プロローグ
「ふーん、おまえみたいのがねぇ」
「⋯⋯⋯⋯」
「で、名前は?」
「⋯⋯⋯⋯」
「あ、あれっ、名前⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
どうしてこうなっちゃったんだろう⋯⋯私───シルティア・ミラルトは遠くなっていく意識の中でそう思った。
止まった世界で動いているのは私、それと───魔王。私以外動けないはずの世界で、漆黒を身にまとったような魔王は嗜虐的な目で私を見詰めていた。
「あの?俺はそんなに怖くないよ⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
ねえ、おかしいじゃん。どうして魔王が、人類最大の敵で暴虐の化身が、私の前に現れるの⋯?
ただ私、少し休憩しようとしただけじゃん⋯⋯ちょっと時間止めて一息つこうとしただけなのに⋯⋯
「もしもーし?俺の声聞こえてる⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
ああ⋯⋯魔王が私を殺すために手を振りあげた。でも、これが走馬灯なのかなぁ。いつまで経っても痛みが襲ってこない。
何が間違ってたんだろ。でもやっぱり、最初からなのかな⋯⋯
それから私は、これまでの人生を順に思い出していった。
まず、私は孤児だったらしい。その時の事は覚えてないからお母様、私の継母から教えて貰った事だけど。
『いい?シルティア、あなたは自由に生きるのよ』
『どうして?私もお母様みたいにこの家を継ぐ!』
『⋯⋯本当にそうしたいのなら、それでもいいわ』
お母様は若い頃に私のお父様になるはずだった人と死別して、ミラルト男爵家の当主を務めていた。家を継がせる為に私を引き取ったはずなのに、いつしか私の幸せを第一に考えてくれていた、そんな優しい人だった。
『この家のことなんて考えなくていい。あなたが財産を使ってくれるくらいが丁度いいの』
お母様に他の子供や家族はいなかった。だから私は本当の子供のように扱って貰ったし、私もお母様を本当のお母様のように思ってた。
でも、お母様は私が12歳の時に死んでしまった。病気だった。
『いやだ、いやだっ!お母様っっ!!』
『シルティア⋯⋯ごめん、なさい⋯⋯』
『なんで、いやだっ!いかないでよおおおぉぉぉ!!』
そして、この時だった。私が時を止める力に目覚めたのは。
───お母様っ、死んじゃいや!お別れなんていや!お願い、お願い!止まってよぉ!!
かちり、と。時が止まった。お母様と、お医者様。時計も、外で歩いている人も。何も動かなくなった。
私だけが動けた。
最初はこれでお母様が助かる!と思った。けど、違った。ただ止めてるだけなんだから。
それを理解してから何分か、何時間か、はたまた何日か経ったあと。
───⋯⋯もう、いい。動いて
現実を受け入れた私は時を動かした。お母様は、私の前でゆっくりと息を引き取った。でも私は時間が止まってくれたことに感謝した。そのお陰で、ちゃんとお母様とお別れが出来たから。
お母様が亡くなってから、まだ幼い私は家を継ぐことが出来ず、そのまま貴族学院に入学し、寮生活を送ることになった。
貴族学院は13歳から18歳の貴族子弟が、貴族としての責務や教養を学ぶ場所だった。
『ここの部分には射程決定の魔法陣を書き込みます。では⋯⋯ミラルト様』
『は、はいっ!』
『実際に書き込んで見てください』
『え⋯⋯えーっと、⋯⋯』
『⋯⋯ミラルト様、どうされたのですか?』
───止まって
でも私には貴族としての知識も作法も何もかもが足りていなかった。
だからその都度時間を止めて、騙し騙し過ごしてきた。寮での生活もそうだ。
『それでね、今日の魔法実習、的を8個も撃ち抜けたんだ!』
『えっ、凄いじゃん!宮廷魔法士になれるんじゃない!?』
『私なんてまだまだだよぉ。あ、そうだ、シルティアちゃんはどうだった?』
『え、わ、私?』
『うん!今日の魔法実習!』
───止まって
幼い頃の人との関わりがお母様だけだったので、いきなりの寮生活は私にとって負担が大きかった。
最初はこんな些細な会話さえも、時間を止めて心を落ち着かせないと出来なかった。
でも私は成長した。16歳になった今、時間を止めなくても色んな事が出来るようになったし、友達だって出来た。
それで今日⋯⋯私のクラスは王都の外へ課外授業に出たのだ。課題は班で1匹魔物を狩ること。
『なかなか魔物いないねー』
『そうだね⋯⋯やっぱり逃げちゃったのかなぁ』
『んー?まあ、いつか見つかるっしょ!』
カルロリア公爵家のアイリス・カルロリア、ライゼン男爵家のクレア・ライゼン、そして私。
仲のいい3人で集まった私達のグループは、始まった頃は口数も多くて明るい雰囲気だった。でも、昼を過ぎても魔物が1匹も見つからなくて。
───止まって
それで私は、時間を止めて魔物を探そうとした。それなら魔物も逃げないし、簡単に見つかると思ったから。
そして見つけた後に2人を案内すればいいと、でも、それで⋯⋯それで───
「おーい、戻ってこーい」
「⋯⋯はっ!」
あれ、なんかすごく懐かしい思い出を見ていたような⋯⋯
うーん、なんでだろう⋯⋯って、そうじゃない!私は魔物を探さなくちゃいけないんだ!アイリスとクレアのために!
「そうじゃないっ!歩き出そうとするな!流石に俺でもそろそろ悲しいんだけど!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい殺さないで!」
魔王に肩を揺さぶられて、私は必死になって許しを乞う。
何度だって問いたい。なんでこんな所に魔王がいるの?時間止めてるのに、人間領のしかも王都なのに、
「私なんて何も無いのに、ただ一生懸命生きてただけなのに、別に魔族と戦ったこともないのに⋯⋯」
「え?あー、なんかすまん⋯⋯」
「そうだよ。私なんかより、前線の城とか、王城とか、そういう所行ってよ⋯⋯」
「あー、分かったから!ほら、泣くんじゃない!」
座り込んで私はしくしくと泣く。その涙を魔王は優しく拭ってくれる。
優しく、優しく⋯⋯?
そして、私はがばりと起き上がって、魔王の顔をじっと見つめた。
「うおっ!急に起き上がるなよ」
「⋯⋯あなたって、本当に魔王なんですか?」
全身黒装束に、腰の部分には瘴気が溢れ出る魔剣をさしていて、極めつけは頭に生える2本の角。学校で教わったそのままの姿だ。
でも⋯⋯私、まだ殺されてないし⋯⋯
「まあ、人間からはそう呼ばれてるな」
「じゃあなんで私を殺さないんですかっ!?」
「そんな怖がるなって!別に傷付けたりそんな事しないから」
そう言って魔王は後ずさる私の手を掴んだ。
「俺は時を止めてるやつを調べに来たんだ」
その言葉に私の肩が大きく跳ねる。
私が時間を止めて、それに気づく人は今まで誰もいなかった。止まっていた時がもう一度動き出すと、誰もがそのまま何も無かったように動き出す。
私だけは動けるから、場所が少し変わったとかで違和感を感じられることはあったけど、多少不思議がられるだけで時間を止めてるなんて気づかれる事はない。
止まっている時間は、私の聖域だった。止まっている時だけ、私は心の重荷を全て下ろして、自由に息が出来た。この能力があったから、私は今まで潰れずにいられたんだと思う。
「⋯⋯そ、」
「そ?」
「そ、そうなんですか?あ、そういえばこれって時が止まってるということなんですか?だからかぁ。さっきからおかしいなあと思ってたんですよ!」
「いや嘘下手か」
だって認められるわけないじゃん!時間止めてるのが私ってバレたら絶対殺されるじゃん!
⋯⋯でも、もう遅いか。ばれてるみたいだし。あーあ、もっと生きていたかったな。演劇の授業、もっと真面目に受ければよかったなぁ⋯⋯
「今度は急に大人しくなるのか」
「はい、そうです。時間を止めてるのは私なんです。だから痛くない方法で殺して⋯⋯」
「⋯⋯面白いな、おまえ」
「⋯⋯え⋯⋯?」
「けど人の話を聞け」
「あ痛っ!」
え、何?デコピン!?なんか私、魔王からデコピンされた!?これ脳みそが漏れ出てるんじゃ⋯⋯
「あのなぁ。俺がそんな簡単に人を殺すやつに見えるか?」
「はい」
「お、おう⋯⋯そうか⋯⋯」
いやだって怖いもん。特に腰にさしてある剣。近くにいるだけで呪われそう。
顔は、その⋯⋯整ってるなぁとか思わなくもないけど⋯⋯漆黒の瞳とかすらりとした鼻筋とか、凄くかっこいいし⋯⋯けど、魔王だから!人類の敵だから!
すると魔王は腰を下ろして、私の正面にくる、顔が近づいて、思わずびくっとしてしまう。
「とりあえず、驚かせた事は謝る。けど俺は、本当に危害を加えるつもりは無くて、ただ話がしたいんだ」
頭を下げて、それから魔王は私の目を見て真剣に語った。そこには、敵意も侮蔑も何も含まれてない、ように私は感じた。
「その時を止める力は、いつから使えるようになった?」
「⋯⋯えっと、私が12歳で、お母様が亡くなった時に」
気付いたら魔王の質問に答えていた。別に、そうしないと殺されそうなのでいずれ答えていたのは間違いない。でも、するりと言葉が出てきたのは、とても意外だった。
「いつでも使えるのか?何か代償は?」
「多分、いつでも使えます。代償は⋯⋯魔力は使ってないですし、多分ないと思います」
「じゃあ、時を止めて何をしていた?」
「⋯⋯言わないと駄目ですか?」
「出来たら」
「⋯⋯その、分からないことを調べたりとか、試験前に勉強したりとか⋯⋯こ、心を鎮めていたりとか⋯⋯」
一通り答え終わると、魔王は下を向いて考え始めた。
私は判決を待つ被告のような気持ちで彼を見つめる。いや、待ってる判決が多分死刑だから、そこら辺の被告よりよっぽどやばいかもしれない。
「よし」
「っ!」
ああ、今から判決が言い渡される。私、本当に悪いことはしてないんです。だからどうか、死刑だけは、死刑だけは!
「おまえ、名前はなんていうんだ?」
「あ、えっと、シルティア・ミラルトです」
「よし、じゃあシルティア、俺の花嫁になれ」
「⋯⋯⋯⋯」
はなよめ、ハナヨメ、鼻読め⋯⋯花嫁!?
いや、聞き間違いか。うん、そうに違いない。
「すみません、聞き取れなかったのでもう一度お願いします」
「シルティア、俺の花嫁になれ」
「聞き間違いじゃない!?」
え?は?なんで?どういう文脈?今までの流れも意味わかんないけど、これが一番意味わかんないんですけど!?!?
「え、その⋯⋯拒否権は⋯⋯?」
「うーん⋯⋯まあ、無いな」
けど、と魔王は混乱真っ只中の私にこう続けた。
「返事はまだ待つ。無理矢理するんじゃ、意味が無いから」
「???」
拒否権は無いのに、返事は待つ⋯⋯?どういうこと?いやまず花嫁どういうこと?なんだけど。
頭の中がリアルにぐるぐる回っている私をよそに、魔王は満足そうに頷いた。
「じゃあ、また今度時が止まったら来るわ。なるべく早く返事は聞きたいからな⋯⋯そうだ、シルティアが今回時を止めた理由は?」
「え?あえっと⋯⋯魔物を探してて」
「なんで?魔石か?」
「なんでって、その⋯⋯課題で」
そう言うと、魔王は一瞬消えて、また瞬時に帰ってきた。その手にはこの草原に生息するツノウサギが握られていた。
本当に魔王だ⋯⋯
「これでいいか?」
「⋯⋯あ、はい。ありがとうございます」
「おう。じゃ、⋯」
「待ってっ!」
去ろうとしていた魔王が不思議そうに振り返る。
思わず呼び止めてしまった私は、めちゃくちゃ後悔しながら、それでもどうしても聞きたかったことを尋ねた。
「あの、魔王の⋯⋯あなたの名前は?」
私の質問に目を丸くした後、彼は笑った。今日1番の笑顔で。
「シン。シン・ヴィクトリアだ。またな、シルティア」
そして魔王、シンは姿を消した。そこには、動かないツノウサギだけが残されていた。しかも丁寧に足が凍らされている。
たっぷり30秒経ってから、私は膝を抱き寄せて丸くなった。
だって、ねえ。意味わかんないじゃん?
読んで頂きありがとうございます。
完全に勢いで始めたのですが、こんな感じでシルティアのちょっと騒がしい物語を書いていこうと思っています。
宜しければブックマーク登録と評価を付けて下さると嬉しいです。
それでは、また。




