第10話 敬虔なケモミミスト、ぶたにんの我が闘争
消費税が8%が10%になることで、なぜ出版業界が慌てふためくのかとの向きもあるかと思います。
しかし、書籍定価の10%が印税と言う考え方からみると、消費税10%は大きいといえます。
また、消費税が3%から5%になった'97年から出版販売傾向が単調減少に転じた悪夢も災いしているようです。
さて、本日は3000字余りとなりました。どうぞよろしくお願いいたします。
「ぶたにん、早う、言いや」
俺は川絵さんに促されて、猪又さんに昨日の企画書を差し出して言う。
「猪又さん、こ、これ……昨日、征次編集長から、ダメ出しされました」
「ああ、それじゃあ、見せてもらおうか……」
俺は、思いの丈を綴った企画書を猪又さんに渡す。
『仮タイトル:ケモミミ!(仮)①
企画概要:最終戦争で、神は死んだ。
諸君、大衆は豚だ。
すなわち、真のケモミミを解する優秀で高貴な人間だけが生き残り、劣った大衆をケモミミ新秩序に従わせることが必要なのだ。
俺は、言論界に『ケモミミ選民主義体制』を打ち立て、理想を実践するために『言論の暴力装置たるラノベ』を刊行するという、先進的独裁主義を実行するに吝かではない。
諸君、俺は、現状を憂いている。
初めて猫耳に触れたあの日を、犬耳に心ときめいたあの瞬間を、狼耳に受けたあの情熱を、人々は皆、忘れてしまったとでも言うのだろうか。
人は生まれながらに孤独であり、心に安らぎを求める存在である。
そうした人間に、ケモミミは見返りを求めること無く、無尽蔵とも言える愛らしさと心の安寧を与えてくれるのだ。
今こそ、俺たちはケモミミに、虚心坦懐に向き合い、頭を垂れて無心に、その真実の底を突き止めなければならない。
ケモミミは何処から生まれ、何処へ行くのか。
壊滅的戦争ですべてを失わなければ、愚かな大衆はケモミミに向き合えないことが、本書を読めば明々白々になるだろう。
もう言葉は要らない。数多のケモミミストを束ねる真実の書は、いま、ここに与えられた。
乞う熟読』
猪又さんは差し出された企画書メモを見て嘆息し、さらに、一度見返してから言う。
「うん……なるほど、随分力が入っているけど、武谷君は革命でも起こすつもりかい?」
「は、はい?」
俺は、そんな気は微塵もないので、うろたえる。
「それとも、こんな煽動的な文章を書きたかったか……さておき、企画書っていうのは、こういう本を出したら、これぐらいは売れそうですから、出版しましょうと言うことが書かれていないといけないんだけど、この企画書には、こんな凄い本があるから読めと、しか書かれていないよね」
「何を、誰に、どうやって、と言うことなら、ケモミミ本を、真のケモミミストに、無理矢理にでもぎゃば……ぐえぅ」
「ぶたにん、暴走しなや。落ち着きっ」
ちょっと、おてんばな川絵さんに喉笛を突かれて、俺はまた、雄鶏のシメの儀式を思い浮かべる羽目に陥る。
「ははは、要領よく言えばそうだね。だけど、説得力のある企画書にするには、『何を』の部分を工夫しなきゃいけないんだ」
「げふんげふん」
涙目になった俺は、カバンから取り出したノーパソに、猪又さんの言うことを叩き込む。
「たとえば、剣と魔法のファンタジーなら、陳腐になっていないのか、どこが類書と差別化できているのかが、しっかりと抑えられていないといけない。逆に、ケモミミ・ディストピアの場合には、斬新なSFがどうしてマーケットに受け入れられるのか、成功要因とリスクファクターを揃えて、リスク要因をMDを絡めて下げていくような販売施策を書いていく必要がある」
なんだか、初めて具体的な指摘を受けた気がして、俺は夢中でキーボードを叩く。
そして、猪又さんは、腕を組んでこう付け加える。
「あと斬新であれば、どういったファン層にアピールできるのか、これまでの斬新さを武器にしたウリの作品の販売傾向を抑えながら記載することかな」
それについては、昨日からの類書発掘で得た結論を俺は言い放つ。
「げふっ、猪又さん、俺のケモミミ本は、類書が無いんですが」
「ははは、そんな突飛なラノベは売れないよ」
え、なんで、売れるよ、売れなきゃ困るよ。
これで、昨日から立て続けに、ケモミミ・ディストピア新人賞推薦者二人に裏切られた。
「あ、武谷君の作品が売れないということじゃないんだ。これは、本を売る方の立場として考えて欲しいんだけど、本をすすめるとき、この本は、今までのこういう本と似ていて、こういう点が違いますって、言えなきゃ本の良さって伝わらないだろう」
だから、その比較する本がないんですが……という、俺の気持ちは伝わらない。
「はぁ……」
「そうだなあ、既存のジャンルで言うとSFディストピア、未来ファンタジーってところかな」
なんだろう、フロンティア・スピリットに満ちあふれる俺の高揚感がサッと引いて、代わりに昭和の香りに満ちた陳腐な世界に貶められた気がする。
「いやいや、そんなに気落ちすることじゃないよ。自分の売ろうとする商品を徹底的に客観視しないと、説得力のある企画書なんて書けないさ。僕も、自分の担当作家さんと意気揚々と描き上げた作品が、今では陳腐と言われる過去作の二番煎じと言われたこともある。だけど、そうした過去作のおかげで、作品の説明の半分は要らなくなるんだ。あとは、どれだけその作品より優れているかを言えれば良いんだよ」
そんなことを言われても、拗ねたぶたにんは、執念深く猪又さんを睨むように見続ける。
「……SFディストピアという言葉が陳腐に聞こえるのなら謝ろう」
猪又さんが手を引くように、そう言うと、引かれた手に乗っかるように引き込まれるのが、ぶたにんである。
「いえ、俺、企画書をSFディストピアから始めてみます」
「ほお、それは良いことだ」
そして、俺は、もう一つ気になっていたことを訊く。
「あの、もし、この企画が通ったとして、初巻打ち切りにならない方法はありますか?」
おいおい、俺、超厚かましくないか? そんな方法があったら、既にどこかの裏情報として売られていても良いだろう。
しかし、猪又さんは真面目に答えてくれる。
「ああ、二つほどある。まず、一つ目は手にとってもらった初巻の内容を面白くすること。二つ目は続きを読みたいと思わせること、かな」
「初巻を面白く、ですか?」
「そう、とは言っても、ケモミミ・ディストピアは、ある意味、完成されているんだ。余り手を加えるとバランスを崩してしまう。だから、料理で言うところの隠し味程度でいい。SFディストピアの世界に親近感とリアリティを加えるようなキャラやエピソードがあると良いかな」
なるほど、俺は猪又さんの話を聞きながら、両の手はカタカタ動きっぱなしだ。
「あと、続きを読みたいと思わせるっていうのは?」
「そこは、物語の『引き』の部分だね。終わりに含みを持たせるオチを持ってくるってことかな。譬えば、ゾンビを全部退治して、悪夢は終わった、と思わせておいて、主人公の飼い犬がゾンビ化しているようなオチだ。物語としては一段落だが、続きが気になるようにするってことかな」
もう、俺の両手がカタカタを止めなくなりそうな勢いで、猪又さんの一言一句を書き留める。
「でも、この二つは大体のプロの作家さんならふつうにやっていることだ。問題は、本作が面白く無いと、いくら気になる『引き』でも、読みたいという思いは萎えてしまう。だから、作品を面白くする方向で頑張って欲しい」
「は、はいっ」
俺は思わず感動して、気合の入った返事をするが、あとあと、読み返すと滅茶苦茶難しいことに気がついた。
猪又さんは、このあと携帯にかかってきた内線で呼びだされて次の会議に連れて行かれてしまった。
おいおい、どうすりゃいい、俺。