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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART3 作家デビューで生まれ変わる!
34/90

第4話 寺嶋ミロのラノベ企画書指南

電子書籍の拡大のため、プラットフォームの整備とサイマル配信の徹底が必要です。

欧米では「取次」が無く、「書店」が小規模なため、電子書籍市場化が一気に進みました。

消費者は安く、出版社は在庫リスク無く、著作者の印税が増えると言われる電子書籍市場の普及。

その遅れのワケは、意外にも日本の快適な大型書店と取次に、出版社が配慮している面も見られます。


さて、本日は3800字となりました。よろしくお願い致します。

 俺はひがみつつも、少しずつ頭をもたげる『ぶたにんモード』を必死で抑える。

 野球は諦めたら、そこで試合終了だし、雪山では眠ったら、死ぬのだ。

 自らを鼓舞して、俺はどうにか『ぶたにん2.0』に気分を切り替える。


「でもな、しるこドロップで弱った前財ぜんざい教授の『ぜんざいフラッシュ』やったのに、粒だけは防がれへんって、しるこドロップの設定、弱すぎるやろ。その粒から、ヒロインのタマちゃんがモブキャラ庇った挙句、粒の当たりどころが悪くて死んでしまいましたって、そら誰でも怒るわ」


「それは編集の蟹江さんが、『六本木のキャバ嬢と一緒だよぉ、ヒロインは、さりげなくアップグレードしたら絶対ウケるからぁ』って、毎巻ヒロインを変えようって強引に退場させようってことに……」

 傍から見ていると、爽やか東大生ラノベ作家と、やり手女性編集者の打合せ風景のように見えてくるから不思議なものだ。


 しかし、川絵さんは鮫貝氏を、強くたしなめるように言う。

「そんなアホな。いい、タマちゃんみたいな、ええキャラが意味もなく毎回死ぬようなラノベ、鮫貝君は安心して読めるんかいな。蟹江さんが同じ東大の誼みや云うても、鮫貝君もアドバイスを受ける人と内容は考えや。執筆責任は自分やで」


「……はい、気をつけるようにします」

 さすがに、鮫貝氏も静かに頷いている。

 それにしても、蟹男も東大だったのか。人は見かけには寄らないものだ。


 会話が途切れたところで、三人が執筆ブースに入って、ノーパソを立ち上げにかかる。

 まさにその時、川絵さんが言う。

「そしたら、前々から言うてた企画書案を早速、見せてもらうで。特に鮫貝君はラスト懸かってんねんから、去年より気合入れや」


 指名を受けた鮫貝氏は、参ったと云うような口ぶりで言う。

「だから、川絵さん、それプレッシャーですよ」


「勿体つけずに、見せてみいや」

 川絵さんが、鮫男の肩に手を置いてそう言うと、また、俺のぶたにんセンサーが警報音をけたたましく鳴らす。なんだよ、このイラッとくる感情。 


 しかし、俺って、企画書不要論だけ打ち立てて、あとは何もしていないよな。

 これって、かなりピンチじゃね?


 一方、鮫貝はノーパソの画面を川絵さんに見せて、企画書の説明をしているようだ。

「……こんな感じで、二通り作ってきました」

 さらりと言ってのける。ナイス、頼むから説明に二時間ほど稼いで欲しい。

「……ふうん、横文字タイトルって、『汁耕作』の続編やないねんな」


 そんな、肩越しに鮫男に近づくとパックリ喰われますよ。川絵さん、近い、近い!

「あれはダメですよ、蟹江さんの指導のおかげで本格ラノベになりすぎましたから」


 鮫男は、画面に集中しているように見えて、どうせ画面に映り込んだ川絵さんを見ているに違いない。

 ぶたにんアラートの警報音の中、俺は努めて冷静にノーパソを立ち上げる。


「へえ、そうなんや。また、あとで見せてもらうから、メールしといて」

 川絵さんがチラリと画面を覗き込んで、目を走らせて鮫男に短い指示を出す。

 そして、今度は俺の方に近づいてくる。


 いや、川絵さん、後で見るからメールじゃなくて、すぐに確認してくださいよ。

 じゃなきゃ、かなりの高確率で世のラノベ作家さんから嫌われますよ。

 早すぎる出番にキョドりながらも、俺も負けじと川絵さんの前で企画書ファイルを開く。


「こ、こんな感じで、ひと通り作ってきました」

 さらりと言ってみたが、鮫男の時のように川絵さんは画面を覗き込んでこない。


「……ぶたにん、新人賞のエントリー用紙はええから、企画書案のほう、見せて」

 バレていたのか、なるほど納得がいった。

 しかし、いかに手厳しく仰られても、俺のノーパソにはこれ以上のモノは存在しない。


「き、企画書案ならもう、出来上がっているのですが……」

「そんなら、はよ見せてや」


 川絵さんの声が、何故か厳しい。そうか、『ぶたにん2.0』を忘れていた。

 俺はニッコリと表情筋を動かして、川絵さんのほうを見上げて言う。

「そ、それが、今は頭の中にあってですね……」


「ドヤ顔で、あんたはモーツァルトかいな。書いてへんのやったら、さっさと書いてや」

 俺はドヤ顔じゃないし、不思議なことに『ぶたにん2.0』は今の川絵さんには無効のようだ。


 しかし、企画書については、俺にも一つ言わせてもらいたいことがあるのだ。

「あのですね、もう作品は出来上がっているんだよ、川絵さん。これから書くんじゃないんだから、今さら企画書なんて無駄で……」


「作品が出来てるのは理解ってんねんっ。でもな、企画書がなかったら、編集会議に出されへんやんっ。みんなで会議で検討せな、結局、あんたが書いた作品が無駄になるやんっ」


 ううむ、先駆者は理解されないとは、まさに、このことを言うのだろう。

 俺のケモミミ・パイオニアゆえの苦悩なのか。


 やむなく俺はイロハのイから、話すつもりで口火を切る。

「いや、新人賞作品だし、編集部の皆が読んでいるんだから企画書のほうが無駄というか……か、川絵さん」

 不用意な反撃は倍返し、いや、歴戦の川絵さんなら百倍返しと言う、例の米軍を前にした帝国陸軍砲兵部隊の戦訓は活かされない。

 そして、戦訓の実践を怠った報いとして、やはり血を見ない訳にはいかないという悲劇が、今ここに繰り返される。


「ぶたにん、ちょっと、こっちおいで……」

 俺はようやく理解した。川絵さんは烈火のごとくお怒りのようである。

 川絵さんの逆鱗を鷲掴みにした俺は、その後、編集室で企画編集について二時間半の特別講義を聞かされることになった。



 酷い精神論に満ちた講義を終えて、執筆ブースに戻ってくると、鮫貝氏が俺のノーパソの前から立ち上がって言う。

「ああ、ごめん、企画書のあらすじを見せてもらったんだけど……SFディストピアでケモミミって、さすが新人賞、面白そうだよね」


 俺は、かなり打ちのめされていて、ぶたにんモード真っ盛りだ。

 おかげで、鮫男の言葉の半分も耳に入ってこない。


「……き、企画書を」

 俺の弱々しい声に少々戸惑っていた鮫貝氏は、どうにか言葉をつなぐ。


「企画書、大変だよね。僕は、こんどはきちんとミステリーかな。ちょっと、ラノベ用にグレードは下げるけどクォリティーは妥協しない。目指すはサンラ文庫の『荒川クリスティの事件簿』ってトコかな」


 俺が目の前の鮫貝氏のノーパソを見ると企画書には次のような文字が踊っている。

『仮タイトル:GOTICSゴチック →”go tics”でチック症になるの意、ゴシックの重厚感も掛けている』

『企画概要:ライトノベル向けミステリー。ミステリーらしいミステリーを望む読者層に、中世異世界から多少進歩した二十世紀初頭の近代欧州をモチーフとした世界を舞台に狂言回しの主人公と謎の探偵少女が繰り広げる恋愛推理小説……』

『特徴:恋愛ラノベとしても、ミステリーとしても読み応えがある』

『差別化要因:時代設定を中世ではなく、近代とすることで魔法などを排して、本格ミステリの謎解きも楽しめるようにする』

『初巻便概:主人公(和のスイーツが好き)が異世界の欧州の王立学園に転校してくる。しかし、その学園には古い時計塔が聳え、謎のチック症の少女(甘いモノ好き)が幽閉されているという噂がある……』


GOTICSゴチックですか……」

 俺が言うと、大急ぎで鮫貝氏が戻ってきて、ワードファイルを閉じてしまう。


「い、いやあ、書きかけだから、勘弁して欲しいなあ」

 慌てた素振りをしているが、あくまで動きには余裕がある。


「そう言えば、鮫貝さん、企画書作るの二回目ですよね」

「ああ、そうだけど」


 俺は残った『ぶたにん2.0』の欠片を全て集めて、俺の頭を下げるようにすると首から上がペコリと折れ曲がる。

「お、俺に企画書の書き方を教えてくださいっ」


 目を見開くと、鮫貝氏が俺の方を眇めるようにして見ている。

「ぶたにん君、それなら編集者として訊くけれど、どんな企画書だったら編集会議で応援したくなるかな?」


 応援したくなる本、それはケモミミ……じゃなかった。

 なんだろう、企画書で編集会議で推したくなる本。


「自分が読みたくなる本?」

 俺の適当な一言に、鮫貝氏は過激なほど反応する。


「そ、そうだよ、自分が読みたくなる本、それなんだよ。それがきちっと企画書に書いてあれば、みんな応援してくれるんだよ」


 なるほど、GOTICSもそう言われてみれば、読みたいと思えてくる。

 一見、恋愛ミステリーなんて陳腐だなと思った俺が間違いだったようだ。


 恋愛でも、ミステリーでも売れるならミリオン狙えそうじゃないかと、応援したくなってきた。

 重要なので繰り返し言うが、ラノベでの単巻ミリオンはない。


「鮫貝さん、俺、GOTICS、応援してますから……」

「いやあ、そう言われると安心して気を抜いてしまいそうだよ。ぶたにん君、お互い、編集会議を目指して頑張ろう」


 な、なんだか鮫貝さん、いい人じゃないか。

 俺は鮫貝さんのヒレ……ではなく手を取って言う。


「は、はい、頑張ります」

 そう言っていると、編集室の方から川絵さんが執筆ブースに駆け込んでくる。


「あんな、いま電話があって、明日、昼から編集長が企画書を見たい、言うてはんねん。四月の編集会議のエントリー、明日までやったら間に合うからって」


 え、そんなの無理。

 さっきのGOTICSで良ければ出してもいいが、無論、それは俺の企画書ではない。


 一方の鮫貝氏は川絵さんの少し困ったような口ぶりを察したようにして言う。

「川絵さん、自信はありませんが形だけでも見てもらえると安心して企画を進められます」


 川絵さんは、腰を深くから折って頭を下げる。

「鮫貝君、無理言うてゴメンな。また学校落ち着いたら、何かお祝いに奢るわ」

「そんな、川絵さんには無理を聞いてもらってますから、僕に奢らせて下さい」

 なんてカッコイイんだ、鮫貝論。俺もすかさず、『ぶたにん2.0』で追撃する。


「川絵さん、俺も自信はありませんが、形だけなら……」

 川絵さんは腰に手を当てて天を仰いで言う。

「ぶたにんは、形だけやろうなあ……でも出来たら、いつでもメールしてや」

 なんだろう、俺の『ぶたにん2.0』の魅了効果が切れつつあるのだろうか。


 それより、大丈夫なのか、俺。まだ見ぬ企画書は、頭の奥深くに沈んだままだ。

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