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初めての夜だけど…

 4話目です。

 初めての子供人形に家の中が明るくなった。

 でもそれは、マーレットにとっては地獄の始まりでもあるのだ。

 そして…

「愚カ者、座リナサイ」

 エリザベルに促されて、マーレットは身体を震わせながら椅子に腰掛けた。

 全身アザだらけで、腕や顔は腫れ上がって血だらけになっていた。

 エリザベルとは目さえも合わせられず、マーレットは怯えながら下を向いた。

 エリザベルは威圧的な態度で立っていた。

 衣類の内側、懐にはキディが抱かれている。

 マーレットの傍に歩み寄ったエリザベル。

 いきなりマーレットの頬を何度も平手打ちした。

 勢い余ってマーレットは床に転げ落ちてしまう。

「エリザベル! いったい! どう言うつもりなのぉー!」

 マーレットは泣きながら立ち上がり、再び椅子に腰掛けた。

「人間ノ分際デ、コノ聖ナル私二、馴レ馴レシクスルトハ言語道断。絶対二、許サナイ。可愛イ、キディヲ、イジメタ事モ、許サナイ」

「アナタ、なーにワケ分かんない事言ってるのッ!? 頭、どうかしているんじゃないのッ!?」

「黙レ! 黙レ黙レ黙レ!」

 エリザベルは傍の椅子を手にすると、マーレット目がけて何度も叩きつけた!

「え! エリザベル!」

 マーレットは頭や顔中血だらけになり又、勢い余って床に転がり落ちた。


 エリザベルはマーレットを見下すような威厳的な態度で話しかける。

「ヨク、聞キナサイ。私ハ、気品溢レル、高級人形。子供タチ、世界一優秀デ、素晴ラシキ宝物。ソレニ比ベ、オ前ハ、愚カデ、何ニモ出来ナイ、下等ナ生キ物」

 私が下等な生き物!? 自分の力では何にも出来ない人形が何をほざいてるのかしら!?

 マーレットの心境は益々、穏やかではなかった。

「自分が一番偉い。言いたい事は分かった…」

 ガツーン!

 いきなり、マーレットの顔面を蹴飛ばしたエリザベル。

「言葉ヲ、慎ミナサイ! 私ヤ、可愛イ子供タチ二対シテハ! 敬語ヲ、使ウ! 敬語ヲ、使ウ!

 敬語ヲ使ウッ!」と言いながら何度も顔面蹴りや腹蹴りを続ける。

「やめて! やめて! えりざべるーッ!」

「エリザベル様ト、呼ブ! ゲスナ人間ノ分際デ、無礼千万!」

「エリザベル様…!」


 エリザベルはマーレットに対して命令を下した。

 この屋敷建物を含む全ての物はエリザベルが所有すると言う。

 ブラウン邸宅の主はエリザベルってワケだ。

 マーレットは本来なら、何もかも置いて裸のまま屋敷を出なければならない。

 でもそれでは可哀相だから、エリザベルが情けでウチに置いてやると言い出した。

 その代わり、この屋敷ではマーレットは居候の身として主エリザベルや聖なる子供人形たちに忠誠を誓わなければならない。

 これが条件である。

 マーレットは仕方なくエリザベルの命令を受け入れる事となった。

 今まで、誰のお陰で平穏な生活が送れたって言うの?

 マーレットはこう、疑問をぶつけようとしたがエリザベルの凶暴ぶりにお手上げ状態なので黙っておく事に決めた。


 突然、キディが泣き出した。

「ミャーミャー! オニャキャー(お腹)、チュイチャー(空いたー)! 食ベチャーイ! オニャキャー、チュイチャー! ウィアン! ウィアン! ウィーアーンアーン! ウィアン!」

「可愛イ、キディ。オ腹、空イタ、ノネー」

 エリザベルは、優しいママの笑顔で我が子をあやした。

「ゴチチョー(御馳走)! ゴチチョー!」

「サァ、馬鹿ナ、マーレットハ、放ッテオイテ、オ部屋二、行マショー」

「バキャ(馬鹿)マーレッチョ! バキャマーレッチョ! ミャハハハハハ!」

 何とキディまでも、マーレットを見下すようになってしまった。

「馬鹿マーレット、オホホホホホ!」

 キディを抱いて部屋に戻るエリザベル。

 マーレットはハァハァと息をしながら複雑な思いになっていた。



 この後、キディはエリザベルママに抱かれて食事をした。

 キディの場合は子供人形用の哺乳瓶にミルクと肉スープを混ぜて入れてママから直接、飲ませてもらうのだ。

 満面の笑みで哺乳瓶を吸うキディ。顔中、スープだらけになりながらもお腹イッパイ食べるのだ。

 その様子をマーレットは遠くから眺めていた。

 一緒に食事をするエリザベルの行儀の悪い事。

 つい昨日までキチンとしていたハズなのに、今夜は一転してぶざまな格好で食事をしているのだ。

 自分の席に座ったキディは手づかみで肉を口に持って来て、クチャクチャ音を立てながら食べ始めた。

 他の子供たちはフォークやスプーンを使って食べたのに、


 キディだけは…。


 エリザベルママは何の指導も無く、ニコニコしながらキディの食事の様子を見ている。

「エリザベル…、アナタって人は…」

 ため息付くマーレット。

 子供人形たちは我が家に来て、エリザベルは頭が変になったのだろうか?



 楽しい食事の後は初めての入浴である。

 子供人形用の携帯風呂桶が2つ。

 それぞれに並々とお湯が注がれ、子供人形用の入浴剤を入れた後に子供人形たちはそれぞれの湯に浸かるのだ。

「オ風呂、オ風呂! 気持チ、イイ!」

「気持チ、イイ!」

 気持ち良い湯加減に子供人形たちは大喜びである。

 優しいエリザベル・ママと一緒だから、この上無い喜びであろう。

 マーレットは一生懸命になって、子供人形たちを1体1体、順に体を洗って行く。

 ポポを洗っていた時だ。

 手に取っていたポポがフザけて暴れ出し、弾みで床に落下してしまった。

「ウィアン! ウィアン! ウィアン! ウィアン! ウィアン!」

 背中を打ったポポは七転八倒しながら、泣き喚く!

「愚カ者ォ!」

 エリザベルは怒り、洗面器でマーレットの頭を何度も殴打した。

 浴室内の床が血だらけになってしまう。

 更にエリザベルはマーレットを浴槽の中に放り込んで、何度も頭ごと湯舟の中に押さえ込んだ。

 溺れそうになるマーレットだが、エリザベルには気にも止めないようだ。

 酷い虐待行為でも、子供人形たちはずぶ濡れのマーレットを見て笑うだけだ。



 お風呂の後は寝る前のひと時。

 ブランコや玩具、ボールで遊んだり、エリザベルママと語り合って有意義な時間を過ごした。



 そして就寝…。

 丸いバスケット形の子供人形用ベッドが3つ。

 真新しいパジャマに着替えた子供人形たちはそれぞれのベッドにもぐり込んだ。

 オルゴールを鳴らし始めるエリザベル・ママ。

 可愛い音楽を聴きながら、子供人形たちは段々と夢の世界へと入って行く。

 今宵はステキなママと初めての夜。今夜は、どんな夢を見るのだろうか?

 クゥー、クゥー

 静まり返った室内に、子供人形たちの安らかな寝息が響く。

 マーレットを思いっきりボコボコにしたエリザベルは満足した表情で人形部屋に戻って来た。

 今着ているのは高価な柄物のパジャマである。

 本来はエリザベルの所有物で無く、マーレットが知り合いから一時的に預かっている大切な衣装なのだ。

 それをエリザベルは勝手に出して着てしまった。

 マーレットは脱ぐよう注意したものの、エリザベルは自分の物だと主張して返さない。

 しつこく食い下がってくるマーレットにエリザベルは逆ギレし、ボコボコにして、そのまま着続けてるってワケなのだ。


 ジッと我が子たちの様子を覗き込むエリザベルママ。

 とても可愛い寝顔に大感激して涙を流した。

 子供人形たちの寝顔をジックリと見入った後、自分のベッドに潜り込んだエリザベルママ。さて、眠りに着こうとした時だ。



ミャー、ミャー


「?」


 耳の錯覚だろうか?


 子供人形の声がしたのだが…。


 辺りに誰もいないのを確認して、眠りに入る。



 すると…



「ミャミャー、ミャミャー」


 エリザベルはハッとなって起きた。

 何と、ベッドの傍の床にキディが立っているではないか!

 ジッとエリザベル・ママの目を見つめたまま、泣いている。

 泣く理由は分かる。

 キディだけはママと一緒でないと、眠れないのだ。

「ゴメンナサイ、キディ。寂シカッタ、デショウ?」と涙を流すエリザベルママ。

「チャビチィ(寂しい)、チャビチィ(寂しい)。ウィアーンアーンアーン、ウィアン、ウィアン」と泣き出したキディ。

 その場に座り込み足をバタバタさせて大泣きである。

 そのままウンチやオシッコを漏らしたキディ。

 エリザベル・ママはキディを着替えさせた後、抱いて布団に入った。

 ジッとキディを見つめるエリザベルママ。

 キディはパッチリとした可愛い目でママを見つめてニッコリ。

「私ダケノ可愛イ、宝物」とエリザベルママも笑顔笑顔である。

 キディは指をくわえて甘えだした。

「オッピャイ、オッピャーイ」

「オッパイ?」

「オッピャーイ、オッピャーイ。チュッチュー、チュッチュー」

 キディはゴソゴソとエリザベルママの懐に潜り込んだ。

 そしてママのオッパイをチュチュチュチュ吸い始める。

 そう。

 キディは唯一、赤ん坊みたいな性格だからオッパイを吸いたくなるのだ。

 エリザベルママは驚く事も無く、自然な形でキディの行動を理解した。

「キディ、オヤスミナサイ」

 ママがソッと声をかける。

「オヤチュミ…、ニャチャイ…」

 キディの可愛い返事である。



 ちゅーちゅー…



 ちゅー…



 キディはオッパイを吸い続けながら、ゆっくりと安らかな眠りに入った。


 ママ…



 大好きなママ…




 おやすみなさい…。



 子供人形たちにとっては、初めてのステキな夜でした。

 でもマーレットにとっては…

 続きます。

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