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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART2 出版社だって小説をつくりたい!
19/90

第4話 流行ラノベ作家、鶫野廻はマーケットリサーチを怠らない

作中、征次編集長が席を外しての営業会議は実売データを元に重版を決める会議になります。

ラノベの重版は編集部が部数を提案することになっていますが、売るのは営業部です。

そのため、重版部数は営業部が承諾することが前提になります。部数を決める会議なので「部ぎめ」とも呼ばれます。


本日はギリギリ3000字台、どうぞよろしくお願いします。

 俺が手洗いから戻ると執筆ブースには、もう、川絵さんしか残っていなかった。


「あれ……編集長は?」


「十一時から営業会議や言うて、出て行きはったわ。時期的に重版の部ギメもあるし、終わる時間かて分かれへんから、適当にランチ、行っといてやて。久しぶりにおごってもらえるかと思ったのに、アテが外れたわ」


 川絵さんは、いつもどおりアッケラカンとしている。


 そうか、会社に来ると昼飯って、どうなるんだろう。俺はそのまま、川絵さんに訊いてみた。


「適当にってどうするんですか?」


「適当にするねん。ぶたにん、何か希望はある?」


 俺は、十七歳にしてキーワード『適当に』を覚えた。おそらく、よくは分からないが、男子高校生の『別に』と同じくらい重要度は高そうだ。


 川絵さんは、適当にという言葉の答えの代わりに、神田で一番美味しい蕎麦屋を紹介してくれるらしい。

 一言いわせてもらえると、高校生に蕎麦はいただけないし、ワリカンって、俺、手持ち少ないんですけど。


 連れだされて歩くこと五分ほど、タワービルの下にある白木の看板の蕎麦屋に俺は連行された。

 蕎麦屋の席に着いて、メニュー表の上を目が泳いでいると、川絵さんが注文した盛りそばに追随してしまう。


 おい、編集の言いなりじゃないか、ぶたにん、しっかりしろ……などと、メニューごときにこだわる気は毛頭ないのだが、俺は一つ気になっていたことを川絵さんに訊くことにした。


「あの、さっき言ってた、小説が書ける編集か、編集の分かる作家かって、もう『二編』で証明されたの?」


「ん、んなこと言ったっけ、私? 知らんけど、編集長のその話、長いし結論無いから早めにカットやわ」


「えっ、さっきは小説の書ける編集作家に決まってるって……」


「そんなもん、分かるわけないやん。編集と作家なんて全然やること違うねんから、両方出来たら……それはそれでええなあと思うけど」


 さっき、征次編集長の口を封じたのは、単に時間をムダにしたくなかったからなの?

 俺は川絵さんの言動のブレに翻弄されながらも、どうにか言葉をつなげる。


「そ、それで、今の『二編』の編集作家の人は、みんな上手くやれてるの?」


「そうやなあ……私の見てる限り、出版社に籍を置いてる作家さんって感じやから、同じ編集者として見たことはないわ。でも、上手く行ってるかどうかは……昼から実際に見たらええやんか」


 そう言っているうちに、注文した盛りそばが運ばれてきて、話題の軸はさらに、ブレに、ブレていく。

 とにかく、今は編集作家と言うのが、作家に近いことが確認できただけでも良しとしよう。


「ほらほら、サラッサラの更科やで。美味しそうやろう。藪蕎麦みたいに蕎麦ツユにたっぷりつけたらシバクってこともないから、安心しいや」


 キラキラした目で川絵さんに、盛りそばとザルそばの違いウンチクを語られ、俺は泣き出しそうだったが、盛りそばを食べると確かに美味しくて、三白眼にキラキラが伝染ったりするから不思議なものだ。


 白髪葱に濃いめのツケつゆも意外に合っている。


 そう思っていると、川絵さんのスマホが、ぶるるるっと震える。

 ニッコリ微笑みを浮かべながら、川絵さんは俺に言う。


「ぶたにん、木盧きの加川かがわ先生……メグさんやけど、一時ごろには編集部に着くんやって」


 川絵さんの言葉に戸惑いを覚えながらも、サンラ文庫の看板作家とも言える木盧加川先生が俺のオリエンテーションの相手をしてくれるのは嬉しすぎるご褒美だ。


 サインをもらうために『昨日の旅』の本を買いに行かないと、と俺の頭が空回りしているところに、川絵さんが緊急注意事項をのたまう。


「あんな、重要なことやから先言うとくけど、最近、メグさん、ちょっとスランプ気味やから、作品の話とかは絶対、せんほうがええと思うで……あと、早大の英文学専攻やったから、そっちの話をしといた方が無難やわ。たまに、しゃべりの途中でアメコミみたいな英語入んねんで。さっすが、早大やろ。でも中退とか、いらん話はせんどきや。大人しく見えても、メグさんプライドは高いねんから」


 ナニを仰る、蕎麦妖怪の沢庵娘がっ。

 そもそも、してはいけない、と言うのは物語を作る人間からすると、やれと言われているようなものである。

 さて、何本フラグが立って何本実行するのか自分でも楽しみになるくらい、なんだか、言ってはいけないことをテンコ盛り聞いてしまった。


 ちなみに、俺は英語が大嫌いなので、アメコミトークには、ちょっとビビる。

 しかし、何はさておき、作家は作品で語り合わないと意味が無いでしょう。


「川絵さん、この近くの本屋さんを教えてよ。新刊書を扱ってる……」


 俺は、一時までに会社に戻ることを約束し、蕎麦湯までじっくり楽しんでいる川絵さんを尻目に、教えられた書店に急ぐ。


 そして、店に入ると奥にあったラノベコーナーで『昨日の旅』の第一巻と最新十五巻を買う。


 なかなか棚差しで旧刊を一揃い置かれるラノベも珍しい。


 それもそのはずで、『昨日の旅』は、弱小レーベルのサンラが誇る数少ない看板作品で、鎌内かまうちカルマ先生のシリーズに次ぐ売上を示しているのだ。





 取って返して、受付に川絵さん譲りの抑揚のない挨拶、昼バージョン『こんにちはでございます』を告げて、鮎ちゃん(氏名不詳)に怯えられつつ、二編に戻ったのが一時少し前だった。


 二編のドアのロックをカードで開けて執筆ブースに戻ると、そこには、川絵さんともう一人、女性がいる。


 きっと、流行ライトノベル作家の木盧きの加川かがわ先生の中の人……いや、メグさんに違いない。


 人見知りの俺が、入口近くでまごついていると、見知らぬほうの女性がずんずんと近づいて来る。


 うわ、第三種接近遭遇だよ、キャトル・ミューティレーションだよ。


 俺は緊張で体が思い通りに動かない。

 あまつさえ、買ってきた木盧先生の本を、床に落とす失態まで演じてしまう。


「こんにちは、つぐみ野廻のめぐりです……」


 よく見ると、線の細い声に、黒髪のショートカットの幼そうな顔立ち。

 そして、それを強調するかのような、川絵さんより一回り小さい凹凸のない体つき。


 部屋着のようなニットの上着とチェック柄の長いスカートという、一見、ぶっきらぼうにも見える装い……

 俺の予想していた流行ライトノベル作家像をかなり裏切る出で立ちだ。


「メグさん、こっちが武谷さん。武士の武に山谷の谷で、ぶたにんや」


 げぇっ、川絵さん。その紹介、後半部分、いらなくない?

 武谷と書いて『ぶたにん』って、どこの地方民族の発音なんだよ。


「あ、あの、武谷新樹です。そ、その俺、いや、わ、わたし、このたび……」


 俺が全身全霊を込めて自己紹介していると、鶫野さん、いや、メグさんは、その挙動を謎の英語の呪文に込めて言う。


「ガッチガチのジグジグだね。ぶたにん君、もっと高校生らしく……ポンパッとして」


「は、はぁ。ポンパッと……」


 この人、擬態語が変だし、声に出るんだ。


 だ、大丈夫なのだろうか。

 俺の顔はまさにそんな感じだったらしい。危ういと思った川絵さんが間に入る。


「ま、まあ、気楽に……ポンパッとしよ、ぶたにんも、そんな、入り口に突っ立ってんと、はよ入りや」


 俺は、落とした二冊の本を拾うと、執筆ブースに入る。



 正直に言おう、その時、俺は出版業界ってチョロいと思った。

 だって、ガーチジグジグで流行作家なら、ひゃーいふもふもは流行語大賞になるんじゃないだろうか。


 世間一般、最大公約数がそう思うだろう、という程度に俺は思い込んだ。


 俺は執筆ブースに腰を落ち着けて、改めて訊いてみる。


「あの……本当に木盧加川先生です、よね」


 かなり、失礼なモノ言いかもしれないが、俺は訊かずにはいれなかった。


 そして、その答えは簡潔に返される。


「はい……」


「……そうですか」


 ええと、俺、なんだか、会話が続く気がまったくしないんですが。

 ねえ、助けてよ、蕎麦の妖精、川絵さん。


 俺は藁にもすがる思いで川絵さんに、救いを求める仔豚、いや、仔犬のようなつぶらな瞳で訴える。


「ぶたにんも隅に置かれへんなあ。分かったわ、私、向こうの席におるから用事あったら呼んでや」


「「川絵さんっ?」」


 二人の呼び止める声も虚しく、川絵さんは鷺森さんのいるほうへと出ていってしまった。


 すみません、全然ありがたくないというか、いや、とても苦手なんですけど、年上の無口なお姉さまって。


 落ち着け、ぶたにんよ。おおよそ、こういう時は、相手も同じく困っているはずだ。


 どうにか妥協点を求めて、人見知りでコミュ障気味のぶたにんは行動を開始する。


「あ、あの『昨日の旅』、とても面白いです。ずっと前から読んでいます……」


 はい、以上です。


 そんなにペラペラ求められもしないのに感想なんて言えやしない、そう思っていると、不思議に会話が成立する。


「ピピーンと来ないですけど、どこが?」


「どこがと言いますと?」


「ピピーンと面白いところ」


「え、ええと、主人公の少年ココが、最初に愛車のシャネルと出会ってピンチを救ってもらうところとか、ピンチを悪化させてしまうところなんて、ドジっ娘シャネルっぽいというか、面白くて良かったです」

「ガッチャー、ほかは?」


「ひぃぃ、ええと、シャネルが話の途中でよくダジャレを言ったりするのも意表を突かれていいかなと……」

「ガッチャー、そのほかには?」


 ひええ、この人、メモしてるよ。

 なんだか、俺、取材の対象にされてるんじゃないか。


 いや、取材というよりソフトな拷問に近い気がする。

 あと、ガッチャーって怖い。


「あの……あと、よく物語の舞台で行く先が古代ギリシャとか、中国とか、歴史の勉強にもなってお得感があるというか」

「ガッチャー、シェキーン、本当に本当?」


 な、何か当選したのか、シェキーン?

 いや、正解の擬態語なのか。


 頼むから、少しはケモミミ語でしゃべってくれよ、と俺は無茶なお願いをする。


「はい、本当です」

「ふうん、ほかは?」


 ひいい、なんで、俺、原作者から問いつめられてるの?

 マーケットリサーチとか言うヤツなの?


 いや、違うくて、俺、原作者と会ったら、小説作法とかを教えてもらえるものだと思っていたけど、今のところ、ほとんどその様子はない。


 と言うより、言葉の収支で行くと圧倒的に負けているよな、俺。


 時計を見ると午後一時十五分。今日の退社時刻は果てしなく、遠くみえた。

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