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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART2 出版社だって小説をつくりたい!
29/90

第14話 茶烏さんの職場環境の改善に

兼業の多いと言われるライトノベル作家ですが、一冊出版すると50〜60万円の印税が入ると言われます。

重版がかかるとさらに収入は増えます。年間4冊刊行でも200万を超えますが税金の支払いに気が回らなかったりします。

兼業の場合、会社からの収入は「給与所得課税」、出版印税は「事業所得課税」になります。

社畜の場合、「給与所得課税」については年末調整で申告不要で過ごしていますので、事業所得があった場合には確定申告を翌年三月までにしなければなりません。これを怠ると通常課税に加えて「無申告加算税」と利息分を加えて所得の9割以上を懲罰的に取られてしまいます。

以前、なろう出身の作家さんも摘発された「無申告」は放置すると、元も子もなくしてしまう恐れがあります。

兼業作家をする場合には、最寄りの税務署に開業届と申告の相談に行くのがオススメです。


本日は最終回前でキリの良い所がなく4800字です。よろしくお願いいたします。

「もう少し、向こうに行ってもらえますか……そう、そこで」


 川絵さんはウェイトレスの立ち位置を調整して、茶烏さんの死角に入ると起き上がって、俺に言う。


「あんたは、顔バレしてへんねんから、伏せんでええやん」


 そうなのか? そうだったよ、俺は独り言ちながら体制を立て直す。


「ここからどうするんだ?」


 俺が訊くと、川絵さんはコートと荷物を持って、すっくと立ち上がる。


「兎に角、先手必勝や」


 いったい、何にどう勝つのか理解できないまま、俺も上着を持って移動する。



 奥の席の茶烏さんに近づくと川絵さんは、よそ行きの声で話かける。


「あの、茶烏さんでいらっしゃいますか?」


 振り向いた男は読んでいた本を閉じて、無愛想な顔をすぐにニヤけ顔に変じて応対する。


「ん……あれ、川絵ちゃん? これはこれは……奇遇だねえ」


 そらぞらしい、おっとりとした男の対応にもメゲず、川絵さんは、よそ行きモードを継続する。


「ひょっとして、お邪魔でしたでしょうか?」


 茶烏さんと思しき男は、この季節にも関わらず浅黒い褐色の焼けた肌をしていて、痩せ型の体型でありながら、ひょろいイメージはしない。


「うん、そうだなあ……今日のところは邪魔かなあ」


 急に、川絵さんとの会話を打ち切って、茶烏さんは大きな体躯を振って、俺の存在を確認すると川絵さんに確認する。


「……おっ、その後ろにいるのは、ひょっとして、一人で来られなかった雲ちゃん?」


 きゃいん。どうして分かったの? バレてたの?

 動揺する俺を差しおいて、川絵さんは冷静に対処する。


「いいえ、あの子は今日、体調崩してしもて……」


 それを聞くやいなや、茶烏さんは立ち上がってスーツケースの把手を持ち上げる。


 さすがに身長は百八十センチほどはありそうだ。上のほうから声がする。


「そうかあ。この時期、体調を崩して大変だね。それじゃあ川絵ちゃんから、また会えるように、よろしく伝えておいてくれないかなあ」


 ナチュラルな動作で川絵さんに伝票を渡して、茶烏さんは笑顔で立ち去ろうとする。

 なかなか、得難い無銭飲食根性を感じてしまうのは俺だけではあるまい。


「ツケを回すんやったら、ちょっとだけ、待ったってや。茶烏さん」


 川絵さんは茶烏さんの手首を掴んで、その行動に待ったをかける。

 見るからに大人と子供の体格差だが、気持ちでは一歩も引かない上司川絵さんと関西弁の迫力が凄い。


 ちなみに、『待ったってや』は、標準語で言う『待ってあげなさい』に相当するはずだが、この敬意を含む命令の高飛車さ加減に、なぜか従わされてしまうのはどう云うことなのだろうか。


 川絵さんの言葉に懸命に抗おうとする茶烏さんが、力なく言う。


「な、何なのかなあ……私の予定は一杯なんだけど」


「ラノベのプロット一本、今日一日、打合せの時間はあるって聞いてますから」


 完全に逃げに入った茶烏さんに対して、なかなか、上司川絵さんの押しが強い。

 茶烏さんが諦めたようにして、ふたたび椅子に腰掛ける。


 俺たちが対面側に腰掛けると、茶烏さんは俺をチラ見しながらボソッと言う。


「で、そっちの方は、誰?」

 俺は、とっさに言葉が出ない。代わりに川絵さんが適当なことを言う。


「馬丘雲……の代理人みたいなもんです」


「ええっ、雲ちゃん彼氏付きなの? プロフに無いよ。それって詐欺じゃない?」

 臆面もなく非難する茶烏さんは、川絵さんと違う意味で強かだ。


「いや、恋人とかは絶対にいませんから。大丈夫です」

 茶烏さんはその言葉に安心したかのように、今度はおどけるように言う。


「えっ、最近のラノベ作家って、アイドルみたいに歌って踊れて、彼氏なしじゃないとダメになったの?」


「そうやないですけど。見てお分かりの通り、恋人の線は間違ってもないんですわ」


 え、見て分かるの? 恋人じゃないかどうかが……。それとも、一重の三白眼に恋人の線は無いのだろうか。


「まあ、川絵ちゃんの太鼓判があるのは嬉しいけど、彼はそうすると、ああ、身内かなあ。確かに鼻と口の感じは似ているよねえ……私、太陽系出版社第二編集部の茶烏龍と言います」


 茶烏さんに求められるまま握手をして会釈する。改めて見てみると、そんなに悪い人ではなさそうだ。

 そう思っていると、唐突に上司川絵さんは横から豪速球を投げ込んでくる。


「プロットの打合せの件ですけど、受けてもらったっちゅうことでええですか」


「いやあ、それは雲ちゃん本人と相談して決めないと無理だよ。いやあフィーリング次第ってところもあるしねえ。今日だったらトコトン時間があったんだけど、体調を崩しているならね。いやあ残念だなあ」


 茶烏さんは頭を掻き上げて話題を濁しながらながら、俺の方に鋭くにじり寄ってきて真っ直ぐに目を見て言う。


「雲さんにこの名刺を渡しておいて下さい。必要ならば私が責任をもってサポートすると……」


「は、はあ」


「茶烏さん、ちょっと、まだ私の話が終わってへんねんけど」

 ドスの効いた関西弁で川絵さんが立ちふさがる。


 戯けたような顔をして、茶烏さんは向き直る。


「メグさんのことやけどな、なんで、プロットサポートに付いてあげへんの?」

 具体的な個人名の絡んだ質問に、茶烏さんの口調が鈍る。


「え? いや、メグさん……ああ、鶫野廻先生ね。うん、先生からの要請は、まだ来てない気がするなあ」


 とぼける茶烏さんに、川絵さんは追及の手を緩めない。


「おかしいわ、一ヶ月以上前から茶烏さんと打ち合わせしたいって言うてるはずやねんけどなあ」


「そうそう、お約束は何回かしてるんだけど、そのたびに急用が入って日延日延になってたんだよ。思い出した」


 あくまで、シラを切り通したい茶烏さんに、上司川絵さんは大人気なく物証を提示する。


「私のトコに転送されてきたメールでは、こんなに晴れ晴れした顔文字で『了解した』って来てんで」


 メールを見ると、かなり軽妙なタッチでの返信がみてとれる。


 こんなにも、女子の間では軽々とメールが転送されるのかと、俺はおののく。

 今後、川絵さんへのメールは要注意と脳内にテイクノートしておく。


「……もう、川絵ちゃんには嘘が吐けないねえ。でも、川絵ちゃんも知っているでしょう、鶫野廻先生の実力とその伸びの凄さは」


「それは……昔のように原稿の遅れもないし、隔月刊も定着してるし、凄いなとは思いますけど」


「だろう、実際、プロットサポートしてても、舞台設定は彼女が作る、キャラの動かし方も彼女が決める、サブストーリーも設定に合うように彼女が決める……打ち合わせで私のすることなんて、ほんの僅かなんだよねえ」


「ふうん、でも、十月予定の十九巻のプロット、全然手についてないってメチャクチャ焦ってはりましたよ」


「多分、『昨日の旅 十八巻』がタレーランとドラクロワの話だったから、次はナポレオンあたりだろう。でも、私は世界史がさっぱりで……ドラクロワの絵なら大好きなんだが、歴史話が絡むともう見るのも嫌だよ」


 えっ、『昨日の旅』のプロットメーカーが、歴史嫌い? なんだか、トンデモなことを聞いてしまった。

 そう言うことなら、俺でも『昨日の旅』のプロットが作れるんじゃないだろうか。


「なんや、ドラクロワの絵が大好きってフランス革命の女の人が旗振ってる、アレかいな。茶烏さんのための名画やな」


「川絵ちゃんも、ドラクロワが分かるのなら、私の悩みも理解ってくれるだろう」


「そんなん理解りとうもないわ。そんなに、歴史が嫌いでも、ウンウン頷いてプロット作ってたら、茶烏さんも『二編』クビにならんで済むのに」


 川絵さんの『クビ』の言葉に、一瞬にして、テーブルの空気が凍りつく。


「クビ? 誰が?」


「……メグさん、茶烏さん、それに私は出入り禁止で、もう一人、そう馬丘雲ちゃんもクビやわ」


「雲ちゃんがクビ? どうしてかなあ。私と雲ちゃんだけでもどうにかならないのかなあ」


 茶烏さんはトコトン往生際の悪いタチらしい。

 クビと言われても、怯むどころか、馬丘雲(女ヴァージョン)まで囲い込もうとするところが強かだ。


 それに対して、川絵さんも容赦なく傷口に練りカラシを擦りこむように言う。


「どうしてって、茶烏さんが仕事せえへんからに決まってるやんか」


「うーん、どうして、川絵ちゃんはドラクロワが理解って、私の悩みが理解らないんだろう」


「ドラクロワなんか知らん。理解れへんわ」


 ついに上司川絵が匙を投げてしまって、険悪になりそうな雰囲気を挽回しようと俺は言う。


「ち、茶烏さん、俺は理解りますよ。その気持ち」


「君は、いったい……?」


 最初は睨むような目付きの茶烏さんだったが、俺と茶烏さんは、男同士、眼と眼で相通じ合うところがあった。

 そうした雰囲気を察してか、川絵さんが捨てゼリフを残して席を立つ。


「ふん、ちょっと、私、お手洗いに行ってくるけど、ゼッタイ帰らんどいてや」

 その言葉は、俺に向けられたものか、茶烏さんに向けられたものか分からない。


 川絵さんが姿を消すと、茶烏さんは俺に向かって尋ねる。


「君、名前は?」


 今日はじめて、茶烏さんとマトモに会話をするので、確かに俺の自己紹介は抜けていたのだが、果たして俺って何者だろう。


「ブ、ブタニンです。馬丘雲の、マ、マネージャーをしています」

 俺はかなり適当なことを言って、その場をしのぐ。

 清楚系巨乳派作家のマネージャーが、いったい、なにの仕事をする人なのか俺にはまったく理解らない。

 しかし、世間は広いものだ。兎に角、話しておけば、なにか妙な通じ方をするものだ。


「雲ちゃんのマネージャーさんか……それでドラクロワの良き理解者なわけですねえ。良かった。私は『ヒンヌー空間』が大の苦手でね。とにかく胸回りの貧しいひとと、二人っきりで打合せなんて五分が限界なんだよ」


 俺は、『ヒンヌー空間』の正確な意味はよく分からなかったが、フィーリングは伝わってくるものがある。


「それは、メグさんとの打合せの限界が五分と言うことですか?」


 俺が、間髪入れずにそう言うと、茶烏さんは我が意を得たりと欣喜雀躍する。


「さすが、ブタニンさんだあ、お若いのに良く理解っていらっしゃる。三十も半ばになると体質的に我慢が効かなくなってくるんですよ。ですから、打合せは五分までで切っているんですが、いつも、気がつけば一晩中レキジョの世界史講義に付き合わされて、プロットどころかサブストーリーのセリフ回しまで相談されるんでねえ」


 俺は、歴女の講義が、例のアメコミ擬音とともに聞こえてきて、非常に気の毒に思いながらも尋ねてしまう。


「どうして、途中で話を切らないんですか」


「切れないんだよっ、一度は振りきって逃げたことすらあるんだが、縋りついてくるんだから、本当にどうしようもないんだ……もう、私としては『昨日の旅』についてはプロットサポートを辞めてもいいと思っているぐらいなんだよ」


「それでも、メグさんの知識と熱量に、茶烏さんのプロットがうまく絡み合ってベストセラーになっているんでしょう。それを辞めちゃうなんて、もったいないですよ」


「いやいや、そうは言っても環境的に体が持たないんじゃあしょうがないでしょう……」


 そう言う、茶烏さんが可哀想に思えてきて、俺は勢いと思いつきで、一つ提案をする。


「それでは、『昨日の旅』のプロット打合せ環境改善のために馬丘雲を立ち会わせると言うことでどうでしょうか」


「ほう、マネージャーさん。そんなこと、本当に良いんですか? あの鶫野廻の打合せは二十四時間ぶっ通しの時もあるんですよ」


 肉食系の茶烏さんの目のギラツキに、俺は思わず前提条件を付ける。


「踊り子さんに手を触れないと誓って頂けるなら、出来なくもないです」


「本当かね。いやあ、こんなことなら最初にブタニンさんに会っておけば良かった」


 何なんだろう。もう、茶烏さんはニヤケ顔が絶好調なまでにほころんでいる。

 そして、手洗いから戻って来た川絵さんが、妙な違和感に気づいて言う。


「なんや、ケッタイな雰囲気やな。ぶたにん、ちょっと椅子引いてや。私が通られへんやん……それで、二人とも、何が良かったん?」


 川絵さんの問いには、絶好調の茶烏さんが軽く応じる。


「いや、それが当初、もう、クビでも良いと思っていたのが、こちらのブタニンさんの環境改善のご提案のお陰で、まだサンラで仕事が続けられそうになってねえ……ねえ」


 同意を求められているのか、茶烏さんの振りに、俺は誠心誠意、応えることにする。


「あ、はい、『昨日の旅』の打合せの席上、勉強のために馬丘雲を同席させるということと、茶烏さんは踊り子……いや、う、馬丘雲には手を触れないと言うことで合意に至りました」


 一足飛びの合意内容に、川絵さんは一瞬、頭が混乱しかけたようだが、どうにか話を切り繋いで、内容を理解したようだった。


「それで、あんたはええのん? 肉食獣と二十四時間ぶっ通しの打合せになる可能性もあんねんで。約束なんて空手形になる可能性かって充分あんねんから……」


 俺は思いつきで軽率な提案をしてしまったことを悔やみつつ、茶烏さんを納得させられる肉食獣対策に思いを巡らせていた。

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