プロローグ
このテの作品は他のサイトでも載せていますが、当サイトでも以前、ぐうりんぼ(男マリリン)のペンネームで載せた『エリザベス・人形物語』を加筆修正して連載する事となりました。
内容的に暴力的な描写が出て来ますから、R-15指定にしております。
暗闇の法廷に立つ1人の人間の女性にライトが照らされた。
回りでは北の魔界の群集たちが裁判の行方に注目している。
この国始まって以来の痛ましい事件が起きて誰もがショックを受けているから、法の裁きに大いなる期待を寄せているのだ。
当然、犯人である女性に対し怒りと憎しみを抱き、極刑が下る事を望んでいた。
「ただ今から、判決を言い渡す!」
裁判長の言葉に、傍聴席の群集から期待が高まる。
「…」
女性は神妙な表情のまま、ジッと裁判長に注目していた。
年齢20代後半のキレイな女性で、背が高くガッシリとした体格をしている。
魔導師として心身ともに鍛えているから、どんな事態が起きようとも動じず冷静になっているところは流石である。
背筋を伸ばし姿勢を正す女性。
北の魔界政府直轄の最高裁判所…。
裁判長から下された判決はこうだった。
「マーレット=ブラウン。被告は魔女王バルニラ様の大切な宝を惨殺して国のシンボルを破壊せしめ魔導師と言う聖なる職域に泥を塗った。
その愚劣な行為は、あらゆる犯罪の中で極悪非道に匹敵するぐらい深いものである。
被告の行為は永久に亘って許されるものではなく、極刑を持って償わなければならない事は必至である。よって被告は…地獄の刑務城にて約11年の懲役刑とする。
更に、被告が所有する魔導師の資格一切は全て剥奪する」
一瞬の静けさの後、大きなどよめきが傍聴席の群集から沸き上がった。
裁判長の判決に不服なのか、あちこちからブーイングが沸き起こる。
「何だ何だーッ!? 軽い判決じぇねーか!?」
「たったの11年かい!? 短いねーッ!!」
「殺せ殺せ! 野蛮な人間なんか、処刑にしてしまえー!」
異常な程のブーンイングである。被告席に立つ女性に対し、群集から罵声が飛び多くの物が投げつけられた。
異常な熱気と喧騒に包まれる法廷である。
見かねた裁判長は一際大きな声で群集を黙らせた。
耳まで裂けた異様に大きな口をしているから、声も凄くデカいのだ。
裁判長は立ったまま、群集に怒鳴る。
「貴様らー! 法廷での判決は神聖なモノなのに、ケチを付けるたーどう言う事だーッ!?
11年の服役刑は凄く妥当な判決なんだぞー! それでも不服の有るヤツは前に出て来い!」
「…」
裁判長のヤクザまがいの威厳に、群集は恐れおののいて誰も出て来ない。
約11年の長い服役刑…
裁判としては妥当な判決なのだろう。
それでも被告である女性にとっては、あまりにも重い刑と言える。
他の犯罪者たちのように気が狂って取り乱す事も無く落ち着いてはいるけれど、内心では絶望のどん底に突き落とされたような衝撃の思いを抱いてるのだ。
自ら過ちを犯したのだから、法の裁きを受けるのは当然だが言語を絶する刑の長さには流石に気が滅入ってしまう。
「…」
傍聴席で裁判の成り行きに注目していたバンドン=ガルスの表情も固かった。
彼の後ろに座っていた女2人がコソコソと会話を始める。
「ったくもぉー! たったの11年かーい? 短いねー」
「ほーんと短いねー。あれだけの大変な事をやらかしたんだよ? 一層の事、死刑にするのが妥当なハズだろう」
苦笑する2人の女。
会話を聞いたバンドンの表情が穏やかではない。
おぬしら、地獄の刑務城がどんな所なのか知らぬじゃろ?
天下の大泥棒や、どんな極悪非道な犯罪者でもな3日もたたんうちに気が狂うてしまう恐ろしい所なんじゃぞ。
11年も服役となれば、ほぼ死罪に等しい。さすがのマーレットも、恐らく二度と娑婆には戻って来ないじゃろ。
彼女には何とか頑張って、出て来て欲しいものじゃがのぅ。
…とまあ、バンドンは心の中でこう呟くのだった。
2人の女性警手に連れられて被告席を離れるマーレットに怒号と罵声の嵐が降りかかる。
法廷を後にするマーレットを王室席で見届ける1人の若い女性に、側近の1人が声を掛ける。
「ソフィア様、これで満足なさいましたでしょうか?」
側近の質問に女性は固い表情を見せたまま、間を置いて答える。
「まぁ…、そうですね」
正直言って、女性は話しをしたくない気分である。
彼女の苦しい立場を認識せず、側近は批判めいた口調で話しを続けた。
「あの者は魔導師と言う重要な立場でありながら、酒に酔った勢いでソフィア様のお部屋に無断で入り込み大切なお嬢様方を1人残らず惨殺してしまったのです。
11年とはあまりにも短すぎる。処刑にしてしまうのが当然だと思いますが」
「法律に乗っ取って判断されたものでしょう? 裁判長の裁量を尊重すべきです」
女性はそう答えたけれど、それは本心ではなかった。
刑が短いからではない。
とても親しいマーレット被告が罪を犯し刑に服してしまう事に強い憤りを感じるのだ。
国の宝物であり、ソフィアが日頃大切にしていた30体の可愛い我が子が無残に殺されたのは悲しいが、犯人がマーレットだった事が今でもショックなのだ。
隣に座っていたエルーナが不満そうに言う。
「ホント、11年なんて短すぎるわ。このまま終身刑にしちゃうか処刑にしてしまえばイイのに」
「エルーナ、魔女王の聖なる姉妹としての言葉遣いには注意しなさい。そんな乱暴な事を言っちゃダメでしょう?」とソフィアが子供に言い聞かせるような口調で妹エルーナに注意する。
「でも重大な犯罪を犯したのは事実だし、多くの市民たちも極刑を望んでいるのよ。なのにたったの11年なんて、おかしいと思わなーい? これじゃあ、死んだ子供たちの魂は浮かばれないわきっと」
「そうかもしれないけど、私たちが終身刑だとか処刑だとか軽々しく口にするものじゃないわ」
エルーナは軽蔑な眼差しで姉を見る。
「お姉さまって、今でもあの人間の女と親しいのね?」
「もちろんよ。マーレットは私にとっては親しい友人。色々と教えてくれたし、すっごく助かっていたの。あの人に対する感謝はずっと忘れないでいるつもりよ」
「その親しい友人が、お姉さまの大切な可愛い子供たちの命を奪ったんでしょう?
マーレットに対する憎しみを抱くべきだわ。現実を見つめなきゃ」
妹の言う通りかもしれない。
大切な友人が可愛い我が子たちの命を奪ったのだ。
最初は何かの間違いかと疑ったけれど、本人自ら犯行を認めたのだから事実は事実である。
この事がソフィアの心に深い傷を負う元となっていた。
正直、嘘で有って欲しいと言うのがソフィアの本心である。
エルーナは更に言う。
「人間って全く、頭悪くて何にも出来ないし凄く野蛮だって言うじゃない? そんな下等な生き物と仲良くするなんて、お姉さまどうかしている。お母様はきっと、嘆いているわね」
側近が尋ねる。
「エルーナ様は、人間はお嫌いですか?」
「嫌いだわ、大っ嫌い! 見ただけでも、反吐が出そうだし! なーんかこう、懲らしめてやりたいって気分になっちゃうのよね!」
続きます。