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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART3 作家デビューで生まれ変わる!
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第11話 ケモミミを、大いに盛り上げるための……

さて、本日は3300字となりました。どうぞよろしくお願いいたします。

「さっすが、いのさんやなあ。なんか、私でもラノベの企画書、書けそうな気がするわ」

 上司川絵さんが天使のようなことを言うので、思わず俺の依頼心が疼く。


「そ、それじゃあ、川絵さん、書いてくださいよ」


「チッチッ、ぶたにん、それは無茶振りやで」


 川絵さんはご機嫌のキメ顔でそう返すと、さらに言葉を重ねる。


「企画書はSFディストピアから始めてみますって、言うたんは自分やねんから、自分でさっさと書きや」


 そんな、SFディストピアから始めると、そこに、加わるのは、濃厚なケモミミ設定でしかなくなってしまう。


 まあ、説明が楽になったような気がするのは確かだが、作品が安直で舐められているような気がしてならない。


 SFディストピアモノと言えば、加賀青空先生の言論統制ディストピアモノの『下ネタなんて決して許さない退屈な聖麗指定都市』がサンラ文庫から出ている。


 より破滅的な世界観では、グループ会社のSFクロニクルから刊行されているスマッシュ・ヒットの掌編『シャングリ・ら』になるだろうか。

 地球温暖化によるディストピアだが、雰囲気はかなり似ている。


 二編に戻って再びノーパソを取り出した俺は、『シャングリ・ら』の小説を出発点にしたケモミミ・ディストピアの企画書を作ってみる。


 こんどは、気持ちを抑えてSFディストピアモノの中で、ケモミミ・ディストピアがいかに優れているか、つらつらと筆を滑らせる。


 ところが、二編に鮫貝氏が途中から戻ってきて、こんどは川絵さんと編集室で話し込んでいるようだ。


 隣から、きゃっきゃうふふな声がすると、なんだか無性に気が散る。

 あの鮫男、どこまで、人の業務を妨害すりゃ、気が済むんだろう。


 俺は、二人の盛り上がっている会話に水を差さないよう、無言で二編を後にする。



 煩悩を振り払った俺が、家に帰って企画書を進めると、朝チュン前にはそれらしいものが出来あがった。


 俺は、川絵さんに完成した企画書をメールすると、早々に寝息を立てる。





 翌朝、眠い目をこすりながら十時過ぎに太陽系出版社に着くと、俺は、受付の鮎ちゃん(氏名不詳)と鷺森さぎもりさんに、無償のスマイルで挨拶を提供して執筆ブースにたどり着く。


 誰もいないのが新鮮だが、川絵さんすらいないのは上司としてどうだろうか。

 俺は、川絵さんと企画書を脇において、次なる作業にとりかかる。


 そう、ケモミミ・ディストピアを続刊の出るラノベにするために、初巻の内容を面白くするのだ。

 具体的には、昨日の猪又さんの言葉にあった『SFディストピアの世界に親近感とリアリティを加えるようなキャラやエピソード』を付け加えることだ。


 未来ファンタジーが、読者に共感を求めるのが難しいのも、俺には理解る。

 過去をベースにしたファンタジーは時代考証等、細かいミスがあっても、設定、乃至、お約束ということで許される。


 その点、未来は、現在を基準に書かれるため、現在の科学技術水準や生活水準の全てを考慮に入れなければならない分、厳しくなる。

 ラノベなのでと舐めた設定にすると、異常なぐらいに嘘臭い未来を語ることになる。

 そして、嘘臭くなった物語は、容易に読者から見放されてしまう。


 だからこそ、そうならないようにディストピアの未来に、リアリティと親近感が必要だという指摘はもっともだ。


 しかし、俺には、簡単にそんな適当なキャラクターも、エピソードも、器用には思いつかない。



 煮詰まっていると、懐かしい声がする。

「ユー・ガッタ・メール」

 今日、出社して、話しかけられたのがノーパソのみとは、俺らしい。


 果たして、川絵さんからのメールで、体調が悪いので昼から来るとのことだ。


 はしなくも、雲の色は怪しくなり、気のせいか、背筋に寒気が走る。


 俺は、昼食ついでにドラッグストアでマスクを買い求める。


 ちなみに、昼食は川絵さんと一緒では食べられそうにない男メシのカツ丼だ。


 とろっとした卵とサクッとしたカツの衣に、ジューシーな豚肉とだし汁の染みたご飯がたまらない。


 思えば、先月来、川絵さんから「ぶたにん」と連呼されているせいもあって、幾ばくか俺の心のなかに愛豚家精神のようなものが宿ってきているらしく、食事の途中で、トンカツの肉片を切なく見つめてしまう。




 俺が、昼食から『二編』に戻ると川絵さんが既に来ているようだ。


 俺は、川絵さんの気分を害さないよう、こっそり、トイレでマスクを装着し怪しさ五割増しの顔になる。


「お、おはようございます」


「あ、ぶたにん、おはよう。企画書ありがとうな。私、お腹が痛くて見れてないねんけど」


 そこには、ブースの広い机で冱えない顔で俯いている川絵さんがいる。


「か、風邪か何かですか?」


「昨日な、ぶたにんが帰ってもうたあと、鮫貝君の合格祝賀会しようって言うことになってな。九時前やったんやけど小料理屋でささやかにお祝いしたんや」


 な、何だよ、それ?

 鮫の分際で……川絵さんと深夜デートなの。どうなってるの?


「そ……それは、良かったですね」


 俺が、どうにか無難に躱すと、勢いの良い声が返ってくる。


「良くないわ。おかげで食べ過ぎて腹痛やんか」


 俺はそれを聞いて、安心してマスクを外す。


「何かあったんですか?」


「いや、こぢんまりした洒落た店でな。また、大将が男前やねん」


 川絵さんが「男前」のフレーズを使うときは、大体、奢ってもらった時だ。

 俺にも、ようやく学習機能が芽生えてくる。

 でも大将は、奢らないよな……とすると、鮫なのだろうか。


「へえ……何か、鮫貝さんに、ご馳走してもらったんですか?」


 何故か鮫男の名前が口をつく。別に嫉妬に駆られたわけじゃないんだが。


「ちゃうで、鮫貝君は関係ないねん。そこの大将と腕相撲して勝ったら、料理一品半額やってん。どれかて半額やねんから」


「腕相撲って……」


 あまり、女性向けではないサービスだよな。


「十戦全勝やったわ」


 意外なことを、アーム・レスラー川絵が呟く。


「川絵さん、料理を十皿も……」


「ちゃうで、鮫貝君の分も半額にしてんから……あと、鷺森さんの分もやで」


 な、なんだよ、鷺森さん。

 いるんだったらいるで、朝イチで俺に報告をして欲しいものだ。


 モヤッとした感情が晴れて『ぶたにん2.0』が軽く話題を転換させる。


「鮫貝さんとは何の話を?」


「あ、気になる? 聞きたい?」


 川絵さんのツボにはまったのか、なんだか嬉しそうだ。


 しかし、シマッタ。気になるが、聞きたいと言うのも変な話だ。

 川絵さんが鮫と何を語ろうが自由であり、俺には無関係なはずだ。


「い、いや、別に……」


 思わず、伝家の宝刀『別に』を抜いてしまう。

 えーと、なんで抜いてしまったんだろうね、俺の宝刀。


 ところが、川絵さんは、最初から話すつもりだったようで、うろ覚えの記憶から言葉を引っ張ってくる。


「うん、最初はバイクの話やったかな。そして、『汁耕作』の話して、企画書の話、あとは……」


「企画書の話って、鮫貝さん、GOTICS(ゴチック)、進んでるんですか?」


「あんた、GOTICS(ゴチック)のこと、知ってたんか。うーん、もう大体、準備はできたようなことは言うてたなあ。それより、ぶたにんのこと、心配してたで」


「え、な、何で俺?」


「五月の編集会議のエントリーに間に合うんかってコト。鮫貝君には、企画書の書き方は猪さんに指導してもらったし、本編のキャラとエピソードのテコ入れするくらいや、とは言うといたで」


 もし、間に合わないとか言ったら、助けてくれるつもりでもあったのだろうか?

 いや、鮫男のことだ。俺が困っていたら、面白がって、冷やかしに来るに違いない。

 昨日のうちに、企画書の中身を直しておいて良かったと、内心ほっとする。


「ぶたにん? ホンマに間に合いそうやんな」


 俺は、川絵さんに図星を突かれて、ぎくりとする。


「あの、本編のキャラとエピソードのテコ入れが、ちょっと……」


 俺が、ごにょっていると、川絵さんは一層精気を取り戻して言う。


「ぶたにん、任しときや。こんな時のための二編やんか」


 ひょっとして、執筆をサポートする精鋭部隊が助けてくれるのか。

 俺は、二編で文章修行することを選んで良かったと、心から思う。


 しかし、颯爽と編集室に消えた川絵さんが、ものの五分で血相を変えて戻ってくる。


「ぶたにん、ちょっと、おかしいで。キャラサポートの鳳梨⑨(ぱいん)先生の予定、再来週まで詰まってんねん。予定はGOTICS(ゴチック)(仮)やて……」


 再来週の次の週、つまり、三週間後には、編集長との次の企画書打ち合わせが予定されている。


 つまり、鮫男には二編のサポートが入って、俺には入らないってことなの?


 何だよ、このユカイじゃないサムシング。

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