第4話 双子の亜人
「う……」
「だれ……?」
しまった、つい大声を出してしまった。
すやすや眠っていた双子がゆっくりと目を開け、とろんと微睡んだ目で視線を彷徨わせている。
そして、二人が同時にこちらを向き、バチンと目が合った。
みるみるうちに双子の目は見開かれ、恐怖の色が滲んでいく。
「や……たべないで!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「え? いや、俺は……」
抱き合い肩を震わせる双子を前に、俺はアワアワと両手を肩の高さに上げて無害アピールをする。
伝わるのか? っていうかそんなに怖い顔してるか? 結構ショックだ。
密かに落ち込んでいると、ヴェルデがグッと顔を寄せてきた。
「アルクにシエルよ。こやつは無害だ。今日からお主たちの親代わりとなる」
「お、おい、勝手に話を進めるな」
「親……? ぼくたちの?」
「この人は、わたしたちのこと、すてない? いたいこと、しない?」
明らかに戸惑い、怯えている。
まだほんの子供なのに、親からの愛を知らず、大人に怯えて生きるなんて……。
縋るように互いに抱き合う二人を見て、俺は覚悟を決めた。
「ヴェルデ、俺は子育てをしたことがない。教育に関しては期待しないでほしい。だが、引き受けたからには、この子達に生きる術を教えよう」
「ああ、少しずつでいい。こやつらに他者を信じる気持ちを教えてやってほしい」
「ふ、俺は過保護すぎてパーティから抜けてくれと頼まれた男だぞ? 一度守ると決めた者は俺の持てる力全てを総動員して守り抜くと誓うよ」
俺は左胸に拳を打ちつけ、ヴェルデに誓う。ヴェルデも口角をあげ、ゆっくりと頷いた。
さて、言葉は伝わるようだし、まずは自己紹介だな。
俺は腰を落として二人と目線を合わせる。二人はびくりと肩を震わせながらも、俺の反応を窺っている。
「俺の名前はリアン。人間で、冒険者をしている。今日から君たちと一緒にこのダンジョンで生活することになった。よろしくな」
「う……? り、あん?」
「リアンは、おこらない……?」
「ああ、俺の懐の深さを舐めるなよ。お前たち二人ぐらいどんと受け止める度量はあるぜ。さて、アルクにシエルだったかな? どっちがどっちか俺に教えてくれないか?」
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「ぼく、アルク」
「わたし、シエル」
なるほど、赤髪の男の子がアルクで、水色の髪女の子がシエルだな。
「いい名前だな。改めて、アルク、シエル。よろしくな」
未だ不安げに瞳を揺らして互いに肩を寄せ合う二人は、躊躇いながらも俺が差し出した手にチョン、と指先を乗せてくれた。素直でいい子達じゃないか。今はこれで十分だ。
さて、とりあえず生きる術として教えることといえば、狩り、採取、魔法の使い方、言葉あたりか?
いつの間にか空は茜色に染まり始めているので、ダンジョンの外も間も無く夜が訪れるはずだ。
となると、暗くなる前に光源の確保と夕飯の準備をしたいところだが……
そう考えていたところで、キュルル、と腹の虫が可愛らしく鳴いた。
「うう」
頬を染めているのはシエルだ。なんとも可愛いじゃないか。
「腹減ったな。さて、少しずつ君たちのことを教えてほしいところだが、まずは食事だな」
この森には低ランクの魔物が生息していて、中には食用のものもいたはずだ。
都合よく現れてくれればいいが、それよりもすぐに食べられる木の実をいくつか採取しておきたい。
顎に手を当てて、うーん、と唸っていると、双子がむくりと起き上がって木の葉の山から飛び降りた。
「ごはん」
「ごはん」
二人はそう言いながら生命の樹の裏手に消えていった。
そしてすぐに、ずり、ずり、と何かを引きずる音が聞こえてくる。
「ん? おおおおお?」
うんしょ、うんしょ、と二人が引きずってきたのは、小ぶりな猪だった。一般的な動物である猪よりも牙が大きく鋭い。魔物のイエローボアだろう。
「これは、二人が?」
「ううん、ヴェルデのおじちゃん」
「ぷ、おじちゃん」
「うるさいぞ」
この子達がいつからダンジョンにいるのかは後で確認するとして、どうやら彼らの世話はヴェルデが焼いてきたようだ。想像すると微笑ましいな。
うりうり、と照れているヴェルデを肘で突いていると、ブチブチ、と肉を割く音が生々しい音が聞こえた。音の方へと視線を向けた俺は思わずギョッとしてしまう。
双子が猪の皮を食い破り、生肉にそのまま齧り付いていたのだ。
「おいしい」
「たべる……?」
口の周りを血で真っ赤に染めながらこてんと首を傾げる無邪気な二人。中々に衝撃的な光景だ。チラリと見えた歯はギザギザしていて肉食獣を連想させた。
うん、そうだよな、俺の常識で考えるからいけないんだ。
俺は子育ての経験がない。魔物を親に持つ亜人の子供は尚更だ。
こほん、と一つ咳払いをしてから、努めて笑顔で二人に問いかける。
「ええっと、君たちはいつもこうやって肉を食べているのか?」
「ん」
そっか〜〜〜〜〜〜。
思わず頭を抱える俺。
そっかそっか、そうだよなあ。ここはダンジョンで、彼らは魔物に育てられたんだ。
調理どころか火にかけることすらされていない獣肉を「美味しい」と齧り付く二人。
腹の底から湧き上がるこの感情はなんだろう。
アルクとシエルに腹一杯美味いもんを食べさせたい。
これが母性、いや、父性か? あるいは庇護欲かもしれない。
だが、そんなものはどうでもいい。
――よし、決めた。俺が鍛え抜いてきた料理技術で、二人に美味いもんを食わせる。
とにかく今日は凝ったものは作れない。ここに来る前に多少の保存食と調味料は入手済だ。猪肉を焼いて塩胡椒を塗すだけでも美味いはず。
調理するにも、まずは肉を譲ってもらわないとな。
「その肉、俺に任せてもらってもいいかな」
「ん?」
アルクとシエルはもぐもぐと口を動かしながら顔を見合わせ、ず、と遠慮がちに猪を差し出してくれた。
「ありがとう」
食糧を分けてもらえたということは、一旦は受け入れられていると考えていいだろう。
俺はあたりを見回し、手頃な大きさの木の枝を集めた。
パキパキと均等なサイズに折って焚き火の準備をする。乾いていない枝は風魔法で乾燥させる。うん、これだけあれば十分だろう。
続いて、倒れた木から枕木用に材木を切り出す。
焚き火とする木の枝を挟むように枕木を置き、パチンと指を鳴らした。
途端に、ボウッと炎が立ち上り、あっという間に焚き火が出来上がる。
「わあ……すごい」
「火のまほうだ……」
俺の様子を離れたところからまじまじと観察していた双子は、火魔法に目を輝かせた。
ちょうどいいサイズの焚き火を作るために、実は風魔法も使っている。
火に風を送って火加減を調整し、俺好みの焚き火を作り上げたのだ。
魔法には興味があるようだし、追々適性を見ながら魔法も教えてあげたいな。
興味があるものにはどんどん挑戦してもらおう。彼らはまだ真っさらだ。可能性に満ち溢れている。
きっと今はまだ、自分たちがどんな大人になりたいか、どんな風に暮らしていきたいかも考えることができていないだろう。その一助となれるように、俺なりに手を差し伸べていこう。
焚き火が出来上がったので、持参した荷物からフライパンを取り出して枕木の上に置く。
焚き火のサイズは、ちょうど枕木を跨いでフライパンを置けるほどのサイズにしたのでいい感じだ。
さて、フライパンが温まる前に猪肉を切り出そう。
今度は果物ナイフを取り出して、猪肉に向かい合う。
このままだと肉が刃を通さないので、ちょっとした工夫が必要だ。
「【武器強化】」
補助魔法でナイフを強化することで、硬い魔物肉もスルスルと切ることができる。
この技術を身に付けてからは、野宿の料理もグッと楽になったものだ。
双子が少し齧ってしまったが、まずはしっかり頸動脈を切って血抜きをする。
それから水魔法で丁寧に洗浄し、手早く内臓を取り出してしまう。
何十回、何百回と行ってきたので手慣れたものだ。
それからサクサクと部位ごとに肉を切り出し、塩胡椒と、おまけに香草を揉み込んでから油を敷いたフライパンに投入だ。
ジュワッと油が弾け、パチパチと猪肉が焼けるいい匂いがする。
「ほう、うまそうな匂いではないか」
半分口を開けて涎をたらす双子の後ろで、ヴェルデも興味津々といった様子で調理の様子を見てくる。
ヴェルデは食事をしなくても、このダンジョンにいる限り生きていられるそうだが、気まぐれに食事をすることはあるそうだ。だが、大抵は獣型の魔物をそのまま食すといったもので、料理を目にするのは初めてだろう。俺も今まで遊びに来る時は軽食を持参していたから、こうしてヴェルデの前で調理したことはなかったしな。
俺はふむ、と顎に手を当て、頭上を見上げた。
「ヴェルデも食うか?」
「む、いいのか?」
鼻の穴をピクリと動かすヴェルデの声が僅かに弾んでいる。
偉大なる緑竜の矜持を傷つけないよう、ひっそりと笑みを漏らし、続けて双子にも問いかける。猪肉の所有者はアルクとシエルなので、二人にも了承を取らねばなるまい。
「二人とも、いいかな?」
「うん!」
「もちろん!」
二人は二つ返事で頷いた。
猪肉にしっかり火が通ったので、大人の顔ほどの大きさの葉を清浄魔法で綺麗にしてから皿代わりにする。
清浄魔法は生活魔法と呼ばれる部類の魔法であるが、食後の皿を綺麗にするのにも有用で、ダンジョンに潜る際はパーティの誰かが使えて欲しい魔法の一つだ。
切り株をテーブル代わりに猪肉を並べ、アルクとシエルを手招きする。
二人は顔を見合わせ、身を寄せ合いながら恐る恐る切り株に近付いてくる。双子の後ろにはヴェルデが続く。三人とも鼻がヒクヒクしていて微笑ましい。
手で着席を促すと、みんな素直に腰を落としてジッと猪肉に見入っている。
目をキラキラ輝かせる双子とデカいドラゴンを前に、思わず吹き出してしまいそうになる。
不思議だな。パーティを抜けた心の傷を癒すためにこの地に逃げてきたというのに、どういうわけか手料理を振る舞っているのだから。
俺も双子の対面に胡座をかいて腰掛けた。
「よし、食うぞー!」
パンッと両手を合わせると、アルクとシエルはきょとんと目を瞬いた。
ああ、そうか。人間の食事のマナーは知らないよな。
「俺たち人間はな、こうやって食事をする前に両手を合わせて、食材や、料理を作ってくれた人に感謝の気持ちを捧げるんだ。真似してごらん」
アルクとシエルは顔を見合わせ、そろりそろりとその小さな手を合わせた。
「よし、上手じゃないか。それで、こう言うんだ。いただきます!」
「い、いただきます?」
「いただきます……」
生命をいただくことに、最大限の感謝を。
ヴェルデもぎこちなく手を合わせて「いただきます」と呟いていたのがとても微笑ましかった。ヴェルデも存外、好奇心が強く、純真で素直な奴なんだよなあ。
偉大なる緑竜の素朴な姿は見なかったことにしてやろう。
「さ、食べてみな」
「……あむ」
「もぐ……」
俺に促されて恐る恐る程よく焼かれた猪肉にかぶりつく二人。
そしてバッと顔を上げて、二人同時に顔を見合わせた。
「〜〜〜!!!」
「ははっ、うまいか! これからは俺がうまいもんたくさん作ってやるからな」
そう言うと、二人はパアッと表情を輝かせた。宝石のような紅い目と蒼い目がキラキラしている。期待に応えられるように頑張らないとな。腕が鳴るぜ。
ちなみに、俺たちに背を向けながら猪肉を食していたヴェルデの尻尾がご機嫌そうに上下に揺れていたことも、見なかったことにしてやった。




