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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART2 出版社だって小説をつくりたい!
22/90

第7話 新人賞贈呈式と『二編』の危機

最終選考での拾い上げ、というのは、実力がありながらも賞デビュー出来ない欠点があります。

新人を賞デビューさせるメリットは、意外にもセールスが見込める点にあります。

前評判の高い新人賞作品は、売上が読めるため重宝されますが、拾い上げの場合はそれがありません。

しかし、そのデメリットを承知であえて拾い上げられた作家の方が活躍が長いということもよく聞かれます。


本日はキリの良い所まで3800字になりました。どうぞよろしくお願いします。

 地下鉄の駅で、川絵さんが時計を見ながら驚いたように言う。


「ぶたにん、しもた。編集長、もう品川行ってるやんか」


「品川?」


「あんたの蹴った新人賞やん。贈呈式やるの今日三時やろ」


 そう言えば、今日はそう言う日だった。


(……受賞の発表は二週間先を予定していまして……それまで、決して他人に話したり、ネットに流したりしないで下さい。その際にはこのお話自体なかったことになりますので……)


 俺が、太陽系出版社から受賞内定の電話を受けた日が懐かしい。


「途中の大門で山手線に乗り換えるで、新高和しんたかのわプリンスに直行や」


 俺は、よく知らない駅で、言われるがままに乗り換え、品川駅からホテルめがけて驀進する。


 ようやく、ムダに広い新高和プリンスホテルの中に、新人賞贈呈式会場を探し当てたのは三時を回っていた。


 新人賞特別選考委員、岳見ルル先生からの総合講評が終わったところで会場入りすると、そのまま、関係者席の空いている席に、めいめい着席する。


 その後、四霧鵺政一編集長がマイクの前に立ち、受賞者の紹介を始める。


「それでは、栄えある受賞者の一人目、新人賞佳作は『マジェスティック・スクール・インテリジェンス・レポート コード・エルシリウス』の半魚人はんぎょじん腰痛餅ようつうもちさんです。おめでとうございます」


 なんだか、噛んでしまいそうな題名をスルリと言ってのけた編集長の後ろから、腰掛けていた三人の受賞者のうち、手前の席のスーツの男が立ち上がってマイクの前に出てくる。


 マイクの前で、コミック学習局長から盾と目録を渡されて、半魚人さんはうやうやしく礼をする。


 半魚人さんは、茶髪で学生っぽい感じの人だが、スーツを着ているとどこかのIT企業の社長さんのようにも見える。


 身長も高くて、セットされたマイクの高さをホテルの人が調整している。


「このたび、第八回太陽系出版社サンライトノベル新人賞の佳作に選ばれました半魚人腰痛餅です。特別審査員の岳見ルル先生に憧れて応募しました。今後はラブコメをトコトン究めた作品を書いて、皆さんに楽しんで頂ければいいなと思っています。最後に、この賞の審査にご尽力いただいた皆様に御礼申し上げます」


 なんだか、立派な挨拶をする半魚人さんが遠く輝いて見えるのは気のせいだろうか。


 俺も、受賞辞退さえしていなければ、今日の四つ目の席に座っていられたのに……

 そうすれば、メグさんの騒動も関係なく、あそこで受賞者の中に入って平然としていられたのに。


 目の前のピンチから逃避するように、俺はため息混じりに後悔のようなものを感じていた。


 その後、入選作、大賞作が発表され、コミック学習局長の締めの挨拶のあと、まばらな報道の写真撮影が続く。


 それにしても、書きたい思いの丈をぶつけて受賞に至った三人が、眩しいほど輝いて見える。


 なんだかメグさんが、ここに来たくないと言っていた理由も分かる気がする。





「やぁ、久し振りだね」


 後ろから俺に声を掛けてくれたのは、サンラ編集部の猪又いのまたさんだ。


「あ、猪又さん、今日は忙しいんじゃ……」


「いや、これから文壇交流会までは少し手空きなんだ。新人の相手は頼もしい後輩が見てくれているしね」


 確かに、蟹江さんが授賞式を終えた新人作家三人を早々に控室に案内している。


「俺、今日から出社なんですけど、プロになったら書きたいものを書けないなんて大変だなって思って……」


「ケモミミ・ディストピアは武谷君の書きたいものじゃなかったのかい?」


「いえ、企画書にしろって言われていますけど、途中で自分の書きたくないものに変えられそうで……」


 そう言う俺をはぐらかすように、猪又さんは言う。


「……今日は新人賞の贈呈式の日だ。僕はこの日が一番好きでね」


「それは、どうしてですか?」


 ひょっとして、企画書で苦しむ前の楽しそうな新人の顔が拝めるからとか、途轍もなくサディスティックな理由ってことはないよね。


 そんな心配を他所に、猪又さんはケロッとした顔で言う。


「新人賞ってのは、作家の気に入った企画と、それを選ぶ編集とのお見合いのような感じで決まるじゃないか。相思相愛だから良いんだよ」


 そう言う猪又さんの目はとても優しそうで、嬉しそうで、三枚目な顔も二枚目半ぐらいに補正されて見える。


 そして、改めて俺の方に向かって猪又さんは口を開く。


「でも、二作目からは、プロのラノベ作家としてエンターテイメント性が一から問われるからね。それに合わせて書くことが求められる分、ハードルが上がる。俗に言う『二作目の壁』ってやつかな」


 なるほど、新人賞作品は基本的にサンラの編集方針と合っているんだ。


 それなら、ケモミミの企画書も形だけで通してくれても良いようなものなのだが……


「でも、拾い上げのメグ……木盧加川先生は、原型がないぐらい企画書で設定を変えさせられたって、だから、作品が嫌いだって言っていました」


「ああ、拾い上げの場合はどうしても感覚的に合わない部分があるとか、最終選考でケチがついているからね。場合によっては全面改稿だよ。でも、どうしたんだろう、木盧先生……四霧鵺政一編集長を唸らせて、企画書を一週間で通したって、編集部の伝説にもなっているのになあ」


 なるほど、企画書を通すというのは結構、エネルギーが要るんだ、などと俺は他人事のように思っていた。


 しかし、企画書を通すために作品の内容が意に沿わないものになるって、本末転倒なんじゃないだろうか。

 木盧加川先生の怒りは、この世のものとは思えない奇声とともに、俺の脳裏に刻まれている。


 これは、猪又さんにも伝えておいたほうが良さそうだ。


「木盧先生、そのために加えた修正で、この四年間ずっと好きじゃない作品に付き合わされたって、本当に嫌そうでした」


「はははっ、まさか。当時、僕はSF誌にいたから、タイムマシンをテーマとして扱ってラノベデビューした当時の木盧先生を取材している。なんていうのかな、歴女って言うのかな、やたらと歴史に造詣が深くてびっくりさせられた。この先、書きたいテーマが目白押しだってね。実際その通りだったよ」


「でも、さっきは書籍化した作品が好きじゃない、プロットサポートの茶烏龍さんにも好かれていなくて続けられないって、俺に続きを書いたらどうかって言っていたんですよ」


「えっ、武谷君に書け? はははっ、それはないよ。あの作品は木盧加川と茶烏龍にちゃんと愛された作品だ。でなきゃ、あの刊行ペースは続かないさ」


 なんで笑うんですか、猪又さん。しかも、俺の執筆は全否定だし。


「好きな作品なら、どうして木盧先生は、逆のことを言うんですか?」


「それは、もう一つの理由のほうが原因なんじゃないか。僕は茶烏龍さんのことは余り知らないけど、良い噂はほとんど聞かないからね。その辺かなあ……放送作家でドラマの脚本をやっているらしいけど、誰も本名も来歴も知らない。征次編集長の紹介じゃなかったら、とうの昔に社外に消えてる人間だよ」


「ひょっとして、チャランポランなお祭り好きの桜前線って感じですか?」


 俺は、少し前に聞かされた言葉を再構成して、質問する。


「いや、気遣いができる人で悪い感じはしない。この前だって、夜遅くに休憩コーナーでタバコを吸っていたら、健康に悪いからってアメをくれたんだ」


 アメという言葉にピンときて、俺は、メグさんからもらった、珍しいアメをポケットから取り出して見せる。


「ひょっとして、このうどん味アメですか?」


「ああ、これこれ、歯についたタバコのヤニ取りに良いってくれたよ」


 そんな、ヤニ取りが出来る便利なうどんテイストのアメなんて、俺は知らない。


「あと、チャランポランというか、お祭り好きというか、タダ酒の席にはよくいる……かな」


「それじゃあ、文壇交流会には来ますよね」


 俺は、文壇の怪しげな集会である『文壇交流会』で茶烏龍を確保することを企てる。


「その線はアリだな。少なくとも僕なんかに聞くよりもね。それに、本人が来なくても茶烏龍さんを知っている人がたくさん来るからね」


「猪又さん、いろいろと有難うございます」


「はははっ、礼なんて要らないよ。それより、来年はちゃんと大賞を取りに来いよ」


 スーツ姿の猪又さんは、そのまま、関係者控え室のほうへ姿を消す。





 俺は、猪又さんの激励に感激して、そのまま、家に帰ってプロットをやりそうになるが、今日はそうは行かない。


 メグさんの一件を片付けないと、なんだか恐ろしい処分が待っているのだ。


 川絵さんの姿を探すが見当たらないので、スマホを取り出すと、川絵さんから不在着信が十件以上入っていた。


 俺は、震えながらすぐに画面をタップして折り返す。


「ぶたにん、あんた、どこにおんの? また、大変なことになってんねんから」


 速攻で間合いを詰められた上、また何か厄介事が起きているらしく、少々、俺はビビる。

 俺が、関係者控え室の前だというと、そこは場所が悪いからフロント前のロビーに呼び出される。



 ロビーの柱の近くの四人座れる広いソファに、機嫌のすこぶる悪そうな川絵さんと、憮然とした征次編集長が座っていた。


「ぶたにん、大変や。木盧さんの話が漏れてるみたいやねん」


 俺はタダ事ではないことは理解りつつも尋ね返す。


「漏れてるって?」


「サンラの看板作家、木盧加川さんが筆を折るのは『二編』の編集部の体制に問題があるって騒ぎたがってるヒトがおってな、明後日の部長会で問題になるかも知れへんって、さっき政一編集長が教えてくれはってん」


 征次編集長は、川絵さんの話が終わるのを待って不愉快そうに喋り始める。


「社内での『二編』の評価は、秘密主義の火薬庫だという偏見で凝り固まっているんだ。これまで数字を上げてきたから、批判も抑えられた……でも、弱り目に祟り目だ。木盧君の件が収まらないと、もう『二編』の存続が危うい」


 そんな、深刻そうに言われても……それに、明後日って、木盧さんの機嫌が治るのですらもう少しかかりそうなのに、無理じゃないの?


 え、そうすると、俺、新人賞フイにして、その上、編集作家もクビなの?!


 俺は、周囲の景色が歪んで見え、少し気が遠くなるのを感じた。

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