前の話
高橋洋一という名前は僕のものだけれど全く実感がない。誰かから高橋って呼ばれたら僕は「あ、はい」と返事をするけれど、誰かから今日からお前は斎藤とか佐伯とか東山だと名付けられたら「あ、はい」と頷いて僕は別の名前になるだろう。
自分がそんな調子だから他人の名前も勿論覚えられない。僕は中学生なのだけれど、クラスメイトの名前は全て出席番号で覚えている。こいつは18番髪の毛ロングの女身長172、これは4番おとなしいオタク系男子今日僕と掃除当番。という感じだ。
だから僕は人の名前を一切呼ばないし、自分のクラス以外の出席番号を覚えないから他の学年の生徒とはあまり話が合わず、先輩後輩関係はあまりない。
他人の名前を覚えられないととても不都合で日常生活に支障をきたすだろうと思われるだろうが、
人間関係は案外上手くいっている。僕は彼女さえいる。
人間はいい加減なもので曖昧な言い回しで大抵はごまかせる。会話の例をあげよう。
髪を軽く茶に染めていて最近ピアスにも興味が出てきた男、出席番号32番との会話はこうだ。
授業が終わった後、隣の席の32番が僕に話しかける。
「お前この頃、沙織と仲わるいって?」
「あーあいつ?知んね、俺なにもしてねーし」
僕はそう答えて、記憶を探る。最近喧嘩した人物で女であるのは僕の彼女である9番しかいない。9番の顔と性格を思い出す。ショートボブで眼が大きい、本当はズケズケとモノを言うタイプだが.僕の前では天然ボケキャラを作っている。
「沙織、お前と別れたがってて木下といい感じとかいってて高橋ヤバいよねって洋子がいってたんだけどさー」
9番はクラスの目立った男子グループと仲がいいので32番の言う木下とはそのグループ内の15、24、6、14番の中のどれかだろう。
32番は女とあまり親しくしない性格だから、そんな32番が下の名前を呼ぶような洋子という女は9番の今の彼女である31番か。31番は整った顔をしていてる。美人であることに無自覚で度が入ったメガネで無造作なショートカットだ。高橋は僕。