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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART1 デビューの壁の向こう側 
10/90

第9話 新人賞の賞金は1割ほど源泉徴収されます

いよいよ、シルバーウィークを迎える金曜日となりました。

シルバーウィーク休日の『ぶたにん』の更新予定はありません。

余裕があれば更新もありですが、基本は改稿作業中心です。

次回予定は、PART1佳境に向かう第10話は9月24日0時の更新となります。

今回はぶたにん、1話以来の好調回。3600字です。宜しくお願い致します。

 俺はスマホを片手に、太陽系出版社の猪又さんの名刺の電話番号に電話をかける。


「はい、サンライトノベル編集部です」


 うわっ、予想よりも電話をとるのが早い。俺は、結構、ビビる。

 ご存知の通り、俺がビビると、テンパッてしまい、イマイチろくなことがない。


「ひ、ひゃーいふもふも……じゃなくて、す、すみません、猪又さんですか?」


「いえ違います、猪又はイルンだけど……失礼ですが、どちらサン?」


「馬ヲタ、じゃなくて、馬丘です。ではなくて、実は武谷です」


 おいおい、電話でも不審者確定かも知れないよ、俺。

 実は、武谷らしいし。


「馬丘……タケタニ……あぁ、ひょっとして、ケモミミ、テロ父の高校生君?」


 おぉ、新人賞すげー。不審者と疑われても軽くステータス回復だ。

 やっぱり、俺の生きる道はサンライトノベルしかないよね。


「は、はい、そうです」


「これはどーも、編集部の蟹江です。でぇ、審査経過、メールを出したんだけど見てくれていたのかなぁ? 出したほうとしても届いているかどうか心配でさぁ。次からはメールを見たら必ず確認の返信をしてよねぇ。社会人ではぁ、コレ常識だからさぁ。じゃ、ちょっと待ってて」


 うわ、よりによって、噂の蟹江さんだよ。今後一年は使えない要注意編集との呼び声高い!

 しかも、初対面でイキナリ説教されちゃったしさ。これって、もう相性最悪ってことでいいよね。


 電話の向こうの声が聞こえる。


『……あのー、いのさん、武谷センセから外線入ってますけど、どうします』


 どうするもこうするもないでしょう、蟹男め。

 このまま裁量で電話切りやがったら、右ハサミから一本ずつ脚を焼いて、ポン酢で食ってやる。


 そんなことを考えていると、猪又さんが電話に出る。


「はい、お電話替わりました。猪又です」


「あ、あの、今日はどうも、でした……武谷です。それで、ちょっと気になったことがあったんですが」


 聞こえてくるスマホの向こうの猪又さんの声は、穏やかで頼れる感じがする。


「君のほうこそ、大変だったんじゃないかな。まさか、新人賞内定者を相手に『二編』が動くとは思ってなくてね。申し訳なかった。それで、気になったことってなに? なんでも聞いてよ。ひょっとして受賞を前向きに考えてもらっているのかな」


 俺は、自立資金のために、今は受賞にとても前向きだ。


「あ、はい、それで、聞いていなかったんですが、審査員特別賞の賞金って幾らぐらいになるんですか?」


「あぁ、賞金の話はしていなかったっけ。えぇと、前回と同じだから五十万円、かな。今回も変らないと思うよ」


 うっ、五十万円か、五万円の家賃なら十ヶ月分……まあ、十ヶ月あれば何か書けそうだけどさ。


「それは、いつ貰えるんですか?」


「ウチは振込がふつうだけど、銀行口座がなければ、賞金だけは手渡しでも用意はできる。しかし、デビューとなったら、いずれは口座を開いてもらわないとね」


 俺はすかさず、お願いする。


「三月七日の当日に手渡しでお願いしてもいいですか?」


「ああ、それはいいけど、武谷君、何か家の事情でもあるのかな?」


「え……まあ、いろいろと」


「ご両親に確かめてもらえればいいんだけど、新人賞の賞金は源泉徴収で一割ほど差し引かれるから、お渡しするのは四十四万円九千円ほどになる。もしも、金額が額面通り五十万円と思っているようなら、君から親御さんに言っておいてもらえないかな」


 ゲンセンチョーシューという怪物が現れた。

 なぜか、新人賞の賞金を一割ほど持って行かれた。

 俺の気力が半分、失われた。


「おーい、武谷君、聞いている? 大丈夫かな?」


 勿論、大丈夫じゃない。それでも残った気力を振り絞って言う。

 そう、賞金と並んで、今、俺の中で大絶賛で憂欝な悩み事だ。


「あ、あの、折り入ってお願いがあるんですけれども……」


 俺の数少ない弱点のうち、コミュ障と上がり症、人に頭を下げられない傲慢さが現れ、俺の言葉を濁らせる。


「その、あの、俺が新人賞をもらうことになったら、その担当するのは……猪又さんに、猪又さんに担当編集になってもらいたいんですっ。お願いしますっ」


 ついでに、こちらでも頭を下げて、俺の誠意をスマホに込める。


 しかし、にわか仕込の誠意では越えられない壁があるようだ。

 俺の言葉に猪又さんが言葉を濁す。


「えっ、そ、それは、まず無理だ。新人の担当は、各人の担当状況を見て編集会議で決まるんだ。僕の一存では……」


「な、なんで無理なんですか、メールも猪又さんじゃなくて、蟹江さんから来ているってことは、俺の担当は蟹江さんで決まりなんですか?」


 かなり、病んでいるよね、俺。

 その通り、厨二病は思い込みと憂鬱を併発しやすいのだ。


「いや、蟹江は今回の新人賞の運営を手伝ってもらっただけだから、そういうわけじゃないよ。新人賞の日までは、この僕が新人賞運営責任者だ。そして、新人賞授賞式と、夕方の文壇交流会までは僕が受賞者の皆さんを案内することになっている」


 おいおい、なにか怪しげな単語が出てきたよ。

 ブンダン交流会と言われて何もわからないが、交流という言葉に俺は嫌な空気を感じ取る。


「ブンダン交流会? と言うのは何ですか」


「ああ、サンライトノベルで書いている先輩作家さんたちとの交流会だと思ってくれればいい。新高和しんたかのわプリンスホテルでの立食パーティだからまずまず豪華だよ。馬丘先生も先輩作家さんたちと繋がりを持って刺激を受けて書いてもらえれば良いと思うよ」


 え、そんなの俺が一番苦手としている縦の繋がりじゃん。

 先輩とか後輩とか煩わしい関係を強制されないのも、小説家という職業の魅力なのに。

 わざわざ、先輩作家を見つけて挨拶に行くなんて、そんな奴の気がしれない。


「その、文壇交流会は欠席してはいけないんですか? お、おれ、高校生なんで……」


 さりげない、未成年かつ高校生アピールを試みる。


 退学するかもだけど、学校は登校日だし、そこで、パーティなんて浮ついたものに出てたら、停学処分だよ。


「いや、新人さんが文壇交流会を欠席するなんて、これまでなかったことだし困るなあ。時間も六時から八時頃までだから、せめて最初だけでもいてもらえないかな」


「それなら交流会に出ますから、俺の担当編集になってくれませんか」


 俺は、ここぞとばかりに交換条件を出して食い下がる。


「え、またそれかい? どうしてそんなに編集にこだわるんだい。君ほどの力があれば、ケモミミ・ディストピアだけじゃなく、SFファンタジーで十分に人気作が狙えると思うんだけどなあ」


「でも、それでも、俺は猪又さんでお願いします」


「いや、武谷君。なにを勘違いしているのか知らないけれど、編集は売れそうなものを書いてくれってお願いする人なんだから、誰が担当編集でもそれなりに面白くて売れるものができるはずだよ」


「でも、猪又さんの後輩の蟹江さんは、担当作家の企画を通したことがないって、俺なんて蟹江さんが担当になったら、すぐに書かせてもらえなくなるんでしょう」


 電話の向こうで頭を抱える猪又さんの姿が目に浮かぶ。


「……そうか、そこで引っかかっているんだな。そこまで思い詰められると、僕が原則を押し通して、君が『二編』に行くことになれば、それはそれでマズいことになるし、それはボクも本意じゃない」


 おいおい、これはひょっとして、俺、特別扱いなのか。

 やっぱり、特別賞の特別は特別扱いの特別なのか。


 一つため息のようなものが電話口で聞こえるが、その後に、猪又さんが言う。


「よし、僕も特別賞推薦者として、君を推薦しているんだ。それに、『二編』の青田買いの問題もあるし……ダメモトで編集長に担当の話をしてみよう」


 え、まじっすか。俺の将来に曙光が差してきたかのような錯覚に襲われる。

 やっぱり、傑作というものは、良い環境、良い編集と良い作家が合わさって出来るものだよね。


 俺は一人で拳を握りしめ喜びをかみ締める。


「猪又さん、有り難うございます。有り難うございます」


「いやいや、編集長がウンという確率は普段ならゼロ。今回に限っては数パーセントというところだから……」


「それでも、いいですから」


 俺は、ここが勝負どころと踏んで懇願する。


「それじゃあ。今日は編集長が居るからダメ元で訊いてみる。全力は尽くしてみるが、ダメだった時には編集部の方針には従ってもらうことになるから、その点だけは分かって欲しい」


「は、はい」


 俺はもう、すっかりデビューして、編集の猪又さんと、新作の打ち合わせをしている風景まで思い浮かべている。


「それじゃあ、また、折り返し連絡するから」


 そう言うと、プツリと無愛想に電話は切れた。

 何はともあれ、あの理論派で熱血漢の猪又さんのことだ。どうにかしてくれるに違いない。


 そう思い込んだ俺は、『二編』の名刺を出してスマホに電話番号を入れる。

 ここまでトントン拍子に来たんだ。後腐れの無いように、断るべきは断らねば。


 俺は、再び高揚感を取り戻し、この勢いで断りの電話をすませるべく、スマホの発信ボタンを押した。

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