってようやく企画書を提出したらしい。


 川絵さんは、ついでに、途中経過らしきものも伝えてくれる。


「ぶたにんの企画書の書き出しが良くなってるって、猪さんの評価は上々やで。キャラも見違えるって鳳梨⑨先生も喜んでたわ」


 しかしながら、途中経過は心臓に悪いので聞くものではない。死亡フラグ信者の俺は、その時、痛切に感じた。


 ちなみに、川絵さんはどちらかと言えば、鮫よりは俺に近しいはずで、欲目というものも考慮しなければならない。


 死亡フラグが立ったかどうか、結局、その日一日、悩んでしまった。




 そうこうしているうちに、四月二十八日が来た。


 今日、午前十時から、五月度の編集会議が行われる。


 出席するのは四霧鵺しきりや政一編集長、鷹崎副編集長と編集部員九名に加えて、二編から征次編集長、メグさん、俺、鮫の合計十五人といったところだ。


 会議に先立って、エントリー作品が十月刊行と十一月刊行に振り分けられ、十月刊行の五作品が机上に上る。


 まず、担当編集によるプレゼンがあり、その後に質疑応答が行われるらしい。


 一作品、およそ二十分弱、作家の事情や練り直しやらで、ダメ出しを避けるため、プレゼン前に撤回されるものもある。


 進行役の鷹崎副編集長がトップに指名したのは鮫男だ。


 さすがに堂々としたプレゼンで、企画書の要所を説明して、質疑応答に入る。


 ただ、質疑応答というより、内容を読み込んだ物同士のワイガヤに近い。


「今までのサンラにない本格派の感じですね」

「そうそう、トリックが本格的でミステリー小説としても行けそうじゃないか」

「でも、語彙レベルが高くないかな、ライトな感じがしないよ」

「いや、そこは読み応えがあると言うべきでしょう」

「それより、恋愛推理の恋愛が要らないな。推理一本で行ったほうが……」

「僕はこの世界観が好きだなあ。近世ヨーロッパだよ、ラノベじゃなかなか扱いにくい」

「キャラがいいよね。探偵役を女の子に振ったのは良い判断じゃないか。男の子が上手く狂言回しになっている……」

「ミステリ好きの高年齢層は確実に取れそうだよね。キャラが受ければ下にも伸びるし面白い」


 編集部としては相当好意的に読まれているのは確かだ。


 片隅で座っている四十半ばと思しき人は、少し毛色が変わっていて、さっきから発言がない。


 ワイガヤが静まってきた頃、鷹崎副編が声をかける。


「あの、はい江奈えなさん、営業の方からのコメントをお願いします。このあと、十月刊行作品は拮抗しているので、すべて決を採りますから」


「……うん、十月刊行でミステリーをやるのは面白いね。九月……いや、多分、十月の連撃文庫なんだけど、大御所の桐生たまま先生が『荒川クリスティの事件簿⑬』と同タイトルのスピンオフ『執事佐久間の事件簿①』の二タイトル、同時刊行をやるらしいよ。系列の『秋の角刈かどかりミステリーフェア』にも参加させるつもりらしいんだ。秋のミステリーは盛り上がるよ」


 そのコメントを聞いた鮫貝氏の顔は、キメ顔というよりドヤ顔に近い。


 ちなみに、二編の編集作家には票がないので、役目が終わると、後を征次編集長に託し退席することになる。


 続いて指名されたのが俺の『ケモミミ!(仮)①』だ。


 俺は、文字を書くのは得意だが、読むのは不得手だ。そして、書き文字は自己主張がキツイのだが、聴かせる言葉は説得力を大いに欠いている。


 案の定、途中から編集者の目が企画書の先を読むように泳いでいく。


 そして、プレゼンが終わると、再びワイガヤが始まる。


「タイトル通り、SFとファンタジーと……ケモミミだな」

「そう、人もケモミミ、そして、新キャラの猫もケモミミな」

「新人賞の時と較べて、勢いは落ちたが、キャラが立っている、さすが、二編だ」

「世界観はウチで行くと『バレット・ブレッド』の桜木先生系かな」

「ケモミミ馬鹿入っててウケるな。作者トンガッてるよな……いや、失礼」

「光の軍隊の特殊部隊って、『必殺仕留人』シリーズじゃない?」

「そうそう、古いけど、必殺のファンタジー版かな?」

「新人賞の時より方向性が見えてきたのと、キャラのテコ入れで良くなっているね」


 さすが、二編と言う評価には、俺も不意を突かれたが、当たらずとはいえ遠からずだ。


 そして、同じように鷹崎副編が、灰江奈氏にコメントを求める。


「うん、良いんじゃない。ケモミミだけなら、コケたとき酷いけど、SFディストピアのストーリーとキャラの強さがあれば、水準には行くんじゃないかな」


 なんとなく、コメントが短いような気がするのは俺だけだろうか。


 征次編集長が俺の肩を叩いて言う。


「お疲れさん」


 その一言で、俺は役目を終えたことを確認して退室する。


 部屋を出て二編の編集室で川絵さんが待っていた。


「どうやった?」


「……正直、よく分かりません」


「そうやろなあ。でも、ガッツポーズで帰ってきた変わりもんが向こうにおるで」


 鮫貝はガッツポーズって、まあ、確かにコメントも好意的だったし、営業からも良さそうなコメント貰ってたし……俺の時には一定水準は売れる程度のコメントだっけ、確かに格が違う気がする。





 そこから、長い無言の一時間半が過ぎて、征次編集長が戻ってくる。


 扉を閉めるなり、なぜか編集長も落ち着かない様子だ。


 声をかけづらい場面だが、川絵さんは負けてはいない。


「編集長、結果はどうでした?」


「十月刊行は二本とも二編で取ったぞ」


 執筆ブースから、鮫男も顔を出して寄ってくる。


 征次編集長はデスクに戻ってきて、周囲を見渡し、メモ帳を取り出して言う。


「まず、岳見ルルの『アイドル恋活モノローグ(仮)』はマルに六票、白票六票、木盧きのの『昨日の旅⑲』はマルが十一票、半魚人の『コード・エルシリウス(仮)』はマルが三票、寺嶋の『GOTICS(ゴチック)(仮)』はマルが五票、ぶたにんの『ケモミミ!(仮)①』はマルに七票……ということで、十月刊行は『昨日の旅⑲』と『ケモミミ!(仮)①』の二本だ」


「ぶたにん、やったやんかぁ」


 その時、俺はただ嬉しくて、川絵さんの言葉も、背中に飛びつかれたのも気がついていなかった。


 そして、俺の右斜め後ろの鮫からは、怒号が飛ぶ。


「なんで、そうなるんですかっ」


 俺から嬉しさの熱気は引いて、皆の目が鮫男と編集長に集まる。


「なんでと言われても、『GOTICS(ゴチック)(仮)』は、サンラのレーベル作品に相応しくないと言う意見が、半数以上を占めたと言うことだ。営業部の灰江奈も角刈かどかりミステリーフェアに対抗するのは太陽ミステリ文庫だから、わざわざサンラでミステリーを試さなくても、とも言っていた」


 鮫貝の顔がみるみる青ざめる。怒りに震えていた四肢はやがて緩んで、腰を近くのデスクに下ろす。


「ふ、辞めたっ。こんなところでなんてやってられるか。僕は太陽ミステリ文庫では評価されたんだ……」


 その声を聞いて、編集長は冷徹に言う。


「辞めるのなら構わない。その代わり、寺嶋ミロの筆名と『汁耕作』、『GOTICS(ゴチック)』の著作権は二編に帰属しているから、他所よそでは書かないようにしてくれ」


「馬鹿な、『GOTICS(ゴチック)』はまだ著作物じゃない。僕のものだ」


「聞くところによると、寺嶋君はキャラ担当のリソースを二週間も独占したらしいじゃないか。そして完成した『GOTICS(ゴチック)』は企画書だが、立派な著作物だし、二編は著作権を主張するよ。君が他所で書くなら、翻案権侵害で全力で潰しに行くから、そのつもりでやってくれ」


 その後、鮫貝氏は、気の毒なほど気落ちして、憔悴しきった顔で帰っていった。



 俺は、その日、ささやかながら川絵さんに、例の大将が男前という小料理屋で、出版デビューのお祝いしてもらうことになった。


 ちなみに、鷺森さんは、なぜか所用があるとのことで、笑顔で定時に退社していった。


 その日の川絵さんは、再びアームレスラーの名をほしいままにし、十二戦無敗の新記録を打ち立てた。


 俺は、鮫に遠慮して、鮫のすり身の入っていそうなものは敬遠して、おでんはちくわぶ、大根、里芋と牛すじを注文する。


 ちなみに、烏龍茶は四品しか頂いていない。八品は川絵さんだ。


 あと、川絵さんは絡み酒派に属するらしく、アルコールが入ったわけでもないのに、企画書が通った後の気構えについて、じゅんじゅんと俺に説き、最後は疲れたのか少し寝息を立てていた。




 ちなみに、俺が、その後の鮫貝氏について、驚きのコトの顛末を聞いたのは、ゴールデン・ウィークが明けてからだった。



(PART3 了)

ぶたにんストーリー、PART3最終話までお付き合い頂き有難うございました。


次回、PART4は年明け1月21日に開始します。


引続きお読み頂けましたらと思います。


それでは、末筆ながら、皆様、良いお年をお迎えくださいませ。


 2015年12月17日 錦坂 茶寮

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