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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART3 作家デビューで生まれ変わる!
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第7話 こんな本は読みたくない(後編)

 そのとき、執筆ブースの扉が開いて、鮫野郎が入ってくる。

 そして、いかにもわざとらしく、大きな声で言う。

「あれ、ぶたにん君、何をしているんだい?」


 俺は、コーヒーのロング缶を持ち上げて、鮫野郎のノーパソから離そうとしていただけなのだが、気の迷いから、ぼうっとしていた。


「まさか、自分の企画書がポシャったから、僕に八つ当たり? いやだなあ、みっともないよ。ぶたにん君は新人賞の実力派なんだから、僕なんかより、もっと凄いラノベを書けるんだろう」


 どう見たら八つ当たりになるんだ? パソコンの上にコーヒー缶を持ち上げているだけじゃないか。確かに、危ない感じはするのだが……


 しかし、なんだろう、虫酸のようなものが走って、脊髄反射的に手がブルっと震えてコーヒーをキーボードに少しこぼしてしまう。

 天地神明に誓って、ワザとではない。


「あーっ、やめろっ、馬鹿っ。まじヤバイんだって」


 鮫野郎がニヤリとしながら、大げさに駆け寄ってくると、なにを慌てたのか、俺はコーヒー缶をゴトリと床に投げる。

 そのコーヒー缶がドクドクと中身を吐き出すのを、急いで拾い上げるのは川絵さんだ。どうやら、鮫野郎と一緒に執筆ブースに入ってきていたようだ。


 川絵サン、一部始終ヲ、見テイタ……?


 川絵さんが俺に向かって言う。

「ぶたにん、あんた、何してんの?」


 俺は、川絵さんにも冷たく虚仮こけにされたように感じて、ふたたび涙腺崩壊の危機にさらされる。


 俺は、どうにもしようがなくなって、走って『二編』を飛び出す。

「ぶたにん、あんた、待ちや」


 川絵さんの声だけが追いかけてくる。俺は早々に階段を駆け下りて受付をすり抜ける。


「待ちって言うてるやろ」


 一階まで来たのに、不思議と近くで川絵さんの声がするものだ。

「あんたなあ、人の言うことはちゃんと聞くもんやで」


 え? 追いつかれて、肩を掴まれているところまで、やけにリアルに感じる。

「これでも私、中学、陸上部やってんから」


 俺は観念して、それ以上の逃亡を諦める。


 そうすると、川絵さんは周囲を見渡して、気を遣ってこう言ってくれる。

「とりあえず、社内も何やから、喫茶タカノにでも行こか」


 おれは、いいですね、などと答えたいのに、言葉が詰まって出ない。

 それを察した上司川絵さんが、俺に言う。


「どうしたん、男の子やのに泣きなや」


 泣くなと言われると、余計に泣きたくなるのは俺だけではあるまい。

 差し出されたハンカチを掴まされて、目の周りから流れる水分を拭う。




 しばらく歩いて、ビル横の階段を降りて、喫茶タカノでオススメのセイロン紅茶を二つ注文する。


 上司川絵さんは、対面した席の向こう側で、俺が落ち着くのを待ってくれているようだ。


 落ち着け、俺と思うが、しゃくり上げるので、まるで上手く話すなんてことは出来ない。

「お、れ……頑張って……きか、くしょ、したんで、す……」


 おい、無理して喋っても伝わる気が全くしないのだが、言葉の断片を解釈して、川絵さんは言葉を補ってくれる。


「うん、ぶたにんは頑張ってる。そんなん、企画書を見たら理解るわ……でも、さっきの鮫貝君のパソコンにコーヒーこぼしたんは、なんでなん?」


 川絵さん、踏み込みが大胆だが、俺もその点は釈明したいと思っていたところだ。

「鮫が、いさ、んのノーパソ、コー、ヒー、近く……離さ、ないと、で、こぼれそうで……もち、あげたら、こぼ、れた……」


 どうにも、言葉にならないのが、もどかしい。そもそも、しゃくり上げるなよ、俺。


「うん、ぶたにんは、ノーパソを心配してコーヒーの缶を離そうとしてたんやんな。そうやんなあ……まさか、ぶたにんが、こっそりパソコンを潰してまで、他人を引きずり下ろすようなこと、するはずないわ。どっちか言うたら、ぶっきらぼうで、人間関係とか不器用なほうやから、私ですら心配になるもん」


 屈託なく笑う川絵さんに、俺は、ようやく味方に会えたような、安心感をもつ。

 そして、上司川絵さんの言葉に、俺の涙腺崩壊が、留まるところを知らなくなってきた。

 俺は、もう嬉しくて、恥ずかしくて、机に突っ伏してしまう。


「川絵さ、ん……ぐずずずず……」

 まあ、男子高校生の涙というのは、お世辞にも綺麗だとは言えないことは確かだ。


 しかし、ぶっきらぼうで、人間関係が不器用とは辛辣だ。

 俺も多少は、『ぶたにん2.0』で頑張っていた分、口を挟みたくなる。


「でも……に、人間、関係は、最近、親にも、言われて、頑張ってた……ですが」


 川絵さんは、にこやかな顔でなぜかちょっと照れたような風に言う。


「そやなあ、最初の頃とは違ってさ、その……キモ可愛い笑顔で頑張って挨拶して……ほんまに頑張ってるなあって。鮎ちゃんとも、ぶたにん、最近、気合入ってるって話しててんから」


 川絵さんが俺の頭を撫でるようにしながら、もう一度確かめるように言う。

「ぶたにんの、その……変に、まじめ過ぎる頑張りは、ちゃんと見てる人は見てるねんから安心しいや」


 川絵さん。俺、頑張っていたって、分かってくれてた?

 

 もって生まれた三白眼なんて直しようがないし、目付きは悪くても愛想よくしないとダメだって思っていた。

 でも、鮫男みたいに生まれもって頭が良くて、優しげなのには敵わない。正直、ズルいと思った。


 絶望と希望の間でいろんな思いが交錯して……誰も理解ってくれなくて、そして、作品でも編集長に怒鳴られて……もうサイアクだと思った。


 俺、もう詰んだかと思ったけど……俺、頑張っていて、良かった。

「あ、ありが……とう、ござ……まず」


 また、俺は感極まって、言葉が詰まりだす。川絵さんは頭をさっきより強く撫でつけるようにして言葉を紡ぐ。


「ぶたにんも、企画書が上手く行ってないんやったら、そう言うたらええのに。そこでも自分一人だけで頑張ろうとするねんから……」


 そして川絵さんは、改まって、俺に頭を下げて言う。


「でも、ぶたにん、ごめん。あの企画書の出来やったら、私が直前で止めなアカンかったわ。私、反省してます。許してもらえるかな?」


 俺は、コクリコクリと頭を前後に揺らして、許すことに最大限の同意を示す。


「……でもな、メールでもらった企画書は気合は入ってたし、なんか私は応援したくなる感じやってん。……言い訳ちゃうで、これは。私も企画書、書くけど、自分が好きなモノの場合、好きやっていうファンの立場と、編集の立場をゴッチャにしてしまうことって、あんねん」


 俺は、その点についてもコクリコクリと、ケモミミストとして全面的無条件服従だ。


 川絵さんは、さらに言葉を紡いでいく。

「でも、それも編集には必要な熱意やと私は思うで。最初から客観的に作るなんて、東大生みたいなコンピュータ人間にしかできへんねんやわ」


 そうしているうちに、紅茶が運ばれてきて、俺のほうも随分と感情が落ち着いてきた。


「さ、鮫貝さん、怒ってるかなあ」


「鮫貝君、あれ、臭い演技やったやろ。もう、全然大丈夫そうやったから、あんまり深刻に考えん方がいいで。実はな、あの子、本当に怒ったら、ものすごい余裕なくなんねんから。まあ、パソコンの修理代ぐらいは払わんとアカンかもやけど、多分、大したことないわ」


 そう言ったかと思うと、川絵さんは、こうも付け加える。

「でも、気ぃつけや。鮫貝君、こういうの逆手に取って、ぶたにんに貸しでも作ったようにして、逆に企画書は六月に回してくれとか、変な要求してきたりするから、そんなん聞いたらアカンで」


「ありえないですよ……俺、もうエントリーする作品が無いんで、辞退も何も、出すものがないっていうか」


 そう言った俺を川絵さんが、また、たしなめる。

「ぶたにん、何言うてんの。編集長がぶたにんの企画書を見て、ダメ出ししたんは、企画編集の仕事にダメ出しされただけで、別段、ケモミミ・ディストピア作品にダメ出ししたんちゃうで」


 俺は、耳を疑う。

 ケモミミ復活祭の足音が聞こえる。


「ほ、本当ですか?」


「やっぱり、そこから勘違いしててんなあ。なかなか便所から出てけえへんなあって思ってたらヤッパリや」


 そして、川絵さんはさらに、俺にとっておきの情報をくれる。

「あんな、企画書づくりやけど、一回、ラノベの企画書の方向性を猪又さんと詰めてからやれって、最後、編集長、言うてたやろ」


 そんなの俺には聞こえていない。本当に猪又さんが味方なら、鬼に金棒のような気がする。

「そう、なんですか?」


「そうや、さっき、猪又さんの時間確認したら、明日の夜八時からやったら、ちょっとだけ、空いてるんやって。編集長が猪又さんにサシで調整してたから、明日は夕方から、ちゃんと出ておいでや」


 俺は、ここがお洒落な隠れ家風喫茶店ということも忘れて、はっちゃける。

「よっし、ケモミミッ、最高ぅっ」


 川絵さんは顔から火が出るようにして、ガッツポーズの俺の口を抑えていた。

前後編と言うことで、前書きを後ろに持ってきました。


さて、本日は3400字でした。お疲れさまでした。

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