第3話 小説が書ける編集か、編集が分かる作家か
ようやく、征次編集長が「二編」を語ります。
近年の出版社の歴史は外注化の歴史でもありますが、最大の外注先『作家』との関係です。
ちなみに、鵜野目川絵は制作編集の外注先になります。
それでは、本日ギリギリ3000字台、よろしくお願いいたします。
サンライトノベルに欠けているヒット作を生み出す方程式について、征次編集長は言葉を紡ぐ。
「そう、読者に訴える『編集方針』とそれに応える『編集』と『作家』、この三つがサンラではまだ咬み合っていない。他所様の借り物に過ぎないと私が思ったのが五年前だ」
俺は、素直に訊き返す。
「借り物じゃ、ダメなんですか?」
「ああ、借り物はいずれ古くなるし補充もきかない。引き抜きなんて何度もできないし、サンラから新しく出ようという作家さんも育たなくなる。読者もよそからの借り物だからサンラのレーベルには馴染んでくれない。これじゃあダメなんだ」
「なんとなく、分かりますけど、でもどうしようもないんじゃ……」
俺がサンラで良いと思った理由は、新人賞の応募数が連撃文庫の半分だったからかな。
レーベルカラーについて、俺は、実は何も考えてないなかった。
新人賞の応募数って賞金に比例しないのって、どうしてなんだろうね?
ぶたにんは強かに入選確率は計算しても、デビュー後のことはまるで計算しない一介の純朴な男子高校生なのだ。
征次編集長は、一つ咳払いをして話を続ける。
「だから私は、当時、ラノベ作家志望だった最終選考拾い上げの三人と、新しく編集二課を立ち上げた。課題の執筆サポートには、当時のラノベ業界の粗製濫造を憂える漫画家や知人の脚本家なんかが密かに集まって応援してくれた」
「それが、今の第二編集部なんですか」
「ああ、そうだ。私はまず、三人に商業編集の基本を叩き込んだ。データの取り方や情報の見方から始まって売れ筋の追い方、売れる企画に向けたアイデア出しを徹底してやらせた。三人の執筆力の底上げと、執筆サポートとの協力の仕方、編集としての企画づくり、それを半年はやったかな」
「半年……」
「それから、企画書から実際のサポートを使った執筆に、次の半年をかけて『二編』のヒット作を生む方程式の原型を作りあげた。実際に今ではクォリティの高い作品をハイペースで生み出せるようになっている。この方式にたどり着くのに一年かかったことになる」
「一年? そんなにも……」
俺は、征次編集長の偉業を褒める気はなく、ただただ、長すぎると思ったのだ。
だって、一年経つと、高校卒業じゃんか。
そうするとハルキのヤツも大学受験を終えて新人賞レースに出てくる。
それから俺が企画書を書いていて間に合うのか?
俺だってハルキには負けたくないという気持ちは強い。
どうにかならないのかよ、そのヒット作を生み出す方程式の習得期間……
俺の声に不満の色を感じたのか、征次編集長はなだめるように言う。
「一年と言うのは、ラノベの創作活動というものを分解することから始めたからなんだ。執筆作業というアウトプットが中心にあって、キャラや世界観、プロットやエピソードといったようにストーリーを要素別に分解して、分業できるものと、執筆がやったほうが良いものと徹底的に分けて作りこみをしたんだ。時間は一年どころか三年は欲しいぐらいだったさ」
昔を思い出すかのような遠い目で、熱い思いを征次編集長が語る。
「でも、ライトノベルを創るという作業を、執筆コアで組織化した時は感動で鳥肌が立ったよ。まあ、人にもよるが『二編』のスタイルでやると売れ筋をおさえたものができるし、執筆速度も上がる。作風もそれなりに広がる。まあ個性がブレるという意見もあるがね。しかし、一人の作家の中に閉じ込められていた創作活動を、多少なりとも組織化し効率化したんだ。画期的だとは思わないか?」
そう言われた俺は、胡散臭さ最高潮で聞いていたので、素直に声にする。
「でも、なんだかそれって、チートじゃないですか?」
「違法じゃないさ。漫画だって原作と作画を分けることもあるだろう」
「いや、それは書いてあるから分かりますけど」
「それじゃあ、藤子富二雄は二人で書いますって分かりにくいからダメかい? 他にも漫画家が分業して背景を描くアシスタントを雇うのはチートかい?」
しかし、そんなことでは俺の心の奥にある、わだかまりは解けやしない。
「いえ、その、何だか人のアイディアを使うって、ほかの作家さんは一人でやってるのに、ズルなんじゃないかって気が」
「本当にラノベ作家は一人でやらなきゃダメだと思うかい? 言っておくが、『二編』ではキャラクターサポートの元漫画家や、プロットサポートの脚本家たちには報酬を払って権利関係は適正に放棄させている。ほかのコンプライアンス関連もチェック済みだ」
征次編集長が少し俺を試すような空気を送ってよこすので、俺は必死で考える。
そして、結論に至る。
ラノベ作家は一人でやらなければならない、わけではない。
なるほど、俺的には、漫画家や脚本家が合法的にキャラやプロットの案やアドバイスをくれるとなると、助かるどころじゃない。
スランプになったら、アイディア乞食になる覚悟すらある。
潔くも意地汚いぶたにん根性が俺を突き動かす。
「理解りました。お、俺、『二編』を使って、サンラの藤子富二雄、いや、尾田栄一朗になります」
(ぶーーーーーっ)
隣で、お茶を手帳にこぼしている、お茶目なドジっ娘がいるが、俺も、征次編集長も構っちゃいない。
「よし、そうしたら、ぶたにんの目標は、五月の編集会議に向けて、川絵とケモミミディストピア1巻から続巻の企画書をまとめて欲しい」
「企画書?!……はい?」
さて、企画書ってなんなんだろう。
俺は今まで原稿以外、書いたことがないのだが……川絵さん、適当にテンプレに入れて企画書を書いてくれないかな。
そういう、俺の邪な考えを見透かすかのように、征次編集長は俺に言い聞かせるように話す。
「サンラでは、新刊の企画書は作家と編集で分業で作るんだ。編集会議では、なぜこのタイミングなのか、売りは何か、ターゲット、類似の作品の動向、MD、レーベル内の位置づけ、ありとあらゆる方向から意見が飛ぶ。そして、それに対する想定回答として企画書を提出するんだ。『二編』では、編集作家である君の担当だ」
「えっ、でも編集会議は、ふつう担当編集が出て、作家は後で結果を聞くんですよね」
「それはそうだが、そこは分業しないのが『二編』だ。考えてみてくれ、編集も作家も人間だ。細かいニュアンスは伝わらないし、都合の悪いことは伏せることもある。特に企画が通らなかった時が大変だ。作家と編集が感情むき出しで対立することもあるからね。そんな面倒な仕組みは『二編』には要らない」
面倒だが編集会議には出たくない勉強家のぶたにんは、参考までに編集って作家より強いのかどうか訊いてみる。
「ちなみに作家と編集が対立するとどっちが勝つんですか?」
「編集だよ」
「えっ、作家ってファンの読者や編集者から先生って呼ばれてるんですよね。なんで……」
「編集部は売れるものを作家に発注をして作品を書かせている。売れそうにないなら発注はしない。編集主導、それがこの業界の昔ながらの手法なんだ。編集は不遜にも、自分こそがマーケット、つまり読者の代表だと自認しているんだよ」
読者は出版社に強く、出版社はラノベ作家に強く、ラノベ作家は読者に強い。
俺は、不届きな出版業界ジャンケンを考えついたが、出版社に弱いラノベ作家の使い道がわからずに途方に暮れる。
なんで弱いんだよ、作家だってたまには俺TUEEEしろよ。
俺の義憤に応えるかのように、征次編集長は言う。
「しかしだ、ぶたにんも知っていると思うが、今のライトノベルマーケットは非常に狭いところで細分化して、編集ですら何が売れるか分かっていない……異世界、チート、ファンタジー、バトル、ぼんやりとした狭い領域に、毎月、手を変え品を変え、新作を投げ込んでいる。だから、おおよその範囲で種類だけは作る。だけど怖いから初刷部数は絞る。結果、どうなったと思う」
俺もネットでそれは知っていた。ラノベの出版点数の増加とは裏腹に、総発行部数は減っている。
両腕を組み直して、征次編集長は話を続ける。
「……ラノベ業界は極端に多品種少量生産を余儀なくされているんだ。作家さんは初刷部数を削られ、出版社は損益分岐点ギリギリまで供給を絞り、地方書店には満足に配本がされなくなっている。もちろん、このままではジリ貧だ。早く品質の高い作品を、潤沢に市場に供給できるようにならなくちゃいけない」
そこは俺も賛成なのだが、今の編集部の方針が数撃ちゃ当たるでは、無理だろう。
ここから、いよいよ、征次編集長の語りは絶頂に至る。
「しかし、編集が企画を主導して作家に書かせる既存の方法じゃタイムラグと伝達ロスが大き過ぎる。よりマーケットに近づくために企画編集と執筆は一体でやるべきなんだよ。そこで、小説が書ける編集か、編集が分かる作家か、という話なんだが……」
ここで、お茶を拭き終えた上司の鵜野目川絵サマが絶頂に水を差す。
「ちょっと待ってや、征次編集長。この話になると長いねんから」
それを口火に、聞き手に回っていた川絵さんが征次編集長の先手に回って火種を消すように言う。
「要するに最後は、売れ筋のネタやキャラ、旬なエピソードを織り込んだものを執筆できる編集作家が必要やって言いたいんやろ。そして、執筆にかかる時間は作品の作り方を変えることで短縮できるって、もう『二編』で証明済みやん」
その川絵さんの言葉に、征次編集長が言葉を足す。
「作家さんが真似できない情報網と売れ筋を編集部は掴んでいる。だから、私は小説が書ける編集作家が出て行けば、ただの作家に勝って当然だと思っている……おっ、もうこんな時間か。私は今日は昼から忙しくなるから、執筆編集の木盧加川を呼んでおいたんだ。昼からはよろしく頼む」
おれは、話が一段落しそうなことを見届けて、緊急要件を告げる。
「あの、トイレ、どこですか?」
「……出て、右だ」
おや、征次編集長は少し頭を抱えているようだが、隣の川絵さんは実用的なアドバイスを寄越してくれる。
「ぶたにん、さっきのIDカード忘れたら戻ってこられへんで」
たしかに、その通りだ。
俺はもらいたてのカードを首に引っ掛けて、トイレに向かって走る。
昼から来るという、木盧加川先生に会える嬉しさも加わって、俺のテンションはこの日の頂点にまで達していた。