第10話 賞金と印税と、「ぶたにんっ!」
急遽、24日の更新で舞い上がってしまい、前書きを付け忘れたりしております。
出版印税は、作中では本体定価の八パーセントで統一しますが、将来的には下方修正が見込まれるようです(特に初刷に関しては五パーセントもあるようです)。
初刷に厳しいのは損益分岐点に厳しい出版社の都合ですが、初刷印税が生活保障になっている作家さんには、より厳しいのは推してみるべしです。
改めて『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ、驚愕、分裂まで十一巻、当方特典オリジナルストーリー含めコンプしております。
シリーズ部数は現在確実なものがないためWEBでの確認に過ぎません。
しかし、十一冊八五〇万部、驚愕の初刷五十一万三千部もイメージ通りで、二千二百万部(笑)などという作中の数字に惑わされてはいけません。
本日も三〇〇〇字やや超えておりますが、どうぞよろしくお願いいたします。
ルルルルル……、とぅるるるるる。
電話の発信音が変わって二コール目ぐらいに相手が出る。
「はい、鵜野目です」
あれ? 川絵さん、駅まで一緒だったのに。また、会社に戻ったんだろうか。俺は怪訝に思いながら尋ねる。
「もふもふ、じゃなくて、もしもし、武谷です」
駄目だ、分かっていても不審者じゃん、俺。もしもしぐらい、ふつうに言おうぜ。
「うっわぁ、武谷さんやん。自分、電話でも全然、変われへんねんなあ」
えっ、俺、褒められているのかな? いや、なんとなく違いそうだけど……
「あの、川絵さん、会社に戻ってる? あ、あの、これ会社にかけたつもりで」
「あぁ、これ転送電話やから。どっちにかけたん?」
「太陽系出版社のほうに」
「そっかぁ、それじゃあ、個人的相談やなくて『二編』に来るか、来えへんかの話やねんなぁ」
ひょっとして、いままでくれた名刺の番号、どこにかけても転送されてスマホに繋がるようになっているんじゃないだろうか?
「で、決めたんや」
「はい、俺、高校辞めて、家を出て……小説を書くことに決めました」
「な、なんなん、その決意表明みたいなんは」
「やっぱり、家じゃ真面目に創作に取り組めないっていうか、環境が悪いっていうか」
「……にしても、家出るってどうすんのん?」
「とりあえず、小説に打ち込むために青山か北千住にアパート借りて独立しようかと思って」
「なんで青山なん、って言いたいところやけど私もいま校正で忙しいねん。とりあえず、武谷さんの答えはわかったわ、明日征次編集長に伝えといたる……喜ぶやろなぁ、征次さん。期待の即戦力新人やからなぁ」
はぁ、話が通じてないよ、やっぱり川絵さんって、微妙にズレてるんだよね。
「あの、その、俺、『二編』では書きませんよ。猪又さんに担当編集頼んだし、部屋借りるのも親から独立するためだし……」
「えっ……」
ゴトリと、スマホの向こうで、川絵さんのスマホが床に落ちる音が響く。
「えーっ、あんた、何考えてるんよ? 部屋って幾らのところ借りるん?」
「あ、大体五万円くらいで……」
「んー五万円か……青山駅から徒歩三十分、築四十年の三畳間っちゅうとこかな。でも、安定収入もないのに一人暮らしって、あんたメッチャ楽天的やなあ。そか、この日のためにコッソリ貯めこんでたんかいな」
ちょっと、青山駅徒歩三十分ってもう別の駅に着いていないか?
「えぇと、新人賞の賞金と合わせて五十万ちょっとあるんで、月に五万払っても十ヶ月ぐらいは大丈夫かと……」
「もう、物件は抑えてあるんかいな」
「いや、これからスマホで探そうかと……」
「食事はどうすんの?」
そういや、食事はついてないのか。家に戻ってカップ麺でも食べようかな。
「あ、俺、食わなくても大丈夫なほうなんで、カップ麺一個で一日持つ感じだし」
「水道は? 電気は? ガスは? そもそも、武谷さん未成年やん。契約できへんやん」
「そ、そんなのどうにかなるんじゃ……ほら、コンビニの年齢確認、二十歳で通ったことあるから……」
水道って、要るよな。基本料金って幾らなんだろう。
電気は……必須だ。スマホ抜きの生活なんて考えられない。
ガスってどうよ。風呂なら、ちょっと家に帰った時に入ることにしよう。
「でもな、家賃五万言うても、公共料金とか、食費とか、スマホとかで合わせて十五万は行くで。そんなん、てっきり、安定収入の見込める『二編』に来るもんやと思うやんか」
「だ、だって、書籍化されれば印税だって入るし、そしたら、どうにか……」
「武谷さんな、新人賞の賞金って印税の前払いみたいなもんやねん。サンライトノベルの場合は、新人賞作品で印税が入るんは、増刷累計五万部からやで」
「え……それじゃあ、家賃とか払えないんじゃ」
「そ、そんなん知らんわ。なんで、実家出んのよ?」
「だ、だって、うちの親とか、勝手に部屋に入ってきてモノ片付けちゃったりとか、設定資料に油撒いたりとか酷くて……」
ここで慌てて、薄い本のことは口外してはいけない。落ち着け、俺。
「新人賞以外でも、サンライトノベルの印税が入るんは実際に刷った月の翌月やで。これも五万部までは定価の八パーセントやから、新刊発売月で一万二千部の六百円として五十七万六千円しか入れへんねん」
五十七万六千円! 今の俺の予定全財産を上回るじゃねぇか。
印税バンザイ。
「スゴいじゃないですか。新人賞特別賞の賞金を超えてるよ。やっぱり、頑張って自立します!」
いまの話が最低部数だから、増版出来なんてことになったら、一万部追加ごとに四十八万円かぁ……
「おーい、もしもーし、たけたにー、こらっ、ぶたぶたぶたにぃん」
ちょっと、幸せすぎて意識が飛んでしまった。しっかりしろ、俺。
たとえ、大金を手にしても、川絵さんを見下したりしないようにしよう。
えぇと、なにか、小さい声で非道いことを言われている気がする。
「こら、ぶたに、ぶたに、ぶたにん、こらーっ、校正で忙しい編集を捕まえといて何してんねん! ぶたにーんっ」
人のことを豚呼ばわりするとは失礼な。
えっ、ぶたにん? やめてくださいよ、川絵さん。
「もしもし、か、川絵さん?」
「ぶたにん、もう、何がすごいねんな」
良かったよ。川絵さん、壊れたかと思った。
そうだ、なにか安心する言葉でもかけてやらないと。
「あ、川絵クン、作家になってもキミを見下すような心の狭い俺じゃぁないからねぇ」
どうやら、人の神経を逆なですることに関しては才能があるようだな、俺。
「もう、あんたなんか、ぶたにんで充分やわ。はっきり見下しているやないの」
えっ、俺、ぶたにん確定なの?
せっかく気を回したつもりだったんだけど。
「で、でも、毎月五十七万六千円、増版出来で、一万部につき四十八万円が振り込まれるんなら余裕だわ」
俺が鼻息を抑えて言うが、雰囲気は向こうの知るところらしい。
「あんたって、毎日がクリスマスっていうか、毎月新刊を出す気やねんなあ。ほんま感心するわ」
「はぁ、言われればやるしかないっていうか……」
男に二言はない。売れっ子ぶたにんに休みはないと言われれば、腱鞘炎を押してでも書くものは書く所存だ。
「ぶたにんのアホーっ。そんなん、毎月、新人の新企画ばっかりやる綱渡りみたいなレーベルがどこにあんねん。アホな話も休み休み言いや。あんたのケモミミ・ディストピアの書籍化も、出来るかどうか分かれへんのに」
「す、するよ。せっかく賞取ったんだから」
「言うても、ケモミミ本も新人賞取ったからって書籍化確約ちゃうんやから。企画書が編集会議、通らんかったら、そこで終いやで」
「ケモミミは絶対に売れるんだよ。日本のケモミミストの半分が手にとってくれれば百万部は固いはず」
俺は、確かな数字に基づく持論を展開する。
ケモナーの中でもケモミミ属性は二百万を下らないと、俺は考えている。
その半分が書店で手にとってくれれば、初刷の一万二千部なんて、即座に溶ける。
増刷に次ぐ増刷で百万部するためには、いったい何刷まで行くのか俺の知ったところではない。
ところで、『涼宮カルビの憂欝』って何万部? シリーズ十一冊で八百五十万部……ほぅ、過少申告だな。作者、儲け過ぎだろう。多分二千二百万部の間違いだ。
「……エライ自信やけど、出版するにしても、受賞作をそのまま出すことなんてめったにあらへんで。ふつうは編集会議に出すまでに、売れるように読みやすくしたり、設定を商業向けに変えたり、続刊に向けて伏線を入れたり、いろいろ整合性を持たせたまま修正する作業はぶたにんが、せなアカンねんで」
「でも、俺の作品、もう修正するところなんて無いし、生涯最高傑作だし」
やべぇ、俺の最高傑作は次回作です、くらいのこと言えばよかったかな。
まあ、舌の軽い時の俺は、大体、何かをしでかす五秒前だ。
このあたりは高校生のやることなので、ぜひぜひ、大目に見てやってほしい。