表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART2 出版社だって小説をつくりたい!
16/90

第1話 初出勤の朝!

ひさしぶりの投稿になります。

季節的にはラノベ秋の投稿シーズンも終盤戦のようです。

本パートからようやくテーマの出版社が小説をつくったら、というお話に入ります。


まずは、リハビリ明けのぶたにん、本日は3600字です。よろしくお願いいたします。

 書店の新刊書コーナーなどでよく見られる、表紙を向けて本が売り場に並ぶことを『平積み』と呼ぶ。


 一般的にライトノベルは、店頭ではシュリンカーで中を読めないようにしているため、中身よりもイラスト、タイトル、帯の三点セットが購入動機の大きな割合を占める。


 いわゆるCDなどでいう『ジャケット買い』と同じ、イラスト買い、タイトル買い、帯買いなどが売れ筋となるためには重要になってくる。


 そのためにも、ラノベは平積みしてもらわないと、イラスト買いや帯買いなどの機会を失うため圧倒的に不利と言って良い。


 書店側もそれを分かっていて、ラノベには平積みと棚差しの中間形態である棚に表紙を向けて置く『面陳』を多用する。



 俺もラノベは月に何冊か買っているが、『平積み』、『面陳』によるイラスト詐欺、タイトル詐欺、帯詐欺の被害事例は枚挙に暇がない。


 イラスト詐欺は、本の表紙をイラストとして飾っておくことで回収できるが、タイトル詐欺は泣くに泣けない。


 とりわけ、『地底ダンジョンでお兄ちゃんと出会って、間違ったことしたい!』の主人公が弟だったと分かったとき、俺は落胆の余り、絶句を通り越して絶命しかけた。

 無論、SNSで全世界に配信したが、妹萌えに浮かされた気持ちが収まることはなかったことは言うまでもない。


 帯詐欺でよくあるのは『〇〇大賞新人賞受賞作』と大書してあって、あたかも『大賞獲得作品』と見せかける手法だ。

 オチは帯文に『堂々の奨励賞受賞』などと小書きしてあるというのが想定の範囲内である。

 まだ、受賞作なら良いほうで、受賞した作者が二年後に書いた本だったりもする。


 しかし、こうした黒歴史も、立場が変われば見方も変わる。


 俺はサンライトノベル文庫の九月刊『ケモミミ、テロ父、エルロワ基地にて』で平積みを目指す。


 幸いなことに秋アニメにラノベ原作モノが少ないおかげで、後発レーベルのサンラでも平積みは夢ではない。

 そして、平積みの暁には、俺は、ありとあらゆる詐欺的手法を総動員する所存だ。


 読者諸兄は、是非とも心してお近くの書店にお越しいただきたい。


 しかし、いかに有能な詐欺師でも、仕込みが甘いと得てして、しくじるものである。


 今回の場合、出来上がった本のイラストが極めて残念だ。

 まず、誰が見ても、念願の赤身魚先生が描いたとは思えない構図なのだ。

 しかも、赤身魚先生の二次創作の筆名『秋刀魚之切身』がクレジットされてるじゃん。怪しすぎるよ、大丈夫なの、コレ?


 そもそも、登場して三ページで死ぬクマヒゲのテロ親父が、天使の羽を生やして表紙の上半分を舞っているって、営業的にダメでしょう。

 その下のケモミミ・ヒロイン、完全に帯下じゃん。見えないじゃん。


 さらにタイトルも誰が担当したのか、ゴシック系の安っぽい3Dワードアートのような文字があしらわれている。


 今時、タイトルって明朝体をクルクルいじるのが主流じゃないの?

 ヘタウマ狙いかも知れないが、来店客のラノベの一冊平均選別時間は20秒を切る。

 じっくりヘタウマを鑑賞してもらえるものではない。


(これでイラスト買いはないよなぁ)


 俺が思うくらいだから、装幀が並以下というのはお分かりいただけるかと思う。


 せめてタイトルはと思ってみると、背に書かれた文字が『ケモミミ〜』ではなく『テロミミ、ケモ父、エルロワ基地にて』となっていて腰を抜かす。


 完全に誤植だ。


 しかも、表題の上一文字を間違える致命的なミス……

 一体、誰が制作を仕切ったんだよ。

 これじゃ、ケモナーにも気付いてもらえない。テロ親父、イチオシの謎本だよ。


 そう思った俺は企画書を見て愕然とする。


 制作編集の欄に鵜野目川絵と書かれている。


 心臓の鼓動がバクバクと波打つのが分かる。ひょっとして川絵さん? 裏切ったのか……



「おーい、データ出たぞ」


 誰かの声がして、俺は営業部から回ってきたPOS売上データ表を見て驚く。


[テロミミ、ケモ父、エルロワ基地にて(9/25配本):*部(7日)]


 この「*部」の意味するところは、調査協力店でのPOS売上が無かったことを意味する。


「おいっ、新刊、コメ印があるぞっ」


 それまで、比較的静かだった編集部内がざわつく。


 当然だ。


 実績のない新人の新刊ラノベでも、営業部は売れるべくして、売れるよう最大限の努力をしている。

 その結果、一冊も売上がないとなると事故以外の何物でもない。


 どうやら、太陽系出版社創設以来の一大珍事が出来したようだ。


 そうしたなか、四霧鵺政一編集長が、顔を引き攣らせながら、営業部に内線で確認をとっている。


 雰囲気から察するに、営業部も店頭欠品ではなく、棚出しされていながら、まったく捌けていない事実を確認したようだった。


「やぁ、どーも、蟹江です。いまぁ、新刊部数出たんすけどぉ、クリビツなのがぁ、馬丘センセェって新人の子の数字にぃコメが出ちゃってぇ……」


 すぐ隣のデスクの蟹男が他人事のような話しぶりで、社内に触れ回っている。

 なんだよ、クリビツって……米ビツもビックリだよ。


 そんな中、編集長の声が部内に響き渡る。


「おいっ、いのっ、ぶたにんっ、営業部が至急、打ち合わせがしたいらしい。準備しろ、十分後に役員会議室だ」


 営業部長は確か、同じ部長と言っても、編集部長の上のコミック学習局長と同じクラスのお偉いさんで、取締役営業部長とか言ってなかったっけ?


 役員会議室って、ひょっとしてトンデモナイことをしでかした俺が、職員室に呼ばれるようなものなのか?

 否、校長室に呼ばれるようなものなのか……そんなに悪いことしたのかな、俺。



 そもそも、販売部数ゼロって、両親もハルキも買ってないってことなのか。

 非道いよ、そんな仕打ち。


 いや、違うな。


 俺がもらった十冊の著者献本を気前よく布教用も含めて二冊ずつ渡したもんだから、わざわざ買わなくて当然か。


 おいおい、そしたら著者献本って、いったい何に使えばいいんだよ。


 今から、俺、自分で買いに走ろうかな。

 丸膳なら協力店だし、確か大手町まで出れば……


 いや、そんな時間はないし、コトここに至っては、一冊売れようが売れまいが関係ないだろう。


 でも、どうして俺の本だけ、一冊も売れないんだよ。

 そう思うと、俺の精神が一気に耗弱していく。


 どうして、俺のだけ、イラストがチンチクリンなんだよ。

 どうして、俺のだけ、タイトルデザインがヘタウマなんだよ。

 どうして、俺のだけ、タイトル印刷の誤植に気づかないんだよ。


 どうして、全国二百万ケモミミストの皆さんに届かないんだよ。


「どうしてっ、どうして……」


 そう言う俺に、母親の声が聞こえる。


「あーくん、もう八時よ。駄々こねてないで、起きなさいっ」



 俺の三月七日、初出勤の朝の寝覚めは最悪だった。



 出勤と言っても、高校だけは出ておいたほうが良いという両親断っての願いを容れて、俺は太陽系出版社アルバイト採用を選んだ。


 と言うのも、母親に二編に行くと告げた晩、両親から改めてこう言われたのだ。


「新樹、作家になってからと、作家をやめてからの人生、どっちが長いと思っているんだ? 悪いことは言わないから高校だけは出ておけ」


「別に、そんなこと……」


「そうよ、それに、漫画家のデスノオトを描いた小畑先生や、パトレエバアを描いたゆうき先生も高校はちゃんと出ているんだから」


「別に卒業しないってわけじゃ……」



 実のところ、俺は、母親の言うことはわかるが、父親の言うことは全く理解できなかった。

 こんなに苦労して作家になるっていうのに、どうして辞めることなんてあるんだろう。そんなの、絶対ありえないよ。


 高校卒業をしようとするのは、実のところ理由は別にあった。


 と言うのも、征次編集長が言うには、編集作家として書くぶんには、アルバイトもフルタイムも、企画編集兼執筆として条件面で変わりはない、とのことなのだ。

 要するに書くものを書いておけば、問題はないということなのだろう。




 俺は出かける準備を済ませて九時に家を出る。

 服装は高校の制服そのままだ。上からコートを着ていれば、行き帰りに学校名がバレることはないし、しばらくは学校を掛け持ちしなければいけないので、制服のほうが何かと都合がいい。


 何より、俺は小遣いをラノベやゲームに費やしてきたおかげで、私服のストックがほとんど無いのだ。


 当然、靴もボロボロのままだったが、さすがに見かねた母親が新品を買ってきてくれたので、それを履いて初出勤の途に就く。



 通勤時間一時間は、不思議と快適だった。

 午前十時前に余裕で座れる車内でじっと見ていると列車が神保町の駅に滑りこんでいく。


(こんな、楽な通勤ならマジで編集ってのに、なってもいいかな)


 俺は神保町の駅の改札で久しぶりに川絵さんに再会する。


 初出勤の日にコミュ障こじらせ気味の俺が、こんなに精神が安定しているのも、川絵さんがチューター、即ち指導相談員として面倒を見てくれることが決まっているからだ。


 俺としても、仮そめにも太陽系出版社の正式な一員となるわけだが、だからといって出入りの嘱託編集の川絵クンを下に見る気はさらっさら無い。


 挨拶だって当然俺のほうからする。


「お、おはよう。か、川絵……ふん」


 ヤバいよ。もう少しで川絵クンになるところだった。

 川絵ふんなら、まだ三倍マシだ。


 思ったことがすぐ口をつくなんて、素直過ぎてヤバい。


「おはよう。ぶたにん! 今日からヨロシクお願いね」


 川絵さんはとっておきのキメ顔でそう言うと、Aラインの高そうなトレンチコートで回れ右をして出口に向かう。


 なんでキメ顔なの?


 俺は今朝見た夢が逆夢であることを祈りながら、川絵さんの後を足早に追いかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ