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黒の勇者

 ある時、奇跡が誕生した。

 長き時に渡り繰り広げられた人間と魔族の戦いに終止符を打つ存在。

 その肉体はいかなる攻撃を受けようと傷は付かず。

 剣を振るえば衝撃波によって百の魔が死滅する。

 その身に収まる膨大な魔力は放つだけで地を震わせた。

 右手に正義を。

 左手に誇りを。

 我らが人類の最終兵器≪聖剣エクスカリバー≫を掲げ我らに勝利への路を示さん。


 __五聖の英雄譚・第一章より抜粋


 ◯◯◯


「なんだこりゃ」

 物が乱雑に置かれた部屋の中で一人の青年がそう呟いた。

「俺の英雄譚って言うから買ったのに、嘘しか書かれてねーじゃねえか」

「どれどれ。……うわぁ、本当ですね。勇者様に正義のせの字も無いですもんね。誇りも埃で十分です」

 青年の肩に手のひらほどのとても小さな少女がとまる。背中には漆黒の羽がついており、羽を動かすと黒い光が僅かに漏れては消えていく。

「フェア。それは流石に酷くねーか?」

「そうでしょうか? 妥当なとこだと思いますけど。それに勇者様殆どエクスカリバーなんて使ってないじゃないですか。えーと、なんだっけ。魔族十天が一人、魔剣将軍から奪い取った魔剣レーヴァテインの方をよく愛用してましたよね」

「性能レーヴァテインの方がいいしな。でもエクスカリバーだってちゃんと使ったら。魔王戦で」

「いやいやいや。魔王が勇者様からエクスカリバー奪って勇者様に斬りかかろうとしたら全身の筋肉が千切れて自滅したんじゃないですか」

「いやちゃんと使ったって。聖魔石(せいませき)を取り込んでると気づいた時点で同じ聖魔石のエクスカリバーでしか壊せないって気付いてちゃんと使ったろ」

「そうでしたっけ?」

 青年は英雄譚の内容をまるで自分の事のように語る。いや、事実彼のことを書いた内容なのだからしょうがない。

 黒目黒髪というこの世界においては非常に珍しい容姿の青年の名はディス。勇者だ。

 その肩にいる少女も同じく黒目黒髪。勇者のお付きにした仲間、フェア。妖精だ。

 部屋中に散らかった物もよく見れば強力な魔道具やダンジョンなどで手に入れた財宝。さらに龍などから取られた希少な素材だった。エクスカリバーとレーヴァテインも柄だけが見える状態で埋れている。

「それにしても、良くもまあこんなプラスな解釈が出来るもんだ。俺を知ってる奴からしたらみんな口に揃えて笑い飛ばすぞ。なんたって俺は、≪能無し勇者≫なんだからな」

「勇者様……」

「わーってるって。別に気にしちゃいねーよ」

「私が気にするんです!」

 はいはい、とフェアを宥めるディス。

 彼は魔王を倒した。しかしそれは、決してハッピーエンドでは無かった。生まれ持った、そして旅の途中で生まれたわだかまりは決して解消されることはない。

「……へいへい。それよりさ」

「なんですか」

 先ほどのことがあってか、どこかツンとした態度にディスは苦笑する。しかしそれなりに長い期間を共に過ごしてきた二人だ。ディスは気にすること無く話しかける。

「今月分。金落としてきた?」

「……ぁぁああああああ!」

 魔王を救い世界を救った勇者。その報酬として勇者は王に一生遊んで暮らせるだけの金を要求し、月に一度多額の金額が銀行の勇者の口座に振り込められるのだ。

 世界を救った勇者が叶える願いとしては、余りにも私欲にまみれた願いだと世間は思うのかもしれない。


 ◯◯◯


 意識が覚めた。

 ああ、思い出す。あの光景を。

 忌まわしき勇者との戦いを。

 胸の内で暴れる憎悪。

 今はまだ、奴には勝てない。

 力を。

 力を。

 力を__


 ◯◯◯


 私は銀行で働く従業員だ。

 銀行では常に大量の金が動く。まあ、だからこそセキュリティも常に万全な状態だ。ここより安全な場所は無いだろう。

「おいおい。そんな急ぐことでも無えだろ」

「ダメですよ! まだ買い物とかいろいろあるんですから!」

「まだ先月分残ってるだろ……」

「お金は命の次に大切なんですから、こういうことはしっかりしておかないと」

 銀行の扉を開けて来たのは毎月の初めに現れる奇妙な客。

 上下ともに黒で統一された服装。黒目黒髪ということもあってか、まるで魔族のようだ。その肩に乗っている妖精も真っ黒でまるで小さな闇だけがそこにあるみたいだ。

 これだけ印象が強いと月一と言えどしっかり記憶してしまう。

 青年と妖精の二人組はまっすぐ此方に向かって来た。

「あの」

「ご用件はなんでしょうか」

「お金を引き下ろしたいんですけど」

 この二人組の謎なところはもう一つ。

 見るからに貧相な服装をしている二人はその見た目からは想像も出来ないくらい多額の金額を毎月どこからか支払われているのだ。

 もしこの先何年とこの金額が払われ続けるなら、それこそ一生遊んでいけるだけのお金だろう。

 ……一体何をやっている人たちなのだろうか。

「さーてと、金もちゃんと払われてたし、どっかで飯食おうぜ」

「はいはい。ホントにユウ」

「フェア」

「ディス様は」

 ……んん?

 今、ユウ……なんと?

 私の興味はこの二人組につきっきりである。

 __だから、だろうか。

「オラァ! 金寄越せや!」

 咄嗟に行動する事が出来なかったのは。


 ◯◯◯


 形を失っていた。

 あの戦いで形状を失っていた。

 まあしょうがない。斧を携えた巨漢にあれで隠れた気でいた暗殺者はともかく、後の三体は別格だった。

 後ろで支援しながらも、隙あらば突撃しようと強烈な殺気をぶつけてくる神官。

 こちらの魔法に合わせ挑発するかのように全く同じ魔法を全く同じ威力でかえす本来ありえない黒い羽を持つ妖精。

 そして、人間の中では珍しい黒目黒髪の、本当に人間なのか、自分の正気を疑いたくなるような圧倒的な≪力≫を持つ勇者。

 今の状態では勝てない。まずは、形を取り戻そう。


 ◯◯◯


「……なぁフェア」

「おいこら! そこ喋ってんじゃねえ!」

 ……めんどうな。

(勇者様。念話で通じますよー)

(おー、便利便利。あと外で勇者様はやめろ。さっき言いかけたろ)

(無駄に魔力使うから使いたくないんですけどねー)

(よくこれで戦士と斥候の奴省いて喋ってたよな。俺とお前とクリッドで)

(今は思い出はいいですから)

 いやー、なつい。

 と、今はそんな場合じゃ無いか。

 強盗犯でいいのか? 数は五人。……すっくね。いや、世間的には多いのか? 周りみんなビクビクしてるし。

 武器は……見たことないな。銃? けどちょっと形違う。

(フェア。あれわかるか)

(はい。ディス様と違い私は世間の情報をしっかり取り入れていますので)

(はいはい。そんで?)

(あれは魔導銃ですね。魔力を圧縮、光属性への転換を行い強い貫通能力を生み出したものです)

(へー。……ま、なんとかなるか)

 人質は一箇所に纏められてる。惜しいな。五人もいるんだから二、三箇所に分けて管理すりゃいいのに。一応拘束っぽいのもしているが(ディス様。世間一般では立派な拘束です)拘束しているが、逆に守りやすい。

(フェア。んじゃ任せた)

(はいはーい)

「てめえら。動くんじゃねえぞ。動いたら撃ち抜くからな!」

「ちょっといいっすかー」

「てめえ! だから」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」

 勿論俺だ。

 なんでも無いように手をヒラヒラさせてやる。

「こ、拘束はどうした!?」

「外した」

「なっ!? ふ、ふざけんな! あの拘束はそう簡単に破られるもんじゃ」

「破れたんだから諦めろ」

「て、てめぇ」

 銃をこちらに構え威嚇する。だが、俺からしたらそんな(おもちゃ)じゃビビりもしない。

「お、お客様! 武器もなしに!」

「あー、大丈夫大丈夫。どうにかなんだろ」

 周りから向けられる視線は、状況を変えようとする者を讃えるものではなく無謀な事をする青年への心配。理解できないという畏怖。こちらにも飛び火が来ることを心配しての怒りなどなど。

 昔からなに一つ変わらない。

 だから、気取ることなく何時ものように一歩を踏み出す。

「動くな! ホントに撃つぞ!」

「甘い」

「んだと!?」

「甘い。甘過ぎ。最初の一歩で撃てよ。見せしめしとかなきゃ人質は言うこと聞かねえよ。本気を見せなきゃ伝わらねえってこった。てめえからはビビってる雰囲気しか伝わらねえ」

 昔は少し動いただけで即死級の魔法が雨のように降ってきた。

 命のやり取りは刹那の間で行われる。

 最初に撃たなかった時点でこいつは敵に弱みを見せたも同然だ。真っ先に狙われ殺される。……昔ならな。

「く、来んな!」

 ゆっくりと歩を進める。周りからは叫び声が聞こえるが、まあどうせ。これから起こることを見れば気も変わるだろう。

「来んなって言ってんだろ!」

 ついに我慢の限界が来たのか、トリガーを引く。カシュッ、という気の抜けた音からは想像できない勢いで光線が打ち出され、俺の体に直撃した。

「きゃああああああああ__」

 どこからか響く悲鳴。

 意識の外でそれを意識しながら、“歩を進める”。

「__あああぁぁ……え?」

 悲鳴はどんどん尻窄み、いつしか疑問の声に変わる。

 疑問は戸惑いを生み、空間には動揺が満ちる。

 ついに強盗犯の目の前に立った俺の目の前に見えるは、驚愕と恐怖で塗られた表情。

 おもむろに銃口を掴み、握り潰す。

「ひ、ひぃぃ! ば、化け物!」

「ひでえなぁ……ま、聞き慣れたけど」

 昔から言われて来た。今更気にすることでもないが、やっぱ少し傷付く。

「お、おい! そこ動くな!」

 今度は奥の方にいる強盗犯からだ。

 銃を他の人質に向けている。うん、まあやるよな。

「こいつを撃つぞ!」

「た、助け」

「どうぞどうぞ」

「「はっ?」」

 そう言いながら、蹴りで目の前の強盗犯から意識を刈り取る。

「な、何を」

「昔さー。どっかの令嬢かと思って助けた奴が魔族の変装でよ。危うく死にかけたんだ。あ、俺じゃなくて仲間がな? まあ俺は見ての通り殺しても死なない程度に頑丈だから返り討ちにして事なきを得たんだけどさ、まあそれ以来人質とか気にしなくなった」

 あと、四人。二人目に向けて歩を進める。ゆっくりと、ゆったりと。

「ひっ」

「だからさ、俺に人質は無駄だ」

「うわあああああああ!」

 カシュッ。

「……あ?」

 光線は人質の数センチ先で見えない壁に阻まれる。壁からは波紋のようなものが広がり、揺るぎなく存在するそれからは壊れるところなど想像もできない。

「無駄です」

 空間に凛とした声が響く。声の主を探せばそこには黒い妖精が飛んでいる。

「その程度では私の結界は壊せません。壊すなら最上級魔法のメテオぐらい出してください」

 いや無理だから。メテオとか魔法使い百人ぐらいで制御する奴だから。誰も彼もお前みたいに一人で最上級魔法扱えるわけじゃねーから。

 心の中でそうツッコミながらも、まあ感謝はしておこう。犠牲者は出ないなら出ないで後々楽だからな。クリッドらへんうるせえし。

「フェア。ナイス」

 そう言いながら二人目も気絶させる。

 ……さて、

「次は誰だ?」

「「「ひぃっ!?」」」

 まあ、運が無かったっつーことで。


 ◯◯◯


 形が戻った。

 完全では無い。あとで少しずつ調整すればいい。

 今度は失った力だ。

 なんでもいい。

 魔力を帯びたものを根こそぎ吸い取る。

 力が満ちて行く。

 しかし足りない。全く足りない。

 __飢え。

 足りない。足りない。足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない…………


 ◯◯◯


「お前というやつは〜〜!」

「悪いホントに悪かったって!」

「クリッド様、勇者様が本気でやばいのでそのへんで!」

 所変わって、ディスたちの部屋。

 普段はディスとフェアしかいないのだが、時々遊びに来る人もいた。それが二人の仲間である神官クリッドである。

 銀髪に水のように透き通った瞳。聖職者に相応しい白を貴重にした服装にその中性的でありながら整った顔立ちは男女問わず魅了する。ついでに女性だ。

「バカか! 無闇に力を振るうなと言っただろう!」

「フェアー。お茶ー。別にあの程度じゃ力を使ったうちにも入らんて」

「フェア。私にもお茶を。お前基準で測るな。駆けつけてみたらすでに強盗犯は全員白目剥いて気絶。人質だった者は全員強盗ではなくお前に恐怖していたんだぞ!」

「いいだろそのぐらい」

「よくない!」

 顔を怒りの表情に変えながら身を乗り出すクリッド。

 表では、いやディスやフェアの前で以外では出さないその態度を前にするとディスも強く出れない。

「お前はもう少し自分の身を心配してくれ……」

「大丈夫だよ。お前だって知ってるだろ。俺は殺されたって死ぬようなやわな体じゃねえよ」

「例え体が大丈夫でも、心まで大丈夫なわけじゃないだろう……」

「…………」

 魔族にのみ向けられてきたディスの身に宿る鬼神の如き強さは、守ってきた者に感謝されることよりも恐怖で竦まれてしまうことの方が多かった。

 感謝の言葉の裏に恐怖が隠れてることも珍しくはない。

 その言葉に何も思わずに入れるほど、流石のディスも人間捨てていなかった。

「ディス。例えお前が何も思わずともお前を慕う私やフェアの心が痛むのだ。お前はそれでも、大丈夫だ、などと言うのか?」

「……わかった。降参だよ」

 ディスは両手を上げる。クリッドも満足そうに席に座る。

「はいはーい。ひと段落ついたところでお茶ですよー」

「図ったように持ってくんな」

「待ってましたから」

「そうかい……」

 半ば諦めたようにそう呟く。それを見てクリッドとフェアはただ笑った。


 ◯◯◯


 気づけば自分の全盛期よりも魔力量が増えていた。

 凄い……これなら、世界だろうと滅ぼせる。

 しかし、まだ満ちない。

 あれだけ食ったというのに。

 しかし、足りないものは足りない。

 飢えた本能は力を求め、ただただ食って行く。


 ◯◯◯


 あの後、少し談笑していると、ふとあの英雄譚にはこいつのことはどう書いてるのか気になった。

 まあ手元にもあるし、少し読んでみるか。

「む、ディス。それはなんだ」

「国が発行した五聖の英雄譚。俺たちの旅の記録らしい」

「ああ、そういえばそんなものもあったな」

「内容が曲解され過ぎて笑えますよー」

 後でフェアも調べてみよう。そう思いながらパラパラとページをめくっていく。

 たしか、この辺り……お、あった。

「見つかったのか」

「俺らの旅だし、まあどこら辺かはすぐわかるさ」

「勇者様。早く早くー」

「はいはい。えーと、『その者、神童と呼ばれたし。幼少にして大人を遥かに凌ぐその力。身に宿りし神の力は邪を払い、その力を持って多くの者を癒した。その者、癒しの力を持って仲間を窮地より救いたし。後に勇者の力を認めその旅に同行する』」

「……は?」

 クリッドは気の抜けた声を出す。まあ、それはしょうがないだろう。こんな間違いだらけでは。

「あはははは! なんですかこれは! この脳筋神官のどこが癒しなんですか!」

「だ、だれが脳筋だ!」

「だってクリッド様、あなた後方支援より前衛で剣持って戦う方が遥かに生き生きしてるし強いじゃないですか!」

 そう、この神官。神童とはたしかに呼ばれてたし、魔法も剣術も勉学も、多方面にその実力を開花はさせ、回復魔法も上級まで覚えていたが、その実前衛で戦う方が遥かに得意で得意魔法も回復ではなく肉体強化に攻撃魔法だ。肉体強化に至ってはもはや極みと言っても過言ではない域に達し、ある条件下でなら本気の俺ともまともに殺り合える壊れ性能だ。

「まああれだ。戦士と斥候の役立たずが出しゃばるからお前は死人を出さないように後衛に回るしかなかったし、しゃーないだろ。回復魔法使えるのお前しかいなかったし」

「くふふ、癒し……ぷはははは!」

「い、いつまで笑ってるのだフェア!」

「さらに言うならお前が俺について来たのも教会の中が飽きたから出る口実が欲しいってのが事実だしな」

 強さに惚れ込む? すでに俺と同じステージに立ってるこいつが強さに惚れ込むとかありえないから。

「ええい! 著者は誰だ! すぐに生産中止を」

「国発行らしいぜ」

「どんなに発言力あっても一神官が相手するには厳しいですねー」

「ぬおおおお!」

 いや、その気になれば出来ると思うけど。

 でもすでにこれからもかなり売られてるだろうし、ベストセラーとかあったし、今更買った人をリストアップして返却させるとか無駄な労力だよな。

「くそ……恨むぞ」

 ついでに。

 著者は戦士の野郎だとは、流石に戦士が気の毒過ぎて言えなかった。

「それにしても、えらい美化されて書かれてんなこれ」

 特に戦士の美化が凄い。

 俺の隣で「ここは二人で決めるぞ」とか言ったり__現実は言い終わるまでに俺が一撃で決めた__いい感じのピンチに遅れて登場したり__無論そんなピンチなどなく、すでに終わった戦場にあいつが遅れてやってきた__決めゼリフで「俺に勝てると……思ってたのか」と言ってたり__俺が居て戦士がその決めゼリフを使う機会があるはずもない__様々だ。

 さすが戦士。自分が著者だからって好き勝手に書きやがる。

「本当だな……。《黒の勇者》《闇に住まう妖精》《勇者の右腕》《大義賊》《神を宿す神官》……やり過ぎな気が」

「ちょっと! 私のこれなんですか!」

「あれだろ。全身真っ黒だからだろ。お前は知らないだろうけど、人に聞くとお前が飛んでたりすると「そこに小さな闇が浮かんでた」って言われてるんだぜ?」

「えええ!?」

「言われてたな」

「ちょっと!?」

 俺とクリッドは顔を見合わせ、笑う。それを見たフェアが怒る。

 いつもと変わらない日常生活だった。

 しかし、この日常は長くは続かない。

 俺が勇者だからか、それとも力を持ってしまったからか。……いや、その二つはイコールだ。力があった故に勇者に選ばれたのだから。

 だとしたら、宿命か。

 __全てが終わる数日前のことだった。


 ◯◯◯


 まだ足りない。

 もしや、もう自分が満ち足りることはもう無いのかもしれない。

 腹が、喉が、頭が焼けそうなほどの≪飢え≫。

 莫大な、力への渇望。

 ……ああ、そうか。簡単なことだ。

 勇者(あいつ)を食えばいい。

 ああ、食いたい。


 ◯◯◯


「ふぁ〜、眠い」

「ディス様ー。眠い眠い言い過ぎですよ」

「しょうがないだろ。事実眠いんだから」

 その日の街はいつにない賑わいを見せていた。

 人々は誰もが笑い、今日という日を祝った。

 なぜなら、今日がディスたちが魔王を倒した記念日だからだ。そのため、毎年記念祭として街全体で盛り上げるのだ。

 しかし、魔王を倒すという行為とそこらへんの魔物を倒すという行為に大した違いを見出せない勇者本人としては「何もここまでやらなくても」と思わずにはいられない。

「もうディス様! 今日という日は皆さんがディス様に感謝する日なんですよ? こういう時ぐらい素直に喜んで」

「特別じゃないと感謝されないぐらいならせんでいい」

「もう!」

 旅の道中で何度か罠にハマるも、大抵がその身の力で強引に突破することができてしまった。

 故に、愛と勇気や誰かを失った悲しみなどといった事に無縁で旅をしてたため、元からの性格もあってかこういうところでは驚くほどにドライだ。

 これならいっそ嫌ってくれた方が、などと考えるほどである。口に出したら怒られることが目に見えてるため言わないが。

 フェアもそれがわかってはいるが、やはりディスにはどうにかして楽しんでもらいたいと考える。

「あー、もう。じゃあこうしましょう。いいですかディス様」

「なんだ」

「私は楽しんでいます」

「おう」

「だからディス様は楽しむ私を見て楽しんでください」

「絵面がやばくないか?」

 ディスの脳内には小さい__事実凄く小さい__少女を見て興奮する男という、少しやばい状況が出来上がっていた。

 そして、フェアの我慢もついに限界を迎える。

「今すぐ貫通力に優れた魔法を撃たれるのと、今すぐ破壊力に優れた魔法の雨を降らされるのと、どっちがいいですか?」

「お、あそこの屋台の焼き鳥美味そうだな。食いに行こうぜ」

「はーい」

 魔王を遊び半分どころか遊び9割で倒したディスを脅せる者など、世界広しとフェアとクリッドぐらいのものだろう。


 ◯◯◯


 時は満ちた。


 ◯◯◯


 突如空間を支配する爆音。

「なんだ!?」

「ディス様! あれ?」

 フェアに指さされた方向を見る。そこには、崩れた建物に空中にそびえる黒い影。

 ……あれは。……ん?

「なーんか、あのシルエット見覚えあるような」

「奇遇ですね。私もです」

 なんだろう。この壮大に時間かけて作られた咬ませ犬感。

 まるでシーンの代わりの合間合間にアイキャッチ的な感じで割り込んできて用意周到に登場したかのような。

 でも今はそんなことどうだっていい。重要なことじゃない。

「あれ、霧が」

「気のせいだ……ていうかあれ、魔王じゃね?」

 そうだ魔王だ。

 どっかで見覚えあるかと思ったら旅の最後にぶっ飛ばした奴だ。

「ありゃ、本当ですね」

 うーん。どうすっか。

 勇者としての活動はすでに終了している。そんな中で出しゃばっていいものか。

 呼べばエクスカリバーとレーヴァテインは一瞬で呼べるけど、どうすっか。

「あ、ディス様。なんか演説やるっぽいですよ」

「ん?」

 魔王は何かの魔法を使った気配がした。

 恐らくは風魔法。声を拡散させるためだろう。

『聞け! 人類どもよ!』

 それはいつか聞いた、威厳のある声だった。

『我、再生の魔王は勇者より受けた傷を癒し、再度キサマ等の脅威となりに来た!』

 何を堂々と宣言してるのだろうか。

『我がいなかった数年間、平穏と安穏に囲まれた生活はさぞ楽しかったろう。だがそれもここまでだ!』

 魔王は手を天へとかざし、それだけで一瞬にして巨大な魔法陣を形成していく。

 ……流石にやばくね? 街とか一般人が。

『さあ、我が力の前に滅びよ! 《メテオ》!』

 それは、最上級魔法だった。

「フェア!」

「はい!」

 視界が白く染まる。


 ◯◯◯


「くくく……」

 笑いが耐えられない。

 そういった様子で、零すように笑い声出す魔王。

 それもそうだろう。

 魔王は生前、上級魔法で手がいっぱいだった。

 それが、今はどうだろう。

 術式の構成は一瞬。魔力も底は見えない。確実にパワーアップしている。

 耐えられるはずがない。

「はーっはっはっ」

「そーい」

「はー!?」

 が、忍び笑いが高笑いと変化した瞬間に、恐ろしい威力が込められたことが容易に想像できる斬撃が、下から伸びる。

 体をひねらし、無理やり回避する。

「だ、誰だ!」

「よっ。ご無沙汰」

「キサマは……勇者!」

 目の前にいたのは、全身真っ黒の服装に同じく黒い黒目黒髪。

 そんな色合いに限りなくアンバランスな、純白の刀身を持ち莫大な魔力(チカラ)を放つ剣。

 身体能力を圧倒的に上昇させ、強引に人間という枠組みから所有者を外させることが出来る魔を断つ剣、《エクスカリバー》。使うにはその上昇に耐えれるだけの頑丈な肉体を有してなければならない。

 魔王を殺した、憎々しいまでの剣。そして、その剣を全く重さを感じさせずに振り回す所有者にして魔王に歯向かった勇者。

 その存在が、今目の前にいた。

「勇者……勇者、勇者、勇者!」

「おいおい。熱烈なファンコールはやめてくれ。魔王がファンだなんて国民からキレられちまう」

「うるさい! 黙れ! 今ここでキサマを倒せず何が魔王か!」

「うーん、まあ、いいんだけどさ。……お前の魔法じゃ無理」

 何が無理なのか。それはもちろんディスを倒すということだ。

 ディスは指を地面方向、街へと向けた。

「あれが破れなきゃ、まあ最低限俺にダメージを与えることは不可能だな」

 上から見えるのは、未だ健在の王都。

 そして、光の反射で僅かに、しかし確かに見える結界。

 つまりは、フェアが張ったものだ。

「…………あれ?」

「えと、まあ、前回よりは強くなってたぜ、うん」

「……ふ、ふはははは! 我はまだ全力を出していない!」

 明らかに強がりであることは目に見えていた。

「……まあ、出てそうそう悪いが、フィナーレといこうぜ!」

 それに対し、ディスは問答無用でエクスカリバーを斬りつけた。

「がっ!?」

「オラオラー!」

 振り下ろし斬りあげ袈裟斬り突き薙ぎ払い逆袈裟斬りと休む暇も無い斬撃が魔王を襲う。

 胴体を真っ二つに肩口から脇へと斬り裂き首を飛ばし心臓を吹き飛ばす。

「これで、ラストォ!」

 最後の一撃は文字通り魔王を木っ端微塵とし、終わった。

 しかし、

「……ありゃ?」

「くっくっく……死ぬかと思ったぞ」

 黒い霧が急速に集まると、晴れた先には消し飛ばしたはずの魔王がいた。

「……驚いた。凄え回復力だな」

「そうだろう。……我が一番驚いているのだからな」

 魔王の再生力に驚いているのは、他ならぬ魔王自身ではあるのだが、それでも魔王は得意気に笑う。

 流石のディスもとてもめんどくさそうな顔をしていた。

「ははははは! 勇者よ! 今日がキサマの最後だ! 見よ、この聖魔石無しでもここまでも再生力を誇る我が肉体を!」

 魔王が余計なことを言うまでは。

 ディスの顔が凶悪に歪む。

「へぇー、聖魔石無いんだ、へぇー」

「な、なんだ」

「《レーヴァテイン》」

 シュン、という僅かな音とともに、ディスの空いた手に漆黒の剣が呼び出される。

 《レーヴァテイン》。魔剣と呼ばれる聖剣のエクスカリバーとは対をなす剣。エクスカリバーは魔族に対し高い殺傷能力を誇るが、基本性能ならこちらが上だ。

 そして、ディスが好む剣でもある。事実、こちらの方がエクスカリバーよりも一撃の威力がはるかに高い。

 それは、エクスカリバーてトドメを刺されるまで散々レーヴァテインで斬り刻まれた魔王自身も知るところだ。

「…………」

「聖魔石無いんだろ? いやー、良かった良かった。あれエクスカリバー以外じゃ壊せなくてよ。さてさ、魔王。__お前は何回殺せば死ぬのかな?」

 ディスは魔王討伐の中で、数は少ないがそれでも物理無効やアンデッドなど物理一辺倒のディスには苦手な相手と戦った経験はある。

 その時に、ディスが取った手段は仲間を頼るでも封じるでもなく、力付くであった。

 何を持って物理無効とするのか。何を持ってアンデッドと称するのか。そのことに疑問を持ったディスが取った行動は、どこまで耐えれるのか試すというものだ。

 結果として、ディスの一撃は物理無効やアンデッドと言ったものを全否定する結果を残した。それに対しディスが残す言葉はとてもあっさりしたもので、「なんだ。効くじゃん/死ぬじゃん」というものだった。

「……シュトル」

 ザシュ。

 魔王が言い切る前に、ディスが動き一瞬の交錯のち魔王の腕を斬り落とす。

「ぐ、ぁぁぁああああああ!!!」

「さて、さっきの分も含めれば……まあ十回は殺したよな」

 力の差は圧倒的だ。

 誰が見ても魔王に勝ちは無い。

 魔王の顔が恐怖に歪む。もう最初ほどの迫力は無い。

 それを見て、ディスは獰猛な笑みを浮かべ、剣を振り上げ

「……れ」

「うん?」

 声が聞こえた」

「頑張れー!」

 子どもの声だ。

 それだけではない。

「負けんなー!」「頑張ってー!」「倒せー!」「魔王なんかに負けるなー!」「勇者様ー! 負けないでー!」「やっちまえ勇者ー!」「勝っちまえー!」

 それは市民からの応援だった。

 またも現れた魔王という存在。

 それを圧倒する勇者。

 市民から見た光景は、英雄譚の一ページのようだ。


『化け物!』


 ディスの頭の中でノイズが走る。

 それは、過去の記憶。

「ぐぅ!」

「な、なんだ?」

 突然ディスが苦しみ出す。そして、魔王がいきなりのことに戸惑う。

 ディスの頭の中に浮かぶのは、痩せこけた自分の身体。ボロ布のような服。遠巻きに自分を見る住民。恐怖に歪んだ顔。敵意の篭った視線。投げつけられる石。そして、実の両親からの拒絶だ。

 今の自分と過去の自分。自分は変わって無いはずなのに、周囲の自分への反応は正反対だった。

 その違和感に、猛烈な嫌悪感が身体中に浸透する。

「……せぇ」

「な、なに」

「うるっっっっっっっせぇ!!!」

 ディスの斬撃は街に張られていた結界を豆腐のように斬り裂き__街の一部を破壊した。


 ◯◯◯


「言え! どうしてあんなことをした!」

「…………」

 俺はあの後、魔王との戦いを放棄し家へと帰り、魔王もそのまま逃げて行った。

 そして、自室では案の定というか、クリッドが激怒していた。

「ディス! 自分が何をしたのかわかっているのか!」

「ああ、分かってるよ」

「なら!」

 俺の胸ぐらを掴んで顔の近くで怒り続けていたクリッドではあるが、急に何かに弾かれて後ろへ下がる。

「フェア! 邪魔をするな!」

「邪魔はしますよ。クリッド。あなたは誰の前で誰に手を出しているか、分かっているんですか?」

「……お前は何も思っていないのか。従うだけか、フェア!」

「思ってますよ。私が思っているのは勇者様……いえ、もう勇者ではありませんね。ディス様への忠誠と、都合のいい連中への怒りです」

「ああそうだろう。そうだろうよ。お前たちの生い立ちを考えればわかることだ。だが分かっているのか! 敵である魔王を逃がし、戦闘を放棄し、あまつさえ街を破壊するなど!」

「分かる? 私たちと同じでありながら私たちとは全く違う待遇で育ったあなたが分かる? はっ、片腹痛いですね」

「フェア……!」

「やりますか?」

「もういい! やめろ!」

 つい最近まで、笑い混じりに話し合っていた面影はもう無い。

「……私はもう行く。後始末があるのでな」

「クリッド」

「なんだ」

「魔王は聖魔石を持っていない。前と比べて大分強化されてるが、まあお前なら倒せるだろう」

 今の俺が言える精一杯。

 この状態で今何を言おうが。きっとなんの意味もなさない。

「……わかった」

 クリッドは複雑な表情を浮かべながらこの部屋を後にした。

「……少し寝る。誰もここにいれるな」

「わかりました」

 フェアは腕を掲げると魔法陣が展開され部屋の周りに防壁が張られて行く。

 それを横目に、俺は眠りについた。


 ◯◯◯


 俺の異常性が目立ったのは、俺が立てるようになってから。俺が俺という意識を確立させるより前からだった。

 俺の触るもの、握るもの、全てが破壊された。それは両親にも猛威を振るう。

 俺という意識が確立させた時には、両親はいつもボロボロで、家もツギハギだらけ。両親から貰ったのは愛情ではなく自分が異端であるという自覚だ。

 俺が生まれた村では味方などいない。誰かは俺を、魔王の生まれ変わりだと言った。

 おれはそれを、あながち間違いでは無いと思う。

 俺がこの村を後にしたのは俺16度目の誕生日を迎えてからのことだ。

 王族御用達の占術師が俺という存在を見出したらしい。多額の金とともに俺は売り払われるように城へと連れてかれた。

 村の皆は、俺が初めて見るとても晴れやかな笑顔で見送ってくれた。

 数ヶ月後、魔族に襲われてこの村は消滅した。

 それはフェアと出会った少し後のこと。

 その知らせが飛んで来た時、俺の心にはなに一つ動揺を生むことはなかった。何も思わなかった。

 俺は望まれずに生まれ、俺が育った村は僅かな時間で消滅。

 それ以来、俺は俺に優しくする存在を嫌った。

 ある二人の存在を除いて。


 ◯◯◯


「……ん」

 目を覚ます。

 少し外が騒がしい。

 寝てから、どれくらいの時間が経っただろうか。

「ディス様」

「フェア。どれだけ経った」

「寝過ぎです。一日ぐらいでしょうか」

「……え? 俺ってなんか大怪我負ってたり病気患ってたりしたっけ?」

「してませんよ。いいからご飯食べてください」

 腹からとても情けない音がする。

「……そうさせてもらう」

 台所で水をがぶ飲みし用意されていた食事をテーブルまで持って行きよく味わって食べる。

 少し減らしたところで聞いた。

「で、この外の声は」

「想像通りですよ。民衆が文句言いに来ました。自分じゃ何も出来ないくせに」

 つい最近までは民衆の肩も一応持つような発言をしてたのに、あっさりと覆すあたり苦笑せざるおえない。

 しかし、それもしょうがないだろう。

 フェアの生い立ちは、俺と限りなく酷似しているのだから。

「ディス様。外ではどうやらクリッドが魔王を倒したようです」

「流石だな」

「ええ。だから、「勇者なんてもういらない」「街に被害を出す有害な存在」「魔族より迷惑」だと自分勝手な発言を投げかけてくるのですよ。……殺してしまいましょうか」

「フェア」

「…………はい」

「俺たちはバケモンだ。だからこそ、最後の一線を引いて、そこを超えるような真似だけは絶対しないよう、約束したろ?」

「わかってますけど……わかりました」

 どうやら怒りを収めてくれたようだ。

 でもまあ、そこまで言われるとはな。いっそ清々しい気分だ。

 ……ああ、そうだ。俺は嫌われるのを好んでたんだ。

 フェアやクリッドと触れ合ううちに忘れかけてたけど、村が消えたあの時から、俺は好かれるのを嫌い、嫌われるのを好んだ。

 それを思い出すと、不思議と体は軽くなる。

「さて、と。嫌われ者の勇者はこれから何をすればいいと思う?」

「なんか楽しそうですね」

「まあな」

 フェアはもう呆れていた。好きにやれということだろう。

 しかし、俺の態度を見てどこか嬉しそうにしてるのをなんとなく感じた。

「またも倒された魔王(ラスボス)。匙を投げた勇者(オレ)。新たに生まれた英雄(クリッド)。なら、俺のやることは一つだな」

 英雄は二人といらない。

 だからと言って英雄という立場にいる気も無い。

 なら英雄はクリッドに譲る。

 じゃあ、何者でも無くなった俺がすることは?

 空いた席に座るしかない。

「俺が新しい魔王だ」

 フェアが楽しそうに笑った。

 なんだ、やっぱこいつも俺と同じか。


 ◯◯◯


 その日、ディスの後始末をするために教会と城を行き来し奔走していたクリッドの耳に、ある報告が届く。

「はぁ!? 大広場がディスとフェアに占拠されたぁ!?」

 クリッドの叫びは建物内に響いたという。


「ディス様ー。結界張り終わりましたー」

「おー。……随分早いな。たしか条件指定結界を頼んだはずだが」

「大丈夫です。ディス様のお望みの通り、例え地が割れ海が裂け天が綻ぶような一撃をくらおうとヒビ一つ入らない超々々特別製の、私の全力を注ぎ込んだ結界です! 頼まれてた条件も組み込んだので、ちゃんと区別して人を入れることも可能です!」

「あー、ちょっとやり過ぎな気もするが……いいか」

 大広場。

 街の中で最も大きい広場で、普段は人々の憩いの場となる場所なのだが、今日は事情が違った。

 ディスとフェアが占拠したのだ。故に、一般人は全員弾かれ入ることが出来ない。

 さらにこの結界は特殊で、条件指定結界と呼ばれるものだ。

 効果は名前の通り、条件内に指定された者のみが結界に入ることが出来ることだ。

 例えば《男》と指定した場合、女は入ることが出来ない。

 そしてディスとフェアはある条件を指定し、この結界を大広場を囲うように展開した。

 結界の外ではすでに大量の人が集まり、ディスたちへ不満の声を叫んでいた。

「さーて、じゃあ始めま」

「ディスーーーーーー!!! フェアーーーーーー!!!」

「あ、やば」

「クリッドですね」

 人垣を抜けて来たのは一人の神官。言わずもがなクリッドだ。

 全力で走って来たのか、服装と髪が少し乱れていた。

「お前ら! 自分が何をやっているのかわかっているのか!」

「あー、それを今から言うとこだったんだが」

「いいからこの結界を解除しろ!」

 クリッドがバンバンと結界を叩くが、当然フェアは解く気配は無い。

「却下です。これはある目的が達成されるまで解除されませんし」

「なんだと」

「まあ聞け聞け」

 クリッドは憤慨した様子を少しも隠さないが、それでも言葉を収めた。

 それを満足そうに見て、ディスは口を開く。

「俺が新しい魔王になることにした」

「………………………………」

 一瞬の静寂。

「はぁああああああああああああああああああ!!?」

 人々の叫びが街中に響く。

「どういうことだよ!」「ふざけてるの!?」「勇者が魔王ってどういうこちだよ!」「そんなこと許されると思ってるのか!」「今すぐ解除しろ!」「おふざけも大概にしろ!」

 人々が怒りをそのままに言葉にする中、怒りが一周して逆に冷静にばったクリッドの言葉がこの騒音の中でもはっきりと聞き取ることが出来た。

「……本気、なのか」

 その言葉に、ディスは笑うことで返す。

「さあ! 人間どもよ! 少し貧相だがこの結界の中こそが、言うなれば俺の城、魔王城だ! この城に入る条件はたった一つ! 《俺を殺す覚悟がある者》だ! 武器を取れ国民! この魔王ディスの首、見事取ってみせろ!」

 騒ぎは少しずつ収まり、ディスの言葉が人々の心の中に入り込む。

 そして、トドメの一言。

「一週間後。もし俺が生きていたら、その時はこの世界を滅ぼす」

 その言葉は人々を動かすのに十分だった。


 ◯◯◯


 一日目。

 つまりは俺が名乗りを上げた日。クリッドは「勝手にしろ!」と言いそのまま帰った。

 人間も混乱しているのか俺に対し幾らか罵倒の言葉を吐いた後に攻め込むこともなく去っていた。

 そして二日目。

「勇者……いや魔王ディス。キサマはやり過ぎた」

「ああ。我々を動かしたのだからな」

「……誰だ」

 黒ローブの団体様が結界の中に入る。

 入れるってことは、一応殺す気はあるってことだが……ま、俺は戦うだけだ。

「我々は王族直属の魔法部隊」

「我々の魔法、受けれるものなら受けてみるがいい!」

 そしてそのまま術式を組み上げて……って、遅っ! いや、フェアやクリッドで慣れてる俺の感覚がおかしいのか?

「フェア。万が一も無いと思うが邪魔ならんよう上でそのまま維持しててくれ」

「了解です」

 さて、くるか。

 数は……10。

「ヴォルケイノ!」

「シュトルム!」

「サイクロン!」

「アースクエイク!」

「ブリザード!」

「ボルトインパルス!」

「グランドクロス!」

「ナイトメア!」

「ディメンションスラッシュ!」

「コスモノヴァ!」

 わーすごーい(棒)。

 上級魔法の雨あられ。まー、人間にしちゃ凄い方だけど……。

 全魔法が俺に当たり__避ける素振りすらしなかったのだが__爆発が起こる。

 煙でよくは見えないが多分、かなりのドヤ顔を決めていたのだろう。

 煙が晴れた時点で、これ以上無いくらいに顔が歪んでいたから。

「ま、まだだ!」

 一人がそう言うと、十人が同時に詠唱する。

 欠伸をしながら待ってやると、少しして術が発動する。

「ブラックホール!」

「おっ」

 最上級魔法が一つ、ブラックホール。

 メテオが破壊力だとしたら、これは圧倒的な重力。

 しかし、所詮は魔力で練り上げた偽物。俺は両手にエクスカリバーとレーヴァテインを呼ぶと、軽く振った。

「なにぃ!?」

 斬撃は術の中央を斬り裂き、掻き消した。

「えーと、これで終わり?」

「ひっ!?」

 恐怖で腰が抜けたのか、その場に座りこむ集団。しかし、殺す覚悟が消えた時点で結界からは弾かれる。

 術者十人はそのまま結界の外へと転移された。

「……はぁ」

 俺の中にあったのは虚無感。

 簡単に歯向かい、実力差もわからず粋がり、簡単に覚悟を無くした奴らへの絶望……というのは言い過ぎかもしれないが、そんな感情だ。

 __こんなものを守っていたのか。

 という。


 ◯◯◯


 三日目。

 二日目と比べ多めの人数がディスへと立ち向かった。

 しかし、殆どの者が圧倒的強さの前に心が折れ強制的に弾かれた。

 四日目。

 三日目よりは少し増えた。しかし状況に変化は無い。

 五日目。

 挑む人数は減った。

 叫ぶ者は増えた。

 結界の外という安全圏からディスを罵る言葉を人々は連ねて行く。

 しかし、我こそはと挑む者は少ない。

 そして、六日目。

「よぉ。久しぶりだな」

「……誰?」

「俺だよ! お前の隣で一緒に戦ってきた」

「ああ、戦士か」

「名前で呼べよ」

「お前に名前なんてあったか?」

「おおーい!」

 過去、ディスに付きまとった戦士が来た。

 現在の戦士は魔王討伐の経歴が認められ、騎士団長へと就任したのだが、もちろんディスはそんな事を知らないし、フェアとクリッドも知っていたがわざわざ教えてはいない。

「まあ、いいぜ。仲間だった責任として俺はお前を倒さなきゃいけねえからな」

 戦士が獲物である竜骨で作られた巨大な斧を構える。

 だが、ディスはある単語に引っかかっていた。

「……仲間?」

「ああ。仲間だ」

「……えっと、悪い。誰が誰の仲間?」

「はぁ? 俺がお前の、に決まってんだろ」

 その言葉を聞き、ディスは笑った。

「お前が、俺の? マジかよ。そう思ってたのか」

「……ディス。何が言いてえ」

「何が言いたいか? 言ってやるよ。俺はお前を、仲間だと思ったことは一回も無い!」

 はっきりと言い切った。

 その瞬間、戦士は一瞬で自身の斧が一番威力を発揮出来る位置まで移動し、全身の筋肉をフルに使った一撃を叩き込んだ。

 その一撃は地面にヒビを入れ、爆発音とともに土煙が舞う。

 人々は戦士の勝利を確信した。歓声を上げ、思い思いに喜び合う。

 だが、土煙が晴れていくとともに歓声も消えていく。

「な……に」

「俺が仲間だって認めたのはフェアとクリッドだけだ。自分の力を過信し、出しゃばり、勝手に死にかけるお前ははっきり言って邪魔者以外何者でも無かった。お前が横にいるせいで殺さないよう力だってセーブしてやったんだ。分かるか? 魔王討伐にお前が役立ったことは、一度も無いんだよ」

 淡々と事実を伝えて行くが、戦士の耳には届かない。

 驚愕に目を見開き、信じられないとさらに力を込める。

 ディスはため息とともに斧の刃を掴み、握りつぶす。

「っ!?」

「まっ、最後まで残ってたのは褒めてやるよ。途中退場が殆どだったからな」

 気の抜けたようなパンチを放ち、それをくらった戦士はジェット機のように空中を飛び、はるか後方の高い建物にぶち当たった。

 人々は声を出すことも出来ない。

「はぁ。こんなもんか。お前もそう思うだろ? 斥候」

 ディスがそう呟くと、背後から刃が伸び、ディスの首元を狙う。

 しかし、刃は刺さらない。薄皮一枚どころか、逆に刃が欠けている。

「っ!!!」

 驚いた顔をした斥候は反射的に後ろへと下がるが、ディスにその首を掴まれる。

「まぁ、特に言うことも無えんだけど、なんかあるかお前?」

「……ふん。俺のことも仲間だとは思ってないのだろう?」

「ほぉ。流石だな。暗殺スタイルとしてはやっぱ相手の機微を気にしちゃう感じか?」

「そうだな。お前が俺と戦士を見る時の目がフェアとクリッドを見る目と比べて全く違うからな」

「あー、分かるか?」

「まあな」

「お前も冷めたとこがあるからな……。で、もういい?」

「暗殺は一撃必殺。失敗したらあと終わり。さっさと終わらしたらどうだ」

「そんじゃお言葉に甘えて」

 そして斥候もまた、はるか遠くへ吹き飛んで行った。

「……さて。次はいるか?」

 この日。これ以降の挑戦者はいない。


 ◯◯◯


「クリッド様」

「どうした」

 私は教会内にある専用の個室でディスのせいで起きた問題の後始末、主に書類仕事をしていた。

 そこに来たのは全身黒装束の男。ディスみたいな私服のような感じではなく。無駄を省いたような服だ。

 この男は斥候(ブラン)率いる暗殺部隊の一人だろう。

 きっとディスはこの組織のことも、またブランという名も知らないだろう。

「ブラン隊長とアクス団長がやられました」

「……そうか」

 ディスはブランを斥候、アクスを戦士と呼び続けていた。

 それでもマシな方かもしれない。奴は、関わりを持たない奴の顔は全部同じに見えるのだから。その時だけ覚え、あとは忘れたということもある。

 しかし、逆に言えばそれだけディスにとってこの世界は、現実は希薄だったということに他ならない。

 そして、明日が終わればディスが動き出すというのに今だ後始末をし続ける私も、この現状を直視していないのだろう。

「クリッド様。大変失礼ですが。ディスを殺してもらってはいけないでしょうか」

「ころっ」

 すんでのところで抑えた。

 ディスはもはや人類の敵だ。また、それに従うフェアもだ。

 その二人が明日が終われば動く。しかも、一人で軽々と最上級魔法を使いこなすフェア、そして最上級魔法を上回る一撃を軽々と繰り出すディス、この二人が動くのだ。

 冗談抜きで、世界は一日もあれば滅ぶ。

 しかもフェアが張った条件指定結界の条件は《ディスを殺す覚悟のある者》。つまり、ディスたちを止めるには殺すしかないのだ。

 彼はそれをわかっているし、そもそも感情を殺し必要なことだけを話すのが彼ら暗殺部隊だ。

 ディスは曲がりなりにも勇者で、五聖と称された魔王討伐パーティのうち二人は倒され、一人はディス側。残って動けずにいるのは私だけ。

 彼が私に「ディスを殺せ」と言うのも当然だ。

 しかし、

「……考えておく。下がれ」

「時間はもうありません。ご決断を急がれてください」

 そう言って彼は消えた。

 ずっと溜まっていたモヤモヤを吐き出すようにため息を付き、壁に飾られた《それ》を見る。

 幼い頃からの私の獲物で、手に馴染むほど降り続けてきた武器。魔王討伐では数える程しか振らず、ブランとアクスを死なないようカバーするため魔王戦では結局抜くことすら叶わなかった愛剣。

 そして、ディスと対等になるための条件。

 それを、私を仲間だと認めてくれたディスに対し、本気の殺意を持って向けることが私に出来るのだろうか?

 答えは今だ出ない。


 ◯◯◯


 運命の七日目。

 すでに昼を過ぎ、挑戦者はいない。

「ふぁ〜、暇だなー」

「挑戦者。いなくなっちゃいましたねー」

 相変わらず外野だけは増え、その威勢の良さには苦笑が漏れる。

 しかし、外野にも変化が現れた。

「あ、ディス様。あれ」

「ん? ……あれは国王か?」

 周囲とは一線を画する豪華な衣装を身に纏った髭もじゃ。頭には金ぴかの王冠。

 うん、国王だ。

 国王の登場に動揺が広がり、シン、と辺りが静まる。

「ディスよ。久しぶりだな」

「あー、そうだな。魔王討伐ぶりか」

「そうだな。あの謁見以来だ」

 世間話をするように話し始める国王。俺も乗っかってやる。

 だが、本題は違うだろう。

「さて、本題に移ろう」

「聞くだけ聞いてやるよ」

 俺の態度に、またも外野が騒ぎ始めるが、国王はそれを片手で制す。

「ディスよ。今すぐ結界を解いてはくれないか」

「やだね。解きたきゃ殺せ。この結界内に入ってな」

 予想出来た内容だ。即答で返す。

「しかしディスよ。お主も一週間、食わず飲まずで大変だろう? どうだ。我が城で晩餐会でも」

「あの見た目だけ麗しい料理よりフェアの中身ある料理の方が美味えよ。それに、食事ならそのフェアが運んでくれてる」

 周囲の目がフェアに集まる。

 フェアは怯むどころか逆に楽しそうにその場で一回転しては片手を掲げ、空間に穴を空ける。そこに手を突っ込むと、中からはほかほかの料理と水が出てくる。

 光属性と闇属性を混ぜた空間に直接作用する中級魔法だ。同属性だと初日の術者が使っていたディメンションスラッシュあたりだろう。

 簡単に言えば四次元ポケットだ。

「なるほどのう。なら便はどうする」

「四次元空間にポイに決まってんだろ言わせんな恥ずかしい」

 軽い下品なネタでも混じらせながら互いに笑いあうが、おいおい国王。目が笑ってねえぞ。

「そうかそうか。なら」

「いい加減本音言ったらどうだ。今すぐ必殺のレーザーを四方から食らわせたいのですが結界が邪魔なので解いてください、てな」

 国王の表情が驚愕に変わる。

 隠れているようだが俺は斥候の気配にだって気付く。少し離れたぐらいでは意味が無い。

 隠れた先ではなんか大仰な物を構えた奴が複数人、俺を囲むようのいた。持っているのは多分、形状からした強盗犯が使っていた奴の強化版だろう。

「この結界内に入る条件は俺を殺す覚悟だ。結界の外からなんてそんな卑怯な真似は許せんなあ」

「ふ、ふん! どうせビビっているだけだろう!」

「手のひら返し早えな……。ま、いいぜ。ビビってるって思っても。じゃあそっちはあるんだろうな? どんな魔法や斬撃打撃受けようと、決して傷を負わなかった俺を殺せる確信が」

 初日に俺は最上級魔法ブラックホールを叩っ斬っている。

 それを確認した上でやろうとしてるなら、大した自信だ。

「ぐ、ぐぐぐ」

「万策尽きたか?」

「……くそっ!」

「そんな! 王様!」

 国王は結局その場から去って行った。

 残った奴らから悲痛な叫びが出る。

 そんな誰もが諦めムードになった時__一人の挑戦者が現れた。

「ほぉ……これは小さな挑戦者だ」

 俺の目の前に立つのは、明らかに剣の重さで立っているのがせいぜいの幼い子どもだった。

 しかし、目は本気で、この結界内にいるってことは、こいつにも殺す覚悟あるってことだ。

「これ以上……みんなをいじめるな!」

 その言葉は、それこそ勇者のようだった。

「やめなさい! コル! 戻ってきて!」

 今度はなんだと声のした方向に目を向けると、そこにはまだ若さの残ってる女性がいた。

 この子の親だろうか。

「おい坊主。呼ばれてるぜ」

「うるさい!」

「コル! お願い! やめて!」

 その悲痛な叫びを聞いてか、外野も失いかけてた熱を取り戻しヒートアップする。

 しかし、結界内に踏み込む__踏み込める者はいない。

「どうした。斬りかかってこいよ」

「う……わあああああああ!」

「コルーーーー!」

 コルという少年が全力で叩きつけた剣は、当然ながら俺を斬ることはない。

 しかし、目の前の少年は諦めることなく懸命に叩きつける。

 俺は剣を掴むとコルごと持ち上げた。

「は、離せ!」

「ほいほい。離しますよっと」

 出来る限り手加減して山なりに飛んだコルは、結果内と外の境界付近に落下した。

 大人ならともかく、子どもなら少し高いところから落ちるだけでも十分苦しいだろう。

 だが、目の前のコルという少年は

「う、ぐぅぅ」

 立ったのだ。

 こんなお祭り騒ぎみたいな状況だ。子どもだって戦いを見る機会はあったはずだ。

 だが、コルはそれを知った上で、ここにいる。

「コル! コル!」

 母親と思われる女性はコルの元へ駆けつけるが、結界という名の壁が腕一本分の距離を阻む。

「解いてよ! 解きなさいよ!」

「おいクソがぁ! 解けよ卑怯もん!」

「子ども相手に恥ずかしくないの!?」

「こんなこといつまで続けるつもりだ!」

 ああ、正論だ。正論だとも。

 だが、俺が望む答えは無かった。

「だったら! お前らが入って来いよ!!!」

 俺の怒声が外野の声をかき消す。

 もう、我慢の限界だ。

「こんなひ弱なガキだって入ってこれた! 五聖だとかっていう戦士と斥候だって俺に倒され、数々の魔法をものともしなかった俺に、このガキは立ち向かってんだ! それなのになんだテメエらは! 外野でただただ騒ぎ立てやがって! この結界内に入る勇気も覚悟も無え奴は黙ってろ!!!」

 手近にあったエクスカリバーを掴み、力任せに振った斬撃は結界内の地面を深々と抉った。

 威力は見るだけでわなるだろう。コルの表情も恐怖に歪む。

 だが、弾かれる事は無かった。

 結界内にまだいる。そして、こちらに向かおうとする。

 俺を殺す覚悟を持ち続けている。

 大したものだ。

「本当に大したものだ」

 凛とした声が響く。

 誰もがその声の出処へ目を向けた。

 俺も、また。

 人は勝手に道を開いていく。そいつは開いた道を堂々と歩いてくる。

 その迷い無き足取りは、結界内にまで及んだ。

 コルの頭に手を置いた。

「君に覚悟は私が受け継ぐ。君はもう休め」

 そう言うと安心したかのように、眠りについた。この短時間でかなりの体力を消費したのかもしれない。

 コルを抱えてそいつは親のところまで運ぶ。何度も頭を下げ礼をしていた。

 きっと俺が同じことをやっても、反応は真逆だったろう。

 そう思うと、少し寂しいかもしれない。それも今更か。

 そいつはこちらを見据える。

「ディス……」

「待ってたぜ。クリッド」

 俺は空いている手でレーヴァテインを掴む。

 クリッドもまた、愛剣を引き抜いた。

 見たことがある。あの剣は、あいつが俺と同じステージに登るための条件だ。

 つまり、あいつも本気だ。

 剣を引き抜き、切っ先をこちらへと向ける。

 細い刀身だ。だが、そこからとてつもない威圧感を感じる。俺でも折ることは厳しいだろう。

「ここにいるってことは、そういう事だろう?」

「ああ__お前を殺しに来た」


 ◯◯◯


 国王からの依頼書が来た。

【乱心した勇者ディスの暴挙を止められるのはもはやクリッド殿しかいない。そなたの力を持って勇者ディスを止めてくれ】

 概ねこんな感じの内容だ。

 だが、

「それが出来れば苦労はしない」

 大きな溜息とともに呟く。

 ディスとフェアは私にとって初めてにして唯一の対等の立場で話せる仲間であり友人だ。

 そいつを殺せと言われても、無理だ。

 ディス自身が言った「一週間後。もし俺が生きていたら、その時はこの世界を滅ぼす」という言葉も、まるで現実味の無い夢のように感じてしまう。

 あいつが本気なのはわかっている。

 それでも、体の何処かがふわふわしたような、心と肉体が離れたかのような、いわゆる現実逃避なのだろうがその感覚が抜けない。

 __本当に、明日には滅ぼすのだろうか。

 とりとめのない思考はいつしか自分の意識すら飲み込んで行く。

 自分が今どういう状況なのかすらわからない。

 わかっているんだ。

 ディスがなぜこんな事をしたのかも。

 フェアがこんな事に付き合っているのかも。

 私は今だに決められずにいる。


「……あれ?」

 ……いやまぁ。なんだ。

 心と肉体が離れたかのようなとは思ったが、気づけば大広場に来ているってどういうことだ。

 無意識にここに足を向かわせるとか、私はいったいどうなってるんだ? 道中の記憶がまるでない。

 しかも手にはしっかりとあの剣が握られていたし。

 ……無意識では、戦おうとしてたのだろうか。

「どうすればいいのだ……」

 いつまで経っても動けずにいると、ざわめきが起こった。

 なんだなんだと視力を無意識に強化し、大広場へと視線を向けた。

 思わず息を飲む。

 __まだ全然子どもではないか!

 10に満ちるかといった具合の子どもがそこにはいた。

 剣を持ち、明らかに振り回されているのは自分の体の方なのに、それでもディスに向かっていく子ども。

 ディスの肉体にそんな攻撃が効くはずもなく、弾かれる。

 周りからはディスへの文句が飛ぶ。卑怯者だとか、そういう単語が飛び交う。

 しかし、

「だったら! お前らが入って来いよ!!!」

 その叫びは、周囲を黙らせた。

「こんなひ弱なガキだって入ってこれた! 五聖だとかっていう戦士と斥候だって俺に倒され、数々の魔法をものともしなかった俺に、このガキは立ち向かってんだ! それなのになんだテメエらは! 外野でただただ騒ぎ立てやがって! この結界内に入る勇気も覚悟も無え奴は黙ってろ!!!」

 耳が痛い。

 本当にそうだ。

 あんな子どもが立ち向かっているのに、どんなに力の差を見ても諦めない子どもがいるのに、


 何が五聖だ!


 何が勇者パーティだ!


 何がディスの仲間だ!!!


「本当に大したものだ」

 もう迷いは無かった。

 私は迷い無く歩を進め、結界内に足を踏み入れる。

 子どもを親と見られる女性の元に届け、ディスに向き直る。

「ディス……」

「待ってたぜ。クリッド」

 私は愛剣《村正》を引き抜く。

 ディスもまた、レーヴァテインを抜いた。

 右手に正義(エクスカリバー)。左手に(レーヴァテイン)り。

 ああ、そうだ。いつだってお前は自分自身を貫いた。

 良くも悪くも、一貫した行動を取り続けて来た。

 今にしてようやく気付いた。

 なぜ自分を魔王と称したのかも。

 なぜ結界内に入る条件を《ディスを殺す覚悟のある者》にしたのかも。

「ここにいるってことは、そういう事だろう?」

「ああ__お前を殺しに来た」

 お前は__死にたかったんだ。


 ◯◯◯


 剣と剣がぶつかるごとに結界内では地を揺るがすのような衝撃が続く。

 結界の外側に漏れることは無いが、間近で見る人々にその戦いの壮絶さがわかった。

 結界内で戦う両者の姿はもはや視認不可能なレベルへと達し、微かに水色の軌跡と黒と白が入り混じった軌跡が見えるのみだ。

 三色の輝きが重なる時、そこには火花が飛び散る。それがほぼ同時に数カ所で現れ、それはさながら芸術のようだ。

 しかし、《準備運動》もこれで終わり。再び両者の姿が現れる。

「鈍ってないようだな。村正の能力の《エクステンド》。肉体の限界値を上昇させる。普通の奴ならあんま意味は無いが、肉体強化を極めてるお前ならその能力で俺と同じステージに上がれる」

「お前も相変わらずだな。敵が弱過ぎて大した戦闘訓練も出来ず、身体能力のみで戦うような型破りな戦い方。一般人なら道半ばで死んでいる。スライムキング相手に素振りの練習をしていたのが懐かしい」

 友人同士が気軽に雑談するかのように会話する二人。しかし、体からほとばしる殺気は本気そのものだ。

 外野は息を飲み、ただただ勝負の行方を確かめていた。

「……シッ!」

「っ!」

 ディスが動いた。

 踏み込みで地面が割れ、次の瞬間には姿がぶれ、気づけばクリッドの懐に入っていた。

 しかし、クリッドも反応する。

 ディスの動きに合わせ僅かに後ろに下がり、空間を作る。

 下から跳ね上がるような斬撃を丁寧に逸らしていく。

 だがディスはさらにもう片方の剣で挟み込むようにクリッドの体を捉えた。

「ボム!」

 瞬間、地面が爆発する。

 クリッドの本来の戦いは後方支援でも、肉体強化による肉弾戦でもない。魔法と剣を織り交ぜた魔法剣だ。

 ディスもそれを理解はしていたが、下級魔法を使うことは完全に予想外であった。

 立場が不安定になったせいで斬撃の威力、速度ともに落ちたディスの斬撃をクリッドは弾き、逆にカウンターの一撃を入れた。

 ディスの体から血が溢れた。

「痛ぅ!」

「はぁぁあああ!」

 追撃の一撃をディスは技も無く純粋な力のみで受け止めた。

 衝撃は体を抜け地面へと伝わり、結界内の地面がひび割れる。

 ズシン、という衝撃は外側にも伝わり、叫び声もどこからか聞こえる。

 両者は鍔迫り合いの状態になり、互いに力を加え続けた。

「……体に傷を負ったのはいつぶりだろうな。魔剣将軍以来だっけか」

「そうだったな。お前がレーヴァテインを欲しがったのも、自分を斬った剣だったからだな」

「ああ。けどそれだって油断からで、あとはエクスカリバーで一刀両断だったけどな。俺が全力でやってその上で傷つけたのは、お前が初めてだ」

「お褒めに預かり光栄だ」

 両者は互いに睨み合う。

 手には力が込められ、一瞬でも気を抜けばその瞬間に斬られるということは、すでに気付いている。

 しかし、この時出来てしまった空白の時間は、クリッドに考える余地を与えてしまった。

「どうしたクリッド! 迷いが出てるぜ!」

 ディスはそう叫ぶと同時に、全身に力を込め、クリッドを吹き飛ばした。

「ぐぅっ! トルネードブラスト!」

 クリッドの手のひらから風の奔流が走り、ディスへと向かう。

 しかしディスはそれを物ともせず、一振りで打ち消した。

「まさかまだ、ここにきて説得なんて考えてるんじゃ無えだろうな!」

「うるさい!」

「言葉に力が無えぞ!」

「っ!」

 ディスは再びその姿がぶれ、超高速による攻撃を開始する。

 クリッドは四方八方から飛んでくるように繰り出される斬撃にただただ対応するしか出来ない。

「俺は覚悟を決めた! フェアも覚悟を決めた! じゃあお前はいつになったら覚悟を決めるんだ!」

「わた……しは!」

「俺は魔王でお前は新しい英雄だ! 英雄だったら何をすべきか、わかってるだろ!?」

「好きで、英雄なんぞになるものか!」

「好き嫌いじゃない! お前は力を持っている! 紛れもない英雄だ!」

「私は! ただ……お前たちと!」

「クリッド! 周りを見ろ!」

 クリッドは一瞬、周りに、結界の外に意識を向けた。

 そこには、自分を応援する声援が溢れていた。

 ついこの前、ディスに向けられていた声援が、ディスが嫌った声援が自分に送られる。

 それはどこか、心地良ささえ感じさせる。

 クリッドの心に、何なが刺さったかのような痛みが走る。

「俺が受け入れられ無かった声だ! お前はどうだ!?」

「____」

「お前は受け入れた! そうだろう!?」

「____」

「気づけよクリッド」

「__やめろ。言うな」

 ディスはクリッドの静止も聞かず、言葉を紡いだ。

「《俺とお前は全く違う世界の住人だ》!」

「やめろおおおおおおおおおおお!!!」

 クリッドの中で唯一ディスと自分を繋ぎとめていたもの。

 それは、立場だった。

 同じく強大な力を手に入れた存在。他の追随を許さない絶対的な力の保有者。

 それがクリッドにとって、ディスと繋がれる部分だった。

 しかし、その繋がりはディス自身の手によって壊された。

「同じ力を持っていてもお前は望まれ俺は疎まれた! フェアもだ!」

「それ以上言うな!」

「そもそも前提が違ったんだ! お前は俺たちとは違う! だからこうやって戦ってるんだろう!?」

「やめろ、やめろ!」

 クリッドの中で、何かが崩れていく。

「さあこれが最後だ。クリッド」

「っ!」

 ディスの斬撃は一瞬の不意を付き、クリッドの右腕を斬り飛ばした。

「__あ」

「お前が俺を殺さねえなら、俺はお前を殺すぞ」

 本気だった。

「あ、あ……」

 クリッドの中で、何かが弾けた。

 それは、生への執着か。

「ディーーーースーーーーーー!!!」

「クリッドーーーーーーーーー!!!」

 両者が交わった時、莫大な衝撃が爆発とともに結界内を埋め尽くした。


 ◯◯◯


「でぃ、ディス…………」

「……ま、さすがだな」

 爆発によって舞った砂煙が少しずつ晴れていく中、ほんの僅かに飛んでいた私の思考は回り始め状況を整理し始めた。

「あ……あ……」

「お前なら、殺してくれるって思ってたよ」

 何が起こったのかわからない。

 しかし、あの一瞬の交錯でディスのエクスカリバーとレーヴァテインは折れ、私の村正はディスの左胸を深々と貫いていた。

「いやはや、まさかこんなとこで武器の性能に頼ってメンテしないツケがくるとは」

「バカか! すぐ回復を」

 しかし、そこで紡いだ。

 __ディスは死ぬ気だった。

 __その意図を組んだのは他ならぬ私だ。

「回復すんのは、お前の方だバカ」

「……あ」

 そう言われても、すぐには何のことか気づけなかった。

 ただ。いろいろな事が一度に起きたせいで麻痺していた頭に正常な信号が送られると、右腕に激痛が走る。

「ぐぅっ!」

 思わず柄から左手を離し右腕を掴むと、無茶苦茶に回復魔法をかけた。

「ホント、お前は一つの物事にしか集中出来ねえよな」

「ディスに、言われたくは!?」

 そこに、体に新たな重みが加わる。

 ディスの体だった。すでに相当血を流している。

 こうやって喋れているのが不思議なくらいだった。

「あはは。さすがにもう、力入んね」

「バカが! 本当に、本当に大バカ者だ!」

 本当にこれしか無かったのか。

 他に方法は無かったのか。

 だが、それを聞くにはあまりにも遅く、そして無意味だ。

 なぜなら、このディスという男は、大事なことは全部勝手に一人で決めてしまうから。

「ああ、そうだ。だから、最後にもう一つバカをする……。フェア!」

「何を!?」

 急速に視界が遠ざかる。

 気づけば、結界の外だ。

 フェアに弾かれた。

「フェアーーーーーー!!!」

「これが、ディス様の意思です」

 治療をやめ強化した肉体で何度も結界を殴る。しかし、今の私には村正がない。

 どんなに頑張っても、人並みの出力しか出ない。

 何度殴っても、手が出血しても壊れない。

 周囲からの静止も入り、ついには何も出来なくなった。

「ディス! フェア! ふざけるな! こんな幕引きなど認めんぞ! 二人とも私が纏めて引導を渡してやる! だなら今すぐ出てこい!」

「はは、怖い」

 そこには満身創痍で疲れきったかのような笑みを浮かべるディスがいた。

 出血はおびただしい量となり、子どもたちが泣きはじめる。

「さあ、これで最後だ」

 ディスが大きく息を吸い、叫ぶ。

「人間よ! これが魔王の最後だ! その力を! 恐怖を! 死ぬまで覚えているがいい! __ざまあみろ!」

 最後の最後で口から血を大量に吐き出し、フェアがそれを支える。

 一瞬、二人の目線が私に向けらていた気がした。

「フェア」

「はい__最上級魔法、ソウルエクスプロージョン」

 魂爆発(ソウルエクスプロージョン)

 それは、自身の魔力全てを爆発力に変え、自分そのものを爆弾と化す自爆魔法。

「ディスーーーーーーーー!!! フェアーーーーーーーー!!!」

 私の伸ばした腕は、結界という厚さ何mmとない壁に阻まれ、二人に届くことは無かった。


 ◯◯◯


「……ふぅ」

 時刻は昼。

 クリッドは手元にあった書類に判を押すと、体をほぐすように伸ばした。

「これで、あいつらの尻拭いは終わりか」

 誰もいない部屋でクリッドは、零すようにそう言った。

 あの事件から一ヶ月が過ぎた。

 各国からたくさんの声が届き、外交上での問題が多発。

 街も魔王戦でディスが残した斬撃によって倒壊した建物やアクスとブランが投げられた先でぶつかった建物などの修復に意外と時間がかかった。

 それら全ての問題を率先して解決していったのは、他ならぬクリッドではあったが。

「お前らの尻拭いはいつも私だ。そうだろう? などと言っても、答える者などいないがな」

 そう言って、部屋の隅にある宝箱へと目線を向けた。

 ディスとフェアが起こした事件の中で直さなかった場所がある。

 それは何を隠そう大広場だ。

 自爆魔法によって巨大なクレーターと化した大広場は、クリッドの職権乱用でそのままにしたのだ。

 表向きは《勇者であり魔王であるディスへの恐怖を忘れないようにするため》という、半ば強引のものではあったが。本当の理由は《ディスとフェアがいたという証拠を残すため》である。

 その他にも、クリッドは自分の部屋の隅にある宝箱の中に、エクスカリバーとレーヴァテインの残骸を入れていた。二人がいたという証拠を残すためだろう。

 それでもいつかはそれは消える。

 国は若い世代へと受け継がれて行き、何百年も経てば大広場も直され、エクスカリバーとレーヴァテインも回収されるだろう。

 これが自己満足でしかないことに、クリッドは気付いていた。

 しかし、やらずにはいられなかった。

「……お前らは、私たちに何を伝えたかったのだ」

 ディスが最後に起こした魔王事件。

 それは自分の存在を知らしめるためか。

 それともクリッドを英雄にさせるためか。

 はたまた全く別の理由か。

 疑問は尽きない。

 クリッドは無意識に斬られた右腕を左手で掴んだ。

「ディス……」

 不意に、扉が叩かれる。

「クリッド様。会議の時間です」

「そんな時間か。わかった。今行く」

 知らせを受けて、すぐに会議室へと向かう。

 その途中、ふと廊下の窓から空を見上げた。

 なんてことはない。いつもある空だ。ここ最近は雨も無く、鮮やかな青が空を覆う。

「クリッド様?」

「ん? ああ、すまない。空に見惚れていた」

「空に、ですか?」

 使者は空を見るが、いつも見る風景のどこにそんな要素が? と首を傾げる始末。

 クリッドは苦笑する。

「なんでもない。早く向かおう」

「はい」

 そして再び歩き出す。

 __ディス。フェア。私はまだこの世界を見ていようと思う。お前たちが好きになれなかったこの世界を。

 __そして、死んであの世で会ったら思い切り自慢してやるんだ。「あの世界には私たちが本気を出したって届かないものがたくさんある。私はそれをたくさん知ったんだ」と。

「クリッド様?」

 また足を止めていたらしく、声をかけられた。

「ああ、すまない」

 そして少し考え、クリッドは続ける。

「旅に出るか少し考えていた」

「そうですか。旅に……えええ!?」

 あまりの驚きようにクリッドはまたも苦笑する。

 横から必死の静止の声をかけられるが、クリッドは全て無視しどこから回るか脳内で地図を作る。

 先に逝った友人への自慢話を増やすために。

これで以上となります。

突発的に思いつき書いたため、設定が甘いところもあるかと思います。

文章自体が拙いため上手く書けたかわかりませんが、少しでも楽しんでもらえたらと思います。

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