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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART2 出版社だって小説をつくりたい!
17/90

第2話 ヒット作を生み出す方程式

本日は、昨日がぶたにんの夢物語に終始したため、実質の第一回です♪

『二編』編集長が、理想の編集と作家を語る導入部になります。


本日、およそ3,700字になりましたが、どうぞよろしくお願いします。

 川絵さん、何か隠し事して楽しんでいませんか?


 俺が、川絵さんのキメ顔にヤバいと感じたものの正体を文字にするとこんな感じになる。


 放置しておくと危険だとは思うのだが、川絵さんの足の速さに追いつけずに、俺だけ、時折、小走りになりながら太陽系出版社を目指す。


「おはよーございまーす」


 川絵さんはコートのまま、小さな抑揚のない声でそう言って、受付のあるホールをスルーして二階に上がる階段へ進む。


 これは、礼儀にうるさい俺としては看過できない。


 まずは、コートを脱いで上着のシワを直し、たたんだコートは右腕にかけて受付に向かって一礼する。


「おっ、おはようございまるっ」


 案の定、呂律の回らない俺を見て、受付の女性は立ち上がって、困ったようにして言う。


「お、おはようございます……ら、来社でしょうか?」


 顎を引いて神妙な面持ちで繰り出した言葉が凄じい。なに? ら……来世で会おうか? 


 さすがは生き馬の目を抜く出版業界だ。呂律の回らない俺なんて、生まれ変わって出なおせということのようだ。

 しょっぱなから、掛けられる言葉の質が、半端ない。


「こ、今回は見逃して下さい、また今度っ」


 俺は、一礼して恥を忍んで、足早に川絵さんを追いかける。



「あはは……あんた、自分の会社の受付に何してんのよ。向こうは仕事中やで。ケッサクやけど、ネタ挟むんはやめとき……」


 川絵さんは俺の背中をバンバン叩きながら、笑っていた。


 何度も言うが、俺はこんなところでネタをする余裕はないし、気も利かない。


「いや、ネタなんかじゃなくて」


「絶対、ネタやん。でも、ここだけの話、受付の鮎ちゃん、彼氏おんで」


 なんなんですか、その不要な受付女子情報。

 アナタたちは、純情な青少年の心を弄ぶ悪の秘密結社ですか……


 んっ、ええ、そうなの、受付の鮎ちゃん(氏名不詳)、いったい誰と?


「ま、まさか、作家のヒトと……?」


 俺の貧しい妄想が、玄関ロビー一帯に広がる。


「ぐぅっ……ひゃはははは、ありえへんやん。ひぃひぃっ……いいなぁ、ぶたにん、わ、笑えるわぁ」


 川絵さん、いい加減にその背中をバンバン叩くのやめてくれませんか。

 パワハラか、セクハラか、俺に都合の良いほうで訴えますよ。



 息を整えて、階段を上がり、二階の廊下を反時計回りに一周したところに『第二編集部』の扉がある。


 川絵さんがカードをかざしてロックを解除してドアを開き、例の抑揚のない挨拶をする。


 入ると、入り口から一つ奥のデスクに荷物をおいてコートを器用に丸めて置く。


 初めて見る『二編』だ。俺の作家人生を新人賞内定初日から引っ掻き回してくれた噂の『二編』、そう思うと感慨深いものがなくもない。


 ビルの一角がパーテーションで三つに分けられていて、真ん中のスペースには机が六つ置かれている。


 向かって左のパーテーションの奥には、人がいるのか、時折、声が漏れてくる。


 そして川絵さんは、編集ブースの二つ奥の机に座っている、いかにも秘書っぽいスーツの女性に声をかけている。


 年の頃は、ざっくり三十だろうか。


 まさにアバウトサーティ、世に言うアラサーである。

 「ラ」はどこから来た? 間違っているのか、俺。


 そのアラサーお姉さんが、いきなり、愛想よさ気に俺の方を見て会釈をするので、俺がコクリと会釈をすると川絵さんと二人で笑っている。


 一体何なのだろう。小心者で鳴るぶたにんとしては、不安で仕方がない。


 そうしているうちに、川絵さんが戻ってきて言う。


「ラッキーやなぁ、今日は執筆ブース、丸々空いてるんやて。会議室取らんで済むわ。ぶたにん・・・・、行こうか」


 川絵さんの『ぶたにん』の言葉に呼応するようにパーテーション越しの視線が俺を刺す。どうやら、俺より一足早く『ぶたにん』は編集部の人気者のようだ。


 俺は気にすることなく入って右側の執筆ブースに歩いて行く川絵さんの後をついていく。


 そして通された先は、机一つが収まったパーテーションブースが三つと、テーブルを囲むようにL字型に配置された長椅子が置かれた休憩スペースから構成されていた。


 見事に殺風景そのものだ。これなら、俺だって、サイゼに行きたくなる。


「これが執筆ブース……」


「そやで、執筆ブース。この隣がさっきの編集デスクで、そのもう一つ向こうがサポートブースになってるわ。広さも大体一緒ちゃうかな」


 サポートブースって何、その素敵ワード。俺は、早速、問いたださずには居られない。


「サポートブース……ですか?」


「そう、制作サポートの人がおるわ。ぶたにんは、サポートしてもらうのは、まだまだ先かも、やろうけどな……」




 そう言ってるうちにさっきのアラサーお姉さまがやってくる。


 川絵さんが間に立って俺を紹介してくれる。


鷺森さぎもりさん、こちら、ぶ……た、タケタニさん。例の新人賞特別賞蹴って『二編』に来てくれた、新しい編集作家の方になります」


 いま川絵さんが、ぶたにんと言いかけたのを俺は聞き逃さない。

 あと『ブタ武谷』に聞こえたのもテイクノートしておく。俺、運痴だけど、太ってはいない。


「こんにちは、総務担当の鷺森です。何か困ったことがあったら相談して下さいね。できるだけお手伝いしますから」


 なんだか、受付の女性と似たようなスーツを着ていて化粧もキレイだ。


 そのうえ、川絵さんよりも、とても社会人らしく、大人で、そして常識人に見える。


 その分、こちらにプレッシャーがかかる、と言うか、勝手に俺の緊張感が増す。


「あ、あの、武谷です。よろしくお願いしらすっ」


 いつもどおり……異常に呂律がまわっていない。


 お願いシラスって、何を鹿児島の火山灰に祈っているの、俺。


 総務の鷺森さんは、余裕の笑みで、祈りを捧げ終えた俺を労ってくれる。


「こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 その後、俺は執筆ブースの長椅子に座って、鷺森さんから入社に際しての書類の説明を受ける。


 ほとんどの書類に保護者の印鑑が必要なので、右から左に書類が積まれていくのをただ見守るばかりなのだが……


 しかし、最後になって首からぶら下げるIDカードを出されると俄然、俺は生気を取り戻す。


「こちらのIDカードは社員証も兼ねてますから、紛失などないようにして下さい。あと、エレベーターと編集部のドアを開ける時に必要ですから、社内では、かならず身につけておいて下さい」


 社員証と言われてみると、俺の所属はコミック学習局第二編集部と書いてあって、事前に送っておいた顔写真が名前の横に印刷されている。


 紐の色は赤色だが、よく見ると川絵さんのものは、紐は緑色だ。なんなんだろう、鷺森さんは青と赤の縞模様の紐で、なんだか格好良い。


 学生証に加えて社員証を獲得した俺は、社会人並にクレバーでリッチに、そして、学生並みに緩くて怠惰な編集作家生活を夢見る。


「へぇ、ぶたにんは赤なんか」


 ぼそっと川絵さんが意外そうに呟く。それに応じるかのように鷺森さんが言う。


「首紐は、社内が赤、一時貸与用が緑なんですよ。川絵さんは一時貸与がずいぶん長くなっていますが、事情が事情ですのでね」


「せやねん、三年目のペーペーがチューター役やなんて自分でも笑ってまうわ、もう、難儀やわあ」


 右手で頭を掻く、てれってれの川絵さんの右斜め後ろから声色の違うツッコミが飛ぶ。


「難儀とは言え、やるといった以上は上司部下として育成を頼むよ。あと、制作のほうも木盧きの加川かがわ水戸みと三号さんごうの新刊制作は川絵に頼むことで編集部の正式了解は取り付けたから、そちらもヨロシク」


 今日は二枚襟の白シャツにブルーグレイのジャケットを着た、征次編集長が執筆ブースに入ってくる。


 川絵さんは征次編集長から企画書のコピーを渡されて、声を弾ませて言う。


「木盧さん八月、水戸さん九月ですね。毎度おおきにです。難儀なチューターもしっかり進行中ですから!」


 難儀な俺の、ゴキゲンな上司である川絵さんは、早速、手帳を取り出して、何かメモをしている。


 それを覗こうとしたわけではないが、視線のあった俺に例のキメ顔を返してきた。


 なるほど、今日は部下ぶたにんを従えた上司鵜野目川絵様のデビュー戦だったのか。


 俺は、ようやくキメ顔の理由を知った。いや、知りたくなんてなかったけどさ。


 鷺森さんは、俺の入社書類の提出期日の確認を済ませると、征次編集長から会議書類一式を引き取って執筆ブースを後にした。




 そして、鷺森さんの座っていた場所に、征次編集長が陣取って俺に向かって言う。


「最初にここに来た日、私が編集の分かる作家か、執筆の出来る編集がいればヒット作の生まれる確率が上がるって言ったことを覚えているかな」


「は、はい」


「私が出版業界に入ってもう十七年になる。その間、業界はどんどん縮小の道を辿ってしまった。太陽系出版社が少年向けジュブナイルのサングリーン文庫から、青少年向けにサンライトノベル文庫を立ち上げたのが十年前。もう知っているかもしれないが、私の兄の政一が強引に各社から編集と作家を引き抜いて立ち上げたんだ」


 え、政一編集長と征次編集長って兄弟だったのか。全然、似てねえじゃん。

 きっと背の低い弟の方が劣性遺伝子を一手に引受けたんじゃないだろうか。


 ちなみに、サンラのレーベル立ち上げについて、ラノベ作家のレーベル移籍があったことについてはネットでもよく知られている。


「あの鎌内かまうちカルマ先生や岳見たけみルル先生がサンライトノベル文庫に移ったヤツですよね……」


「ああ、編集も副編の鷹崎たかさき、チーフの三熊なんか、結構、いいところを引っ張ってきた。そして、レーベルの立ち上げが終わると大型新人賞を公募して作家陣の補強にも手をつくした。ところが、しばらくして判ったのは、サンラらしい本がほとんど出せていないってことだ。レーベルの看板作家は鎌内、トップ編集は鷹崎のままで、サンラらしいヒット作を生み出す方程式はできていなかった。そして、今もできていない」


「ヒット作を生み出す方程式?」


 そんなのあったら教えてほしい。


 今日、俺はようやく、興味をくすぐられる話にありついたと思って、征次編集長の話に身を乗り出した。

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