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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART3 作家デビューで生まれ変わる!
35/90

第5話 徹夜の企画書、懸命のぶたにん

12月となりました。おかげさまで、連載4ヶ月目に入ることが出来ました。

年末に向けて懇親会、忘年会などが増えてくる中ですが、途切れること無くアップできればと目論んでおります。

予備原稿? 書き溜め? 一切ありません……(白目)


本日は3600字となりました。よろしくお願い致します。

 自宅の最寄りの駅前に、最近オープンしたサイゼの入口をくぐると、俺を確認した店員がわかりきったことを訊いてくる。

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


 俺は親指を一本立てて、三白眼でニコリと会釈をする。

 そうすると、なぜか店員が顔をひきつらせながら言う。


「お、おタバコはお吸いになられますか?」

「すいません……」

 サイゼに来るといつも最後に謝る羽目に陥るのは俺だけだろうか。

 当然、申し訳ない気持ちは微塵もない。


 とりあえず、家には残業だと格好良く言い放って、企画書の執筆環境を求めてきたのだが、これまで書きためたものから書き起こすのは難しい。

 なぜなら、さっき、強烈な企画書をこの目で見てしまったからだ。


 鮫貝さんの言っていた『自分の読みたいもの』を、鮫貝さんの企画書風にアレンジして書いてみると、なんと、入店十分後には、企画書案らしきものができている。

 言っておくが、パクリではない……と思いたい。


『仮タイトル:KEMOMIMIケモミミ! →ケモミミ語で一人称の私の意味。日本語では獣の雄々しさと猫耳の可愛さを掛けている』


『企画概要:ライトノベル向けケモミミ本。ケモミミらしいケモミミを望む読者層に、二十一世紀の終末戦争後の世界で氷と放射能に溢れたディストピアを生き抜くため、獣人へ進化することを選択した人類社会を舞台に、漆黒の花の祝福を受けた主人公と謎の少女が繰り広げるSFファンタジー……』


『特徴:SFとしても、ケモミミ語辞書としても、読み応えがある』


『差別化要因:時代設定を中世ではなく、未来とすることで魔法などを排して、純粋にケモミミだけを楽しめるようにする』


『初巻便概:主人公が幼い頃、ディストピアのシェルターで起きた宗教戦争「白い夜」事件に巻き込まれ、森中花の毒に侵される。「白い夜」事件で混乱に陥ったシェルターの中で、偶然知り合った謎の力を持つ少女と一緒に住むようになる。少女は主人公を助けるため、高価な薬を手に入れようと「光の軍隊」に特殊な力を貸すが……』


 サイゼの野菜果汁の炭酸水割にも飽きてきたので、レジを済ませて家路につく。

 続刊については、主人公も「光の軍隊」に入って特殊部隊のエリートに育っていくことで、胡麻化しておこう。


 先の展開は、主人公の成長を担保に回収できるので、どうにでもなるはずなのだ。


 家に帰る道すがら、ヒロインは巻ごとにグレードアップするべきかどうか、六本木方式の採用を検討する。

 しかし、『汁耕作』のタマちゃんのようなヒロインが死屍累々となるラノベは安心して読めないと言う川絵さんの言葉を思い出して、正妻のヒロインは固定することにした。


 それに、ケモミミ・ディストピアに出てくる異能のヒロインがそうそう、何人もアップグレードしたら、作者の俺がついていけなくなる。

 さて、企画書案は出来上がったが、俺は川絵さんにメールするかどうか、ずっと迷っていた。


 そんなとき、家のテレビの登場人物の何気ない台詞が、俺に圧倒的ひらめきを与える。

「この戦い、先に動いたほうが負けるっ」

 確かに、急いで企画書案をメールしても、合格点をくれるのは川絵さんじゃない。

 編集長に出す前に、川絵さんにメールで何度も書き直しをさせられるのは俺の最も苦手とするところだ。


 俺は、川絵さんからの催促メールを待つことにして、テレビの方に頭を集中する。

 なんだよ、ちょっと面白いじゃん、この古いロボットアニメ。


「あーくん、残業なんて言って、仕事、上手く行っているの?」

 突然の母親の言葉に驚くが、今日の俺は『ぶたにん2.0』を装備しているのだ。


「うん、二週間くらい前に言われて、大変かなって思ってた仕事が、本気で始めたら、ものの十分で終わって……」

「へえ、あーくんはやっぱり不器用で、ぶっきらぼうに見えても、集中力は人一倍だからね。出版社なんて務まるかと思ったけど、何事もやってみるものね」

 いや、ぶっきらぼうなのは残像で、今の俺は愛想の良さでは別人格なんだが、『ぶたにん2.0』は母親には浸透していないようだ。


 俺は、テレビが一段落すると、リビングを出て風呂に向かう。

「あーくん、明日は、また八時に起こせばいいの?」

「いや、明日は昼からでいいって言われているから」

 出版業界の常識は、世間ではどうやら非常識らしい。酷く驚かれる。

「ええっ、そうなの。それじゃあ、朝は起こさないようにするわね」


 風呂からあがるとそのまま、俺は、部屋で企画書の推敲に入る。

 やはりサイゼでのやっつけ仕事のままでは鮫貝さんの言う応援してもらえるような企画書には程遠い。

 なんだよ、『ケモミミ語辞書としても読み応えがある』ってさ。


 俺は仮タイトルを『ケモミミ!(仮)』に直して、ケモナーからノンケモまでの誰でもが理解るように、どうしてケモミミが愛されるに至ったか、犬耳派と猫耳派の争いを超えて、いつも心にケモミミをしまっておくことがいかに大切なことかを熱く訴える。


 感情を昂ぶらせ、時には、抑えつけて、ねじ伏せながら、朝六時過ぎまで企画書の推敲を重ねて、午前十一時にスマホの呼出音で目を覚ます。

「ほ、ほがっ」

 俺は寝ぼけて、もしもし、すら出ない。


「こらーっ、起きろ、ぶたバコ、ぶたマン、ぶたコレラ」

 げっ、川絵さんだ。

 あの、ぶた以外、まったく合ってないですよね、その呼び名。

 それに、ぶたも俺の名前に無いんですが。


 これは、俺への電話じゃないのか……切ろう。

 いや、待て、電話を切る前に要件を聞いておこう。一応、『ぶたにん2.0』の建前もある。


「今、起きたよ、川絵さん。何か用か」


 川絵さんは昨日からの怒りを引きずっているようで、まだ、許してくれていないような気がする。

「企画書案、どうなってるんよ。昨日から待ってんねんで」


 なんだよ、川絵さん。そんなに俺に期待しているなら、メールでもくれれば、朝イチで、すぐに送ったのに。

「あ、企画書なら、いまさっき、出来たよ」

 適当に言った蕎麦屋の出前のような対応は、蕎麦っ子の川絵さんには通用しないようだ。

「なんで、今まで寝てたあんたが、さっきまで企画書やってたとか言うてんのよ……まあいいわ、できてるんやったら、メールしてや」


 起き抜けで『ぶたにん2.0』の稼働状況が思わしくないのか、川絵さんのイラッとした発言を引き出してしまったのか。

 さらに、すぐに着替えて出社しろということで、俺は企画書案を川絵さんにメールすると、冷めたご飯を半分だけ、かき込んで、電車で都心に滑りこむ。



「お、おはようござい……ます」

 太陽系出版社には受付は一人しかいないので、昼前は事務で忙殺されている。


 鮎ちゃん(氏名不詳)は、まったく、こちらには目もくれないでいる。

 どうにも、腰を低くしているのに無視されているようで、俺はやりきれない気持ちになる。

 せっかく俺が挨拶しているのに人の気も知らないでと、俺は腑抜けになりながら階段を上がり『二編』を目指す。


「お、おはよ……えっ?」

 二編に出ると編集室には鷺森さんすらいない。時間的には、昼食に出たのかもしれない。

 サポートブースに人は居そうだが、怖いので声はかけられない。


 俺はそのまま執筆ブースの方に向かうと、中には鮫貝さんがいて、ブースの中でしきりにノーパソで何か打ち込んでいる。

 こういう時でも、俺は、にこやかに愛想よく『ぶたにん2.0』モードで挨拶をする。


「お、おはようございますっ」

 部屋はまったく無言で、完全にスルーされているようだ。

 さらに、俺にすぐ来いといっていた当の川絵さんに至っては、姿すら見せない。


 なんだか、『ぶたにん2.0』モードを続けている俺が、痛々しくなってくるのは気のせいだろうか。

 いや、晴れる日もあれば雨の日もある。


 周囲を気にせず、頑張ろう……って、周囲にアピールしないと意味ないじゃん。

 何しているんだろう……俺。

 高トルクで低馬力の仕事しかしていないせいか、『ぶたにん2.0』エンジンが焼き付くような感覚だ。

 おかげで、そのまま、ぼうっとして半時間ほどが過ぎる。



 すると、編集ブースのほうから編集長と川絵さんの声が聞こえてきた。

 そして、ノックの音がして編集ブースの扉を開くのは川絵さんだ。

 川絵さんは俺を確認すると、部屋の中を見回して言う。


「鮫貝君は?」

 それに答えるのは俺ではなく、鮫貝氏、本人になる。

「僕、ここです」

「今から会議、大丈夫?」

「僕は、構いませんけど」

 川絵さんは鮫貝さんの事情だけ聞くと、そのまま編集ブースの編集長を呼びに行ってしまう。

 あの、俺の都合とかは訊かなくていいんですか?


 俺の存在感の軽さが半端ない。

 俺としては拗ねて出て行ってもいいはずなのだが、編集長がブースに入ってくると、急に空気が引き締まって行動が制約される。


 冒頭、川絵さんがよく通る声で言う。

「二人ともこれが、ホンマの編集会議やと思って、編集長の意見を聞きや」


 編集長が執筆ブースの長机の端に座って、横に川絵さん、離れて俺と鮫貝さんが立つ形になる。

 高まる緊張感の中、最初に口の端に上ったのは鮫貝さんの作品のほうだった。

「鮫貝君、意外だったよ。デビュー作に愛着があるのは理解る。だが、モノの理解っている君なら知っているだろう。連作モノの部数は、前巻の部数を超えることはない。現状、実売六千部足らずの『汁耕作』の続巻は出せるはずがない……だろう?」


 え? 例のしるこミステリー『汁耕作』の続巻企画書?

 GOTICS(ゴチック)じゃなくて、どうして?


 俺は、鮫貝さんの企画書の内容に驚きつつも、他方では、ホッとしていた。

 だって、俺一人ダメ出し展開、耐えられないじゃん。

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