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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART1 デビューの壁の向こう側 
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第1話 ぶたにん、デビューの壁を乗り越えて

 本当に軽い気持ちで読めるよう、軽い気持ちで書いています。

 創作上のデフォルメについては軽い気持ちで読み飛ばして下さい。

 本作はフィクションです。実在の団体・人物等とは一切関係がありません。

 どうぞ、よろしくお願いします。

「よっしゃぁあ、ケモミミ、ペロちち、エロキチィー」


 二月、冬の静かな街中。

 行き交う人は少ないが、思えば俺は、とんでもないコトを、とんでもない声で叫んでいた。


 作品名「ケモミミ、テロ父、エルロワ基地にて」(馬丘 雲)


 俺が去年の秋口に出していた太陽ラノベ新人賞の四次選考の最終八作品がサイトに掲示されていた。

 そこに自分の筆名が冒頭の作品名と一緒に残っていたのを見つけ、スマホでスクショを撮った後、俺は傍若無人にもはっちゃけたのだ。


 筆名の『馬丘 雲』と言うのは俺の本名、武谷たけたに新樹あらきを「豚に真珠」と読む奴(特に中学校の三年間はぶたにん(・・・・)と言うサイアクな愛称だった)への当て付けで、”ぶたにん”の豚を馬に、本名の谷を丘に変えてある。最後の雲は状況に流されやすい俺への戒めとしてつけた。


 太陽ラノベ新人賞は、大賞三〇〇万円の大型新人賞で、佳作でも他社の大賞並みの一〇〇万円の賞金が出るため、年々、参加作が増えていることでも知られている注目の賞の一つだ。


 毎年、三千作以上の応募作の中から最終選考で大賞一作と入選一、二作、佳作が一、二作選ばれている。


 およそ八百分の一、俗に言う「デビューの壁」の厚さがこの数字に集約される。


 俺は高校二年の夏のすべてを費やしてケモミミ・ディストピア小説を書き上げて、九月に入っても、応募期日ギリギリまで推敲作業に明け暮れていた。


 応募作は42文字34行の文庫見開き換算ページ数で百二十ページ、文字数にして十二万文字の力作。

 だが、実際には優に倍の二十四万文字以上は書いて削っている。


 推敲作業をしていて、最後はもう、このまま芥川賞が狙えるまで視野に入ってきて、こみ上げる笑いを堪えきれずに何度も作業が中断させられた。

 と言いながらも、これではまだ足りないかも知れないと妙に不安になって、要らないマメチを埋め込んでみたりもする。


 そうした推敲作業を終えて、ギンギンに研ぎ澄まされた原稿が出来たのはちょうど九月三十日の朝だった。


 それから応募原稿を印刷して、コンビニでコピーを取る際にも、コピー画像が盗まれないタイプの機種に注意する無駄な念の入れよう。


 もう、厨二病丸出し、と自分でも思い返すような残暑の厳しい夏だった。


 さらに、俺は尾行を振り払うようにして、市内で一番大きな郵便局に駆け込み、書留で主催の太陽系出版社に応募作を送る。

 当然、慎重を期するため、郵便窓口受付の担当者の名前もメモして万が一の郵便事故にも備えた。


 年内の一次選考百六十五作品に名前があった時は、編集部への抗議メールを削除して、さも当然と思ったと同時に、名前が後半の方に上がっていることに気を揉んでいた。


(ひょっとして、俺の作品の構成の並々ならぬ巧みさを理解して、他社への引き抜きに配慮しての後半なのか……ならば、やむを得ない)


 完全に俺は厨二病だった。


 いや、新人賞と言うのは人を厨二にさせるものなのだ。


 二次選考、三次選考も、俺的には当然のように残っていたが、名前は依然として下のほう。

 俺は、残って当然と思っている一方で、今回はレベルが高くて、ギリギリ通過なのかとも心配する日々。


 そういうことで、四次選考結果が発表された日には、俺はかなり勝ち気になっていた。

 四次に残った八作のうち、毎年、大体四作が受賞していることから、これってもう、半分受賞ってことでいいよね。


 大賞だったらどうしようかなぁ。

 賞金三百万円って千円札、三千枚だよ。一日三千円使っても千日だよな。

 やべーし、なくなんねーし。まいったな。


 おそらく、その時の俺は、熱病か何かに魘されていたのだろう。

 大目に見てやって欲しい。


 よくよく考えれば税金だって引かれるし、親にもバレるし、友達にもバレる。

 どう考えたって、俺の手元に三百万円は入らない。

 しかも、お金なんて使えば、すぐに無くなってしまう。


 ただ、熱病に魘されるほど俺が小説家に恋焦がれていたのは間違いない。

 でないと漢字かな交じりで十二万文字も、雁木細工のようにピタリとストーリーを紙に定着させる作業をやり遂せるはずがない。


 さらに、校正と練り直しに一ヶ月も作品のことばかり考えることなんて、できないはずだ。


 そして、運命の時は来た。


 平日の夕方、四時頃だ。学校帰りのコンビニで立ち読みしている時に、見知らぬ〇三で始まる電話番号から電話がかかってきたのだ。


「もしもし、私、太陽系出版、サンライトノベル文庫編集部の猪又いのまたと申します。こちら、タケタニ様のお電話で宜しかったでしょうか?」


「……は、はぁ」


「ただいま、お電話のほう宜しいでしょうか、実は先にメールでご案内していた太陽ラノベ新人賞の最終選考会が、今、終わりまして……」


 しまった、俺は『捨て垢』を使って作ったメールアドレスが幾つもあって、ろくにチェックもしていなかったのだ。


 そんなことは構ってられない、とにかく、話を聞かないと。


「は、はい」


「先生の作品、ケモミミ、テロ父、エルロワ基地にて、ですが、今回の最終審査で、審査員の方の強い推薦がありまして、特別の計らいで、審査員特別賞をお贈りする運びになりました。まずは、おめでとうございます」


 俺に事情は良くは分からないが、入賞らしきものを果たしたらしい。


 大賞ではないのか、などとは思わず、まずは礼を言う。


「あ、あ、有り難うございます。と、とても、光栄で……す」


「それで、もうお分かりかとは思うのですが、特別賞の受賞の発表は二週間先を予定していまして……それまで、決して他人に話したり、ネットに流したりしないで下さい。その際にはこのお話自体なかったことになりますので……」


 猪又という、若い男性の声でかかってきた電話は、受賞の連絡と激励と、今後の連絡先や連絡方法の確認などで、五分ほどの短いものだった。


 それまで、気分転換に高校生にはまだ早いとされるエロい系の雑誌でも買おうかと思って、立ち寄ったコンビニ。

 電話を切った俺はそこでしばらく立ち尽くしていた。


 そしてしばらくして我に返って、着歴に残った〇三から始まる番号を見て、興奮を抑えきれないでいた。


 この感激をどうして良いのか……溢れる思いを持て余した俺は、同じ作家志望の同級生の館神ハルキに電話をしようとした矢先だった。


 また、着信が入り、電話番号は同じく〇三から始まる似たような番号だ。


 何か伝え漏れでもあったのかと、俺は電話を受ける。


「はい、武谷です」


「太陽系出版の第二編集長をしている四霧鵺しきりや征次せいじと言います。猪又の方から電話は行ってると思いますが、このたびは受賞内定、御目出度う御座います。さて、この件で早速、武谷様にお目にかかりたいんですが、今日のご予定は如何ですか」


「いえ、この後は特に予定は……」


「そうですか、なら都合がいい。ちなみに、弊社の場所はご存じですか……」


 さっきの猪又さんとは違って、丸い柔らかい声の編集長は六時頃までに受付に来てほしいという、アバウトな約束をして電話を切った。


 俺は、もう一度、受賞の実感をかみ締める。しかし、急に編集長に呼び出されるとは、何か凄いことに違いない。なんせ、新人賞特別賞なんだからなぁ。


 俺は、ハルキに電話するのは後にして、さっさと学校の荷物を置いて、太陽系出版社に出向くことにした。


 そういえば、ハルキに話すのは大丈夫なのか?

 内密って、親は良いんだよな。


 でも、何時言おうか……身内には小説書いてるなんて言ったことないし、俺も改めて言うのは、なんだか恥ずかしい。

 まあ、そのあたりは、ゆっくり考えよう。


 俺は家の玄関先にカバンを置くと、そのまま駅に向かって飛び出した。

 持っていくものは特に無いと聞いていたし、服装は高校の制服のままでいいだろう。


 俺は、駅につくと財布の中身を確認して、来た電車に飛び乗り都心へ向かう。


 平日の夕方、気持ちは上の空。


 俺は電車の中で平和なことに受賞コメントをどうしようかなどということを、真面目に考えていた。

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