一節 最後の平穏
夢をみている…。
曖昧な記憶の中…。
俺は誰かに頭を撫でられていた…。
『必ず、守ってやる。だから、心配するな』
俺の頭を撫でている人物は、そう呟いて何かを決心している。
いつの記憶なのか…目の前の人物が誰なのか…全く覚えていない。
ただ一つ言える事は…俺はこの光景を見たことがある……。
……それだけ……。
小鳥のさえずりが聞こえてくる清々しい朝。
俺は、ゆっくりと瞼を開いた。
随分と寝ていたらしい。
部屋の障子には、明るい光が差し込んでいる。
俺は、いつも日が昇る頃に畑仕事に出掛けていて、本来なら今頃働いている時刻なのだが、この日は、使いを頼むから畑仕事は休むようにと親父殿に言われ、その時刻まで安眠を貪っていた。
日頃の疲れが溜まっているので、もう少し寝ていたいが、もうそろそろ、使いの時刻なので、起きた方がいいだろう…。
俺は気だるさを引きずったまま、寝床を後にした。
「裂夜…やっと、起きたか。今起こしに行こうとしたところだ」
波我 裂夜…それが俺の名前だ。
俺の名を呼ぶこの人の名は、波我 裂真代々この村に伝わる妖刀を守る一族の長であり、俺の父親だ。
今日は、起きるのが遅かったせいで、親父殿一人に飯の支度をさせてしまったらしい。
居間には、うまそうな、飯の匂いが漂っている。
「遅くなって済まない、親父殿…もっと早く起きて手伝いたかったのだが……」
「なに…気にすることはない。お前は、働き過ぎだからな。たまには、ゆっくりとした方がいい」
「そう言ってくれると有り難い…変わりと言ったらなんだが、夜は俺が飯の支度をしよう」
俺が、申し訳なさそうに謝ると、親父殿は、義理堅い奴だと笑いながら、茶碗に米を盛り付けていく。
俺と親父殿は本当の親子ではない。
本当の両親は、大和を歩き回る旅芸人だったのだが、俺が五つの時、山道を歩いている最中に、夜盗に襲われ、俺の目の前であっさりと殺された。
勿論、その光景を見ていた俺も殺されるはずだったのだが、偶然近くを通りかかった今の親父殿が、あっという間に夜盗達を斬り倒し、幼き頃の俺を助けてくれた。
両親の亡骸を見て泣き叫ぶ俺を、親父殿は不憫に思ったのだろう…そのまま俺を養子に迎えたのだ。
しばらく、口も聞かずに泣き叫ぶだけだった俺を、この人は必死になだめてくれた。
そのおかげで俺は、次第に笑顔を取り戻していったのだ…。
今の俺がいるのもすべて、親父殿のおかげと言っても過言ではない。
義理堅くなるのも当然のことだった。
「親父殿。それで、使いの話だが、今日は、何をしてくればよいのだ?」
俺は、昼飯を食べながら、親父殿に、使いの事について聞き始めた。
「ああ、そのことなんだが…この村に妖刀があることは知っているな?」
親父殿も、おかずの川魚を頬張りながら話を進める。
「ああ、なんでもこの村に住んでいる人々が、代々管理してきたって言う伝説の妖刀だろう?それが、どうかしたのか?」
この村に住んでいる者ならば、妖刀の事を知らない者などはいない…。
なんでも、妖刀には、おぞましい悪鬼が封印されていて、その太刀を一度でも手に取ると、宿っている悪鬼に呪われ、この世に災いをもたらすと言われている危険な代物らしい…。
だから、幼い頃には妖刀が封印されている村はずれの祠には決して近ずくな、と言われてきていた…。
そう言う理由で、この村で、あの太刀を知らない者はいないというわけだ…。
「それで、その妖刀がどうかしたのか?」
「いや、近頃、近隣の村から使いが来てな、結界が張られていない十里ほど離れた村が、妖や悪鬼の百鬼夜行に遭遇して、壊滅的な被害にあったらしいのだ…」
「村に陰陽師などはいなかったのか?」
「…それがな、一人も宿ってなかったらしい…なすすべも無く、村の人間が、怪や鬼などに喰われていったらしいのだ…」
親父殿は、厳しい表情で、あご髭を撫でながら重苦しい声でそう答える。
「なんて酷い…」
俺も、その村の住人達を哀れむようにそう呟いていた。
近頃、悪鬼や妖が夜に現れて、人を喰らうという出来事が多い。まして、百鬼夜行に遭遇するなど、災害にも等しい事態だ…。
妖や悪鬼が、多くはびこるようになったこの世の中、陰陽師などの存在は今では必要不可欠なのだ。
「それでだ…その百鬼夜行がこの村にも現れるかもしれない。という事でな、強い妖力に反応するあの妖刀の様子を見てきて欲しいのだ…」
「なるほど、わかった。飯を食い終わったら、早速、祠に向かって見るとしよう」
あの妖刀は、強い妖力を感じると、ほのかに赤い光を放つようになっている…。
(中に封印されている妖が共鳴しているんだか、どうだか、理屈はわからんが…)
とにかく、太刀を見てくれば怪が近くに居るかどうかわかるということだ。
「では、頼んだぞ…俺は村に張ってある結界が弱まってないか、村の陰陽師と共に周辺を回ってくる。くれぐれも、太刀に触らないように気を付けてな…」
「ああ、わかっている。親父殿も気を付けて…」
俺は飯を食い終わると、すぐさま、祠へと向かった。
これから、何が起こるかも知らずに……。
一話目です。更新遅いですが、感想やご意見など良かったらお聞かせください。m(_ _)m