友との語らい
9話目です。
この時既に、グロリアスが顔を見せていた。
マーレットに話しかけるグロリアス。
「今の人形女性とエリザベル…、どっちがステキ?」
思いがけない質問をされてマーレットはキョトンとなった。
「ええー? どっちて…」
「彼女は人形管理局の登録番号240号。マーレットが231号…つまりエリザベルを引き取ってから1ヶ月後に、市内のフリーラム学園の理事長夫人に引き取られたの。
それからビアンカって言う名前が付けられて、ずっと幸せに暮らしているのよね」
マーレットはなるほどってうなずいた。
「とてもステキな人形ね? 品も良さそうだし、幸せに暮らせるかもね」
自分の席に座るマーレット。
グロリアスはマーレットの相席に座り、荷物を自分の足元に置いた。
「キレイだし純情だし、ご主人様思いの利口な人形だもんね。エリザベルの場合はどうなのかなぁ?」
確かにそうだとマーレットは思った。
ビアンカと接した時、ステキな印象を受けたからだ。
自己中心で身勝手、その上凶暴なエリザベルとは大違いなのは一目瞭然である。
マーレットはエリザベルの悪口を言おうとしたが、急に感情が抑えられる気持ちになってしまう。
「え、エリザベルだって、ビアンカには負けてはいないわよ」とついつい、嘘の言葉が出てしまう。
席に座るマーレットをグロリアスはジッと見つめた。
(それって…、本当の気持ちなの?)
グロリアスは相席に座り、同じようにコーヒーをオーダーした。
マーレットが話しを進める。
「ねぇ、グロリアス。私に何か預かって欲しい物が有るって言ってたわね?」
グロリアスは足元に置いていた紙の手提げを取ると、中から箱を取り出した。
「これ、なんだけどね」
箱の蓋を開けたグロリアス。
中身は何と、可愛い女の子の人形。
金髪のストレートロングが良く似合う、目がパッチリとした可愛い人形である。
マーレットは目を見開き、人形をジックリと眺めた。
人形は身長約20㌢ぐらいの大きさだろうか?
丸い台座の上に立って、顔をややうつむき加減で両手を上げたポーズを取っている。
「人形生物じゃ、ないわよね?」
「リビングとかにインテリアの1つとして飾って置くただの人形よ。名前はローズマリーと言って、亡くなった母の形見なの」
「このローズマリー人形を預かってくれって言うのね?」
「電話で話した通り、ウチの自宅屋敷をリフォームする関係でローズマリーを置いておくと壊されちゃうかもしれないからね。お願いだから、1週間ばかり預かってくれなーい? お願い」
「グロリアスがそこまで言うんだったら…」
最初はマーレットは、ローズマリー人形を預かる事を拒んだ。
エリザベルに見つかってしまえば取り上げられるか、下手をしたら壊されるかもしれないからだ。
でも友人であるグロリアスから合掌ポーズで頼まれたりすれば嫌だとは言えないだろう。
マーレットは仕方なくローズマリー人形を預かる事にした。
「ありがとう! 恩に行きます! そうそう! コレをアンタにね」
「今度はなーに?」
ビニル袋に入った品物を受け取ったマーレット。
中身は洒落た柄をした上質な木の箱に入ったチョコレートである。
形も色も様々で、見ただけでも食欲がそそられそうだ。
「ウルッドチョコの新しい商品よ」
「ウルッドチョコって言えば、一流の菓子職人が作る老舗の高級ブランド品じゃなーい。
結構、高かったんじゃないの?」
「チョコその物は来月になって店頭に並ぶんだけど、昨日のプレ販売で抽選ですっごく安く手に入ったのよ。応募数もかなり有ったみたいだし、運が良かったわ。
コレをアンタにあげちゃうから食べて」
「ありがとう。でもイイの? グロリアスの分はないんでしょう?」
「私の分も買ってあるから大丈夫」
マーレットはグロリアスの好意でチョコを受け取った。
マーレット自身、チョコは大好物だから大感激なのだ。
ウルッドチョコの話題でグロリアスと盛り上がっていた時だ。
テーブルに置かれているローズマリー人形がゆっくりと首を動かし、自分の方に目を向けてるなんてマーレットは気付かない。
ローズマリー人形はマーレットの顔をジッと見つめ時折、まばたきをしたりした。
間を置いて、マーレットはため息を付いた。グロリアスが話しかけて来る。
「どうしたの? 何か心配事?」
「この前の在宅調査。あの事が気になっちゃって」
「ああーあれ? ボレロ主任から厳しく注意されたから?」
「ボレロ主任さんの様子はどう? 怒ってた?」
苦笑いするグロリアス。
「局に帰ってからもね、ずーっとカッカしっぱなし。成績が期待していた通りの結果じゃなかったから、余計頭に来ているみたい」
「私のせいだわ。私って、人形ヘルパー失格かしら?」
「そんな事ない。マーレットはマーレットなりに、一生懸命やってるんでしょう?」
「うん、まあ。でもあんな結果だったら、ちゃんとやってるって思えないわよね?」
「エリザベルはちゃんと、子供たちの面倒は見ているんでしょう?」
「あのコ、ステキなママぶりを発揮して結構頑張ってる」
確かにそうだ。かなりの過保護で子供人形に接している事は今は伏せておく。
「なのに食事での基本的なマナーとか、初歩的な読み書きや計算とかが出来ていない。
何だか認識にズレが有るみたいだけど。これって、どう言う事?」
「だから私のせいだって。ちゃんと指導しなかったのが良くなかったんだから」
「あまり、自分を責めちゃダメ。マーレットって、昔からそう言った自分を卑下する悪いクセが有るんだから」
「ウチの場合は子供人形を養育する上での最低レベルにも達していないのよ。
人形ヘルパーとしての責任は重大だし、任務を真っ当していないって言えるじゃない。
だからどうしても、自分を責めちゃう」
「マーレットも色々と大変みたいね? あんな人形たち相手に」
グロリアスが同情してくれる。マーレットとしては有りがたい事である。
「自ら志願した人形ヘルパーの仕事だから、大変だって事も承知の上よ」
社会的責任が重い人形ヘルパーには自ら志願した。
グロリアスから人形生物たちの話しを聞いた上、人形管理局の養護施設で暮らす人形生物たちの健気な姿を見てマーレットは志願するようになったのだった。
「そうかもしれないけど、それでも大変だと思うわよ。随分と苦労しているみたいじゃないの? エリザベルとは、上手くやってる?」
マーレットは間を置いた。今までの事を言おうと思うのだ。
ところがである。
「まあ、何とかね…」
「ホントに?」
「ホントよ」
やはり、本当の事を話そうとすると無意識にブレーキが掛かってしまう。
背中に残っている魔の焼印のせいかもしれない。
グロリアスはこれ以上、深くは追求しない事にした。
エリザベルや子供人形たちとの関係で何か問題を抱えているって事をマーレットは隠している。
人には言えない重要な事だろうか?
ストレートに問い詰めても無理だと思うから、ここはやはり奥の手を使うのが賢明だろうとグロリアスは思った。
続きます。