第3話 ぶたにん、沢庵、ヘルメット
当方、とらドラ!全巻、スピンオフ含めてコンプしております(^^)
本作品は、フィクションであり、実在する団体・人物等とは無関係です。
今日もギリギリ3000字台です。どうぞ、よろしくお願い致します。
「いや、いくら書き直しても佳作は佳作。大賞にはなれない」
ヘルメット頭の編集長は、俺の様子をじっくり見ていたようだが、俺が浮いた腰を落とすのを見て言葉を紡ぐ。
「そうだな、ジャンル、テーマ、ストーリー、キャラクター、エピソード、一般的に作品を評価するポイントは幾つかあるんだけれど、今年の大賞作品は本当にそつがない。売れ筋をしっかり意識して、上手く作りこんであるんだよ。読後に、やはり大賞作品だなという納得感もある」
編集長は満足気にそう言うと、俺のほうを見て話を続ける。
「それに対して多少、ケチがつくのが入選、佳作だ。そして君のケモミミディストピアは、ジャンルとテーマという大きなところで選考会では議論があった。まあ、最終審査は、作品の良し悪しだけじゃないんだが、審査内容は厳秘なんだ。こんなところで勘弁してくれ……」
ジャンルとテーマがダメ? 詳しくは話せない? そんなこと俺、知らない。
これまでにない話だからこそ、世の中がひっくり返るに違いない、それぐらいは思って書かなきゃダメなんじゃないかな? 俺はどうにも納得がいかない。
そう思って、俺は分からず屋のヘルメット頭の編集長、改め、この時点からヘッポコヘルメットに降格、に食い下がる。
「それじゃあ、今までに無いダークエルフとディストピアの組み合わせを題材に、ハードSFファンタジーってジャンルに挑戦したからダメなんですか?」
「……それだけじゃないが、大賞じゃない理由の一つだな」
「それじゃあ、新しいものは面白くても大賞として認められないんですか?」
「そう言う訳じゃないよ。批判はあったが、ちゃんと君の作品は認められた。だから審査員特別賞なんだよ。審査員二人か、特別審査員が推薦することが条件だけどね。しかも、今後活躍が見込めそうな新人に贈る、ということになっている」
どうやら、このヘルメット野郎、とことんヘッポコで、俺の力量を測りそこねているんじゃないんだろうか……俺は残念と思う反面、特別賞に推薦してくれた人がいることも聞き逃していなかった。
「今回の特別審査員は岳見ルル先生ですよね。俺、岳見先生に認めてもらえるなんて嬉しいです」
俺は、自分にしては殊勝なことを言ったものだと、自分で自分を褒めたくなる。
岳見ルルはラノベ界でのラブコメの旗手で、代表作『のらどら!』でアニメ化された、超がつく人気ラノベ作家だ。
そんな人に、馬丘雲の作品が面白いから、ぜひ賞をあげて欲しいなんて言われたら、もう嬉しすぎて、のたうち回って、一晩中は暴れ続けられる自信がある。
しかし、ヘッポコヘルメットは顔を曇らせて不機嫌そうに言う。
「そんな訳ないだろう。あのラブコメ馬鹿に君の作品の本当の良さなんて、理解るはずがない」
「え? そんな……って、じゃあ」
岳見先生の推薦じゃないのかよ……俺の口から白い魂っぽいものが抜けたような感触が走る。
身体から一気に力が抜け、俺は上半身を椅子にだらしなく預ける形になる。
ちなみに、俺の目は元から白目をむいてるような三白眼だ……って、放っといてくれ。
トコトン落胆した俺をそのままにして、ヘッポコヘルメットの愚痴は続く。
「特別審査員寸評で大賞作を酷評しないように、今頃、選考担当の猪又君が苦労しているよ。佳作止まりの異世界学園ファンタジーラブコメに、すっかりご執心だったからなあ。コレを大賞にしない編集部とは仕事ができな〜い、信じられな〜いとか言っちゃうんだから、岳見ルルもヤキが回ったもんだ」
ガックリ気落ちした俺の代わりに、端正な顔立ちの川絵さんが代弁者となってくれる。
「それなら、誰が推したんよ? ケモミミディストピア。征次さんだけやったら、アカンやん」
えっ、なにその緊張感のない緩い感じのイントネーション! 川絵さんって関西人なの?
とりあえず、川絵さん関西人ショックで俺は正気を取り戻す。
「編集の猪又だよ。ラッキーだったよ。あいつ、偶然、前に子会社の太陽SF出版で季刊SFクロニクルの編集やっててさ……」
ラッキーだった? 俺は、生まれて以来、最大のショックを受けた。
だって、そうだろう。絶対に誰にも書けないものを書いたつもりだったのに、どうして、こんなにも偶然に助けられた、ギリギリの選外佳作なんだよ。
もういらねぇ。そんな特別賞なんて、胸糞悪くて貰えねえよ。
「猪は、SF、特にディストピアものが好きらしいんだ。ラノベ大賞に来たケモミミディストピアは、異世界じゃなくて近未来の最終戦争後の世界だろう。多分、SF繋がりってことだろうな。短評もアイツが書くってさ……」
ヘッポコヘルメットの言葉は続いているが、頭には入ってこない。
いったい、ここの編集者とか審査員とか、半年もかけて何を見てきたのか、小一時間ほど問い詰めたい気分だ。
俺は、とうとう気持ちを抑えきれずに、椅子から半ば腰を浮かせて言う。
「お、俺に、今回の大賞作ってのを見せて下さいよ。いったい、どれほど凄いんですか。どうして俺がその下なんですか」
立ち上がっての抗議に、さっき貰ったばかりの二枚の名刺が床に落ちる。
ヘッポコヘルメットも、川絵さんも立ち上がって俺をなだめようとする。
「まあまあ、君、落ち着いて」
「せやで、短気は損気って言うやんか。面白いもんに理由なんかあらへんわ」
「でも、ケモミミも……俺が書いたやつも、絶対、面白いんです」
机を回ってきて、中腰の俺の肩をなだめるようにして抑える川絵さんが、俺に席につくように諭す。
俺が席に座ると、川絵さんが床に落ちた名刺を拾って横においてくれる。
その間に、ヘッポコヘルメットは妙に落ち着き払って俺に話し始める。
「絶対、面白い……か、武谷さんはラノベ新人賞の応募要項は読まれましたよね」
「はい」
「未発表でオリジナル、エンターテイメント性のある作品……決まりきった陳腐な文言に見えたかもしれない。けど、我々が新人賞で審査しているものは、この言葉に集約されてるんだ」
「それって、つまり、応募作が面白いかってことですよね」
「いや、そうじゃない。面白いかどうかを決めるんだったら、編集の人間がわざわざ時間を割いて審査する必要がないじゃないか。ネットの人気投票で十分だ」
俺は、『作家になろう』と言うネット投稿サイトに小説を投稿しているので、ネットで十分と言うこのヘッポコヘルメットの言葉に、正直ムッとした。
しかし、相手はヘッポコヘルメットだし、ネット舐めんなよ、とケチを付けて、どうにかなるものでもないので見逃してやる。
「それじゃあ、編集の人は何を審査しているんですか」
「だからエンターテイメント性だよ。言い換えれば大衆ウケするかどうか、究極的には、うちのレーベルで売れるかどうかを審査しているんだ」
それって、ネットの人気投票と何がどう違うのかよく分からないんですけど。
俺は呆れて、次に言う言葉を失ってしまう。
そこでさらに、ヘッポコヘルメットはゆっくりとした口調で言い含めるように話し始めた。
「私たち編集の人間は、一般の人とは違って給料をもらって作品を読む、とても恵まれた立場にあるんだ。だけど、扱う作品が売れなければ私たちの会社、太陽系出版社に損害が出る。だから金をもらって見てる分、確実に売れる作品を探し出さないといけないんだ」
だから、編集部は面白い企画作品を探してるんじゃないの? ヘッポコヘルメット。
サンライトノベルでも面白くない作品は売れてないじゃん、ヘッポコヘルメット。
俺が心の中で毒づいていると、隣に座っている川絵さんが、ヘッポコヘルメットの言葉に呼応するかのようにして話し始める。
「そうやねんなあ、本を創る側になって初めて気づくんは、お金を出してまで買いたい本って何なんやろうってことやねん。そうやろ、本屋さん行ったらどの本かて『面白い』って書いてあるやん。その中から、なんで武谷さんは、この本を買おうって決めるん?」
「そりゃ、最初から買うって決めてるっていうか、それは興味があるからっていうか」
「たとえば、美味しい沢庵の漬け方の載ってるラノベは?」
「ソッコー切る」
当然、過ぎて話にならない。ヘルメットの次は沢庵なの? 編集って本当に変な人ばっかりだよ。
「なんで?」
「沢庵、嫌いだし、興味ないし」
当たり前のことを訊くな、沢庵娘が。
「それじゃ、エルフの異世界漬物屋繁盛記は?」
なんだよ、ちょっとだけ興味あるじゃんかよ。沢庵から川絵さんに復活させてやるよ。
「ちょっと、見てから決める」
「なんで?」
「エルフが異世界で漬物屋始めたらどうなるか気になるし……」
「沢庵は嫌いだけど、エルフは好きなの?」
「あったりまえじゃないですか。川絵さんは、何が言いたいんですか? さっきから」
川絵さんは俺の目を見た後、改まった声で言う。
「結局、言いたいんはな、編集さんの仕事って、『沢庵のおいしい漬け方』やなくて『エルフの異世界漬物屋繁盛記』みたいに、売れそうな本を創るんが仕事やねん」
「編集さんは、本を売ることが仕事、の間違いじゃないんですか?」
俺は、今にも沢庵化しそうな川絵さんの言葉の誤りを指摘する。
世の作家さんが、ワケワカラない編集さんと仕事をすると疲れる、とブログに書いて炎上する気持ちが、今の俺にはよく理解る。
まあ、一生、理解りたくなかったけどさ。
そうは思ったものの、やっぱり俺のほうが何も理解っていなかった。
俺、沢庵以下、確定かもしれない。