第11話 ライトノベルって何なんだ?
自戒を込めて、来週こそ、投稿は月曜深夜29日(火)0時です。
今回は身内バレの最高峰?、父親バレです。
男子高校生と父親の距離は遥か遠いのですが、いつかは越えて行かねばなりません。
本日は3500字、どうぞよろしくお願いいたします。
川絵さんの口角泡を飛ばすような勢いが、スマホ越しに伝わってくる。
「もし、すぐ出すにしても編集会議は月一回やで。今やったら早くて八月刊、九月刊の作品の企画になるわ」
「な、なんで、そんなに先の話になっちゃうの?」
た、確かに新人賞の作品って、公表から出版まで半年から一年は軽く待たされるよな。
もう、いったい誰がサボっているんだよぅ。俺はこっそり、泣きごとを言う。
「言うても、台割表のラフも、図版原稿も、何もないのに、再来月に刊行予定入れます、なんて有りえへんことぐらい、素人のぶたにんでも分かるやろ」
「あ、イラストレーターさんは赤身魚先生か、ボンカン神先生に決めていますから……」
「そんな、制作編集を混乱させるようなことばっかり言わんどいてや。イラスト作家さんへの依頼もそうやけど、ラノベの図版原稿って、ちびキャラとか、飾り罫とかいろいろあんねん。最後、デザイナーさんかて大変やねんから……ぶたにんの周りにもラノベはあるやろ」
確かに、ラノベの装幀はレーベルの統一部分が少ない。
さらに、イラストが豊富にあり、章タイトルに背景図版やチビキャラ、書体も特殊なものが随所に使われていたりする。
「確かにラノベは文庫本と比べて作りは凝っているのは理解りますけど、テンプレとかあるんじゃないんですか」
「テンプレってなあ……あぁ、デザインフォーマットのことかいな。そんなん、ラノベは結構、自由やし、まぁ続刊やったらあるけど、新刊にはないで。それに、ケモミミが最速で出る八月までは、ぶたにん、目の前の仕事以外はできへんで」
え? どうして、どうして。それは困る。
金はくれない、ほかの仕事はしちゃダメとなると借りるしかないが、俺には借りるあてはない。
これ、なんて無理ゲーだっけ?
「川絵さん、お、俺に仕事下さい。なんでも書くんで……」
「そ……そんなん、うちらの仕事って、もう書く作家さんとか決まっている場合のほうが多いし。そもそも、太陽系出版社の新人さんなんて使っているってバレたら、私、太陽さん出禁になるやんか」
そうか、ラノベとか新人賞もらうと他社に書いてはイケないとか、不文律みたいなのがあるんだっけ。
うわっ、新人賞メンドクセー。
しかも、二作目を勝手に書いてますなんて言っても、目の前のケモミミの修正と二巻以降の企画ネタを真剣に考えろって、猪又さんだったら言いそうだ。
「どうしよう。半年も収入が無いなんて、他の人ってどうやりくりしてるの?」
俺は、次第に焦燥感が増してくるのを感じながら訊く。
そうした俺に、川絵さんは呆れた風にして言う。
「私も作家さんのことは、よう知らんけど、賞をもらって会社辞めたライターさんとかやったら知ってるで。その人、奥さんと子供もおって、家では奥さんに『前みたいにお給料のある生活がしたい』って愚痴られるって言うてはったわ」
なんなんだろう。俺の絹ごし豆腐並みメンタルに、グサグサ突き刺さるんですけど。
とりあえず、俺は椅子の肘掛けを手探りで確認して背もたれに寄り掛かる。
良かった、座っていて。もし、立っていたら目眩が襲ってきてぶっ倒れたかもしれない。
「と、とても参考になったよ」
俺は、残り少ないヒットポイントを総動員して、そう言って電話を切ろうとするが、川絵さんが話しかけてくるのが聞こえてしまった。
「それで、ぶたにんはどうするん? 『二編』には来えへんって言うてええねんな」
「お、俺は、まだ別に……」
もちろん、『別に』の後に続く言葉を俺は用意出来ていなかった。
川絵さんはそれを察したのかどうかは知らないが、その後、気忙しそうにして電話を切った。
そういえば、校正のお仕事中だったっけ。なんだか悪いことをしたかな。
とにかく、話をまとめると新人賞を受け取っていきなり独立して小説を書く、というのが無謀なようなことだけは分かった。
そもそも、受賞から出版まで半年も待たされるとは予想外だし、受賞作の書籍化出版印税が五万部まで賞金で先払いされていることも想定していなかった。
しかし、受賞して家を出ずに作家活動なんて、小説家になることに理解のない母親が許してくれるはずもない。
とすると、受賞自体、諦めざるを得ないのか。
そして、三年生に上がればそれなりの進路を見据えて、俺も進学か就職を目指して活動せざるを得なくなる。
作家以外の俺の進路なんて、てんで見えていない。
「進学か、就職か……か」
考えがまとまらない内に、階下から父親が帰ってきたらしい物音がする。
やばいよ、俺自体、どうするべきか分かっていないのに、これから進路の話なんてしたくないよ。
とりあえず、働きたくないし、英語の勉強もしたくないだけなんだけれど、こんな簡単なことがどうして叶わないんだろう。
英語をしなくても入れる大学への進学?
そもそも、理系なのか文系なのかも良く分からないような大学に行く気はない。
「あーくん、ご飯温めるから下に来なさい」
母の声がする。これを無視すると、たまにご飯が無くなることもあるので、警告が穏やかな内に俺はリビングに出頭する。
リビングからは母親の声が漏れてくる。
「……違うのよ、パソコン借りようと思って入ったあーくんの部屋があんまりにも汚くって、仕方なく掃除をしたのよ。そうしたら、太陽ライトノベル新人賞最終選考のお知らせとか見つけて……」
うわ、これって修羅場だよ。俺、逃げていいかな。
けど、気が付くと酷くお腹は空いている。
仕方なく、俺は本能の赴くままにリビングに入っていく。
「おい、新樹、お前って、小説書いているのか?」
とっさに父親に聞かれて、顔がどんどん真っ赤になる。書いているけどさ、改めて言われると何故か恥ずかしい。
べ、別に、俺は悪いことをしている訳じゃないんだ。余りにも文化的に高尚すぎるため、普通の人がしないようなことをしているだけだよ。
いや、『作家になろう』のユーザーは百万人を超えてたっけ。それなら、ふつうじゃん。
ふつう、ふつう。俺は息を整える。
「う、うん……そ、それがなにか」
もう、一杯いっぱいだ。ドカーン、と顔から火が出たかと思った。
やっぱり小説書いてるなんてふつうの男子高校生じゃないよ。
「新樹はどんな小説を書くんだ?」
あ、その説明、俺には無理。
第一、ケモナー知らない人にケモミミの良さを分かってもらうのかなりハードル高いってかさ。
あれは、こう何度も物語の中で触れないと理解できない世界だよ……などと考えながら、マゴツク俺を尻目に、さっき仕入れた情報で母親が話し始める。
「父さん、だから、ライトノベルって言うものらしいのよ、最近、流行りの。その女の子がいっぱい出てきて、胸とかが大きくて、もう何だか変なの」
違うよ、偏見、偏見。
貧乳もステータスだったりするからさ。
「へぇ、父さんも胸の大きいのが良いなあって……冗談だよ」
父親はギリギリのところで、母親の巨乳貧乳地雷を回避する。
「そ、そんなのを書くんだ。新樹も、四月になったら高三だもんなあ」
父親は、フォローにならないフォローをして傷口を広げてくれる。
案の定、そこへ母親が今日の本題を突っ込んでくる。
「そうよ、もう進路調査票も出さないといけないよ……それなのに、どうなるかわからない小説の新人賞なんて出しちゃって、ダメに決まっているわよ。だから辞退のメールを出そうとしたらあーくんが邪魔するんだから」
「ダ、ダメじゃないよ。一応、新人賞特別賞に内定したって、言われてるし……」
ガチャーンッ
母親が台所で茶碗を落として大きな音を立てる。
な、何なの、そのリアクション。そこまで、ラノベが嫌がられる理由を俺は知りたい。
「あーくん、ホントなの? し、新人賞特別賞って。別に無理にカッコつけなくていいのよ。あんな、変な『ケモノ耳テロ小説』が新人賞なんて取れるはず無いのは理解っているんだから」
変なところで理解力を示されても嬉しくないし、ケモミミって変じゃない。ついでに、俺はカッコなんてつけてない。
「本当だよ、今日、編集部の猪又さんって言う人から電話があって三月七日の受賞式まで誰にも話すなって」
母親がその言葉を聞いて、俺の方をまじまじと見て言う。
母の目には心なしか光るものが見える気がする。
「……えーっ、スゴいじゃない。どうしましょう。絶対ダメだと思って反対していたのに……、ねえねえ、父さん、新人賞よ、ライトノベルの」
な、なんだよ。急変し過ぎじゃない、うちの母。ラノベよりノリが軽いんじゃない。
「う、うん。すごいじゃないか、新樹! ……ところで、ライトノベルって何なんだ?」
場に微妙な空気をもたらすナイスリアクションだ。
えぇと、ライトノベルの定義って、とても微妙だよな。
確かネットには、あなたがライトノベルだと思うものがライトノベルだ。
でも、同意を得られるかどうかは、その限りに非ずとか書いてあった。
「も、持ってくるから、ちょっと、待ってて」
早速、ライトノベルの定義を探しに、俺は自分の部屋へと引き返した。