子供たちがやって来た!
3話目です。
いよいよ、あの可愛い子供人形たちの登場です。
ところが…
あれから1週間後…
エリザベルの元に待望の子供人形が届けられた。
注文先の幸せ人形工房から配達便のトナカイロバ車に乗せられて、大きな木製ケースが屋敷に到着したのだ。
「私ダケノ、可愛イ子供タチ、早ク見タイ」と、エリザベルは胸をワクワクさせている。
マーレットはケースの外蓋を開け、手元のスイッチを押した。
オルゴール調の不思議な音楽が流れる。中蓋をゆっくりと開け紫色の布をめくると…
「まぁ、可愛い」
「マァ」
マーレットやエリザベルの目が輝いた。
ケースの中の一面に敷き詰められたクッションの間に30体の小さな人形たちが並べられていた。
身長は約15センチぐらいで、殆どがエリザベルを幼くしたような女の子ばかり。
オシャレで可愛い赤いドレス衣装を着て、これまたステキな赤い帽子を被っている。
マーレットはそのうちの1体を手にしようとした。
すると、エリザベルがその手をバシッと叩いた。
慌てて、手を引っ込めたマーレット。
「エリザベル!?」
人形パートナーの思いがけない行為にマーレットはビックリ!
エリザベルはマーレットを睨みつけたが、表情を変えて子供人形を撫で初めた。
人形1体1体に息を吹きかけ、更に歌を歌い始めた。
ケースの中の子供人形たちは半ば、昏睡状態になっていた。
いくら揺り動かしても目を覚まさない。
そこで、母親となる人形が息を吹きかけ、自らの声を響かせて子供人形たちの魂を揺り動かす行動を取るのだ。
見るとイイ。子供人形たちがゆっくりと目を開き始めたではないか。
「私ダケノ、可愛イ子供タチ。ミーンナ、目ヲ覚マシマショウ」
エリザベル・ママが声をかけると、子供人形たちはムックリと起きて辺りをキョロキョロし始めた。 再度、エリザベル・ママが声をかけると、子供人形たちの視線がママの方に集中した。
「?」
目をパチクリさせながら、ジッとエリザベル・ママの目を見つめる。
エリザベルは両手を広げながら自分をママだとアピールし続けた。
「私ハ、ママ。ママ、ママ」
「…」
「ママ、ママ、ママ」
「…」
「ママ、ママ、ママ…」
すると…
子供人形たちはエリザベルを母親だと認識したのか、目を輝かせて両手を上げピョンピョンと飛び始める。
「ミャミャー! ミャミャー!」
ミャミャとは、子供人形独特の幼児言葉でママと言う意味である。
子供人形たちの声は子猫の鳴き声に近い高いトーンである。
「初メマシテ。私ガ、ママヨ!」
エリザベル・ママは笑顔は、笑顔である。
「ミャミャー、ミャミャー!」
「可愛イ、可愛イ。私ダケノ子供タチ。世界一ノ、優秀ナ、宝物」
エリザベル・ママは子供人形たちをしっかりと抱擁し始める。
マーレットがさえない表情で戻って来た。
「エリザベル、人形部屋での準備が出来たわよ」
マーレットの話しかけに反応したエリザベルは一変して、厳しい表情を見せた。
「遅イ遅イ、何ヲ、モタモタシテタ?」
「はぁ!?」
意外なセリフを聞かされて、マーレットは唖然となった。
いつもなら、エリザベルはニッコリと微笑んで礼を言うハズだ。
自分の身の回りをキチンとしてくれたり、話し相手になってくれたりするマーレットに感謝するハズなのだ。
だが今は、エリザベルの態度が変わった。
マーレットには目もくれず、子供人形たちに声をかける。
「ミンナァ、ママト、オ部屋ニ、行キマショウ!」
「ミャーイ(はーい)!」
子供人形たちの元気な返事である。
「ミンナ、並ンデ、行進ヨォ!」
子供人形たちは1列縦隊に並んだ。
「ミャ! ミャ! ミャ!…」
ママの手拍子に合わせて、元気良く行進して人形部屋へと入って行った。
手拍子をやめたエリザベルはマーレットの方にドライな視線を向けた。
「食事ノ用意ハ?」
「今すぐ用意する?」
「何ヲ、シテイル? スグニ、用意、シナサイ」
用意しなさい?
何と、このウチの主であるマーレットに命令口調するとは。
「馬鹿な事言っていないで、アナタも手伝って」
「何デ、コノ私ガ手伝ワナケレバ、ナラナイノ?」
エリザベルはこう、捨て台詞を吐いて、ぷぃっと部屋の中に入って行った。
唖然となるマーレット。
マーレットへの冷たい態度とは打って変わって、エリザベルは子供人形たちに対しては優しい笑顔で接した。
部屋の中では子供人形たちは興味津々で辺りを見回す。
エリザベルママは両手を広げて説明を始めた。
「ココガ、ミンナノ、オ部屋ヨ。可愛イ、ミンナノ為二、ママガ、用意シタノヨ」
これには子供人形たちは大喜びをし、目を輝かせた。
「嬉チィ! 嬉チィ!」
「オ部屋! オ部屋!」
エリザベルママと子供人形たちとの絆はますます深まったのは言うまでもない。
広くて、とってもステキなお部屋。私たちの夢のお城。
そして大好きなエリザベル・ママ。
優しいエリザベル・ママ。
豊かで楽しい生活が始まりそう。
ママ、よろしくね。
さっそく食事タイムだ。
エリザベルママからナプキンを首に掛けてもらった子供人形たち。
マーレットがセッティングした子供人形用テーブルに着いた。
目の前に並ぶ料理に目を輝かせ、喉をゴクリ。
初めてのメニューは一角牛のバラ肉をトロトロに煮込んだ肉シチュー煮とアイスクリームである。
「サァ、頂キマショー」
ママの号令で子供人形たちは元気な声を出した。
「ミャーッ!」
一斉に食べ始める子供人形たち。
バクバクバク!
ムシャムシャムシャ!
凄まじい食いっぷりである。これにはマーレットは顔をしかめた。
母親としてやるべき事を、エリザベルがやらなかった事に歯がゆい気持ちだからだ。
食事の前に先ず、お祈り。そして頂きますと言葉を出して食事開始。
食べる時は落ち着いて、行儀良くする。
人間でもやる、こんな当たり前な躾をエリザベルは実施しなかった。
確かエリザベルには母親用の子供人形教本を渡していたハズである。
「エリザベルったら…」
マーレットは気分がスッキリしないまま、もう1つのケースを開ける作業に取り掛かった。
中には子供人形用の備品が入っているのだ。
着替え、靴、帽子、小物類、玩具等々…、
色々な可愛い物が入っている。
同封されたリストを見ながら、1点1点チェックして行く。
それにしてもだ。凄く温和なエリザベルが人が変わったように豹変するとは驚きである。
「あのコったら、何か悪い物でも食べたのかしら? あら?」
ケースの中の物を順に取り出した時だ。小さな哺乳瓶が紛れ込んでいるのが目に止まった。
箱には『キディ用』と表記されたラベルが貼ってある。
キディ?
キディ…
ハァ、まさか!
マーレットは人形部屋を覗き込み、テーブルに着いてる子供たちの数をカウントした。
1、2、3……4、5、6…、…18、19、21、22…29あれ?
マーレットがエリザベルに話しかけた。
「子供が1人、足りないわ!」
「エ?」
子供人形たちを見回すエリザベル。
何と席が1つ、空いているではないか?
すると…
ウィアーンッ!! ウィアーンッ!! ミャミャーッ!! ミャミャーッ!!
部屋の外から子供人形の、けたたましい泣き声がして来た。
外へ出るエリザベル。
マーレットが優しそうな表情で、1体の子供人形を抱いてあやしているのが目に飛び込んだ。
「ケースの中に取り残されていたわよ」と言って、マーレットはその子をエリザベルに見せた。
涙目でジッとエリザベルの顔を見つめるそのコ。
「マァ、モウ1体イタノネ? 私ダケノ、可愛イ宝物」
それぞれ、お互いにジッと見つめ合う。
「みゃー、みゃぁー」
エリザベルを見てママだと認識したのか?
両手を広げ、泣き出した。
名前はキディと言い、30体のなかで一番の泣き虫で甘えっ子である。
身長は11センチと低く、他の子供人形よりも幼い表情をしているのだ。
「私ノ可愛イ宝物。ゴメンナサイ、寂シカッタ、デショウ?」
エリザベルは優しいママの表情でキディを受け取り、頬ずりした。
「ミャーミャー」
「可愛イ、可愛イ」
シッカリとスキンシップを行なうエリザベルママ。
「ミャミャー」
初めてのママの温もりに接して、キディの表情がほころんだ。
「サァ、皆ノ所へ行キマショウ」
エリザベルはキディをしっかりと抱き締め、そのまま部屋に戻ろうとした。
「待ちなさい!」
「?」
背後からマーレットに声をかけられて、エリザベルは足を止めた。
振り返ると、マーレットが厳しい表情で立ったままである。
「さっきから私は、アナタや子供たちの世話をしているのに何なの、その冷たい態度は?
ありがとうとか、ゴメンナサイとか言えないの?」
「…」
「何とか言いなさい! 大体アナタ、子供たちがウチに来てから急に横柄な態度を取るなんて! いったい、どうしたの?」
「…」
固い表情で何も答えないエリザベル。
いきなりテーブルを叩くマーレット。
「黙っていないで! 答えなさいッ!!」
人形パートナーに対する初めての怒号である。
キディが驚いて泣き出す!
「ウィアーン!、ウィアン! ウィアン! ウィアン! ウィアン!」
凄い泣きっぷりである。
マーレットは驚く事も無く、冷静に親子の様子を観察した。
エリザベルママは狂ったように泣きじゃくるキディをあやすのに必死である。
そして、段々と心の奥底から怒りが込み上げて来た。
「コーノ、無礼者ォ!」
エリザベルはカッとなり、マーレットを突き飛ばした!
弾みで後ろへ倒れこむマーレット。
更にエリザベルはマーレットの傍へ駆け寄って何度も足蹴りした。
「エリザベル! 何をするの!?」
マーレットは激しく抵抗した。
何とか起き上がろうとするが、相手が容赦なく襲って来るから立つ余裕さえなかった。
エリザベルが暴れたからだろうか?
キディが床に落下して辺りに転がった。
壁に体を打ちつけたキディ。
「う、ウィアン! ウィアン! ウィアン! ウィーアーン!」
七転八倒しながら、キディは激しく泣き出した。
エリザベルママは慌ててキディを抱き上げて、ギュッと抱き締める。
「私ノ、可愛イキディ! 痛カッタデショー!?」
「ウィアーンアーンアーン! ウィアン! ウィアン!」
キディは尚も暴れて激しく泣き続ける。
「泣カナイ! 泣カナイ! 大丈夫、大丈夫!」
「ウィーアーンアーン! ウィアン!」
「私ダケノ可愛イ宝物! 泣カナイデ!」
エリザベルも泣き出した。
そして更に怒りをあらわにし、尚もマーレットを足蹴りする。
「エリザベル! やめなさい!」もがくマーレット。
「キディガ泣イタ! キディガ泣イタ! オ前ノセイ! オ前ノセイ!」
エリザベルは泣きながら、何度もマーレットを足蹴りするのだった。
更にだ。
近くの暖炉の前に立てかけてあった暖炉用のデレッキ(火掻き棒)でマーレットの身体を何度もめった打ちした。
「オー、ホホホホホーッ! オー、ホホホホホーッ!」
目をぎらつかせ、急に不気味な笑みを見せるエリザベル。
「ミャハハハハハ!」
のたうち回るマーレットを見て、キディは泣くのを止め大笑いし始めた。
「ミャハ八ハハ!」
いつの間にか、他の子供人形たちも同じように笑い転げていた。
これって最悪の事態!
マーレットは今後、どうする!?