第3話 偉大なる緑竜ヴェルデ
「また来たのか」
「ヴェルデ」
身体の奥底に響くような重厚な声に目を開ければ、そこに聳え立っていたのは木よりも背の高いドラゴンだった。
緑の鱗は太陽の光を反射して虹色に輝き、深い海の底のような瞳は水晶玉のように丸く美しい。
――この隠しダンジョンに凶悪な魔物がいないのは、絶対的強者が存在するから。
それが今目の前にいる偉大なる緑竜のヴェルデだ。
初級ダンジョンのダンジョンボスが何度倒されてもダンジョンが閉ざされないのは、真のボスである彼の存在が関係しているのだろうと推察している。
もちろん、俺も初めてこの隠しダンジョンに迷い込んだ時に、ヴェルデと邂逅した。
初級ダンジョンにいるはずのない、いてはならない強敵を前に、俺は全力を出して戦った。
ヴェルデも初めての来訪者とあり、警戒心全開、気合十分で襲いかかってきた。
なにしろ生まれて初めての外敵なのだ。ボスとして気合いも入るというもの。
俺とヴェルデの激闘は、三日三晩続いた。
そして疲れ切った俺たちは、今いる場所に大の字で寝そべり、仰向けになって一緒に空を仰いだ。
手の内を晒し合い、拳をぶつけ合い、時に言葉を交わした俺たちは、すっかり打ち解けて友と呼ぶにふさわしい関係となっていた。昨日の敵は今日の友とは言い得て妙な言葉だ。
それからは、疲れを癒したい時、誰にも言えない相談をしたい時、魔法の実験をしたい時などにこの場所を訪れた。
この広いダンジョンで孤高の存在としてあり続けるヴェルデはたいそう暇らしく、俺が来ればいつも顔を出してくれる。
「また何かあったのか」
「うっ、ヴェルデ〜〜〜〜〜〜〜」
すでに足を崩してくつろぎモードのヴェルデに声をかけられ、俺は持て余していた感情を爆発させた。
昨晩、人生を捧げるほど愛してやまないパーティを抜けて欲しいと、大切な仲間たちから泣かれたこと。
俺にとってパーティのみんなは生き甲斐で、いかに彼らに尽くし抜いてきたかということ。
だが、その俺の努力がみんなをパーティ解散にまで思い詰めさせてしまったこと。
滂沱の涙を流しながら、懺悔するように全てをヴェルデに吐き出した。
「うっ、えぐっ、ぐ……ゲホ」
「落ち着け」
呆れ顔のヴェルデは、鋭い爪で小川を指差した。
俺は頷いて小川の水を水筒に汲み、張り付いた喉を潤した。
「はあ〜〜〜……」
全部打ち明けて幾分かスッキリした。
だが、これからどうするか、その答えは未だ見つからない。
「我は人間のことはよく知らぬが、お前たちは会話が足りなかったのだろう。いつも自分たちのために尽くしてくれ、それが生き甲斐だと笑って宣うお前に言えなかったのだろうがな。お前も独りよがりにならずにもっと対話すべきであったな」
「ぐう、ごもっともです」
ヴェルデの正論がグサリと胸に突き刺さり、俺は項垂れた。
「お主、女子にも『重い』と振られた経験があるのではないか?」
「な、なんでわかるんだ⁉︎」
過去の恋愛のことは関係なくないか⁉︎ 図星ですけれども!
「自明であろうよ」
呆れ顔のヴェルデに過去の傷まで抉られて、打ちのめされた俺はますます項垂れるしかない。
「俺、そもそも誰かと生きることが向いてないのかな」
俺は誰かのために努力することが好きだ。だが、俺はただ善意を相手に押し付けていただけなのではないだろうか。それも特大のものを。
「与えるだけでは相手は善意に押し潰されて息ができなくなってしまうのだろう。お主はもっと与えられる喜びを知るべきだった」
「……そう、だな」
ヴェルデの言う通り、俺は自己満足のためにイカロスたちに与えまくった。親切の押し売りだ。
逆に、イカロスたちが荷物持ちや素材回収を申し出た時、俺はどうしたっけ?
……ああ、俺がやるから気にするなと、それはもう満面の笑みで断ったな。大馬鹿野郎。
与えるだけではなく、与え合い、補い合って支え合う。それがパーティとしてのあるべき姿だったのかもしれない。今更気づいても手遅れなのだが。
そう思うと、虚しさとやるせなさが手を組み結託して胸に押し寄せてくる。
「あーあ、もう俺ここに住んじまおうかな」
半ば投げやりにそう言うと、俺は切り株から降りて後頭部辺りで腕を組んで寝そべった。
ここはいい。時間の流れも穏やかで、誰もいない。また誰かを追い詰めることもない。
王都も近いし必要なものがあれば買いに行けばいい。
隠しダンジョンに来るのは大変だが、帰りは転移結晶を砕けばダンジョンの外に転移することが可能だ。食料については自給自足でなんとかなるだろう。
住むところも少し開拓させてもらって小屋でも作れば……うん? 案外悪くないんじゃないか?
……なんて、現実逃避も甚だしい夢物語だが。ダンジョンに住みたいなんてどうかしている。
「ワッハッハ! 人間がダンジョンに住まうと言うのか! お主は相変わらず面白いことを言う……いや、待てよ」
ヴェルデも俺の提案を豪胆に笑い飛ばすが、ふと何かを思いついたように真顔になった。
「いいだろう。我が許可する」
「え、マジ?」
ダンジョンの主からまさかの許可が出た。
俺は慌てて身体を起こすと、偉大なる緑竜を見上げる。
「ただし条件がある」
ヴェルデはそう言うと、のそりと起き上がった。
目で付いてこいと合図されたので、大人しく従う。
ずんずんと進んだ先には、この辺りで一番大きな木が生えていた。
天に向かって枝葉を伸ばし、その幹は俺が両手を広げて何人分必要だろうか。とにかく太くて立派な木だ。一体樹齢何十年、いや、何百年なのだろう。
「これは生命の樹だ。このダンジョンが生まれた頃からここにある。この木の近くにいれば多少の怪我であれば一晩で治る」
「へえ、すごいな。ん?」
確かに、生命の樹というだけあって、とんでもない生命力を感じる。
引き寄せられるように木に近づくと、地表に露出した木の根の間にこんもりと木の葉が降り積もっている箇所があった。不自然に一箇所だけ。
明らかに自然にできたものではないそれに静かに近づくと、どうやら木の葉の上に何かいるようだ。
ヴェルデに背を押されたため、確認しろということだろう。俺はたたらを踏みながらも木の葉の山に近付く。
「子供……?」
そこにはツノの生えた二人の子供が、身を寄せ合うようにしてすやすやと眠っていた。
お互いの方を向き、手をかたく握り合い、丸くなるように眠っている。まるで二人で一つの玉のようだ。
一人は燃えるように赤い髪、もう一人は夏の青空のように深い水色の髪。
二人ともツノが二本ずつ生えているが、一方は大きく、もう一方は髪に埋もれて見えないほど小さい。
「鬼人族と人間の間に生まれた子らだ」
「は……? 魔物と人間が子供を作ったって言うのか⁉︎」
そんな話は聞いたことがないぞ。思わずヴェルデの方を振り向くが、ヴェルデは神妙に頷くばかりだ。
「こやつらは、生みの親にこのダンジョンに捨てられた。きっと、魔物としても、人間としても生きていけないと考えたのだろう。こやつら自身も、孤独に震え、魔物とも人間とも過ごせない半端者だと自らを蔑んでおる。知性が高い分、自らの境遇をよく理解し、諦めている」
ヴェルデの声には哀しみが滲んでいる。
見たところ、人間でいう四、五歳といったところか。
こんなに小さい子供が親に捨てられて、見知らぬダンジョンに……?
呆然としていると、ヴェルデが改めて俺を真っ直ぐな瞳で射抜いた。
「お主、我のダンジョンに住まいたくば、こやつらの育ての親になれ」
「ああ……って、はあっ⁉︎」




