まだ遠い、未来へ
「いらっしゃいませー」
「何名様でしょうか?」
「1人です。」
「それでは、こちらのお席へどうぞ。ご注文がお決まりの頃、参ります。」
お客様をご案内した後、カウンターに戻ると、
パートの吉野さんに声をかけられる。
「奈帆ちゃん、おつかれさま。もう、休憩入って。15時だから。」
「ありがとうございます。オーダー待ち、1件です。」
「はぁーい。」
休憩室に入ると、
テーブルに「おひとつどうぞ」というメモが貼ってある、
おみあげの箱が置かれている。
吉野さんかな。
「はぁ……」
私はフリーターで、3年間このカフェレストランでアルバイトをしている。
週に5日か6日でフルタイム。
同年代のバイト仲間は男の子が1人。
他は私より少し年上の人が多い。
バイトは楽しい。
それが、正しいのかはわからないけど。
いつもより、苦く感じるコーヒーを飲みながら、おみあげを一つ手に取って、
やっぱり元に戻した。
今日か……。
何にもないんだけどな。
私は20時までだったバイトを終え、友達との待ち合わせに向かった。
「ふぅ……」
ファミレスの前で、大きく息を吸って吐いた。
入り口のガラスの扉に手をかけると、
やけに重く感じるその扉を開けて、店に入った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
「あ、待ち合わせです。」
店の中を見渡すと、笑顔で手を振っている友人の姿を見つけた。
彼女から目を逸らしたまま、顔だけをその席に向ける。
「あちらのお客様ですね。どうぞ。」
「はい。」
少し強張りそうになる顔を、なんとか平静を保つことに集中する。
席に近づくと、1年前に会った時より化粧も大人っぽくて、
服装も少しだけ落ち着いた雰囲気の彼女がいた。
「ひさしぶりー。奈帆元気だったぁ?」
「うん。円華は元気だった?
スーツじゃないんだね。」
「元気だよ。
今日は、営業先から直帰だったし、早く終わったんだ。
だから服買って、着替えちゃった。」
「そっか。」
話し続ける彼女の声は聞こえているのに、
その声を自分の中に留めることができないまま、
言葉だけが、流れていく。
あ、この前聞いた歌の、歌詞みたい。
「奈帆?大丈夫?」
「あ、うん。
そうだったんだね。おつかれさま。」
” 直帰 ”という言葉がやけに耳に残っていた。
私とは、違う世界の人の言葉みたいな感じ。
彼女の仕事の話題を変えたくて、口走ってしまう。
「どうする?店変える?」
「お腹すいちゃったから、ここで大丈夫。ファミレス最高。
奈帆はどっちがいい?」
「今日は、ここでいいよね。」
自分の提案だったのに、流れたことにホッとする。
円華とは、中学から仲が良くて、高校も一緒だった。
唯一心の許せる友達……のはずだった。
食事の注文をして、二人でドリンクを取りに向かう。
「私はホットにしよう。あ、奈帆はカフェレストランだったよね。
やっぱり美味しい?」
「美味しいと、思うよ。
私はアイスティーばっかり飲んでるけどね。」
返事をしながら、
マシンからトポトポと滴るコーヒーを見つめていた。
円華は、化粧品会社に就職して、正社員として働いている。
私はカフェのバイト。
不満があるわけじゃないのに、円華は何も言ってないのに……。
お腹減らない、食べられるかな。
席にもどって、他愛のない話をしながら、
二人とも、近況を話すわけでもなく、ただ時間を進めた。
食事を終えた後、
私が、半分以上残ったドリアを見つめていると、
円華はもう一度ドリンクを取りに行った。
私は頬杖をつきながら、窓の外に視線を移した。
若い女の子たちが、
追いかけっこしてるみたいに、はしゃいでいる姿が見えた。
私は今日、ちゃんと笑えてるのかな。
「楽しそう。」
「何が?」
ビクッと体が反応してしまう。
「ははっ、ごめん。驚かせちゃったね。」
「あぁ、ううん。外ではしゃいでる女の子たちがいるから。」
「女子高生って感じだねぇ。」
「そうだね。」
それ以上は言葉が出なくて、黙り込んでしまった。
私たちも、あんなふうに一緒にいるだけで楽しいと思える時間はあった。
無意識に、円華の顔に視線を動かす。
彼女の顔は、思ってたよりずっと、疲れていた。
ついジッと見つめてしまって、目が合った。
少し戸惑って、声をかけられずにいると、彼女が切り出した。
「私ね……ちょっと、仕事で失敗しちゃって。」
「え、そうなの?」
彼女に向き合いながら返事をすると、
円華の目が、赤く潤んでいく。
「……うん。先輩がフォローしてくれて、先に帰らせてくれたの。
ダメだね。もう3年も働いてるのに……」
円華、泣いてる。
私より、ずっと前を歩いていた。
遠いはずだったのに。
彼女は、涙を堪えようと唇を噛んでいた。
それでも、ポタポタと少しずつこぼしていた。
何か、声をかけないと。
……円華の今までの時間を、知らない。
何も、見ようとしてなかったのかもしれない。
自分のことばかりで。
今、自分がかけられる言葉の中で、一番彼女に必要だと思える言葉を、
投げかける。
「あのさ、それって、円華が先輩に信頼してもらってたからじゃないかな。」
だって円華は、いつもそうだもん。
「……そう、かな……?」
「うん、円華がちゃんと一生懸命やってるって、先輩が信頼できるほど頑張ってるって、
わかってるから、先に帰っていいって、言ってくれたんじゃないかな。」
「……ふふ、奈帆はほんと、優しいね。
なーんか、説得力あるから不思議。」
「何それ。褒めてる?」
「うん。ていうか、今日私、奈帆に慰めて欲しかったのかも。
円華は、頑張ってるって言って欲しかっただけかもしれない。ズルいね。」
「なぁにそれ、一人前の正社員のくせに、バイトちゃんに甘えるのー?」
「そんなの関係ないよ。奈帆は、奈帆でしょ。」
なんでだろう。目を瞑ったら、涙がこぼれそう。
私だ。
ズルいのは……。
昔から円華は、進む道を決めていた。
私はそれを、一番近くで見ていたから。——
「私ね、メイクアップアーティストになりたかったんだけど、
専門学校は、親に反対されちゃったんだ。」
「そうなの?自分でバイトしながらとか、難しそうだもんね。」
「だからね、化粧品会社に就職して、美容部員になる。」
「美容部員……て何?」
「んん……メイクの実演販売してる人?って言えばわかりやすいかなぁ。」
「あぁ!薬局とか、デパートの専門店にいる人だ!」
「そう。そしたら、メイクできるでしょ!」
自分の夢の形を変えて、叶えようとしている。
親に反対されたことを悲しむことに時間を使うんじゃなくて、
別の道を、見つけてる。
——円華は夢を叶えた。
私はまだ、始まってもいない。
「奈帆、この後さ、カラオケ付き合ってくれる?」
「え?いいけど、明日仕事じゃないの?」
「明日ねー、休みなの。奈帆と久々に会えると思って、休みにしといた。」
「いいね。私も休みだよ。行こっか。」
「やったぁー。今日は歌って、またあさってから、頑張る。」
「うん、私もそうする。」
私も、行けるのかな。
今なら、目の前にある場所で。
「私……カフェの仕事好きだし、できるかはわかんないけど、
資格の勉強してみようかな。」
「えー!かっこいい。コーヒーの資格だよね。」
「うん。」
「なんの資格?」
「なんだろう。
詳しくわかんないけど、これから調べる。
私、カフェ店員なのにね……。」
「いいじゃん。
奈帆は、できるよ。」
「ありがとう。」
会計を済ませて、外に出る。
カラオケに向かう途中、さっきはしゃいでいた女の子の姿を見かけた。
二人で、ベンチに座って、話し込んでいた。
彼女たちも、まだ、迷っているのかもしれない。
見えない未来に。
私も、少しだけ、進みたい。
前より、コーヒーを好きになれそうだから。
「円華、ありがとう。今日、会えてよかった。ほんと。」
「何、急に?もう会わないみたいな言い方しないでよ。」
「違うよ。ちゃんと、言いたかっただけ。」




