深い谷底での悲劇
27話目です。
店内に残ったのはバンドンとビュルトの男2人。
36号事件に関して再び裁判が開かれ、マーレットは無罪になる可能性が有る。
ビュルトの話しに心が躍ったバンドンだが、同時に心配な思いが込み上げていた。
「マーレットがホントに無罪になってくれるとイイのぅ? 本人は無期懲役だとか、死刑になるんだとか、悲観的な事ばかり想像しよったが」
ビュルトは暗い表情を見せて話しを進めた。
「私も、ブラウン先輩が無罪になるのを祈るばかりです。でも現実としては、どうなるか?
正直言って、分かりません」
バンドンは伏し目がちの表情をするビュルトの顔を見据え始めた。
「どうしたのじゃ? 何か不都合な事でも有るのかのぅ?」
「今度、再び裁判が行われる時には…、ブラウン先輩は北の魔界へ呼び出される事になります」
「それはそうじゃろ。本人立会いの下で法廷は開かれるからのぅ」
「自分が問題視しているのは、今度出されるかもしれない判決結果です」
「悪い結果でも出るって、言いたいのか?」
「予想される判定は恐らく…、死刑…。良くても無期懲役…」
バンドンの表情が険しくなる。タバコを吹かすバンドン。
「誰が、そんな事を?」
「司法関係の一部の者たちです」
「どうしてじゃ? 何故、マーレットが死刑になる?」
「エルーナ王女がこの国で暮らしていた事と関連が有ります」
ビュルトの説明はこうだ。
元側近として魔王室で働いていた1人の人間がエルーナ王女を拉致し、フリーラムランドへ連れ出していた事を魔界政府諜報局が突き止めた。
拉致監禁を行なったのはスザンヌ=ボレロと言う女で、36号事件を犯して刑務城で服役していたマーレット=ブラウン容疑者にそそのかされて犯行に及んだ。
諜報局から詳しい報告を受けた司法当局は拉致事件を重く受け止め、36号事件に関する二度目の法廷で拉致事件についても審査を厳しく行なう構えである。
…大体、こう言った内容だろうか?
説明を聞いてバンドンはエルーナ王女の拉致監禁を否定した。
「あのワガママ娘は側近に言い残して、自分から北の魔界からいなくなったハズじゃぞ? そして誰かの協力を得てフリーラムランドに不法入国をしておる」
「それは本当ですか?」
「マーレットと一緒に顔を見せたグロリアス=ハミングと言う女性が、今から7年前に街の通りで裸のまま雨に打たれていたエルーナ王女を保護したと言っておったからのぅ。間違いないハズじゃ。なのにどうして、諜報局が突き止めた内容と異なる?」
「私に聞かれましても…」とビュルトは戸惑いを見せた。
「まぁ、実際に法廷が開かれてみてから真実が明らかになるじゃろ」
「ハァ…」
マーレットやグロリアスにとっては久々の空である。
しかも今度は魔法のほうきに跨って飛んでいるのだから不思議な気分だ。
フリーラムランドの自然豊かな地を眼下に、何だか雄大な気持ちになれそうだ。
ほうきの前の部分にはマーレットが乗り、後ろをグロリアスがマーレットの腹部に両手を回したまま乗っている。
さすがは魔導師マーレット。ほうき一本で難なく空を自由に飛ぶのだ。
一方のグロリアスは、ほうきに乗って空を飛ぶなんて初めての経験だから、最初は震えて目も開けられない状態だった。
でももう大丈夫。しばらくして馴れて来たのだ。
意外と快適な飛行にグロリアスは大ハシャギ!
このまま国中の空を回って楽しい遊覧飛行と行きたいところだが、子供人形たちの行方を追わなくてはならない。
バカンス気分を味わってる時じゃないのだ。
「ジゼル山よ!」とマーレットが前方を指差した。
見よ!
前方に高い山々が迫って来る!
その中でも一際高いのがジゼル山である。
比較的寒いフリーラムランドのこの地で、特に寒いとされるジゼル山地域だから年中白い雪に覆われているのが特徴だ。
眼下に広がる緑がロベリア峡谷の森である。
見渡す限りの森、森で人が住んでいる環境なんて全くのゼロなのだ。
グロリアスは肩越しからマーレットに話しかけた。
ビュービューと音を立てて吹いている風の中を飛んでいる自分たちだから、大きな声を出さなければ会話が出来ない。
「ねー! こんな広い所でー! どうやって子供人形たちを見つけるぅー!?」
「うーん! そうねー!」
「あのコをー! 連れて来たかったわねー!」
「あのコって誰ぇー!?」
「45号よ45号ぉー! ローズマリーに決ってるでしょー!? あのコだったらー! 頭の中の脳波レーダー使って簡単に居場所を突き止める事が出来るからねー!」
「ローズマリーお嬢様はー! どうしているの今ぁー!?」
「事件の捜査に必要だって言うんでー! 警察の方に貸し出されているのぉー!」
「だったらー! 私たちだけで捜すしかないわねー!」
「だーかーらー! どうやって見つけるってわけー!?」
「私に任せてー!」
マーレットは右手を大きく広げて前に差し出し、周囲をかざすようにして回し始めた。
「見つかりそー!?」とグロリアスが話しかけるけど、マーレットは黙って手をかざし回るから返事をしなかった。
それから、どのくらいの時間が経過しただろうか?
「あそこだわー!」とマーレットが声を上げた。
「え!? どこどこー!?」
グロリアスがマーレットの方に顔を寄せる。眼下を指差すマーレット。
「森の中を道路が通っているでしょうー!?」
グロリアスは下の方に目を向けた。
大きく広がる森の中を1本の道が通っているのが見える。
左右へと幾つもカーブを描きながら山を登って行き大きな谷へと道は伸びているのだ。
「ルート34だわー! ジゼル山の麓を長いトンネルで貫いている道だけど、殆ど車は通っていないのよねー!」
「そのルート34の途中に橋が架かっているのが見えるでしょう!?」
「あれはー! ロベリア峡谷を跨ぐロベリア橋ねー! そこに子供人形たちがいるって言うのー!?」
「その気配を感じるわー! 一先ず下りてみましょー!」
マーレットは一気に急降下し、問題のロベリア橋に着地した。
ココは昼間でもクルマの通りがかなり少ないルートである。
クルマが来る気配は全く無く、辺りは静かである。
昨夜、雪が降ったのだろう。
辺りはうっすらと雪が積もっていた。
辺りを見回す2人。
グロリアスは橋の中央辺りの路面を指差して声を上げる。
「マーレット! 見て!」
「え?」
グロリアスが指さした方にマーレットは視線を向けた。
路面に何やらピンク色の物がたくさん、散らばっているのだ。
小走りでその場所に行く2人。
拾い上げて見てみると、それは衣類で有る事が分かった。
しかも殆どがビリビリと破られている。
「全部、Gホテルが宿泊客の為に用意している室内着だわ!」
「Gホテルって言えば、海外から要人とかよく利用しているホテルよね?」
「あの凶暴人形と子供人形たちはね、すぐに釈放されてからGホテルに静養していたのよ。
政府機関が宿泊費用を出してね」
「じゃあ、コレは子供人形に着せる衣類なのね?」
「しかもコレ!」
「酷く破られているわね」と言って、マーレットは辺りに散らばっている破れ衣類の数々に手をかざしてみた。
「何か、感じる?」と、マーレットに注目するグロリアス。
マーレットは立ち上がり、橋の欄干から下の谷底を覗き込んだ!
「この下! この下よ!」
「この下?」
同じようにグロリアスも谷底を覗いて見た。
かなり深いから、下の様子がどうなっているのか分からない。
「グロリアス、乗って! 下へ行ってみましょう!」
マーレットはグロリアスと共にほうきに乗り込み、そのまま橋の下へと降下して行った。
遥か下の谷底には、ゴツゴツした岩場が広がっていた。
間を小さな川の水がチョロチョロと流れている。
大き目の岩に着地した2人は、目の前の状況に愕然となった!
バラバラに砕け散った小さな人形たちの死体が辺りに散乱し、雪に埋もれていたのだ。
その一部を手に取ってみる。
胸元から上辺りの部分で、首から上は無い。
「キディ!?」
声を上げたマーレット。
首の後ろ側に刻印されている番号を見て、エリザベルの子供人形たちと認識したのだ。
231-30…。
231はエリザベル…エルーナ王女の人形管理局での登録番号。
30体いる子供人形たちは231-01から30までの登録番号が記されている。
30はキディの番号なのだ。
グロリアスはバラバラになった人形死体の破片をチェックして回った。
「231-04! 231-12!」
「ミュミュとピッチだわ!」
「231-26と言えばマガモ! 231-18! えーっと誰だったっけー!?」
名前を忘れてグロリアスは頭を掻く。すかさずマーレットは教える。
「プリンよプリン!」
ずっとチェックした結果、エルーナ王女が可愛がっていた子供人形たちである事が分かった。
原型を留めていないほど粉砕してて番号が分かりづらいのも有るが、エルーナ王女の子供人形である事は間違いないようだ。
変わり果てた小さな人形たちを目の当たりにして、2人は言葉を失っていた。
エルーナ王女への怒りは増すばかりである。
グロリアスは無念の思いで捨てセリフを吐く。
「231号を人形保護施設に強制収容して独居室に入れた時に! 子供人形と一緒にするんじゃなかった!」
「別々の部屋に入れていても、エリザベルは無理矢理でも子供人形たちを奪い返していたかもしれないわよ」
「そうかもしれないけど!」
「そもそも、あの馬鹿人形に子供人形たちを与えてしまった事が間違いだったのよ」
マーレットはエリザベル…エルーナ王女に子供人形たちを買い与えた事を、今になって後悔するのだった。
グロリアスは頭上を見上げた。
「橋の上から子供人形たちを投げ落としたかもねぇ」
「?」
マーレットはふと、後ろを振り返った。
1匹の獣が佇んで自分たちを見ているからだ。
その狼はゆっくりとマーレットの方に歩いて来た。
グロリアスは途中で獣に気付き、息を呑んだ。
「ここに動物がいたんだ!」とグロリアスはドキドキ。
「フライングウルフ。ジゼル山の主だわ」
「背中に翼を持ったウルフね!」
マーレットは自分に近付いて来たウルフを緊張した思いで見つめ始めた。
相手の方もマーレットの目を見つめ、互いに視線を合わせする。
マーレットはウルフに向かって手をかざし、言葉を掛けてみた。
「アナタ…、見ていたのですね?」
するとどうだ?
「ああー、ずっと…見ていたよ」
何と、ウルフは人間の言葉を喋ったではないか。
マーレットの魔法で喋れるようになったのだ。
女性の声だから、このウルフはメスなのだろう。
ウルフが喋った事に、グロリアスは驚きである。
マーレットは驚く事も無く、落ち着いた態度で質問をした。
「どんな状況だったのか? 聞かせてくれませんか?」
「その愚かな母親はね、子供たちを橋の上から次々と放り投げたのさ。身ぐるみを剥いでね。最後に残った子供…、確かキディとか言ってたかね? 母親に罵声を浴びせさせたり、酷く叩かれたりして激しく泣いていたよ。母親は泣きじゃくるその子を、同じように身ぐるみを剥いで橋の上から落としてしまったんだ」
ウルフは当時の状況をリアルに語り、2人を青ざめさせた。
「何て事を!」とグロリアス。ウルフは怒りを込めた口調で言う。
「人間って言うのは、自分の子供を平気で殺してしまう生き物なのかい? アタシらフライングウルフも子供を厳しく育てるけど、命を奪おうなんて考えたりもしないけどね」
マーレットが言う。
「彼女は人間じゃなくて、人形なんです」
「人間とか人形とか、どっちでもイイさ。我が子を愛情持って育てるのが母親ってもんだろう?
なのに平気で殺してしまう。血も涙も無いって言うのは、その母親を言うんだね」
「ごもっとです」
「今度、その母親に会ったら言っておきな。いつか報いを受ける時が来るよってね」
ウルフはそう言って、立ち去ろうとした。マーレットが尋ねる。
「ありがとうございます。アナタの、お名前を聞かせてくれませんか?」
「アタシの名前はガオリス。アンタの名前は?」
「マーレット=ブラウンです。もう1人は、グロリアス=ハミングと言います」
「マーレットとグロリアス。アンタたちの名前を覚えておこう。機会が会ったら又、会おうじゃないか」
「そうですね」
2人は翼を羽ばたかせて空へと飛んで行くガオリスをいつまでも見届けた。
続きます。




