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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART3 作家デビューで生まれ変わる!
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第14話 ぶたにんの悪戦苦闘

昨日、ツブシのきくのは「書店」といった手前、ツブシのきかない「取次」について触れます。

「取次」は出版社から本を仕入れ、書店に運んで、売れた分を書店から資金回収して出版社に払います。

さらに、売れ残った在庫を書名別著者名別に整理して返却するのも取次の仕事です。

取次会社は全国25社ですが、出版社倒産時の在庫リスクと、書店の資金回収リスクを抱え、利益率も冴えません。

こうした「取次」の株主は大手の日販、トーハンともに、講談社、小学館など出版大手が軒並み名前を連ねています。

意外なことに、「取次」は出版社の共同バックヤードであり、共同流通機構と見ることができます。


本日、切りのいい所まで4100字です。よろしくお願いいたします。

 もう三週間ぶりぐらいになるだろうか。

 再び、メグさんのタワーマンションの二十階のゲストラウンジに通される。


「メグさん、遅れてスミマセンッ」


 打ち合わせは川絵さんの謝罪から始まった。


 一方のメグさんには、まったく怒った素振りはない。


「スィースィーズ、全然、忙しいのは川絵さんだし、私の時間は幾らでも調整がきくしさ……で、今日は『昨日の旅⑱』のほうかな?」


「はい、正式に太陽さんから発注されたんで、八月二十五日発売予定で進めさしてもらいます。ちょっと、お盆の関係で印刷所の締め切りは早くなりますけど、それ以外の進行は同じで……」


 川絵さんは、営業部の人から依頼のあったブックフェアの案内資料を渡しながら、メグさんはそれに頷いたり、時折笑ったりで、打ち合わせは順調に進む。


 そして、川絵さんはさり気なく、企画書の話を切り出してくれた。

「ところで、出しゃばるようですけど、『昨日の旅⑲』の企画書は進んではります?」


 その話を聞くと、メグさんの目がキラキラと輝き出す。


「じつは、筆が滑りすぎて怖いくらいでね。ナポレオン・シリーズの最初の巻、『コルシカの没落貴族ラパイヨーネ』の仮サブタイで、ほぼ仕上がっちゃってて」


 何が仕上がっているんだろう、企画書なのか、ひょっとして原稿なのか。


 果たして、心配していたのは俺だけではなかった。


「えぇっ、メグさん、まさか、企画書前に原稿、上げてはりませんよね」


「シュ、シュリーン。すみません。企画書の冒頭部分を書くつもりが……ほぼ脱稿しちゃって」


 ひぃええ。こんなに短期間に文庫本一冊、打ち上げてしまうのか。


 話を聞いた川絵さんは、ここで、編集プロダクションの社員の片鱗を見せる。


「メグさん、これやったら、隔月じゃなくて毎月刊行も狙えるんやないんです?」


「そんなことしたら、ファンの方のお小遣いが無くなっちゃうんで……」


 いやいや、メグさん。信者というのは常に三冊は購入しているものですよ。

 鑑賞用、保存用、それに布教用でしたっけ。

 ちなみに、電子書籍の世界では、どうやって三冊持つのか、俺は知らないのだが。


 企画話を切り出すのは、とても黒い川絵さんだ。


「それなら、十二月狙いで仕掛けませんか。クリスマスやし、子供のお小遣いも期待できますよ」


 そして、それに応じるのも、とても黒いメグさんだったりする。


「スピンオフとか、番外編なら、プロットを書いてもらえれば、今からできるかも……」


 そして、二人の突き刺さるような視線が俺の方に向く。


 川絵さんは、容赦のない笑顔でサクッと俺にチェックメイトをかける。


「ぶたにん、新しい茶烏さん対策、今度は春物で頑張ってみようか」




 今度は春物でと言うのは、実は少し前の話(PART2)になる。


 じつは、『昨日の旅』のシリーズ・プロット担当の茶烏さんが、打ち合わせに出てこなくなるピンチがあったのだ。


 そこで、誤解を怖れず割愛すると、清楚で巨乳好きの茶烏さんを引っ張りだすため、秋モノのワンピースに偽乳を装着した俺が一肌脱いだのだ。


 実際の打ち合わせに出るわけには行かないので、上司川絵さんが、馬丘雲(偽乳)の代わりに、写真アルバムを置いておこうと言い出してから大変になったのだ。


 俺は、貸衣装をとっかえひっかえ着せ替えさせられ、なかなかに恥ずかしい偽乳女装写真を、何枚も撮られてしまった。


 迂闊にも、写真アルバムは茶烏氏の大絶賛を博したものの、最終的に、川絵さんが回収に成功したと聞かされている。




 俺は、まず、何物にも代えられない条件を出す。


「その前に、前回の写真を回収させて下さい」


 その条件はあっさりと容れられる。


「ええで、春物の写真と交換な」


 心配そうに横からメグさんが声をかける。


「シューン、川絵さん、ぶたにん君に何かお礼とかしないと」


「そんなん、ぶたにんが自分で蒔いた種やねんから、お礼なんかいらんで」


 しかし、『ぶたにん2.0』に工業革命『インダストリー4.0』を足して二で割った『ぶたにんダストリー3.0』に死角はない。


 唐突に閃き、メグさんにすがりつく。


「メ、メグさん、できたらっでいいんですがっ」


「は、はい」


「俺、今、作っているSFディストピアの話に、身近なエピか、キャラを入れたいんです。……どうしても五月の編集会議に間に合わせたくて」


 さすがに、二編で五年のキャリアは伊達ではない。メグさんは即答で返す。


「それなら、私じゃなくて、サポートの鳳梨⑨(ぱいん)先生にお願いすれば」


「いや、それは、いろんな事情で無理で……」



 ならばと、多様な擬音で察してくれたメグさんが、自室に戻って、部屋から封筒に入ったキャラクター設定資料を持ってきてくれる。


「これはね、鳳梨⑨先生の未使用サブキャラの中で、私が一番気に入ってる『猫タン(仮)』。基本的に鳴き声しか立てないから、あとから、入れるのなら手間が少なくて良いかなと思って。あと、異変の兆候を察知したり、ちょっとした雑用に便利使いもできるよ」


 生のイラストを見ると思わず、ケモミミストは皆、萌え死ぬような設定画が入っている。

 あと、基本的な行動パターンなどの細かなキャラ付けもしてあって、本格的だ。


「い、いいんですか、これ使っても」


「困ったときはお互い様って言うじゃない。一応、さっき部屋から電話して鳳梨⑨先生に許可も貰ってあるから」


 しかし、不思議なものだ。『昨日の旅⑲』が同じ五月の編集会議に掛けられるのに、こんなに応援してもらっても良いのだろうか。


「あ、あの、ちなみに、五月の編集会議で、十月刊行企画の俺の作品に使うんですけど、良いんですか」


「え、どうして?」


 そう言えば、『昨日の旅⑲』の企画書は鉄板だ。

 同じ会議にはかかるが、通って当たり前の企画書だけに気遣い無用というわけだ。


 改めて、俺の敵は、鮫貝氏一人なのだと思い直す。


「いや、なんでもありま……」


「鳳梨⑨さんね、さっき、同じ五月の編集会議にエントリーする寺嶋先生のゴチツク? って作品を読んだみたいで、とてもヤバイって評価高くて、私も五月は楽しみなんだ。ぶたにん君、企画書、通るように頑張ろうね」


 鮫と同じような言い回しだったが、差し出されたメグさんの右手を、迷わず俺は握る。


「は、はい。俺、頑張ります」


「それじゃあ、すみませんがお願いします」


 メグさんは申し訳なさそうに言うが、これって何かの交換条件でしたっけ。

 今日の俺は至って健忘症だ。




 そうは言ったものの、鳳梨⑨先生の『GOTICS(ゴチック)(仮)』ヤバイ説は少しショックだった。


 ふつうの漫画家さんが言うならまだしも、二編でラノベのキャラ作りを手伝っているような人がヤバイって言うとは、ラノベとして、相当なものなのだろう。



 俺は獲得した新キャラ、ケモミミ・ディストピアに生きる猫を『ニヤ』と命名してストーリーを再構成する。


 新たに猫を入れることで、エサ遣りや入浴など生活感を、俺は、ディストピアの中で表現出来るようになった。


 息苦しい展開の続くハードSFにも、緩急は必要だと改めて感じさせられる。





 四月になって、俺は高校三年生に進級した。

 クラスは就職組と進学組の混合クラスで、ハルキとは別のクラスだ。


 四月一日に、世間のエイプリルフールもどこ吹く風と思っていたら、家に大きな筒状の荷物が届いて、驚かされる。


 差出人は有限会社カルチャー・ショック、鵜野目うのめと判が押してあったが、川絵さんと認識できず、俺は一瞬、爆発物を疑った。


 果たして、中にはラフ原稿に水彩着色で四枚、画稿が入っている。


 見たことのあるシチュエーション、キャラクターの組み合わせと思っていたら、ケモミミ・ディストピアの参考画稿と書いてある。


 イラスト署名は鳳梨⑨先生だ。


 早速、電話で川絵さんに訊くと、鳳梨⑨先生が作品を読んで、自発的に描いてくれたらしい。


 俺は、部屋に画稿を飾ると、残り二週間弱で、サブストーリーを織り込んでいく。


 不思議なもので、自分の頭の中にあるものと多少違和感のある画稿でも、絵の力で引き込まれてしまうものだ。


 ただ、どうにも煩悩が働き、いろいろ要素を突っ込みすぎてストーリーバランスが怪しくなる。


 さすがに心配になった俺は、四月四日、川絵さんに相談して、猪又さんに原稿を預ける。


 そうすると、さすがに応募作を読んだ猪又さんだ。

 翌日、怖いぐらい、ぎっしり付箋が付いて帰ってくる。


 その付箋の一つには痛烈な一言が書いてある。


『このページのエピソード不要、元に戻すべき』


 俺は、見てもらった猪又さんの手前、奮起せざるを得ない。

 しかし、前に進んでいるのやら、横に移動しているのやら……まさに、悪戦苦闘だ。





 気が付くと、もう四月六日だ。


 昼イチで、征次編集長に呼び出されての出社となる。

 呼び出されたのは、俺と川絵さんの他に、鮫貝もいる。


 鮫貝は例の『痛かっこいい事件』があったせいか、すこぶる不機嫌そうにして、挨拶以外に一言もかわさない。


 今日は四月の編集会議と言うことで、十月の刊行枠が幾つ残るかが分かるので、皆、呼ばれずとも来たに違いない。


 昼の二時半になって、征次編集長は、ようやく二編の編集室に現れた。


「いやぁ、思ったより長引いたな。会議でサンドイッチが出たのは久しぶりじゃないかな」


 珍しく重い空気の二編の様子に、征次編集長は改めて驚いたようにして、奥のデスクに腰を落とす。


 編集長は、鷺森さぎもりさんからメモを幾つか受け取り、目を通してから徐ろに口を開く。


「今日の会議での通過は九月刊行が二編の火浦ひうらそう『日陰の銀盤、月影のダイヤ⑤』、十月刊行がサンラ編集部七本、二編が土野湖つちのこ大門だいもん『王室第三婦人が一妻多夫で炎上中(仮)』の一本……結局、九月刊行が九本止まり、十月刊行が予定八本だ」


 一息ついて、編集長は言う。


「そして、今回は、九月刊行予定の大御所、岳見たけみルル『アイドル恋活モノローグ(仮)』が見送りになった」


 驚いた川絵さんが、間髪をいれずに訊く。


「えっ、そしたら、岳見ルル先生の『アイドル婚活なんとか』はどうなるんですか?」


「婚活じゃない。『アイドル恋活モノローグ(仮)』だ。担当の副編、鷹崎は十月刊行で次回に出させると言っていた。あと、蟹江が初担当の新人、半魚人はんぎょじん腰痛餅ようつうもちを十月で試したいらしい」


 目の前で、いろいろと出たので、冷静に状況を整理しよう。


 九月刊行は少なめの九本で決定。

 十月刊行枠は八本まで埋まって、五月の編集会議にかけられる十月刊行予定タイトルが次のとおりだ。


◯『アイドル恋活モノローグ(仮)』(岳見ルル・鷹崎副編)

◎『昨日の旅⑲』(木盧きの加川かがわ・二編)

△『GOTICS(ゴチック)(仮)』(寺嶋ミロ・二編)

―『ケモミミ!(仮)①』(ぶたにん・二編)

▲『コード・エルシリウス(仮)』(半魚人腰痛餅・蟹江)


 上から売れそうな二本を選んだら、『昨日の旅⑲』と、『アイドル恋活モノローグ(仮)』の二本でガチじゃん。


 てか、俺って無印なの? 筆名、ぶたにんなの?


 悪夢なら今すぐ覚めて欲しい。

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