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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART2 出版社だって小説をつくりたい!
28/90

第13話 チャケチャニ君はくじけない!

判型については、単行本ではいろいろ、A5や菊判、四六判など種類が見られます。

しかし、文庫本はおおよそ大きさがA6(105☓148)に統一されつつあります。

社によって数ミリの差は生じますが、どちらかと言うと大きい方にブレるようです。


本日は3100字、およそ目安通りです。よろしくお願いいたします。

「メ、メグさん。ちょっと、起きて。今のちゃさんとちゃうねん、三白眼のエロぶたやで!」


 しかし、メグさんは一向に目覚める気配はない。

 俺は、頭がクラクラしてメグさんの色香に迷いそうになる。


 それにしても、三白眼のエロぶたとは、一歩間違えれば犯罪者……いや、既に豚扱いじゃないか。

 ただ、今の俺の頭のなかにはメグさんの『大好き』が、シアワセ成分を撒き散らしながら高速回転している。


「あかん……メグさん、寝起きが悪いから、徹夜明けは要注意やっていうこと忘れてたわ。もう、こうなると酔っ払いよりタチ悪いからなあ」

 頭を左右に振って、川絵さんは、処置なしのような仕草をする。


 とりあえず、深い寝息とともに睡魔に絡め取られたメグさんを起こすのを諦めると、川絵さんは腕組みをしてしばらく考えていたが、結局、この言葉に落ちついたようだ。


「もう、お昼ご飯にしようか。ぶたにんにしてはナイスチョイスやん。幕の内、幕の内……あれ、一個だけおにぎり弁当?」


 川絵さんは例のキメ顔で俺の上幕の内弁当を自分の前に置いて、おにぎり弁当を俺の目の前に置く。


「はい、それじゃあ、いただきます」


 上司の無茶な指示に、やむを得ず、簡単な昼食を終えると、俺は暫らく小音量のテレビを眺めていた。

 しかし、そうした漫然とした時間の過ごし方を潔しとしないのか、川絵さんは俺に確認してくる。


「あの時、メグさん、茶烏さんのことが好きって言うたやんな?」


「え? そこは『ちゃう◯◯さん、大好き』だったんじゃないかな」


 ちなみに、◯◯には、武谷が入るものだと、俺は盲信している。


 川絵さんが必死で笑いを噛み殺しながら、俺に言う。


「なんで、メグさんが、関西弁でちゃうって言うんよ。とにかく、メグさんと茶烏さんが不仲っていうのは無いんちゃうん」


「それなら、最初はタケタニって言おうとして、チャケチャニになって、最後に誤魔化して、大好きに繋げたとしか思えないんだが……」


 笑っていた川絵さんが俺の方を見て、とても可哀想なものを見るような目付きになる。


「ぶたにん、落ち着きや。メグさんがチャケチャニ君を好きになる可能性がどこにあんの?」


 男女が恋仲に落ちるのに、理屈や説明はいらないと俺は思うのだが。


「……し、強いて言えば、一目惚れかも」


 俺は突然訪れたモテ期に動揺しながらも、川絵さんに対応する。


「ふうん、メグさんがチャケチャニ君に一目惚れして、メグさんなんか変わったところがあったんかいな?」


 それは、俺も思うところはあった。


「そう言えば、ガッチャとか、難解な擬態語が口から漏れてたとか」


「あほ、それは、ふつうのメグさんやん。他には無いんかいな」


 そう言われても、恋愛に理由は不要なわけで……俺は、もう見つかりそうにない、他の理由を探す。


 そして、川絵さんは一人呟くように喋り始めて、俺の考えはまったく、まとまらない。


「メグさんは書く気がある……今日の打合せの用意もしてある。そして、メグさんと茶烏さんの仲も悪くない……としたら、もう、四時からこのまま打ち合わせしたらええんちゃうん?」


「でも、メグさんは好きでも、茶烏さんはそうじゃ無いとか」


「なんで、そんなこと言うん。仕事に好き嫌い持ち込んだらあかんわ」


 そう、清楚で巨乳が好きな茶烏さんと、ふつうで凹凸に貧しいメグさんの接点は残念ながらほぼ無いと言っていいだろう。


「なんぼなんでも、メグさんにあの偽乳はアカンやろうし、茶烏さんも引くやろなあ……」

 川絵さん、言うに事欠いて、なんて非道いことをと俺でも思う。


「でも、茶烏さんは、編集長に説得してもらえるんでしょう」


 俺は道すがら聞いたことを確認するが、却って川絵さんの怒りに触れる。


「それは、メグさんがプロットさえあれば、作品は書けるって、自分で編集長に言うんが前提やん。それを誰かさんがメグさんを再起不能にしてもうたから……」


 なんだか、罪は俺にありと言いたげな雰囲気が襲ってきそうなので、俺は川絵さんに言う。


「それじゃあ、メグさんを起こして説得すれば良いんだな」


 珍しく男気を見せる俺の言葉に、川絵さんは存外、冷たい。


「出来るもんならやってみいや」


 それならと、俺は、メグさんを起こすために、毎朝、俺の母親が使っている手法を動員する。


 まずは、ベタだが声をかける。


「メグさーん、起きて下さい。タケタニくんが来てますよっ」


 ときめきワードである『タケタニ』にビクともしないとは、どう言うことだろう。


 首を傾げる俺を、川絵さんは横でニヤリとしながら眺めている。



 しかたがない、肩を揺すりながらの声掛けにバージョンアップする。


「メグさん、火事ですよ! 起きないとヤバイですよっ」


 まったく、メグさんに反応がない。川絵さんのニヤニヤが加速する。



 やむを得ず、俺は掛け布団を外して最後の手段に訴える。


「メグさん、茶烏さんですよ!」


「……う……ん、茶烏さん、好き」


 俺は、あまり聞きたくなかったうわ言を聞く。


 さっきよりも眠りが深いせいか、少し期待していた抱きつきは無く、残念な気持ちしか残らない。


 しかも、隣で見ている川絵さんが、ニヤニヤを通り越して半笑いの状況だ。



 こうなったら、非常手段だ。俺は、洗面台に走ってタオルを濡らして持ってくる。


 ほぼ、百パーセントの人を起こすことが出来る必殺技、顔に濡れタオルだ。


 起きなければ、窒息あるのみの荒業である。


 いよいよ、強敵メグさんも年貢の納め時だ。


「ちょっと、あんた、何する気なん?」


「必殺技、濡れタオルです」


 それを聞いた時の川絵さんの表情を俺もちゃんと理解していれば良かった。


 しかし、生兵法があれば、多少の怪我など顧みず、試さずにはいられないのが男の子だ。



 俺の生兵法へのメグさんの反応は、素晴らしいものがあった。


(ポトリ)

(ゲシィッ)

「ぐえっ」


 メグさんの顔に一滴の水が落ちただけで、俺の下半身に激痛が走り呼吸困難が生じる。


 この感覚は全国六千万人を超える女性の皆様には伝わりにくい、その種の感覚である。


 それでも分かりたいと言う方には、数多のスポーツで金的が禁じ手になっているという事実をもって、ご理解いただきたい。


 川絵さんはあらかじめ、大きく間合いを取っていたようだ。まるで、この惨劇を予期していたかのように。

 そして、俺は、濡れタオルを手に書斎机の下に蹴り倒されるのだが、机のカドに打ち付けた頭に今日三度目の激痛が走る。


 もう、俺の頭蓋骨が疲労骨折を起こすのではないか、と心配になるほどだ。

 結局、俺はそのまま机の下で昏倒し、なすすべなく時間を徒過していく。




 次に俺が気づいたのは、川絵さんの濡れタオルによってである。


「う、ぶわぁっ」


「ほんまに、必殺技やな。一発で起きたわ」

 一体、何をしてくれるんだ。


 こんなことをするのは、鬼畜か俺の母親かのどちらかだけだと思っていた。


「もう、下にタクシー呼んであるから、早う、起きてや」


 メグさんは、どうするのかと思って、見てみるとコンシェルジュの女性が抱えて見事に運び出している。


「ぶたにんは、メグさんの靴を持ってきてや」


 そう言われた俺は、満身創痍とも言える身体にムチを打って、メグさんの靴を持ってタクシーの助手席に乗り込む。


「神保町の東京堂書店って分かります?」


 川絵さんが壽ビルの説明をすると、車は二十分ちょっとで目的地に着いた。





 時計を見ると三時半過ぎだが、車を降りて肩にかけると、四十キロも無いはずの小柄なメグさんが意外に重く感じる。


 結局、地下一階の喫茶タカノに運びこむのに、高校生が二人がかりで十五分ほどかかってしまった。


 帰りは自力で上がってほしいものだとつくづく思ってしまう。


 どうにか、四人がけの席にメグさんをかけさせると、人数分の紅茶を頼んで茶烏さんの登場を待つ。


 俺は入口の方に目を向けながら、川絵さんに訊く。


「あ、あの、茶烏さんって、見た感じ、どんな人なのかなあ?」


「そうやな、身長はちょっと高めで百八十ぐらい。色は地黒で、顔はニヤけたチンチクリンやわ。そやな、あの奥のスーツケースを横に置いてる席の人みたいな……」


 そう言うやいなや、川絵さんは頭を伏せる。俺もつられるように顔を竦める。


「茶烏さん、多分やけど、もう奥におるわっ」


 小声で川絵さんが言うなか、注文した紅茶が運ばれてくる。


「セイロンティー、三つお持ちしました」


 川絵さんと俺は、バツの悪そうな顔でその声を聞く。


 メグさんは、まだ、幸せそうに寝息を立てていた。

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