第5話 ぶたにんは、フラグをすべて折り尽くす
木盧加川先生の中の人、メグさんの擬態語はアメコミを読みこむと理解できるかも…
ちなみに、当方、「キノの旅 -the Beautiful World-」についてはXIX巻までコンプ済です!
本日はちょうど切り良く3400字、よろしくお願いいたします。
冷や汗をかく俺を見ながら、メモ帳を鞄にしまい込んだメグさんは独り言ちるように言う。
「新人賞って聞いていたけど、ぶたにん君の感想ってふつう……」
ほっとする俺とは別に、ふつうと言われてムッとする俺がいる。
「あ、怒っちゃったの。そうだったら、ペッコル、ペッコル、ごめんなさい。良かったら……どうぞ」
言葉と同時に差し出されたメグさんの巾着袋の中には、色んなアメが入っていた。状況に流されやすい俺は、巾着のアメを一つ頂くことにする。
しかし、袋の文字を見て驚く。
『風味絶佳うどん味』って、いったい、どこのアメなんだよ。香川県産?
俺は粉っぽい味のしそうなアメを、おそるおそる戻そうとすると、無情にも巾着の口は閉じられてしまう。
その代わりに翳のさしてきたメグさんの口が開く。
「私、五年前の新人賞、最終で落ちちゃったからさ。それまでも、二次落ちとかはあったんだけどね。最終まで行ったのは初めてで、それも大学最後の年だったし期待したんだけど、まぁ結果はついて来なかった。だから、なんだか、受賞する人って特別なのかなって……」
いや、特別なのはアナタでしょう、メグさん。
『昨日の旅』は四年ほど前の初刊発売だが、今や既刊十五巻、スピンオフ三巻が出ている人気作だ。
それを書いているメグさんこそ、人気作家で特別な存在だと俺は思う。
「い、いや、そんな怒ってないですし、ペコリンは要らないですよ。俺も『昨日の旅』みたいな恋愛とSFファンタジーが入った話が書ければいいな、なんて目標にしています」
ペコリンじゃなくて、ペッコンだったっけ。
でも、俺としては、今言える大絶賛の回答を出したつもりだ。
「べつに、無理に褒めなくてもいいのに。もともと、私の中では恋愛冒険ファンタジーだったんだから。五年前の応募作で『ココの旅 〜それでも世界は美しい〜』って言うのが原題。最終選考でコケた作品の焼き直しが『昨日の旅』、今のぶたにん君の目標ね。編集二課に入った私は、意地でもココ旅の企画書を通すために編集長に言われるままに企画書に手を入れていったの。そしたら、話がどんどん変わっちゃって……」
あらら、作品の話になると聞いていた通り、メグさんから負のオーラが伝わってくる。
「正直、シリーズスタートからウンザリ。それに、最近、プロットサポートの茶烏さんとの打ち合わせは、決まって日延になるのはどうしてっ……もし、ぶたにん君がプロット出来るのなら、続きを書いてくれても良いんだから」
「……えっ?」
「私……好きじゃないし……好かれていないみたいだしね」
おいおい、今、俺、すげえ話が転がり込んでない?
木盧加川先生の『昨日の旅』の執筆を引き継げそうなの?
いやいや、真相を確かめなければ、ぬか喜びに終わらないとも限らない。
「ええと、好きじゃないし、好かれていないってどう言う意味なんですか?」
「……そ、そのままよ。私が『昨日の旅』って作品がそもそも、好きじゃなくて書きたくないの。あと、シリーズプロット担当の茶烏龍さんに私、好かれてないんだ。だから、続きのプロット書いてもらえないから、書こうとしても書けないってこと」
「え、でも『昨日の旅』十五巻、店頭にありましたよ、二月二十五日発売の……」
「今年は四月、六月、八月までの刊行分は脱稿しているわ。だけど、その後のストックがないの。十月刊行は、全く視界ゼロよ」
隔月一冊って、なんて、ハイペースな刊行なんだよ。
文庫本一冊分のプロットをどのように上げているのか知らないが、プロットサポートの茶烏龍さんには敬服するしか無い。
「でも、これまで最後はメグさんが書いてきたんだから、気合で書けるんじゃないんですか。もともと、早瀬田大学を中退してまで書き始めた作品なんだし……」
「中退ね……ピピーン、そう、でもね、あんな設定にされちゃったら、もう、私の作品じゃないわ」
俺は、奇声を上げるときのメグさんの声の大きさには驚かされる。
それにしても、自分の代表作を否定するとは穏やかじゃないよな。
「キャラだって最初は少年ココと少女シャネルだったのに、それじゃあ、つまんないからってシャネルをタイムマシンに変形させられて、その上、恋愛が濃すぎるからって薄くして、果ては、冒険の舞台も異世界歴史SFファンタジーにするって、もうデータに媚び過ぎよっ、四霧鵺政一ぃっ」
わああ、怖いっす、怖いっす。
メグさん、俺、ポッキリ、ペッコリ、ペコリンしますから、落ち着いて下さい。
俺は驚いて慌てるが、メグさんは毒を吐き終えると落ち着きを取り戻して、小さな身体が、さらにひと回り小さくなってしまう。
「まあね、売れなきゃ話にならないから、仕方ないんだけどね。商業出版だもんね。反省、反省。シュリーンッ」
「で、でも、気に入らないなら、どうして十八冊も書いているんですか。途中で路線変更したり、キャラ入れ替えたりしても良かったんじゃないですか。結局、書いているのはメグさんなんだから、メグさんのやりたいようにやるべきですよ。スランプなんて書いてれば治りますよ」
大先輩を励ますなんて、おこがましいかも知れないけど、なんだか、今日の俺、いいこと言うよな……おや、不思議にメグさんが静かだ。
「やりたいようにやれってか……そうか、ドーンと、私、落ちたよ」
心なしか、メグさんが、深い翳のあるキャラに変わる。
「私、悪いけど、スランプじゃないの。単にプロット踏んでストーリーにするのが下手なだけだから……その、ぶっちゃけ才能ないからさ。ぶたにん君みたいには物語を作ることはできないし……やりたいようにって言われても、何もできないんだよね。だから茶烏さんのサポートが無くなったら……私はお終いなんだよっ」
メグさんは顔色が色褪せたようになって、ピクリとも動かなくなったような気もする。
俺、なにか悪いこと言ったっけ?
まぁ、メグさんが終わるかどうか、そんな厄介な話は横におこう。
今は、サンラの人気作『昨日の旅』が俺の手によって続くかどうかが問われているのだ。
言葉遣いも平易で誰でも書けそうな気にさせる『昨日の旅』って、結構、ネタの引き出しの多さを問われそうな作品なのだ。
しかも、連作形式なので設定とプロットに掛かる負担は大きい。頼むぞ、茶烏サマ。
しかし、自称・才能のない人が、気に入らないのに四年も書き続けていられるなんて、ある意味、凄くないか。
俺は『二編』の仕組みもよくわからないまま、ちょっと感心していた。
逆に、嫌われることで、ここまで追いつめられるとは、『二編』のサポートって正直怖い。
とりわけ、茶烏龍さんというプロットサポートの人に、好かれていないと書いてくれない、というくだりに俺は強い引っ掛かりを覚えていた。
我慢して執筆しているメグさんは、『二編』が、編集二課だった頃からの古株だというのに、この酷い扱いだ。
このままじゃ、俺がもっと酷い扱いを受けるかもしれない。
「あ、あの、プロットは茶烏龍さんって人にお願いするしかないと思うんですけど、その、ふつうにお願いしても駄目なんですか?」
茶烏龍さんの名前のあたりで、メグさんがビクリとして動き始める。
「……私、もう帰ります」
よく分からなかったが、さっきの一言がダメ押しをしたようで、メグさんは、席を立つとコートと鞄を抱えて執筆ブースを出ていってしまった。
メグさんの足音が止まると、パーテーションの向こうから大きな声が漏れてくる。
声の主は、線の細いメグさんのものだ。
「もう、イヤッ、離して。私、二度と『昨日の旅』は書きませんっ。十月刊行分からは、あっちのぶたにん君に書いてもらったらいいじゃない」
正直に打ち明けると、俺は人生で最高の幸せが訪れたと勘違いして、心の中でガッツポーズをキメていた。
もう、このビッグウェーブに乗るしかないよな、俺。
すっかり、俺はケモミミの企画書を忘れて、少年ココとシャネルの大正時代放浪記を練り始めてた。
隣の大立ち回りは、征次編集長の声が戻ってくるなり大人しくなったが、騒ぎの本質はまるっきり収まる気配がなかった。