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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART3 作家デビューで生まれ変わる!
36/90

第6話 こんな本は読みたくない(前編)

12月に入って厳しい冷え込みが続きます。

同じく、つらたんな、ぶたにんの試練の回、前編です。

本日は3600字となりました。どうぞよろしくお願いいたします。

「どうして『汁耕作』の続編なんだ?」

「すみません。蟹江かにえさんからは、新巻の企画は、延期だと聞いていたもので、つい、書いてしまいました」

「ふつう、企画延期と言えばボツだと理解るだろう」


 編集長の手元に置かれた企画書の仮タイトルを見て、俺は驚く。

 企画書、仮タイトル『学園生徒会探偵補佐 汁耕作』。

 なんだか助手から進歩しているのか、いないのか、イラッと来るタイトルではある。


 編集長は、ボツ確定の企画書を机に放り投げて言う。

「で、どうするんだ?」


「もう一本、書いている企画がありますので、そちらを進めます」

「……間に合うのか?」

「はい、下書きは鵜野目うのめさんに見て戴いていますので……」

「川絵、どうなんだ?」


 急に話を振られた上司川絵さんは、納得いかないオーラ満々だ。

「近世ファンタジー風の恋愛ミステリーで、まあ、ええ感じですけど……鮫貝君、なんでこっちだけ出したん。私は二本とも出すと思うてたんやけど」


「いや、川絵さんの指示を聞いて直していたら、アラが見えたので僕的に許せなくなったんです。今、書き出しから直していますので今日は無理でした」

 謝りつつも責任は川絵さんに預ける高等テクニックを駆使する鮫貝さんの話を聞いて、そんなにGOTICS(ゴチック)の出来が悪かったのかと訝る。


「……私、指示なんて、なんもしてないやん」

 川絵さんの言葉を遮るように鮫貝さんは大声で謝罪の言葉を述べる。

「すみません、編集長。急だったもので、必ず次回はご用意致します」


 頭を深々と下げて凍りつくように固まった鮫貝さんを見て、俺は驚く。

 編集長の企画書が見たいというのは、昨日決まったことだから、別に鮫貝氏がここまで謝る必要はないと思うのだが。

 これで会議のハードルが不用意に上がってないかと俺は焦る。


 そもそも、鮫貝さんもGOTICS(ゴチック)の企画書を出していれば、充分四月の編集会議に出してもらえそうなのに、どうして出さないんだろう。


「それじゃあ、三週間後の五月のエントリー初日まで待とう……」

 編集長の声を聞いて、くるりと俺のほうを向いて、少し笑みを浮かべた鮫貝氏の顔が不気味だ。

 何か、計算ずくのようで、東大生ラノベ作家が黒く見える。

 あと、川絵さんも納得の行かない顔でこちらを見ている。


 分厚い初巻冒頭も含めた鮫貝さんの企画書案が横におかれ、続いて俺の番となる。

 俺の企画書案、川絵さんにメールで貼り付けたままのもので、ペラ二枚しか無い。


 急速に編集長が困ったように唸る。

「次はケモミミ・ディストピアなんだが……」


 川絵さんには、俺がぼうっとしていたように見えたのか、お叱りの言葉が飛ぶ。

「ぶたにん、前へいや」


「は、はいっ」

 俺は前に出る。


「いったい、何様のつもりなんだい? ぶたにん君……」

 俺は、寝不足気味の頭をフル回転させて、今の言葉を解析する。

 それ以前に、編集長の顔を見て察しなくてはいけなかったんだろう。


「いや、ぶたにん様は……」

 俺は言葉が続かず、非常に気まずい空気が流れる。

「この企画書を見ると、なんだか、ケモミミを知らない無知蒙昧な諸君を啓蒙してやろうという、ギスギスした意志しか伝わって来ない」


 ちゃんと伝わっているじゃないか。さすが、俺。

「はい、ケモミミをちゃんと、一から理解してもらおうと思って……」


 しかし、俺の言葉は、編集長をもイラッとさせてしまっていたようだ。

「ケモミミなんてどうでもいいっ」


 キャン、と俺の言葉と俺の気持ちは一気に萎える。

 ケモミミナンテ、ドウデモイイ? ソンナ、馬鹿ナ……


 俺の頭の中が、視界が、徐々に白くなって朧気になる。

 編集長は立ち上がって、俺を見下ろすようにして言う。


「編集者として、ケモミミ・ディストピアをどうして出版しなければならないのかが一切見えてこない。黙っててもケモミミ好きのケモナーが食いついてくるなら、ケモミミの説明なんか要らないだろう? なぜ、こんなにケモミミばかり説明しているんだ?」


「それは、俺が一番言いたいことで、この本を読む上でも重要だから……」

 編集長は右手を振って、俺を睨みつけるかのようにして言う。

「作者の馬丘雲は、この際、どこかに捨ててくれっ。編集者・武谷新樹として、この本を出版しなければならない理由は何だっ?」


 え? ケモミミ伝道師こと、馬丘雲を捨てる? そんなの無理、無理。

 ぜったい、無理に決まっているでしょう。

 俺がどれだけ、その小説に情熱燃やしたか、一読したのなら、ヘッポコヘルメットには理解っていないはずはないんだけど……


「そ、それは……出せば理解ります。……だって、読めば面白いんですから」


「仮に出してもラノベは店頭ではラッピングフィルムを通してしか、読者に触れることはない。どうやって、君の言うケモミミ小説を読者に訴求するのか、ここには全然、書いてないじゃないかっ」

 パンッパンッと俺の薄い企画書案が叩かれて、執筆ブースの机の上に放り出される。


 俺は、急速にぶたにん化していく俺自身を感じる。

「それは……その」

 意見のまとまらない俺とは対照的に、編集長は、冷徹に議論のラップアップに入る。

「一言で言おう。こんな本は読みたくない。以上が私の意見だが、なにか質問は?」


 コンナ本ハ、読ミタクナイ

 コンナ本ハ、読ミタクナイ

 コンナ本ハ、読ミタクナイ


 俺は、頭の中でヘッポコヘルメットの意見を反芻して、立ち尽くす。

 なんでなんだよ。新人賞特別賞だった作品を読みたくないなんて言うなよ。しかも、推薦当事者じゃないかよ……


 違ウヨ、コノ人ハ君ヲ二編ニ入レル為ニ推薦シタンダ

 どうして、そんなことを?


 サンラ編集部カラ本物ノ新人ヲ奪ッテ『二編』の力ヲ誇示シタカッタノサ

 なんなの、社内抗争に俺を巻き込んだだけなの?

 だったら、返せよ、俺の新人賞……


 俺は気持ちが昂ぶって、周囲の声が耳に入らない。

 途切れ途切れに単語を拾ってくるだけだ。


「……には、キチンと……で指導を……」

「はい、理解りま……」

「僕はバージョンアップさせた……五月の編集会議……」

「よし、鮫貝君、頑張ってくれよ」


 周囲はかってに会議をやめてしまったようだが、俺の気持ちはまったく収まらない。

 川絵さんの言葉が耳に入ってくる。

「ぶたにん、会議は終わったで、ほら……」


「……うわぁーーっ」

 どうして、叫んだのかも、俺はよく理解らない。

 とにかく、『悔しい』の最上級のような感情がこみ上げてきて、俺はどうしようもなく、トイレに走る。




「どうしたんだ……どうすりゃいい……」


 二編の古いトイレの個室に鍵をかけて、便座に座りながら、しばらく咽ぶように泣きじゃくる。

 眠いのを押して頑張ったのに、俺……

 それより、編集長に『読みたくない』なんて言われた本は、いったい、どうなるんだ?

 俺の小説は……もう、ダメなのか。出版も、デビューも、ダメだよな。


 孤独な執筆環境から抜け出せるなんて言っておきながら、デビュー作さえ出せなくなりそうなんて、メチャクチャじゃないか。


 しかも、サンラ編集部を出し抜くための二編の示威行為だったなんて、最低だ。

 俺は激しく思い込んで、その囚われの中から抜け出せずにいる。


 それに引き換え、なんで鮫野郎は『GOTICS(ゴチック)』の企画書を出さなかったんだよ。

 そして、最後に『頑張れ』なんて編集長から言われてなかったか?


 企画書『汁耕作』のボツは確定なのに、最後は期待されているのが我慢ならない。

 いや、ここまで来て鮫貝のことを考えている俺が、ダメ過ぎて自分で嫌になる。


 鮫野郎は『GOTICS(ゴチック)』を五月に余裕で仕上げてくるのだろう。

 去年がどうだったのかは知らないが、スルリと通しそうな鮫野郎ではある。

 いや、鮫はこの際どうだっていいんじゃないのか。

 しかし、なんで考えてしまうんだよ。どこまで、ダメ野郎なんだよ、俺。




 それに分かってはいたが、俺は、次に出せそうなネタなんて無いのだ。

 ケモミミが通らないからと言って、次のSFやら、ファンタジーやらをハイと出せるように器用にはできていない。

 本当に、どうしたらいいのか見えなくなってしまった。


「……」


 かなり、どうでもいいことを四回、五回、繰り返し脳内再生した挙句、俺は、憤怒と絶望を繰り返す。

 そして、次第に涙腺の崩壊も収まったので、トイレを出て荷物を取りに編集室に戻る。


 編集室では川絵さんと鮫野郎が話しているようだが、俺は顔をそむけて執筆ブースに逃げるように入る。



 自分のノーパソをカバンに放り込んで、電源アダプタをしまうと、執筆ブースに点けっぱなしになっている鮫野郎のノーパソが目に入る。


 ノーパソの横には、缶コーヒーにしては珍しい、背の高いヤツが置いてあって、危なっかしい。

 これでコーヒーをこぼしたら、大抵のノーパソは使いものにならなくなる。


 ノーパソを失って、データ自体が飛ぶのはクラウドを使ったりして、ある程度、防ぐことは出来る。

 しかし、日本語変換辞書や、ネットサイトのクッキーなどノーパソを失って感じる被害は大きいものだ。


 鮫野郎のノーパソに近づいた俺は、缶コーヒーの残りの量がかなりあることを左手で感じる。

 そして、川絵さんと楽しそうに話していた鮫野郎が頭を横切って、目の前の光景がグニャリと歪んでいく。


 このまま、事故ってことで、ナチュラルに缶を倒しちゃいそうだ、俺。

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