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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART1 デビューの壁の向こう側 
13/90

第12話 母曰く、あらやだ、ラノベ作家の年収って

当方、『とある魔術の禁書目録』、『とある科学の超電磁砲』ともに、コンプしております。また、『下ネタなど存在しない退屈な世界』も既刊コンプしております。


今回は、本作で扱うラノベについて、その定義が曖昧だということと、その特徴に触れています。


本日は3500字、どうぞよろしくお願い致します。

 とりあえず、何冊か見本を持って行けば分かるだろうと思って、俺は部屋に戻って参考になりそうなラノベを選定する。

 できれば、デビューレーベルの太陽系出版社のものがいいよね。


 まずは、鎌内先生がサンライトノベルに移籍して書いた大ヒットシリーズのスピンオフ『旧約・とある科学の超新星爆発ビッグバン』、エロ系は外して加賀青空先生の学園ラブコメ『下ネタなんて決して許さない退屈な聖麗指定都市』、あと、メディアミクスで成功している隼鷹ヒヨウさんの『舟これ! 利根、索敵機、飛ばせません。』の三冊を小脇に抱えて持っていく。


 イラストはそれぞれ、赤身魚先生、ものくろしろ先生、黄緑ふう先生と超人気折り紙つきの御歴々が描いていて、これだけ見ても眼福ものだ。


 早速、リビングで待ちわびていた両親に開陳する。


「綺麗な本ねぇ。あーくんにこんな絵、描けるのかしら?」


 いや、当然ながら、それはイラストレーターさんが描くんだけどね。


「なんだか、ジュブナイルもいろいろ、アニメみたいになっているんだなあ」


 いや、アニメじゃないし……イラストなきゃ、売れないでしょう。大人の小説がつまんなすぎるだけだよ。

 それに、ジュブナイルなんて言ったらイマドキの中高生には絶対に売れないことは保証できる。


 しかしながら、俺はひとまず、両親に拒否反応がないことに安堵する。


 ただ、次の父親の反応は、意気揚々と乗り込んだ俺にとっては予想斜め上の反応だった。


「ところで、新樹は、単行本は持ってないのか?」


 ラノベで単行本?


 ラノベの概念に真っ向から反抗するような高価な装幀の本は、一部の例外を除いてラノベでは存在しない。


 いや、そもそも、そういったレーベルは、自ら、ラノベに近いが違うジャンルだということを謳っていたりする。

 具体的に他のラノベと、どこがどう違うのか、とくとお伺いしたい。


 安価で新刊一冊で五百円から七百円ぐらい。

 二、三時間もあれば読めるのがライトなノベル、即ちラノベだ。


 単行本なんかにしたら絶対に買えない値段になる。


「ライトノベルに単行本は無いよ。新刊は文庫本で毎月、月の後半に出るんだ」


「へぇーっ、そうなのか。新刊書って、ふつう単行本で出て、その後、廉価版で文庫になるのが普通だと思っていたからなあ。そうか、ラノベって単行本が無いのか」


 父は膝を手で打って、さも納得した風に頷いて言う。


「だって、高いと売れないじゃん。単行本なんかにしたら中高生は、誰も買わないよ」


「そうしたら、ライトノベルを書く人ってあまり、お金が入ってこないのかも知れないな」


 ふっふっふっ。ところが、そうは問屋がおろさない。


 甘いな、さっきギョーカイ人の川絵さんから話も聞いているので、俺は父親の誤りをどうとがめようか考え始める。


 まず、ライトノベルと言えば出版で唯一と言っていいほど、伸びている成長分野で、その新人作家になれるのは八〇〇分の一という、デビューの壁を乗り越えた一握りの人間だけだ。


 しかも、新規参入レーベルも増えていて、熾烈な競争が繰り広げられているホットな分野である。


 さらに、出版不況と言われながらも、ラノベの出版点数も伸びていて、毎月刊行されるラノベは二百点近い。


「そうねぇ、三文文士って言うぐらいだから、お給料はちょっと安いかもしれないわねぇ」


 うーん、母親も分かっていないとは、もう、俺がギャフンと言わせるしか無いのかな。

 最初は大変かもなんだけど、その長いトンネルをくぐり抜けると、そこは天国なのだ。


「あ、あのさ、作家の印税って、太陽系出版社の場合だと本を最初に出すと五十七万六千円で、追加で一万部出るごとに四十八万円って聞いているけど……」


 さて、反応が楽しみだ。高校生が五十万円も合法的に稼げるなんて、ラノベ以外にないよね。


 ラノベ作家バンザイ。


「えっ、そうなの。毎月、お給料をくれるわけじゃないのね」


「そうなのか……新樹、本は毎月、出せるのか?」


 ま、毎月ってそんなの無理でしょ。虹尾にじお偉人いじん先生じゃあるまいし。


 多作な人でも年に五、六冊。俺の場合は、ケモミミに三ヶ月かかってるから、年に四冊行ければ良いほうかな。


「そ、そんな毎月出している人はいないよ。年に四、五冊ってところじゃないかな」


「あらやだ、それじゃあ、年収三百万円行かないのね。印税って将来、上がったりしないのかしら」


 年収三百万円って、そんなに安いの?

 『あらやだ』的に安いの?


 なんだか失礼だな。最初は安いんだけど、徐々に、良く……ならないのか?


 母の言葉に呼応するように父親がまとめる。


「まあ、学生時代に頑張る分には良いんじゃないか。趣味と実益を兼ねて……」


 母も父の言葉に頷きながら俺の方を見ている。

 さっきのお祝い気分がかなり減衰している気がするのは、気のせいではない。


 え? ラノベ作家って学生時代の思い出作りみたいなもんだったっけ。


 デビューの壁って途轍もなく高いのに、どうして、印税ガポガポ、ウハウハ生活が両親に伝わらないんだろう。



 その晩は、父親は無言でタブレットでいろいろと調べ物をし、母親は口数少なに俺の持ってきたラノベを目を眇めるようにして眺めていた。

 その目は嬉しそうでもあり、労るようでもある。


 その様子を見ながら食べる晩メシは余り美味しいものではなく、時折、食べていても砂を噛むような、そんな思いにさせられる。


 おかげで、進路についてツメられることはなかったが、近々、学校に進路調査票を提出しなければならないことに変わりはない。


 遅めの夕飯を終え、俺は、部屋に戻ってスマホの画面をタップして、『青山、賃貸、五万円』と検索窓に打ち込んだままになっているタブを閉じる。


 代わりに『ラノベ、発行部数、ランキング』と打ち込んで見る。

 どれも単巻での発行部数は出ておらず、シリーズ部数での表示になっている。


 一位は粟本薫氏のクイーン・サガでシリーズ百三十巻計三千万部、二位が上坂一氏のズレイヤースでシリーズ五十巻計二千万部と、この二作が圧倒している。


 この二作に続く九位までがシリーズ一千万部を超えている。


 ラノベの歴史が浅いとはいえ後にも先にもシリーズ一千万部に届いた作品はこの九作品しか無い。


 ラノベの売れ方は、単巻で百万部というようなものではなく、一巻あたり二十万部から四十万部のヒットを数十巻続ける方式が主流らしい。


 ケモミミ百万部とか言いつつも、今更ながら百万部どころか二十万部も難しい壁にぶち当たる。


 確かに手には取ってみても六百円払う価値はないかもって、ふつう、そう思うよな。

 そうすると、俺のケモミミ・ディストピア小説って、絵師が背中を押してくれるかどうかに掛かっている。


 なぜなら、ラノベって、ふつう書店ではシュリンカーでラップされ、中の文章が見えなくされている。

 見えるのは書影と帯とあらすじだけ。これで六百円払うのはかなりの勇者だ。


 しかも、帯につくのが新人賞選外佳作って、俺ならよほどイラストが気に入らないと買わない。


 全国にケモミミストが二百万人いたとして、一万部売れるのか?

 大丈夫だろうか、俺のケモミミ・ディストピア小説。


 俺は悶々としたまま、夜が明ける。





 俺は最後に同級生で『作家になろう』の同好の友、館神たてがみハルキに相談しようと思った。


 そもそも、俺をこの道に引きずり込んだのもハルキが勝手に『馬丘雲』の筆名で俺の小説を『作家になろう』サイトに投稿したことが原因だ。


 そこで、半年のうちに十万ページビューを達成し、調子に乗って新連載を始めた俺も俺なのだが……

 まさか感想欄という、メンタルクラッシャーがあるとは思いもしなかった。


 いつものことながら、後悔は先に立たない。


 しかも、俺の『なろう』サイトでの評価はいつも、ハルキの後塵を拝していた。

 ちなみに、ハルキの筆名はそのまま『↑ハルキ↓』だ。

 果たしてどう読むのかは、謎のまま放置している。


 俺は、中学高校を通じてページビューも、ポイントも、レビューも。

 結局、ハルキには届かなかった。


 ハルキの文章は知的で、透明で、優雅で不思議な雰囲気をまとっている。

 さらに、速筆で毎日の更新を苦にしないという天賦の素養を手にしている。


 もちろん、ハルキも将来の夢は賞デビューしてラノベ作家になることだ。


 その先に作品アニメ化と、主演声優さんとの結婚を夢見ているのは俺のささやかな願望であり永遠の秘密だ。

 声優さんの枕営業による原作者青田買いは、いつでも大歓迎である。



 昼休み、ハルキを探しに図書館に行くと、珍しく一人でスマホをいじっている。

 あの指の動きはメールを打っているのではなく、間違いなく小説だろう。


 ハルキは小説書きヲタにも関わらず、結構、社交的で女子とも喋ったりしている、ややリア充注意な男子だ。

 もし、ハルキのリアルが本格的に充実していたら、俺はきっとこいつと友達づきあいを続けられなかっただろう。



 早速、俺は図書室にいたハルキに声を掛けて、どうにか屋上につながる階段室に連れ出すことに成功した。

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