マーレットの過去
15話目です。
そのマーレットは2~3日の療養を終えて自宅に戻って来た。
帰宅の時はグロリアスがクルマで自宅まで送ってくれたから、マーレットにとっては有り難い事である。
いつも気にかけてくれる良き理解者。持つべき者は友と言えるだろう。
自宅にはグロリアスの他に、ディックやミミナも一緒に訪れた。
「うわぁ! こ、コレは!?」
マーレットの屋敷内の様子を目の当たりにしてディックが思わず声を上げた。
ディックもミミナもマーレットの自宅を訪れるのは、1年半ぶりである。
まだ子供人形たちが居なくて、マーレットとエリザベル…231号の2人だけが仲良く生活していた時だった。
あの時は屋敷内は常にキレイに保たれていて、とても良い雰囲気だったのを2人は今でも覚えている。 それがどうだろう?
今では酷い状況になっている事に2人は唖然となった。不思議なのはリビングである。
「ココは完全に、エリザベルたちの部屋になってしまったのよ」と、マーレットはリビングを指さしながら愚痴っぽく説明する。
なるほど、確かにココだけはキレイになっている。
床は豪華なカーペットが敷き詰められていて、オシャレな柄物をしたフワフワの柔らかいラグが真ん中に敷かれて有る。
子供人形たちが1日中、くつろいでいる場所だとか。
部屋中、隅々まで掃除が行き届いているのには感心する。
だがこれは全てマーレットが1人でやっていたらしく、エリザベルは殆どタッチしていないと言う。
毎日、ノンビリと食べてゴロゴロしているだけの生活だったから、家事手伝いなんてエリザベルには無縁になっているのだ。
子供人形たちは子供たちで勉強らしい勉強はせずに毎日毎日、食べて遊んで寝るだけの生活パターンだったとか。
「子供タチニ、イッパイ、勉強ヲ、サセタイ」と言ったエリザベル・ママの熱い思いなんて、どうやら嘘のようだ。
傍にはエリザベル愛用の高級安楽椅子が置かれてあった。
椅子の上には管理局がプレゼントした高級ひざ掛けが置いてある。
今ではエリザベルがキディ専用として愛用していたのだ。
とにかくリビングだけは常に清潔にするよう、マーレットはエリザベルから命令されていた。
掃除する事を怠っていようものなら、エリザベルから容赦無い激しい鉄拳が飛んで来る。
エリザベルのマーレットへの虐待行為は日課となっていたのだった。
人形たちの清潔な部屋とは正反対に、マーレットの部屋は惨憺たる状況になっていた。
以前はココが人形部屋だったとマーレットは言う。
汚れたままのベッドや家具が置かれ、壁や床は血だらけになっている。
ココでもよく、マーレットはエリザベルから虐待を受けていたのだった。
部屋の隅々には子供人形たちの糞尿がそのままになっていた。
どうりで、部屋の中に悪臭が漂うワケだ。
最近では子供人形たちは子供人形用トイレを使わなくなったとマーレットは嘆く。
「掃除しないの?」と言うグロリアスからの問いに、マーレットは…
「掃除をしたら、エリザベルが滅茶苦茶怒るのよねぇ。何故掃除をする!? 無駄な事をするなってね」と怒り混じりの返答をした。
一通り見て回った後、4人で手分けして屋敷の中の掃除と後片付けを始めた。
マーレットと2人だけで作業しながら、グロリアスはソッとマーレットに話しかけた。
「今回はとんだ災難だったわね?」
ため息付くマーレット。
「ホント、災難だったわ。でもグロリアスのお陰で地獄から開放されたような気分だし、久しぶりにウチの中が静かになったみたい。人形たちがいなくなると、家の中の雰囲気がこうも違うのかしら?」
「エリザベルがいなくなって、どんな気分?」
「ホッとするわね。あの人形たちと暮らすなんて、もうこりごり。勘弁してよねって感じ」
「そうよねぇ。そんな気分になっちゃうわよねぇ」
「ところで、ローズマリーお嬢様はどうしている?」
「ああ…あのコなら今、保護施設でゆっくりとくつろいでいるわよ」
「驚いたわねー、ローズマリーお嬢様も人形生物だったなんて」
マーレットは既に、ローズマリー人形…45号の事をグロリアスから教えられていた。
単にインテリアの置き物と思っていたローズマリー人形も、人形生物だと知って最初は驚きだった。 だが、自分自身がエリザベルから暴行を受けている事を人形管理局に映像によって明らかにしてくれたのだから今は感謝でイッパイなのだ。
「45号は監視や偵察とかでも活躍する特殊任務用の人形でも有るのよ。軍とか公安当局によく貸し出される事も有るしね。あのコのお陰で幾つかの大きな問題が解決出来た実績が有るのよ」
「たまには、任務とかでじゃなくて遊びに連れて来て欲しいわね。ゆっくりと語り合いたいわ」
「オッケー。マーレットが落ち着いたら45号も連れて遊びに来るわ」
45号の顔を拝めると、マーレットは大いに期待を寄せた。
楽しみが1つ増えたのだから、この上ない嬉しい気分である。
問題なのは…
あの凶暴人形の事である。
「これからどうすればイイの? 私はまだ、あの凶暴な人形の面倒を見なくちゃならないワケ?」
「安心して。エリザベルはもう二度と、保護施設からは出られないから」
「じゃあ、面倒見る必要ナシってワケね?」
「全くナシだわ」
「それは良かったー! 安心したー!」
マーレットは作業の手を休め、大きく背伸びした。
一通りの作業が済み、グロリアスはディックとミミナと共に人形管理局に戻った。
そして再び、1人でマーレットの自宅にやって来た。
今度は馬車タクシーでの来宅である。
今夜は2人で街で飲むのだ。
今宵は市内のダイニングバーで飲みながら、ちょっと贅沢な夕食を味わうとしよう。
グロリアスがディックやミミナとよく通っているダイニングバー『ミンミン』での2人女子会。
酒は美味いし、料理もサイコーである。
ジャズのBGMを耳にしながらのディナーはムード満天と言ったらイイだろう。
ワイン入りのグラスを傾けながらグロリアスは気になっている事をマーレットに話した。
「マーレットってホント、不思議よね?」
「ええ? 私が?」
変な事を言われ、マーレットは食べるのを中断してグロリアスの顔を見る。
「そう、アンタが」
「何が不思議なの?」
「毎日のように、エリザベルから虐待とかを受けていたじゃなーい。なのに、今はピンピンしてて私とフツーに食事をしている。あれだけ無茶苦茶にやられていたなら、フツーならとっくに死んでるハズよ。何とも無かったの?」
「暴力受けてる最中は、たまらなく苦しかったわよ。気が狂いそうだったし、このまま死んでしまうんだって何度もそう思っていたしね。だから、今でも恐怖感が残っているの」
「それでも冷静だよねマーレットは? しかも、傷口一つ見当たらないし」
「グロリアスには信じられないかもしれないけど、暴力受けた時の私の身体って、キズだらけよ。
血まみれになってのたうち回ってばかりいたから」
「あの映像の凄まじい状況が、そうよね」
「それが…、しばらくすると…、身体が熱くなって、金色の不思議な光が現われて私の身体を包み込んだの。そしたら、段々とキズが消えて行っちゃって。光が消えた時は私の身体は元の状態…、何も無かった状態に戻ったと言う体験を味わっていたのよねぇ」
「どうして、そんな不思議な体験が出来ると思ってる?」
「分からないわね。神様が、私を守ってくれるからかしら?」
ジッとマーレットの顔を見つめるグロリアス。
「それも一理だと思うけど…、私は他にこう思ってるの」
「どう思ってるの?」
「マーレットが…、魔導師の修行をしていたから」
途端に、マーレットの表情が変わった。グロリアスから思わぬ事を聞かされて驚いたのだ。
「私が北の魔界に行ってた事を知ってたの?」
「この前ね、バンドン=ガルスって言う男の人の所へ行ってアンタの事やエリザベルの事について色々と教えてもらったから」
「バンドン=ガルス…、久しぶりに聞く名前ね?」
「あの人とは知り合い?」
「私が通っていたメサイアン魔法学校の先生なのよ」
「あの人、先生なんだ?」
思わぬ事実にグロリアスは驚く。
「元々はね。私が卒業してから退職したって聞いたけど、その後の行方が分からずじまいだったの」
「フローズン中央通りの繁華街の一角で、『バンドン』って言う雑貨屋を経営しているけどね」
「事情が有って、フリーラムランドに住み着いたのかしら? グロリアスは、バンドン氏から何の話しを聞いたの?」
「主にね、マーレットが魔導師の勉強で凄く頑張っていたって事かな? 5年で学校を卒業したって言うじゃなーい?」
「まぁ、そうね。っで? 私が事件を起して長い間、地獄の刑務城って言う所に入れられていた事も、バンドン氏は話したのかしら?」
「聞かせてもらったわ。向こうじゃ、相当深刻な事件だったみたいね?」
「国の大事なシンボル的存在を、この手で危めてしまったのよ」
「酔っ払ってたんでしょう? 本当にやったのどうか、分からないんじゃない?」
「あの時ね、私は事件の現場となった王女の間で寝てたのよ。目が覚めたら、部屋の中は物が散乱していて、よく見たら子供人形たちのバラバラになった人形遺体がアチコチに転がっていたの。
私はその光景を見て、酔った勢いで子供人形たちを殺したんだって思ったのよね」
「ところで、マーレットは知ってた?」
「何を?」
「231号…エリザベルは北の魔界の人形生物で、魔女王の娘エルーナ王女だって事」
「嘘でしょう?」と顔をしかめるマーレット。
「本当よ。バンドン氏に231号の写真を見せたら、エルーナにソックリだって驚いていたし」
「初めて、知ったわ。妹がいたなんて」
「今まで、全く気付かなかったんだ?」
「ソフィア王女なら、知ってる。でもエルーナ王女なんて知らないわね」
「ソフィア王女は姉で、エルーナ王女は妹なんだけど。知らない?」
「魔女王バルニラの王女は公には姿はあまり見せないの。何か特別な行事が有る時にしか子供人形たちと一緒に姿を見せないのよね。ましてや、妹の存在なんて私たちでさえも知るワケがないわ」
「そうなんだ」
マーレットは又々、ため息を付く。
「エルーナ王女がフリーラムランドへ来た目的は分からないけど、今までずっと私を虐待したワケが大体、想像付くわね」
「虐待したワケを?」
「恐らく、私がソフィア王女の大切な子供人形を殺したから…今でもその憎しみを抱いていると思うの」
「でもマーレットは、あの地獄の刑務城でちゃんとした刑役を済ませたんでしょう? いつまでも根に持っても仕方がないと思うけど」
「私がいくら刑役を済ませても、ソフィア王女の悲しみは永遠に消えないのよ。エルーナ王女も私への憎しみを、ずっと持ち続けると思う」
「だからと言って、日常に亘って暴力虐待を続けても良いって言う決まりはないのよ。しかもあの人形のやる行為は、異常だわ。このまま同じような事を続いていれば、マーレットはそのうちに命を落としてしまうかもね」
「…」
「マーレットもサァ、いつまでも我慢していないで…あの暴力人形に対して怒りを爆発すべきよ」
「あのコに立ち向かえって言うの? チビの私が、図体の大きなエリザベルに対してよ」
「そうだった。身長の差が有り過ぎるもんね」
マーレットはふと、何かを考えて食事の手を止めた。
「グロリアス…、ちょっと…、イイ?」
「え?」
マーレットはいきなり上着を脱ぎ、更にカーディガンを脱いだ。
そして背中を向けるなり、グロリアスにシャツをめくるよう促した。
大胆な行動にグロリアスは躊躇ったが、自分たちがいるのはボックス席みたいな所なので遠慮無くシャツをめくる事にした。
席を立ってグロリアスの背後に回り、ゆっくりとシャツをまくり上げるグロリアス。
背中の右側けんこう骨辺りに小さな魔方陣のような図柄の焼印が付いているのが目に止まった。
初めて目にする焼印にグロリアスは驚愕する。
「今まで誰にも見せた事が無かったんだけどね」
グロリアスは焼印を手で触りながら言った。
「なーにこれ? 何かの焼印?」
「魔の焼印よ」
「魔の焼印って?」
「もう二度と、大きな犯罪を起さないように誤った思考を制限する魔力が込められた焼印なの。
北の魔界ではね、私のような重罪犯罪者は刑務城に入れられる前に、この焼印を押されてしまうの」
「コレが付いちゃうと、どうなるの?」
「怒りとか、憎しみとか、邪な思いとかが無意識に抑えられてしまうって言ったらイイわね。
私の場合は、エリザベルから度重なる暴力を受けているのに、怒りが込み上げて来ない状況になってしまっているしね。だから、相手のやるがままなの」
「と言う事はなーに? 今までエリザベルにDVされっぱなしなのは、焼印の魔力のせいだってワケ?」
「っそう」
マーレットの説明を聞いて、グロリアスは強い哀れみを感じた。
「これ、何とかして取る事は出来ないの? 今のマーレットって、まるで呪いを掛けられた状態よね」
「無理無理。一度、付いた焼印は絶対に取れないんだから。私が死んで遺体を火葬しない限りはね」
「マーレットが犯罪をやった事はともかく、北の魔界って随分と物騒な所なのねぇ」
「そうかもしれないけどね…、でも…あのコの出身国でも有るでしょう?」
「あのコって?」
「シェリーよ、シェリー=ハイバーよ」
「そっかぁ、シェリーの国だったよね」
シェリー=ハイバー…
学生時代の頃の友人の1人で、留学の為に北の魔界からやって来た女性である。
学校を卒業して帰国したが、その後は殆ど連絡さえも取っていない状態になっている。
グロリアスやマーレットに劣らず美人であり、明瞭活発でステキなシェリー…、
今頃どうしているのだろうか?
シャツを下ろし服を着ながらマーレットは言う。
「とにかく、私はエリザベルには歯向かえないって事よ。今後、どんな暴力を振るって来るのかハラハラドキドキで心配だわ」
ちょっぴり弱気になるマーレットに、グロリアスは苦笑いして言葉を掛ける。
「別に心配する必要は無いでしょう? あの人形はずっと外へは出られないし、いずれは登録抹消して解体処分になると思うから。マーレットとはもう、顔を合わせる事は無いわよ」
「そうして欲しいわねぇ」
続きます。




