第5話 ダンジョンで迎える朝
アルクとシエルはお腹が満たされて満足したのか、食後すぐに二人で身を寄せ合って眠ってしまった。まだまだ育ち盛りの子供だもんなあ。
起こさないように風魔法で二人を落ち葉のベッドへと運ぶ。
何となく、触れると起こしてしまうような気がしたのだ。まだ抱き上げて寝床に運ばせてもらえるほど、信頼関係を築けていない。
せめて少しでも快適に眠れるようにと、持参していた麻布を落ち葉の上に敷いてから、二人をそっと横たえた。簡易ベッドぐらいにはなるだろう。
二人を起こすことなく無事に運べてホッと息を吐く。
「さて、と。本当にダンジョンで暮らすことになるとは思っていなかったが……とにかく寝床が必要だよなあ。ヴェルデはいつもどうしているんだ?」
「我はどこででも寝られる」
ヴェルデは少し得意げに鼻を鳴らすと、双子から少し離れた場所で身体を丸めた。
俺も冒険者として野宿することはよくあったので、正直どこででも眠ることができる。
だが、しばらくここで暮らすとなると話は別だ。
夕食で食べたイエローボアのように、この隠しダンジョンにも魔物は生息している。
こんなところで眠っていたら襲われないかと思うのも至極当然であるが、ヴェルデがそばにいれば他の魔物が襲ってくることはない。ヴェルデ様様だ。
ひとまず今日は持参した寝袋に包まるとして、明日は寝床作りだなー……。
【アイテムボックス】に突っ込んでいた寝袋を取り出して広げ、その上に横になる。
仰向けになれば、枝葉の隙間からたくさんの星が見える。ここがダンジョンの中だと忘れさせるような光景だ。
この場所はダンジョンの外と時間や天気が連動している。ということは、外が雨ならばこの場所にも雨が降るはずだ。
うん、やっぱり屋根のある拠点を作ろう。それから、釜戸も欲しい。しっかり料理をしたいからな。
差し当たっての目標を決めた俺は、しばらく夜空を楽しんでから眠りについた。
昨日の今頃は、酒場で絶望していたというのに、怒涛の展開続きで何だか実感が湧かない。
けれど、昨日と打って変わって、心地のいい眠りにつくことができた。
◇
翌朝、ゆっくりと意識を浮上させた俺は、なんだか視線を感じて恐る恐る目を開けた。
「ひゃっ!」
「わっ!」
視界いっぱいに広がったアルクとシエルの顔が瞬く間にいなくなり、途端に朝の日差しが容赦なく差し込んできた。
理由は分からないが、俺より先に目覚めた二人が俺の寝顔を覗き込んでいたようだ。
やっぱりまだ警戒されているよなあ。分かってはいてもちょっとショックだ。まあ、それは少しずつ歩み寄ればいいとして、それよりずっと大切なことがある。
俺はよいしょと上体を起こして寝袋の上に胡座をかいた。
アルクとシエルは、手を伸ばしても届かない絶妙な距離を保ちつつ、抱き合いながら俺の反応を窺っている。
ヴェルデはというとまだ寝ているようだ。視界の端で、巨大な緑の山が規則正しく上下している。
「アルク、シエル、おはよう」
優しい声で朝の挨拶をする。
挨拶は大事だ。爽やかな一日の始まりを飾る大切な言葉だからな。
二人はきょとんと目を瞬いてから、「おはよう?」と首を傾げながらも小さな声で答えてくれた。
「ああ、おはよう。『おはよう』は、朝起きた時の挨拶だ。夜寝る前には『おやすみ』。どこかへ出かけるときは『いってきます』。見送るときは『いってらっしゃい』。帰ってきたら『ただいま』で、出迎えるときは『おかえり』だ」
「あう……あいさつ、いっぱい」
「むずかしいの……」
アルクとシエルは一生懸命指折り数えていたが、途中で分からなくなったようで、指を閉じたり開いたりしながら弱音を吐いた。
うん、確かに挨拶って色んな種類があるよなあ。大人になった今では当たり前のように使っているけれど、改めて考えれば奇妙なものだ。
「一度に覚えろとは言わないさ。毎日繰り返し使うことで身体が覚えていく。さ、朝ごはんにしよう」
「ごはん!」
「ごはん!」
ご飯と聞いて、しゅんとしていた二人の表情が笑顔に変わる。表情のスイッチが簡単に切り替わって可愛いな。
ひっそり癒されていると、巨大な緑の山が波打った。続いて鼓膜を揺らす呻き声を上げながら、このダンジョンの主人が目覚めた。
大きな口を開けて、目にはうっすら涙が滲んでいるところを見ると、さっきの呻き声はどうやら欠伸だったらしい。偉大なる緑竜は、欠伸も豪快だ。
「ヴェルデ、おはよう」
「む、おはよう。ああ、そうか。お主もここにいるのであったな」
ヴェルデは寝ぼけているのか、俺がこの場所にいることに少し不思議そうな顔をした。
「そうだぞ。他でもないお前がここにいていいと許したんだろう? 今更帰れ、はなしだからな」
「ふん、そのようなことを言うわけがない。我の言うことに二言はない」
ヴェルデは不敵に笑うと、のしのしと川へ向かってガブガブと水を飲み始めた。仕草がいちいち豪快だ。
俺もヴェルデの隣に腰を落とし、両手で川の水を掬って喉を潤した。
「ぷはあっ、ここの水はうまいな」
「そうであろう」
ヴェルデが得意な顔をした。
そして、何かを思い出したように「ああ、そうだ」と呟き、俺に顔を寄せた。
「お主に子供らの面倒を頼んだが、くれぐれも過保護にするでないぞ。愛情を注ぐことと、過保護になることは違う」
「え?」
どういうことだ? と首を傾げる俺を呆れた目で見る偉大なる緑竜。
「我はあの子らに自分の足で立ち、生きる力を身に付けてほしい。もちろんできることが増えるほど選択肢も広がる。世界はこの場所だけではないのだ。もし彼らが成長し、外の世界を知りたいと望むのであれば──」
ヴェルデは青く澄み渡る空を仰いだ。つられて俺も空を見上げる。
今日も気持ちのいい晴天だ。空は青く、白い雲がぷかぷかと浮いている。ここはダンジョンの地下なはずなのだが、どういう仕組みなんだろうな。
ヴェルデの求めることにいまいちピンとこないが、手探りで接していればきっと答えは見つかるだろう。
今はまず、切り株の前に並んで座っている子供達の空腹を満たしてやらないとな。
俺は立ち上がると、アルクとシエルが待つ切り株の元へと歩いていった。




