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まだ遠い、未来へ

まだ遠い、未来へ

作者:
掲載日:2026/03/20

「いらっしゃいませー」


「何名様でしょうか?」


「1人です。」


「それでは、こちらのお席へどうぞ。ご注文がお決まりの頃、参ります。」


お客様をご案内した後、カウンターに戻ると、

パートの吉野さんに声をかけられる。


「奈帆ちゃん、おつかれさま。もう、休憩入って。15時だから。」


「ありがとうございます。オーダー待ち、1件です。」


「はぁーい。」


休憩室に入ると、

テーブルに「おひとつどうぞ」というメモが貼ってある、

おみあげの箱が置かれている。

吉野さんかな。


「はぁ……」


私はフリーターで、3年間このカフェレストランでアルバイトをしている。

週に5日か6日でフルタイム。


同年代のバイト仲間は男の子が1人。

他は私より少し年上の人が多い。


バイトは楽しい。

それが、正しいのかはわからないけど。


いつもより、苦く感じるコーヒーを飲みながら、おみあげを一つ手に取って、

やっぱり元に戻した。


今日か……。


何にもないんだけどな。


私は20時までだったバイトを終え、友達との待ち合わせに向かった。


「ふぅ……」


ファミレスの前で、大きく息を吸って吐いた。

入り口のガラスの扉に手をかけると、

やけに重く感じるその扉を開けて、店に入った。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」


「あ、待ち合わせです。」

店の中を見渡すと、笑顔で手を振っている友人の姿を見つけた。

彼女から目を逸らしたまま、顔だけをその席に向ける。


「あちらのお客様ですね。どうぞ。」


「はい。」


少し強張りそうになる顔を、なんとか平静を保つことに集中する。


席に近づくと、1年前に会った時より化粧も大人っぽくて、

服装も少しだけ落ち着いた雰囲気の彼女がいた。


「ひさしぶりー。奈帆元気だったぁ?」


「うん。円華は元気だった?

スーツじゃないんだね。」


「元気だよ。

今日は、営業先から直帰だったし、早く終わったんだ。

だから服買って、着替えちゃった。」


「そっか。」


話し続ける彼女の声は聞こえているのに、

その声を自分の中に留めることができないまま、

言葉だけが、流れていく。


あ、この前聞いた歌の、歌詞みたい。


「奈帆?大丈夫?」


「あ、うん。

そうだったんだね。おつかれさま。」


” 直帰 ”という言葉がやけに耳に残っていた。


私とは、違う世界の人の言葉みたいな感じ。


彼女の仕事の話題を変えたくて、口走ってしまう。


「どうする?店変える?」


「お腹すいちゃったから、ここで大丈夫。ファミレス最高。

奈帆はどっちがいい?」


「今日は、ここでいいよね。」

自分の提案だったのに、流れたことにホッとする。


円華とは、中学から仲が良くて、高校も一緒だった。

唯一心の許せる友達……のはずだった。


食事の注文をして、二人でドリンクを取りに向かう。


「私はホットにしよう。あ、奈帆はカフェレストランだったよね。

やっぱり美味しい?」


「美味しいと、思うよ。

私はアイスティーばっかり飲んでるけどね。」


返事をしながら、

マシンからトポトポと滴るコーヒーを見つめていた。


円華は、化粧品会社に就職して、正社員として働いている。


私はカフェのバイト。


不満があるわけじゃないのに、円華は何も言ってないのに……。


お腹減らない、食べられるかな。


席にもどって、他愛のない話をしながら、

二人とも、近況を話すわけでもなく、ただ時間を進めた。


食事を終えた後、

私が、半分以上残ったドリアを見つめていると、

円華はもう一度ドリンクを取りに行った。


私は頬杖をつきながら、窓の外に視線を移した。

若い女の子たちが、

追いかけっこしてるみたいに、はしゃいでいる姿が見えた。


私は今日、ちゃんと笑えてるのかな。


「楽しそう。」


「何が?」


ビクッと体が反応してしまう。


「ははっ、ごめん。驚かせちゃったね。」


「あぁ、ううん。外ではしゃいでる女の子たちがいるから。」


「女子高生って感じだねぇ。」


「そうだね。」


それ以上は言葉が出なくて、黙り込んでしまった。


私たちも、あんなふうに一緒にいるだけで楽しいと思える時間はあった。


無意識に、円華の顔に視線を動かす。


彼女の顔は、思ってたよりずっと、疲れていた。


ついジッと見つめてしまって、目が合った。

少し戸惑って、声をかけられずにいると、彼女が切り出した。


「私ね……ちょっと、仕事で失敗しちゃって。」


「え、そうなの?」


彼女に向き合いながら返事をすると、

円華の目が、赤く潤んでいく。


「……うん。先輩がフォローしてくれて、先に帰らせてくれたの。

ダメだね。もう3年も働いてるのに……」


円華、泣いてる。


私より、ずっと前を歩いていた。


遠いはずだったのに。


彼女は、涙を堪えようと唇を噛んでいた。

それでも、ポタポタと少しずつこぼしていた。


何か、声をかけないと。


……円華の今までの時間を、知らない。


何も、見ようとしてなかったのかもしれない。

自分のことばかりで。


今、自分がかけられる言葉の中で、一番彼女に必要だと思える言葉を、

投げかける。


「あのさ、それって、円華が先輩に信頼してもらってたからじゃないかな。」


だって円華は、いつもそうだもん。


「……そう、かな……?」


「うん、円華がちゃんと一生懸命やってるって、先輩が信頼できるほど頑張ってるって、

わかってるから、先に帰っていいって、言ってくれたんじゃないかな。」


「……ふふ、奈帆はほんと、優しいね。

なーんか、説得力あるから不思議。」


「何それ。褒めてる?」


「うん。ていうか、今日私、奈帆に慰めて欲しかったのかも。

円華は、頑張ってるって言って欲しかっただけかもしれない。ズルいね。」


「なぁにそれ、一人前の正社員のくせに、バイトちゃんに甘えるのー?」


「そんなの関係ないよ。奈帆は、奈帆でしょ。」


なんでだろう。目を瞑ったら、涙がこぼれそう。


私だ。

ズルいのは……。


昔から円華は、進む道を決めていた。


私はそれを、一番近くで見ていたから。——


「私ね、メイクアップアーティストになりたかったんだけど、

専門学校は、親に反対されちゃったんだ。」


「そうなの?自分でバイトしながらとか、難しそうだもんね。」


「だからね、化粧品会社に就職して、美容部員になる。」


「美容部員……て何?」


「んん……メイクの実演販売してる人?って言えばわかりやすいかなぁ。」


「あぁ!薬局とか、デパートの専門店にいる人だ!」


「そう。そしたら、メイクできるでしょ!」


自分の夢の形を変えて、叶えようとしている。


親に反対されたことを悲しむことに時間を使うんじゃなくて、

別の道を、見つけてる。


——円華は夢を叶えた。


私はまだ、始まってもいない。


「奈帆、この後さ、カラオケ付き合ってくれる?」


「え?いいけど、明日仕事じゃないの?」


「明日ねー、休みなの。奈帆と久々に会えると思って、休みにしといた。」


「いいね。私も休みだよ。行こっか。」

「やったぁー。今日は歌って、またあさってから、頑張る。」


「うん、私もそうする。」


私も、行けるのかな。


今なら、目の前にある場所で。


「私……カフェの仕事好きだし、できるかはわかんないけど、

資格の勉強してみようかな。」


「えー!かっこいい。コーヒーの資格だよね。」


「うん。」


「なんの資格?」


「なんだろう。

詳しくわかんないけど、これから調べる。

私、カフェ店員なのにね……。」


「いいじゃん。

奈帆は、できるよ。」


「ありがとう。」


会計を済ませて、外に出る。


カラオケに向かう途中、さっきはしゃいでいた女の子の姿を見かけた。

二人で、ベンチに座って、話し込んでいた。


彼女たちも、まだ、迷っているのかもしれない。

見えない未来に。


私も、少しだけ、進みたい。


前より、コーヒーを好きになれそうだから。


「円華、ありがとう。今日、会えてよかった。ほんと。」


「何、急に?もう会わないみたいな言い方しないでよ。」


「違うよ。ちゃんと、言いたかっただけ。」




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― 新着の感想 ―
春のチャレンジ企画から伺いました。 すごく心に刺さりました……! 社会人とフリーター、特に女性はライフステージの違いで昔ながらの関係性が消えてしまうことも少なく、ドキドキしながら読んでいたら円華ちゃん…
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