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エピローグ4:一ノ瀬直也

 環境省の柊遥さんから、瑠衣経由で「お願い」が伝えられたのは、連休明けの朝だった。

 内容は遥さんらしく、極めて簡潔だ。


> 「地球環境サミット(阿蘇開催)における基調講演登壇のご協力をお願い申し上げます」


 ……お願い、ね。

 形式的な言い回しであっても、この手の「お願い」は、実質的に「断れません」という意味を成している。


 とはいえ……。

 オレとしては、今はGAIALINQプロジェクト全体の進捗を見ながら、GAIALINQ ARCの更なる展開を探っている段階だ。


 日本国内では五菱商事とのGAIALINQ ARC規格の共創推進が軸となっているが、同様の展開を海外でも進めようと模索しているところだ。


 米国でも世界最大級の地熱発電プラント “ザ・ガイザース” でのGAIALINQ ARCの採用交渉を本格的に進めている。

 そして並行して五井アメリカと五井物産の再エネ部門が米国で開発設置済みのメガソーラーについてもGAIALINQ ARCを採用する方針を固めた。


 つまり、GAIALINQプロジェクトにおける八幡平での地熱発電プラントの稼働を待たずに、ソフトウェア規格が本格稼働を開始する事になったのだ。


 8月にはAIデータセンター自体の着工が日米で相次ぐ予定だ。

 そうなるとそれに伴う式典対応等もある。

 つまるところ、国際イベントの壇上に立って美辞麗句を並べている余裕なんて、オレにはもう全くない――そう思っていた矢先だった。


 瑠衣が青ざめた顔でオフィスに駆け込んできた。


「センパイ、やばいです〜やばいです〜。

 米国大統領が……今年の地球環境サミットに急遽“参加表明”しちゃいました!」

「……は?」

「しかも!『一ノ瀬直也氏との再度の直接会談を希望する』って、正式に米国大使館経由で連絡が来てしまったそうです!

 ……やばいです〜やばいです〜」


 ……コレはマズいな。

 もう逃げ道は完全に塞がれてしまったようだ。


 瑠衣が入手したばかりの封筒を差し出す。

「こちら、先ほどアメリカ大使館から直接届けられた “特別招待状” という事です」


 普段は何があっても比較的落ち着いている瑠衣も、さすがに動揺を隠せない。


 招待状を見ていると、オレの名前のほかに、並んでいた名前を見て言葉を失った。

――花束贈呈者:一ノ瀬保奈美。

――特別招待者:新堂亜紀、宮本玲奈。


「……なんで保奈美まで」

「“サンフランシスコでの式典の際に花束贈呈を頂いた、あの美しい少女から再び贈呈頂きたい” という事で、ホワイトハウスから特にリクエストがあったそうです」

「そもそも、保奈美はまだ学校があるんだけどな……」


 苦笑いしても、もうどうにもならない。

 米国大使館からの “特別招待状” の件は日本の政官界でもセンセーションを巻き起こしたようで、外務省、経産省、更には首相官邸からも矢継ぎ早に対応要請が届いている。


 いずれも「五井物産として最優先でご対応を頂きたい」という内容だ。

 もはやGAIALINQだけの問題じゃないというのだろうが、こちらにも都合というのがある。


 大統領の来日はわずか二日間だというが、これを受けて日本の首相が環境大臣と経産大臣を伴っての出席を決定し、ASEANと韓国それにEUが「首脳級参加」を急遽打診してくるという連鎖状態となった。

 その結果、地球環境サミットは一夜にして「世界首脳の外交セレモニー」へと変質してしまったのだ。


「……こうなると、もうG7サミットに匹敵するな」

 そうぼやいた俺に、瑠衣が真顔で返した。

「警察庁、G7体制で動く準備を急遽開始していると先程共有されました。

 本庁警備局が総力をあげて対策をするということで、もう本庁は大騒ぎになっています。

 また、このタイミングでまたインテリジェンス工作等があったらマズいという事で、角田先輩もセンパイの警護対応に動員され、サミット会場付近の地元所轄で警備指揮をする事になったと聞いています」


 ただ、当初予定されていた規模を大きく上回る事になったために、様々な弊害が生じてしまっている。


 特に宿泊先の問題。

 仮に地球環境サミットに参加するにしても、メンバーの宿泊場所の確保の目処が立たないのだ。


「阿蘇高原周辺の宿泊地はすでに “外交優先枠” で抑えられています」と瑠衣。

「外務省が一部調整を試みていますが、現時点で五井物産側の枠は皆無みたいです。

 主催側の招待処理に間に合っていません。

 隣接する大分の旅館なども既に予約がいっぱいみたいです」

「つまり、GAIALINQチームだけ宿無しってことか」

「……はい。センパイ、いっそのことテントでも張りましょうか?」

「ハハハ。……まぁ本来は有名なキャンプ場らしいけれどね」

 そうは言ったものの、女性を7人連れて5日間キャンプをするのは無謀だろう。


 オレは自分の個室に戻って内線を鳴らした。

 五井物産の常務に繋いでもらう。

 状況を簡潔に話し、必要な事情――VIP対応の可能性、外部からのインテリジェンス工作のリスク、そしてこちらの行動計画――を整理して伝える。


 電話口の向こうで、常務は短く息を呑んだ。

「……わかった。九州支社長に私から相談してみるよ。

 あまり会場に近すぎない場所の方が良さそうだな。

 あと、一ノ瀬くんの立場も鑑みて、それなりに格式ある場所にはしてもらわないとな。

 とはいっても選択の余地がどこまであるかは調整してみないとなんとも言えないが」

「助かります」

「とりあえず早々になんとか手配するように依頼しておくよ」


 夕方。

 早速フィードバックがあった。

 五井物産九州支社が即応し、なんと、九州地区で最も格式が高く、普通なら予約を取るのが到底困難な筈の白川温泉の《竹はやし》を三部屋、押さえられたというのだ。


 ここは大変有名な宿で、オレでも名前くらいは聞いたことがある。

 一生に一度は行きたい旅館と言われており、最大でも12組しか宿泊できない超高級宿だ。


 ただ、こんな高級旅館に決まった理由は明確みたいだ。

――VIPとの会談が急遽開催される可能性に備えること。

――情報の混線や外部からの工作を最小化すること。

――警備動線を館側と事前に共有し、分散入退館を避けられる構造があること。


 問題は、部屋割だ。

 用意されたのは、三人部屋が二つと、四人部屋が一つ。


 オレの腹づもりは単純だった。

――三人部屋をひとつ、オレが単独で使う。

――残る三人部屋と四人部屋に、女性陣全員で入ってもらう。

 動線も管理しやすいし、誰にも過度な誤解を生まない。


 その夜。

 家に戻って、食卓で事情を話した。

 保奈美は静かに首を振り、そして、こちらを真っ直ぐに見た。


「……イヤです」

「……は?」

「私、直也さんと同じ部屋じゃないと、絶対にイヤです」

「保奈美。

 これは仕事なんだよ」

「分かっています。

 でも――サンノゼの時だって、一緒の部屋で過ごしていたよ。

 あの時だってちゃんと保奈美の役割を果たしたでしょ?

 だから今回も直也さんと一緒の部屋じゃないと、絶対イヤです」


 つい先日の保奈美とのやり取りを思い出す。


「そんなに都合良く家族になったり家族でなくなったりするなんて――そんなの本当の “家族” じゃない!」


 そういう保奈美に対して、今、違う部屋割を強制することが正しいこととも思えない。


「わかった」

 オレは短く答えた。

「オレと保奈美で一部屋。

 残りは三人+三人ということにしよう。

 それならいいね?」

「うん。――ありがとう!」

 輝くような笑顔でそう言われてしまえば、もうオレには抵抗のしようもない。


 翌日。

 九州支社の迅速な対応で《竹はやし》に泊まれることを伝えると、先ず亜紀と玲奈が狂喜乱舞した。


「もう、なんて素敵なのかしら!

 あの宿って『一生に一度体験しておけ』って言われているレベルの超高級旅館じゃない。

 直也くんと一緒にいると、こういう驚きに満ち溢れた人生になるのよ。……もう最高!」

「直也と一緒に仕事をしていると、サンノゼの時もそうですけれど、超VIP扱いを受けられ過ぎて自分の価値観がバグりそうで怖いですね。

 でも正直、超うれしいです!」


 あまり旅館に詳しくない他のメンバーは玲奈が見せてくれる紹介動画を見て、一気にテンションMAXになった。


 オレは会議室に参加予定のメンバー――保奈美を除く神セブンの残り6人を集めた。

 そしてプロジェクターに《竹はやし》の各部屋の間取りを写し、結論だけを伝えた。


「部屋割はこうする。

 オレと保奈美で一部屋。残りは三人ずつで二部屋に分かれてくれ」


 しばし沈黙。

 そのあと、莉子が不満げに口を尖らせながら言った。

「直也くん甘すぎだよ。

 保奈美ちゃんの言うことなら、なんでも聞くの?」

「そうですよ!」

 瑠衣が珍しく食い気味に続く。

「保奈美ちゃんの言う事ばかり聞いてズルいって本当だったんですね、センパイ!」

 亜紀も玲奈も麻里も、オレがどう答えるか様子を見ているようだ。


「わかった。理由を端的に三つ示そう」

「一つ。

 オレと保奈美は“家族”で、そもそも毎日同じ屋根の下だ」

「二つ。

 今回のサミット参加の責任者として花束贈呈者の同行管理をする必要がある」

「三つ。

 唯一の未成年だから保護者として監督する必要がある」


「はい出ました、ロジカルモンスターによる “説得” 三点セット」

 玲奈が小声で言う。

 笑いが起きる。

「でも――まあ、筋は通ってるわね」

 麻里が淡々と頷いた。

「あとの部屋割りはみんなに任せるよ」

 瑠衣はそれでも少し不満げに見えたが、やがて観念したようにメモを取った。


「異論があるなら今のうちだぞ」

 オレが言うと、莉子が手を挙げる。

「はい! 保奈美ちゃんだけズル過ぎる。

 直也くんが甘すぎる。――だったら私にも、もっと甘くして!」

「却下」

「はぁい」

 間の抜けた返事に、笑いがまた一度、会議室を緩めた。


 名簿はその場で確定させ、瑠衣が整理して《竹はやし》側と、警察庁、外務省、経産省、環境省に共有していた。

 開催期間における《竹はやし》周辺の警備は角田が所轄署と、それから熊本県警本部と調整するという事だ。


 窓の外は、連休明けの白っぽい光。

 ガラスの向こうで、街の音が鈍く溶けている。


 ――阿蘇。

 世界の視線が、そこに集まる。


 ASEANとEUは今回の『GAIALINQ ARC規格の共創推進』に高い関心を既に表明している。

 間違いなく、この機会にオレにコンタクトをしてくる事になるだろう。


 しかし、今回何よりも重要なのは、中国の高官、陳啓元からオレへの招待があった件について、米国側に明確に説明する必要があるという事だ。


 米国は間違いなく、劉美琳とオレとの接触について既に把握していると見るべきだろう。

 従って、オレの判断の是非も問われると考えるのが妥当だろうな。


「その時点で、GAIALINQの命運は、ある程度は決してしまうという訳だ」


 小さな独白は、冷めたコーヒーの匂いと一緒に、静かに消えた。


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