第13話 何が彼に小説を書かせたのか?
本日は、いよいよ、PARTⅠの佳境の前半部です。
小説を書く理由は人それぞれですが、年収が低いから書く書かないと言う人は多いのでしょうか。
次回の14話で、PARTⅠ「デビューの壁の向こう側」は終了、次のパートに続きます。
本日もほぼ3000字余り、どうぞよろしくお願い致します。
早速、俺は図書室にいたハルキを、屋上につながる階段室に連れ出して訊いてみる。
「あのさ、ハルキってまだ『作家になろう』、やっているよね」
「誰かさんみたいに、半年も放置してないからね。そう言えば、先週、急にアクセスが増えた日があってさ、エゴサしたら神速ウェブ小説スレでスコッパーされていて……痺れたぁ」
いや、俺は別にいま『なろう』談義をしたいわけではない。
「ハルキの作品っていつも、そういうのに当たるよな。で、今日は、それは、おいておいてさ……もし、マジで小説家にならないかって言われたら、ハルキはどうする?」
ハルキは怪訝そうな目付きで俺の方を見ていたが、やがて、納得したような顔つきで話し始める。
「絶対になる。賞デビューでも、拾い上げでも、『作家になろう』で書いている以上、作家になれるチャンスは見逃さないさ」
「で、でも、年収は少ないかもしれないよ。その、出す作品がヒットしなかったら仕事も無くなるかもしれないしさ」
しかも、業界で十年生き残ることができるのは、ほとんどいないらしいし。
「年収なんて関係ないさ。自分が面白いと思って書いて、そして、それを読んでくれる人がいて、本を出せるんだったら作家になる。自分が面白いって信じて書いたものが、ヒットするかとか、仕事が続くかとかなんて、書く前から分かるわけないだろ」
うわあ、カッケー。
こんなに、悪友ハルキが格好良く見える日は、そう……無いよな。
いままで俺が書いてきたのも、感想欄に、『面白かったです。頑張ってください』とか、たまにだけど『主人公が前々回、やたらと毛皮を気にしていたのは、今回のケモミミ騒動の伏線だったのですね』と、ちょっと深い感想が書きこまれたりとか、それがやたらに心地よかったりするお陰だ。
当然、そうした人達からはお金なんてもらっていない。
そうだよな。お金なんかじゃないんだよ、俺たちの書く動機なんて。
「それとも、タケィは、一山当てようと思って作家になろうと思った?」
タケィと言うのは、ぶたにん以外の俺の愛称で、ハルキ以外が使わないのが玉にキズだ。
「いや、そうじゃない……けどさ。ちょっと、比べられると嫌なだけでさ」
「誰が何と比べたの?」
「両親がさ……あ、いや、その、実はサンライトノベルの新人賞に応募していたのが、両親にバレてさ」
ヤバい、軽く口が滑りそうになる。新人賞内定の話は身内以外は禁止だ。
「そう言えば、たけぃ、サンライトノベルの最終審査どうだったんだよ」
げっ、まだ結果は、言えないんだけど……そう、俺は辞退するかどうかの結論をまだ出していない。
「いや、いろいろ、まだなんだけどさ……でも、編集部で小説の勉強をしないかって、お誘いはあったよ、その、バイトみたいな感じだけど」
軽いノリで言ったにもかかわらず、ハルキのノリは異常に熱い。
この、愛すべき小説ヲタめ。
「うわっ、マジマジマジ? さすが四次通過はすげえな。ラノベって持ち込みができないから、編集部に出入りしているうちにデビューするとか言うような漫画家パターンは無いからなぁ。編集に鍛えてもらいながらデビューまで力を付けるって、うん、自分なら一も二もなくオッケーなんだけどなぁ」
そんなにラノベの編集部って良いところじゃないぞ、原稿だけじゃなく、念書とか書かされたりするしな、と俺は心の中でつぶやきながら、心はグラリと『二編』に傾く。
「なぁ、そのヤバイ権利、譲ってくれよ。て言うか、編集部に、この館神ハルキを紹介してくれよ、四次通過のセンセイの顔で!」
「ば、馬鹿言うなよ」
おどけながらも、半分本気か? と言うような顔でハルキは迫ってくる。
いや、そう言われると、譲れなくなってきた気がするのは、俺だけじゃないだろう。
当然ながら、応募作品が四次通過しても、編集部に顔なんか利きはしない。
「でも、編集部に出入りしていたら、なにか良いことあるのかな?」
「そりゃぁ、編集部って、毎日が事件みたいなものだと思うよ。たとえばさ、
……いやぁ馬丘センセが原稿やっぱり落としちゃって。
……げぇ、それじゃぁ、明日の新刊、真っ白じゃねえか。おい、誰か書けそうなヤツ居ないのか?
……はぁ、馬丘先生の紹介してくれた館神ハルキ君って新人が居るんですがね
……もう、そいつでいいから書かせて印刷機廻せ
……って、こういう感じだよ」
「それ、微妙に雑誌社と新聞社、混じってないか」
それに、馬丘センセ、なんで原稿落としているの?
俺とハルキは顔を合わせてニヤリと笑いあった後、一息いれる。
そうした刹那だった。ハルキが顔を背けて俺に言う。
「タケィ……新人賞、お前が通っているといいな……」
なんだ、ハルキ、その死亡フラグっぽい発言。まさかと思って尋ね返す。
「ハルキ、お前、何か俺に隠し事をしていないか?」
「よ、良く分かったな」
まさか、図星とは思わなかった。
ハルキ、お前、不治の病なのか? それとも、ドッペルゲンガーにでも出くわしたのか?
「……連撃の新人賞って知っているよな」
それは知っている。バカでも知っている。
連撃文庫は業界最大手の呼び声が高く、作家陣も豪華で手厚い。
勢い余ってメディア・ワーカースという別レーベルを持つほどに手厚い。
その連撃の新人賞は『連撃小説大賞』と言って、余裕で六千作もの応募作を集めてしまうほどの魅力がある。
ほぼ、ラノベ作家を目指す人間の八割方が、連撃文庫のラノベに感動して筆を執ったと考えて間違いがない。
「あのさ、お前が新人賞出したって、作品見せてくれた時から、実は……ずっと書いていたんだ」
「……えっ?」
何をぉっ、敵は六千だぞ……正気かお前?
「マジ気合入れて二作も仕上げたんだぜ。でもさ……」
二作品? そんなに気合入れて書くと俺の家では、食事が出なくなり、部屋の電源をブレーカーごと、落とされる。まあ、その時はゲームのやり過ぎと勘違いされていたのだが。
「ハルキの家、親は何も言わないのか?」
「親には言ったよ。そうしたら、小説もいいけど、大学にも行く準備はしておきなさいってさ。多分、ラノベのラの字も分かってないよ」
それはよく分かる。うちの親も、たぶん、まだ分かってない。
「でも、春に出しても選考結果は秋だから、四月からは勉強しないと、だな。タケィみたいに、秋応募春選考のほうにも応募してりゃ良かった……」
「俺も、まさか、最終に残るなんて思わなくてさ、昨日、親に言ったら茶碗割って驚くんだぜ、ホント参ったよ……」
俺が一人で照れていると、ハルキが強い声でキッパリという。
「お前、誘われているなら編集部、行けよ。好きな小説家になれるのなら、絶対、諦めるな」
俺はハルキのざっくり胸を抉られるセリフに、ビックリして言葉もなく頷く。
「そして、去年見せてくれたケモミミ、テロ父、エルロワ基地……絶対に本にしてくれよ。あれを見てなかったら、自分だって連撃になんか書こうなんて思わなかったのに……それぐらい、文句なく面白かった」
「え?」
俺は、ハルキの言っていることが、すぐには理解できずにいる。
ハルキはそんな俺に構わず言葉を紡ぐ。
「自分の書いたのは悔しいけど……二作とも、ケモミミより一段、落ちるんだ。やっぱりボツだ」
ハルキの握った両手の拳が震えている。
「少なくとも、タケィのヤツより面白いと思えるもの書かないと、連撃じゃ無理だ……自分ではケモミミよりも絶対に面白いのが書ける、そういう気がするんだ。だから、それを書いて連撃から必ず賞デビューする」
そう言えば、振り返ってみて、ハルキが俺の作品をここまでハッキリ褒めたことは一度もなかった。
いつも、イマイチとか、狙い過ぎとか、批判めいた言葉ばかりだった気がする。
それを、今、褒めたの?
なんだか、俺は体中がこそばゆい感覚に包まれる。
「あ、ありがとう、ハルキ。俺、編集部に行くよ。もっと力つけて、すごい小説書いて賞デビューするよ」
「ああ、最終選考拾い上げなら、賞取らなくてもデビューできるさ。でも絶対、先に館神ハルキが賞デビューする。そこは譲らねぇ」
そう言うと、館神ハルキは階段を駆け下りながら、軽く笑う。
俺もそれにつられて階段を急いで駆け下りる。
昼休みの終わりのチャイムが、階段の上から俺たちを追いかけて来るように、校舎じゅうに鳴り響いていた。