第14話 ぶたにん、ラノベ編集作家になろう!
本日の第14話、PARTⅠの「デビューの壁の向こう側」の佳境となります。
最後まで、お読み頂けますと幸いです。
本日はちょうど4000字となってしまいましたが、どうぞよろしくお願い致します。
俺は、五時限目が終わると教室を抜け出して、スマホを取り出し、番号を確認すると発信をタップする。
また、味気ない呼び出し音の切り替えがあると、やがて、聞き覚えのある声がスマホから聞こえる。
「はい、鵜野目です」
「も、もふもひ、か、川絵さんげしょう、いや、川絵さん化粧下手? いや、川絵さんでしょうか?」
もう、俺、電話するの駄目だ。
どうにかして、テレパシーで電話ができないのかよ、技術立国ニッポン。
「もしもし、ぶたにんやろ? いきなり、今のネタなん? ヒトの仕事の電話であんまり遊ばんどいてよ」
いえ、マジです。電話するときにネタをする余裕は、俺にはありません。
「……で、何か用なん?」
「あ、あの、今、電話いい?」
「ええで、いま私、昼ごはん終わったとこやし」
あの、今、五時限目終わったとこなんですけど。
川絵さんって生活リズムまで、ズレてないかな。
それはさておき、俺は単刀直入に訊いた。
「あの、『二編』で書いたら、幾らぐらいもらえるの?」
「えぇっ? ぶたにん、聞いてなかったんや」
「な、なにか悪いことでも?」
「はははっ、それも聞かずに悩むなんて、ぶたにんって悩み方もケッサクやわ、と思っただけやん」
俺には、関西弁のケッサクの意味がよく分からない。
ひときわ優れていると言う意味でとっておこう。
「『二編』で一番最初に編集作家になった鶫野廻さん、って分かるかな。みんなからメグさんって呼ばれてる人」
「い、いえ」
「私がメグさんから聞いた話では、社保完備の交通費支給で、月給が十八万円固定、賞与は増刷部数掛ける三〇円の完全出来高制って話やったわ」
「完全出来高制? なんとなくチームで小説を作るようなことを聞いた気が……」
「せやで、鶫野さんは筆名『木盧加川』さんやん。聞いたことあるやろ」
「は、はい」
知ってるも知らないも、木盧加川先生の歴史ファンタジー『昨日の旅』は息の長い名作だ。
俺だって買って読んでいる。
「『二編』では編集作家の六人だけが筆名と担当作品を持ってるねん。キャラ担当とかプロット担当とかは、編集作家のサポート役や。そやから、ぶたにんが『二編』で書くときは筆名を編集長からもらって書くことになるわ」
「筆名は『馬丘雲』じゃないの?」
「そこは、編集長が決めるから分からへんけど、『馬丘雲』じゃないことだけは確かやで」
なんなんだろう、『馬丘雲』って、結構、気に入っているんだが。
次に気になることについて、俺は話題を移す。
「あの、勤務時間とかは決まってる?」
「一応、太陽さんトコは、フレックスで十時半出社、十八時半退社にしてるヒトが多いけど……」
何なの、その不気味な間……ひょっとして、出版社って、蟹工船なの? 女工哀史なの?
「……編集作家の人は、実績重視やから、ほとんど放し飼いやで。適当に自分のやりやすいところで仕事をしてはるわ。スタバ行っていたり、マクドやったり、サイゼやったり、ほんま、自分に合うところで書いてはるねん。たまに、切羽詰まって編集部で書いてはる時もあるけどな」
なんなの、その執筆天国……
なるほど、ハルキが俺を差し置いてでも編集部に入りたいという気持ちが、今、分かった気がするよ。
いや、ハルキがそれを知っていたというのは、気のせいかもしれないが。
あ、川絵さん、ちなみに、『マクド』じゃなくて『マック』って言ったほうが好印象ですよ。
「川絵さん。……俺、親を説得して『二編』に行きます」
「えぇっ、ホンマなん、ぶたにんっ……うわ、征次編集長、メッチャ喜ぶわぁ。楽しみやなあ、『二編』に新人賞デビュークラスの新人が入んねんもん。これは、おもろなるわぁ。どうしよう、私、もう、編集長に言うてしまいそうやわ。ぶたにん、いいかな?」
「川絵さん、俺が言うので、まだ、黙っててください」
「なんや、ぶたにんも焦らすなあ、イケズゥやねんから」
川絵さんは、謎のイケズゥを残してスマホを切る。
その日、放課後になると、俺は、いち早く学校を出て家路を急ぐ。その道すがら、横目に新人賞受賞の連絡を聞いたコンビニが目に入る。
ほんの昨日のことだが、もうかなり前のことのように思えたりする。
思い返しながらも、俺はコンビニに寄り道することなく家に駆け込む。
「あーくん? 玄関は静かに閉めなさいよ……聞いているの、あーくん」
俺は、パートから戻っている母親の声がする洗面所に駆けつける。
「あ、あのさ、俺……」
「ど、どうしたの改まっちゃって。ひょっとして昨日の話?」
こわごわと母のほうを見ると、母が瞳を震せながら俺を見ている。
「俺、太陽系出版社に就職するよ」
「え、出版社なの? ラノベ……小説家はどこに行ったのよ」
「だから、編集部で働きながら小説の勉強をする。今度は、月給も、頑張ったら賞与も出る。だから……いいかな、働いても」
母が手を休めて、こちらを向いて言う。
「昨日ね、あの後、父さんと話し合って、できたら、あーくんには、良い大学も出て欲しいし、安定した暮らしもして欲しいって……」
やべ、これってダメ出しフラグなの?
俺、やっぱり家出して青山ぐらしパティーンなの?
「でも、あーくんが好きなことを見つけて、コレがしたいって言ったら、もう反対はしないでおこうねって、父さんと決めたの……」
話の途中で、母が持っていた洗濯物をカゴにかけて置く。
そして、俺の方に向かって、ゆっくりと言葉を絞りだすように紡ぎだす。
「あーくんが必死で努力して、頑張って、今やりたいって言ってることにね、もし反対して方向修正させても、将来、大学出てサラリーマンになったあーくんが、私たち両親に感謝するはずがないだろうって、父さんがね……母さんもそう思うから」
母の方が小刻みに震えて、声も震え勝ちになるのが分かる。
俺までもらい泣きしそうな勢いだ。
「あーくん、せっかく、やりたいこと見つけたんなら、必死で頑張っていいから……別段、年収だとか、家のことだとか、気にしなくていいからね……」
母はそこまで言うと、少し腫れぼったくなった目頭と鼻を抑えて、また、家事作業に戻る。
そこまで言われると、俺が言えることは一つしか無い。
「あ、ありがとう……」
もう、これが俺的限界だ。昼の明るいうちから涙腺崩壊なんて聞いてないよ。
俺は洗面所を後にして、階段を駆け上がって部屋に入る。
そして、親の許しを得て、自由に夢を追いかけられる感動を噛みしめる。
よし、この気持を忘れないように、征次編集長に電話を……そう思ったとき、スマホのリダイヤルに一件、気にかかる発信履歴を見つける。
(サンライト編集猪又さん)
そうだよ、俺、昨日、猪又さんにとんでもないお願いしていたよ。
俺は、顔から血の気が、サァっと引くのを感じる。
もし、猪又さんが上手く、四霧鵺編集長にとりなしてくれていたらどうしよう。
そう思うと俺は、気が気じゃなくなって、スマホのリダイヤルをタップする。
「はい、サンライトノベル編集部です」
「あの、猪又さん……でらっしゃいますか、俺、わ、わては武谷です」
なんだか、電話をかける経験値が積まれてレベルアップしたのかな。
ぱっと見、ふつうじゃん、俺。
「ああ、武谷君か。バタバタしていてね、連絡が遅れてすまない」
「いや、謝らないでください。昨日、お、俺、無茶言って……」
しかし、電話の向こうから、いつもより暗い猪又さんの声がする。
「いやいや、僕の独断で妙なことを口走ったのがいけなかったんだ。申し訳ないっ、結論から言うと、編集長を説得できなかった」
「いえ、俺のほうこそ、覚悟もないのに編集についてくれとか言っちゃって、すみません。その、俺……しばらく『二編』で鍛えなおして、こんどこそは大賞を取って猪又さんに担当編集をお願いします。で、ですから……」
俺は、なけなしの腹筋を総動員して声を張る。
「今回の審査員特別賞は、辞退させてくださいっ」
空気が固まった……と俺は思った。
猪又さんが担当できる可能性なんてほとんど無いって分かっていた。
その上で、猪又さんは、その場合は編集部の指示に従うようにと言ったはずだ。
しかし、猪又さんは、なぜか笑っていた。
「ははははは、そうか、『二編』で鍛えて大賞を取りに来るか。僕もそういうつもりで『二編』に行くなら、大賛成だよ。武谷君、君なら大賞作は十分に書ける力量がある。くれぐれも『二編』で埋もれてしまうなよ」
猪又さんも、なんだか嬉しいことを言ってくれる。
俺は、力をもらうのと同時に、胸にこみ上げるものを感じずに入られない。
「はい、ありがとうございますっ」
ちなみに、正式な新人賞辞退の手続きについては決まっていないようで、編集部で検討するということを伝えられ、猪又さんからの電話は切れた。
俺は、猪又さんの『二編』に埋もれるな、という言葉の意味がすぐには、分かりかねたが、このことは、かなり後になって、身につまされることになる。
そして、最後に俺は征次編集長に電話をかけると、川絵さんの言っていた通り、征次編集長は小躍りして喜んでくれているようだ。
「いよぉぉおしっ、武谷君、よく決めてくれたな。うん、よく決めてくれた。ありがとう。ありがとう、ありがとう」
なんだか、目の前で肩を抱かれながら言われているような錯覚に陥ってしまう。
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
「ところで、ぶたにん君……」
どうして、編集長が『ぶたにん』を知っているのだろう。
と言うより、できれば、俺は、その名前では呼ばれたくないのだが……
「きみ、川絵とずいぶん、仲が良さそうじゃないか。ぶたにんとかニックネームで呼んだりしてさ。ああ、さっきのやり取りは聞かせてもらっていたよ」
編集長の向こう側に川絵さんがいるようで、アホだの、ボケだの騒いでいるのが聞こえる。
えっ、川絵さんって、さっきから『二編』にずっといたの?
「せっかくだから、『二編』に来てくれたときのチューターは川絵君にお願いすることにしたよ」
「「えーーーーっ」」
電話の内外から浴びせられるブーイングにたじろぐ様子もなく、征次編集長は事務的なことを話し始める。
こうして、俺は三月七日から、いよいよ、第二編集部、『二編』に企画編集兼執筆、こと、編集作家として、就職することになった。
(PARTⅠ 了)
PART1「デビューの壁の向こう側」を読了頂きありがとうございます。
引き続きPART2も、お楽しみ頂ければ幸いです。
(PART2は10月14日から連載予定です)