第17話 リアンの実力
俺はパーティの補助が好きで好んでバックアップに努めてきたが、いざという時にパーティのみんなを守れるように己を鍛え続けてきた。
俺が得意とするのは、何も魔法だけではないのだ。
「外道如きが、こいつらを語るな」
俺は悪魔族に向かってまっすぐに駆け出し、渾身の力で蹴り飛ばした。
「ぶべらっ!」
思い切り脚を振り抜けば、悪魔族は水切り石のように水面を跳ねて遥か彼方へと飛んでいく。
だがこれで終わらせるわけがない。脚力を強化して跳躍し、魔物を追い越しそのまま元の場所へと蹴り戻す。
「ギャッ!」
再び水面を跳ねた悪魔族が激しく水飛沫を撒き散らして地面に打ち上がった。
「……は? なんだ、この威力は。は?」
すっかり原型をとどめていない顔面に震える手で触れながら、ゆっくりと自らに歩み寄る脅威(俺)を見上げる悪魔族。
さっきまで余裕と自信に満ちていたその真っ黒な瞳には、未知なる脅威への恐怖が映っている。
「お前は俺の大切なものを侮辱し、踏み躙り、痛めつけた。万死に値する。命乞いは無駄だと思え」
「お、お助け……ガッ、ブッ、も、やめ……ギャッ」
俺は悪魔族を蹴り上げ、蹴り落とす。奴は息つく間もなく小さな悲鳴を上げては何とか命乞いをしようとする。
「魔物の世界は弱肉強食。そうだろう? なら、お前が俺に負けて死ぬのもまた摂理。今にあいつらは強くなる。痛みを知り、敗北を知った者はきっと強くなる。それに、あいつらには守るべきものがある。お互いにな」
そうだ、あいつらはまだ磨き始めたばかりの原石にも等しい。可能性の塊だ。
努力を重ねれば、いつかこいつのような外道も二人だけで片付けることができるはずだ。
それまでは、俺があの子達を守る。
「本当はすぐにきちんとした治癒をしてやりたいんだが……こんな一方的な暴力を二人には見せたくないからな。そろそろ終わらせよう」
「ひ……」
悪魔族の目には恐怖だけが宿っている。自らの死を感じとっているのだろう。
イカロスたちと戦った時は、彼らが悪魔族に対処できるように時間を稼ぎ、バックアップに専念していた。
だが、ただ倒すだけでいいのなら、こんな愚図はさして脅威にもならない。
俺は魔物の顎を蹴り上げ、右手に魔力を集中させた。
親指に火魔法、人差し指に水魔法、中指に風魔法、薬指に土魔法、小指に雷魔法。
さらに身体強化、魔力増強、超集中、補助魔法を重ねがけする。
魔力の奔流が俺の周りに風を生み出し、髪が激しく煽られる。
ビシビシと足元に転がる石が砕け、小川の水面がさざなみ立つ。
こんなにも怒りを感じたのはいつ以来だろう。
アルクとシエルを傷つけたこいつに慈悲を与えるつもりはない。
圧倒的な力をもって、倒す。
「な、ななな……! 何をするつもりだ……!」
ガタガタ震える悪魔族はすっかり老け込んだ様子で、重力に従い加速しながら堕ちてくる。
「殴る」
「は──?」
俺は全属性の魔力を纏った指をグッと握り込み、拳を作る。
そしてタイミングを見計らい、堕ちてきた魔物をただ、殴った。
肉が潰れる嫌な感触がして、ギャッと断末魔の悲鳴にもならない声が耳を掠めた。
悪魔族は全属性の魔法に焼き貫かれながら遥か彼方へと飛んでいく。
次第にその身体は形を保っていられずボロボロと崩壊し、やがて跡形もなく消え去った。
俺は相手の魔力の消失を確認してから、両手を叩きながら双子に駆け寄った。二人とも酷い怪我だ。
応急処置は済ませているため、二人の呼吸は安定している。
「治療が遅くなってごめんな。すぐに癒す」
俺は両手を二人に翳し、治癒魔法を施した。
淡い光に包まれた二人の怪我が、みるみるうちに癒えていく。
その時、背後で悠然と羽ばたく音が聞こえたので、俺は振り向かずに声をかけた。
「ヴェルデ、見ていただろう」
「お主がいたから問題ないと判断した」
「そうかよ」
いつから見ていたのかは知らないが、このダンジョンの主は俺一人で解決すると見越して手出しをしなかったらしい。
俺が来る前から双子が痛めつけられる様子を見ていたのなら許せないが、ヴェルデのことだ、それはないだろう。
事実、ヴェルデの体内で魔力が激しく渦巻いているのを感じる。普段膨大な魔力を完璧に制御しているヴェルデから、魔力が漏れ出ている。
彼は彼で怒りの炎を燃やしていたのだ。
俺は二人が目覚めるまで、治癒魔法を施し続けた。
◇
双子が目覚めたのは日が暮れる頃だった。
「う……」
「お、目が覚めたか。気分はどうだ?」
「リアン……」
双子はハッと起き上がり、お互いの無事を確認してホッと安堵の息を吐いた。
そして今度は慌てた様子で周囲を見回し、首を傾げた。
「ああ、あの外道は俺がやっつけた。二人でよく頑張った」
労わるように二人の頭を撫でると、徐々に大きな瞳を涙の膜が覆っていく。
「ぼく……シエルを守れなかった」
「わたし……アルクを守りたかった」
ボロボロと悔しそうに涙を流す二人。
二人だけで自分よりも遥に強い敵と対峙したのだ。すっかり怯えて萎縮しても仕方がないと思っていたが、俺の心配は杞憂だったようだ。
俺は密かに笑みを深めると、二人の肩を叩き、頭を撫でた。
「おう、そうだな。強くなろう。俺が鍛えてやる」
「うん」
「おねがい」
アルクとシエルの目には、決意の色が色濃く滲んでいた。
夕陽が差し込む二人の紅い瞳と蒼い瞳は、どんな宝石よりも美しく輝いて見える。
自分やアルクの怪我の様子を確認したシエルが、真剣な表情で俺を見上げた。
「わたしも、治癒魔法おぼえられる?」
「ああ、使えるようになるまで特訓すればいい」
「ぼく、魔法だけじゃなくて、もっと剣をあつかえるようになりたい」
「ああ、剣術もそれなりに嗜んでいる。しっかり鍛えてやる」
二人が求める限り、俺は応える。できるまで、とことん付き合ってやるさ。
二人が目覚めるまでにヴェルデに聞いた話によると、稀に昼間のような招かれざる客が隠しダンジョンに紛れ込んで来ることがあるらしい。
つまり、今日のようなことが今後も発生する可能性があるということだ。気をつけなければならない。
ヴェルデは今回のようなことはそうそうないと言っていたが、わずか十日後、俺たちの前に再び珍客が訪れることとなった。




