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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART2 出版社だって小説をつくりたい!
30/90

第15話 『二編』VS営業部?!

印税の由来は明快で「stamp duty(印紙税)」から来ています。

著者が発行部数を管理するために、判子を押した紙を出版社に渡したことによります。

書籍のほか、検印による発行管理をしたレコードなどの著作権料も印税と称されます。


本日はPART2最終話、3800字となりました。どうぞよろしくお願い致します。

 ほんの少しの間を開けて、川絵さんの言葉に反応したのは三人の斜め上から、例のアメコミ擬態語を操って復活したメグさんだった。


「ガッチャー、川絵さん私は構わないよ。馬丘先生の勉強になるかは不安だけど、本人がいいって言うなら、私は気にしません」


 俺も、メグさんの言葉に調子を合わせる。


「そ、そうですよ。とりあえず、川絵さんもチューターなんですから同席して下さい」


 さらに、俺に同調するのは、絶好調なニヤケ顔の茶烏さんだ。


「そう来ましたか。さすがマネージャーさん、まあ、女性が増え……環境が改善する分には、私も一向に構いません」


 場の空気に屈しそうなのか、川絵さんはキレ気味だ。


「なんで、私がそんな変な打合せに付き合わなアカンのよ」


 そんな川絵さんを気遣って、俺は一言、差し挟むが、キレた上司川絵には逆効果だったようだ。


「すみません、川絵さん……」


「謝るな、ド変態ぶた」


 返ってきた『ド変態』と『ぶた』の言葉に、俺は顔面蒼白になる。


 気を遣ったつもりなのに、そこまで言われる覚えはないのだが。


 川絵さんの気分を和らげようと、茶烏さんとその隣にピタリと座ったメグさんがフォローを入れる。


 それにしても、メグさん、サンドイッチにがっつき過ぎでは……

 そういえば、メグさん、昼食、食べ損ねていた気もする。


「すまないねえ、川絵ちゃん。『昨日の旅』のプロットのためとはいえ……」


「川絵さん、ペッコル。制作もいろいろお世話になって、新人の子のためとはいえ、打合せにも同席なんて、本当にすみません」


 頭を下げられ、言葉を尽くされて、十七才の上司川絵は、さすがに周囲の同調圧力に抗しきれないようだ。


「そ、そんな、二人とも頭下げんどいて下さい。もう、なんか私がワルモンみたいやんか……じゃあ、私で良ければ、制作も企画もまとめて面倒見ますから」


 その言葉を聞いて、全員が安堵して川絵さんに頭を垂れる。


「「「有り難うございます」」」


「……もう、ぶたにん、どうなっても知らんで」


 そう、小声で嘆いた川絵さんの挙動を見逃す俺ではなかったのだが、女装で二十四時間、打合せに同席とは大変過ぎる。


 その辺りは、川絵さんにどうにか仕切ってもらおう。


 依頼心旺盛なお年頃の俺は、固く心に誓う。


 まあ、正体がバレても、清純系巨乳派の馬丘雲は同席しているわけで、茶烏さんに嘘をついたことにはならないだろう。


 懲戒解雇フラグをへし折った勢いで、早速の打ち合わせに四人で太陽系出版社のビルに向かう。


 道すがら、茶烏さんは『家へ帰ろう』を口ずさんでいたが、この人の家は、本当に『二編』なんだと改めて思ってしまう。





 二編の前まで来て、川絵さんがカードを鞄から取り出そうとした時、中から大きな声が聞こえてきた。


「だから、早く木盧きの先生に連絡付けてくださいよ。八月下旬の首都圏二十五書店共催のサンラブックフェアに、鎌内先生が来れないんですよ。だったら、代打は去年見送った木盧先生しかいないじゃないですか」


 声の主は川絵さん曰く、営業部の美々透みみずく氏と言うアンチ『二編』の筆頭格らしい。


 ことあるごとに第二編集部の解消と、営業部の営業総局への格上げを画策してきたらしい。


 それに続いて、征次編集長の声が漏れてくる。


「でも、本人はこういう集まりには出たくないと言っているんだ」


「征次編集長、言いたくはないですが、最近はラノベも作家を前面に出して売っていく時代なんです。ネット動画やツイッターで作家の露出を上げるのは、もう他社では当たり前なんですよ」


「それは、そうだが、他社よそ他社よそ、ウチはウチで……」


「征次さん、もう、容姿にケチは付けませんから、出てきて挨拶をしてチョイチョイとサインしてもらうだけじゃないですか。逆にそんなこともお願いできないなんて、編集部の作家教育がオカシイんじゃないですか」


「いや、そんなわけ……」


「もし、これまでと同じように二編が営業協力にゼロ回答なら、営業部として二編のあり方を、サンラ編集部に統合する方向で動きますよ。この件は福楼ふくろう営業部長、はい江奈えな関東ブロック長も了承済みですから、明日の部長会にも正式に諮らせてもらいます」


「そんな、性急に過ぎる」


「もう、関東、中部、西日本ブロックでブックフェアのプロジェクトは始まっているんですよ。その目玉企画がグラつくようじゃ夏フェア拡大にも影響が出るんです。早急に結論を出してください。用件は以上です」


 話が一段落したようなので、意を決して、川絵さんが扉を開いて二編に入る。


「すんません。遅くなりました鵜野目うのめです」


 その後からメグさん、俺、茶烏さんが扉をくぐる。


 メグさんが川絵さんと一緒に美々透みみずく氏のほうへ駆け寄る。


「シュリン、あの、遅くなりました。編集長、こちらの方は?」


「営業部の関東ブロック主幹の美々透君だ。ちょうど夏のブックフェアの話をしていたんだ。美々透君、こちらが木盧先生だ」


 美々透氏は編集の人とは違い、ダークスーツに青のネクタイを締めていて、かなり社会人らしい雰囲気がある。


「営業部主幹の美々透です」


「木盧です。いろいろとご迷惑をお掛けしました。夏のブックフェアの件、征次編集長と相談して良い返事ができるようにしますので、よろしくお願いします」


「ほう、木盧先生、十月刊行予定が入ってないので、御心労が重なっていらっしゃるのかと察しておりましたが……それでは、せいぜい御検討のほうよろしくお願いします。失礼します」


 そう言って、二編を出て行く美々透氏だったが、俺は帰り際に彼が茶烏氏の姿を見て驚きついでに、小さな声で『裏切るなよ』と言ったのを聞いた。


 無論、茶烏さんは後ろめたいところがあっても、飄々としていそうで怖い。

 いまも、美々透氏の声は届いていたはずだが、顔色一つ変えずにいる。


「ブタニンさん、あの人は気前のいい人でねえ。鶫野先生の打合せ前の、憂鬱な気分の時に限って、銀座で私に寿司を奢ってくれたりするんだよ」


「それって、メグさんとの打合せはどうしたんですか?」


「申し訳ないけど、毎回、日延べにしてもらってたなあ。まあ、鶫野先生とアポを入れると、決まって美々透さんが銀座接待だからねえ」


「まさか、茶烏さん、タダ飯狙いで営業部に、メグさんのアポの話を漏らしていませんか?」


「さあね、私は営業部の皆さんとも仲良くしたいですから。はっはっはっは」


 俺は、茶烏さんがどこまで本気で、どこまでふざけているのか、まったく計りかねていた。



 編集長は、メグさんに営業からのオファーへの回答を確認している。


「ほ、本当に良いのか、ブックフェアのサイン会を承諾しても。ファンサービスとはいえ、結構、疲れるぞ。それに八月だから、十月刊の前宣も入る。十九巻の方は大丈夫なのか?」


「ファンの人に直接、触れ合えるなんて作者冥利に尽きますから。それに、十九巻の打合せは、今日これからしますし、頭の中では三十一巻までテーマは決まってますので……あとは、茶烏さん次第です」


 そんな、三十一巻と言えば二年先までじゃないか。それは馬丘雲にとって過酷過ぎる。


 俺はプロット打ち合わせが無くなるよう、激しく木盧先生の成長を祈って止まない。

 さもなくば、茶烏さんがヒンヌー好きになるのでも良い。


「本意ではないんだが……それなら営業部に木盧加川のブックフェア参加を伝えておこう」


「お願いします」


 その答を聞いた川絵さんの目が尋常じゃなく、キラッキラに輝いている。


「そ、それじゃあ、編集長。『二編』のピンチは切り抜けたっちゅうことで、ええんですか?」


「そうだな、私の作家管理は、君のおかげで万端だからね。川絵、引き続き、制作とぶたにんの育成を頼むよ」


 ニッコリ笑って、そう言うと、早速、征次編集長は営業部に内線をかけ始める。


 川絵さんは台風一過、すっかり元の元気を取り戻したようだ。


「よっしゃぁ……、そうか、ぶたにん、これからプロット打合せか。でも、雲ちゃん、今日のところは体調マズいねんなあ。どうしよう?」


 それを聞きつけて、茶烏さんは予防線を張る。


「それでは、今日のところは軽く下打ち合わせと言うことで、後日改めて打ち合わせをしましょう」


 いつの間にか茶烏さんの横に寄り添っているメグさんが言う。


「私もそれで異存はありません。今日のところは、寝過ぎたのか頭が痛くて……」


 一体どのような打合せになるのか、すこぶる気掛かりではあるが、川絵さんもひとまず、当事者の意見を尊重せざるを得ない。


「そやな、とりあえず、今日のところは下打ち合わせやな」


 俺は女装を回避できて、ホッと一息つきながら執筆ブースに向かう。


 執筆ブースに向かう川絵さんに、内線を終えた編集長が大声で話しかける。 


「おい、川絵、ぶたにんのケモミミ・ディストピアの企画書と一緒に、寺嶋の二作目の企画書も見てやってくれないかな」


「え、寺嶋ミロ先生はちょっと荷が重いなあっていうか。そもそも、二作目って何回目でしたっけ?」


 川絵さんの口にした寺嶋ミロのフルネームで、俺は思い出した。


 去年、ラノベでは珍しい本格ミステリー『学園生徒会探偵助手 汁耕作』でデビューして、続巻が出ていない作家さんだ。


 主人公の汁耕作が、ぜんざい嫌いのしるこ好きという謎キャラで、物語の途中、ヒロインがゴミキャラのように死んでしまったのが災いしたのかも知れない。


「何にせよ、寺嶋は五月の編集会議がラストチャンスだ。どっちに転んでもいい。とにかく頼んだ」


 そう言うと征次編集長は、鷺森さんと別の打ち合わせに入る。


 口の歪んだ川絵さんの顔は、なにか深刻そうな雰囲気を醸し出していた。



 そして、俺は、再来週の春休みから、同じ学生の寺嶋ミロ先生と、企画書案に手を付けることになった。


(PART2 了)

お読みいただき、有難うございました。


次のPART3は、11月24日0時のスタート予定です。


どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。

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