第18話 ケットシーのシャム
「うん、順調に育っていそうだな」
「そうだにゃー」
天高く、爽やかな秋晴れの日、俺はアルクとシエルを連れて畑の様子を見にきている。
ツリーハウスから見える範囲で、小川や生命の樹からも程近い場所に畑を耕した。
流石の俺もダンジョンで野菜や薬草を育てた経験はないので、水魔法で水を撒く量を模索しながら日々生育具合を確認している。
今のところ、外から持ち込んだ苗木や種は順調に芽吹き、成長している。
ダンジョン内の気候も安定しているし、もう少しで実がなるだろう。
双子もよく世話をしてくれていて、日に日に成長が感じられるのが嬉しいらしく、暇さえあれば畑を観察している。
せっかくなのでシエルには水魔法で水撒きの手伝いを、アルクには土魔法で土を柔らかくする手伝いをしてもらっている。
戦闘訓練だけでなく、こうした日常的な魔法の行使もまた良き修行になるだろう。
実際、畑の世話は二人とも積極的に取り組んでいるし、自分が頭の中で描いた出力で魔法を発動するように一生懸命魔力のコントロールをしようとしている。
汗水垂らして作った野菜や果物は、格別に旨いだろう。
先ほど水を撒いたばかりなので、青々とした葉に付いた水滴が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「収穫の時期が楽しみだ」
「楽しみだにゃあ」
「って、誰だお前は」
先ほどから変な相槌が聞こえると思ったら、木の上に何かいる。
「ぎにゃー⁉︎」
思い切り木を蹴れば、ドサッと何かが落ちてきた。
そいつは頭を抱えてのたうち回っている。その突き出たお尻には、ゆらゆら揺れる尻尾。
頭を抱える様子は人のようだが、白地に黒のハチワレが特徴的な見た目は明らかに猫。
もしかして、ケットシーか?
俺はケットシーと思しき魔物の尻尾を掴んで逆さ吊りにする。
騒ぎを聞きつけた双子が駆けてきて、興味深そうにジタバタ暴れるケットシーを観察している。
「うにゃ⁉︎ にゃー! オイラはおまんらに危害を加えるつもりはないにゃー!」
必死に両手を動かして俺に訴えかけてくる。
その度にゆらゆらと尻尾の先が揺れて、双子の視線を釘付けにしている。
「口だけではどうとでも言える。俺にはこいつらを守る責務がある」
「にゃー⁉︎ 話が通じないにゃ! 誰かー! 助けるにゃ〜!」
ケットシーは目に涙を滲ませ、毛を逆立てながら叫んでいる。
俺に何を言っても無駄だと判断したのか、ケットシーは器用に身体を捻ってアルクとシエルに視線を向けた。そしてうるうると庇護欲をそそるような視線で訴えかけている。
「にゃふん」
「あう……」
「リアン……」
見た目は愛らしく、自分たちより小さな存在であるケットシーに簡単に絆されてしまった二人は、これまた訴えかけるような視線を俺に寄越す。勘弁してくれ。
「ダメだぞ。言葉を話せる魔物は狡猾だ。同情を引いて油断したところをパクリなんてザラだ」
「にゃー! 正論であるだけにオイラの死が確実にィィ! ヴェルデの旦那ァァ!」
顔にも毛が生えているので分かりにくいが、恐らくケットシーの顔色は真っ青になっていることだろう。
そんなケットシーの口から、偉大なる緑竜の名前が飛び出したと同時に、ぶわりと風が吹き抜けた。
「なんだ、シャムではないか。久しいな」
さて、どうしようかと考えていると、頭上からヴェルデの声が降ってきた。
続けて、ズゥン、とヴェルデが地面に降り立つ音と振動がした。
「ヴェルデ、知り合いか?」
「そうさな、其奴に害はない。降ろしてやれ」
ま、ヴェルデがそう言うなら、そうなんだろう。
「ふうん。おい、こいつらに危害を加えたら命はないと思えよ」
一応、念押しをしておこうとひと睨みすれば、シャムと呼ばれたケットシーは頭をぶんぶん縦に振った。
ここはヴェルデに免じて解放してやろう。
パッと手を離すと、ケットシーは地面に転がり落ちた。フーフーと尻尾の付け根に息を吹きかけ、縋るようにヴェルデの元へと駆けていった。
涙目で耳をぺたんと伏せていて、なんだか俺が悪者みたいじゃないか。
むにむにとした魅惑的なピンクの肉球をチラつかせながら、鋭い爪でこちらを指差してくる。
「ヴェルデの旦那ァ、なんですかい、この野蛮な人間は! そもそも何でここに人間が!」
「悪かったな。此奴はリアン、我が信頼する者だ。案ずるな」
「うにゃっ⁉︎ 旦那が来なければオイラ今頃命がなかったですぜ⁉︎」
ニャーニャーとヴェルデにいかに俺が危険かを訴えかけている。やめろ。
双子までチラチラと俺とケットシーを交互に見て、少しじっとりとした目で俺を見ているじゃないか。本当にやめろ。居た堪れない。
俺は、はぁ、とため息をついて前髪を掻き上げた。
「で、なんなんだ、そいつは」
「察しの通り、此奴はケットシー。名はシャム。人の噂が好きな変わった奴よ。ふらりと我のダンジョンに訪れては知らぬ間に出ていく風来坊だ。して、お主は人に化けて都市で生活していたはずであろう?」
俺の質問に答えたヴェルデは、そのまま視線を足元のケットシーへと注ぐ。
ケットシーは少しバツの悪そうな顔をして、ゆらりゆらりと尻尾を左右に揺らした。
「……たまの里帰りだにゃあ。それに、どうやら腕利きの冒険者が王都を出ていっちまったって噂だからにゃあ。ついでに何か分かると思って旦那に会いに来たのにゃ……まさか、その当人がここにいるとは思わなかったがにゃ」
スウッと縦に細く伸びた瞳孔の金眼が、探るように俺を見た。
俺のことを知っているような口振りが気になるな。
「都市で生活を? その姿でどうやって?」
腕を組み訝しみながら問うと、ケットシーは途端に得意げな顔をした。
「にゃにゃにゃ、オイラは変化の術が得意なのにゃ!」
ヴェルデの足元から、舞台役者のようにしなやかに歩み出る。そして軽やかに跳躍し、くるりくるりと宙返りをしたかと思うと、瞬きの間に人の子の姿になって着地した。
チェック柄のクロケット帽子を頭に乗せ、帽子と同じチェック柄の半ズボンをサスペンダーで吊るしている。白シャツに蝶ネクタイを付けた、双子より少し年上といった塩梅の少年だ。
「へええ、大したもんだ」
「ふふん、そうであろうそうであろう」
俺は素直に関心し、ケットシーの周りを回って観察する。耳もない。尻尾もない。どこからどう見ても人間の子供だ。
「ケットシーは元より変化の術を得意としている。だが、身体的特徴を全て隠してしまえるシャムの術は我から見ても精度が高いぞ」
「へえ、ヴェルデが褒めるってことは相当だな。そういえば、ヴェルデも人に化けたりできるのか?」
ふと思い立って聞いてみたが、ヴェルデは心外だと言わんばかりに首を反らせた。
「む、当然だ。それぐらい造作もない」
「へえ、見てみたいな」
「見せぬ」
「なんでだよ!」
「我にも竜としての矜持がある。そう簡単にこの姿を変えることはせぬ」
「ふうん」
つれない竜だ。
それにしても、変化の術か。ちょっと興味あるよなあ。
アルクとシエルも目を輝かせながら無邪気にケットシーの周りをぐるぐるしている。
「とにかく、シャムだっけか? お前に害意がないことは分かった。さっきは悪かったな」
「ほっ、生き永らえたにゃあ」
ケットシーもといシャムは心から安堵したように胸に手を当てた。
その時、キュルルッと可愛い腹の虫が鳴いた。
お腹を押さえて顔を赤くしているアルクのお腹が主張したのだろう。
ちょうど昼時だもんな。
「よし、飯にするか。よかったらお前も食べていくか?」
「にゃっ! いいのかにゃ? おまん、いい人間だにゃあ」
「現金なやつめ。今更だが、俺はリアン」
「ぼくはアルク!」
「わたし、シエル!」
俺に続けて双子もシャムに名乗った。
「オイラはケットシーのシャムだにゃん。タダでご馳走になるのも悪いからにゃ、魚を捕ってきてやるのにゃ」
「ぼくもいく!」
「わたしもっ!」
軽やかなステップで駆け出したシャムの後を双子が追いかけていく。
「気を付けるんだぞー」
三人の子供たちの後ろ姿に、口元に手を当てて注意を呼びかける。
魚は三人に任せて、俺は保管してある芋と根菜を使ってスープでも作っておくか。
パチンと指を鳴らして釜戸に火を着け、水魔法で鍋に水を満たしてから小型ナイフでスイスイ皮を剥いて一口サイズに切った芋を鍋に投じていく。
味付けは王都で仕入れたミソを使おう。ホッとする味にまとまるんだよなあ。
火加減を調節しながら鍋を煮込んでいると、視界の端で双子とシャムが水飛沫を上げながら魚を仕留めている様子を捉えた。キャイキャイと楽しそうな声がよく聞こえてくる。
間も無く、人数分の魚を持ってきてくれたので、塩をしっかり揉み込んでから串に刺して遠火で焼き魚にした。
木から彫り出したお椀に芋煮スープをよそい、テーブルに並べていく。
アルクがスプーンを並べてくれ、シエルがコップに水魔法でたどたどしくも水を注いでくれる。シャムはその様子を興味深そうに観察していた。
準備が整い、アルクとシエルがシャムを挟むように椅子に座り、俺はその対面に座る。
後方にはヴェルデが腰を下ろしていて、ヴェルデの前にはヴェルデ用のデカいお椀にたっぷりの芋煮スープが入れられている。
「よし、食べるか! いただきます!」
「いただきます!」
「いただきます!」
「にゃ? いただきますなのにゃ!」
俺に続けて双子が手を合わせ、シャムがそれに倣って手を合わせる。
一斉に焼き魚に齧り付き、「んまあ〜」とみんなで頬を綻ばせる。芋煮スープもほっこり優しい味にまとまって美味い。
シャムはやっぱり猫舌らしく、「アチッ、アチッ」と言いながら息を吹きかけてチミチミ飲んでいた。
「はふぅ……うまいにゃあ〜。リアンは料理上手だにゃあ」
「褒めても何も出ないぞ。……おかわりいるか?」
「にゃふ!」
シャムが元気にお椀を差し出してくるので、俺もつい微笑みながらスープを足してやる。
なんだかんだ憎めない奴だ。
食事が余程美味しかったのか、少し変化の術が解けて猫耳と尻尾が生えている。
黒い猫耳はピクピクと動いていて、尻尾はご機嫌にふりふり揺れている。流石に可愛いな。
協力して魚を捕り、一緒に食卓を囲めばもうすっかり双子とシャムは意気投合したようで、食後も川辺を走り回って遊んでいる。
それにしても、アルクとシエルは随分と嬉しそうだ。
シャムの実年齢は不明だが、少年の姿に化けているので、二人と背格好が大体同じだ。
同年代の子供をお互いしか知らない二人にとって、シャムは初めて友と呼べる存在になるのかもしれない。
グルル、と喉が鳴る音がしたので見上げると、ヴェルデが目を細めながら三人の様子を見守っていた。
俺もフッと笑みを漏らし、ヴェルデの前足にもたれかかりながら、時折跳ねる水飛沫の眩しさに目を細めた。
双子とシャムは今日一日で随分と打ち解けたようで、シャムは結局夕飯も一緒に食べて、そのままツリーハウスで三人並んで眠りこけてしまった。元々俺と双子で満員御礼状態だったのが、シャムが加わり狭さを感じるようになった。
隠しダンジョンの気候は外と連動しているため、現在は秋。
冬が訪れれば、このツリーハウスでは些か心許ないだろう。
俺はとある決意を胸に、身体を壁際にギュッと寄せて眠りについた。




